34番 方針会議ふたたび(その一)
外から戻った後のことは、あまり思い出したくない。
別荘にたどり着くと、茅場が俺と神楽坂さんを般若のような顔で睨み、葛西さえも茅場の怒りにはお手上げのテイだった。
茅場からの電話があって急いで帰ってきたのだが、別荘に着いたのは、結局は夜十二時を少し回っていた。
砂浜から別荘に上がる階段が施錠されていて、葛西に電話して帰宅していた田浦さんを呼び出してもらい、階段のカギを開けてもらうのに時間がかかった、という次第。
そりゃ、そんな迷惑かければ、茅場だって怒るよな。
さすがに夜中なので、茅場は大声こそ出さなかったが、玄関ホールに神楽坂さんとふたりで正座させられて、たっぷり説教された。
「もう遅いから、さっさと寝ろ!」
最後に、そうハスキーボイスで茅場に怒鳴られ――周りを起こさないよう声を出さずに怒鳴るので、ハスキーボイスになるのだ――ようやく長いお説教から解放されて、俺は葛西とともにしおしおと二階に上がる。
俺はまだ同部屋が葛西だからいいけど、茅場とふたりで同じ部屋の神楽坂さんは、きっとこの後の時間もいたたまれないよなぁ……気の毒に。
「……んで、夜のデートは楽しめたのかよ」
階段を上がりながら、葛西が話しかけてくる。
「ん、まぁな。ただ、おまえらがどこからカメラで狙ってるかわからんから、最後までうかつなことは出来なかったけど」
「カメラで狙う……? なんのことだ?」
「はぁ? だっておまえ、俺たちを撮影するために後を尾けてたんじゃないのか? そう言ってたろ?」
それを聞いた葛西は、気まずそうに頭をかく。
「……あちゃー、あれか。ハルマチあれを本気にしちゃったかー。そりゃ、悪いことしたなぁ……」
「え? それってまさか……」
「あんなことは言ったが、さすがに俺もそんなヒマじゃないよ。人のイチャイチャ写真を撮るために二時間も、それも夜に尾け回したりすると思うか、普通」
「ということは……」
「ああ、おまえらを尾けたりしてない。この二時間、俺は茉稚と明日の……というかもう今日だな、午前中の方針会議の内容の検討をしてた。この別荘からは一歩も出てないぞ」
「…………」
神楽坂さんからの誘惑にあれほどガマンしたのは、ひとえに変な写真が残るのがイヤだったからだ。
葛西よぉ、いまさらそれはないだろ……。
お、俺のガマンを、俺の純情を返せーっ!
青春なんて、だいっキライだー!!!
葛西からのこの衝撃の告白のあと、俺はガーガー寝ている原木を起こさないようにシャワーを浴び、しおしおと歯磨きとデンタルケアをして、早々にベッドに入った。
針金の先で傷つけた指がジクジク痛むのを哀しみつつ、俺はまもなく深い眠りに落ちていった。
☆☆☆
翌朝(正確には今朝だが)、起床時間は午前七時だった。
トントン、と部屋の扉が叩かれ、ガチャッとドアが開いた音がして「おはようございます。起床の時間ですよ」という、うめのさんの声。
その声が二階の他の部屋へも回っていく。
俺たち男三人組は、もぞもぞとベッドから起き出し、顔を洗ったり、着替えたり、髪を整えたり、俺の場合は歯磨きに加えてデンタルフロスとマウスウォッシュをした上で、朝食のために一階へと向かう。
「おう、おはよう。昨晩はよく眠れたかね」
「あ、おはようございます。昨日はすみませんでした」
階段を降りたところで、玄関で宅配業者から何かの荷物を受け取っていた田浦さんが、昨晩ご迷惑をかけたのも気にせず、フレンドリーに声をかけてくれる。
「今日も朝から暑そうだよ。あんたら、今日は午後から浜で海水浴とか言っとったな? 焼けるぞー、今日は」
窓の外を見ると、たしかに空には雲ひとつない。
別荘内は涼しいが、UVカットの日焼け止めをつけずに外へ出れば、全身ヤケドは確実だろう。
かなりヤバいな。
リビングルームに入ると、昨日はなかった大きなダイニングテーブルと椅子が置かれていて、その上には「ザ・日本の朝食」という感じの数々の料理が並べられているところだった。
うめのさんの手作り感いっぱいで、うまそうだ。
「テーブルなんて日頃は使わないから、折りたたんで倉庫に入れてあるんだけど、この人数でしょ。やっぱり使わなきゃって思って、早くからこの人に組み立ててもらったのよ」
うめのさんが説明してくれる。
田浦さんはニコニコしている。
よく見ると、椅子は昨日、ベランダで使っていた木製の折りたたみ椅子のようだ。
やがて、身支度にいろいろと準備に時間がかかる女性陣が「おはよごさいまーす」などと小声で言いながら、ぞろぞろと二階から降りてきた。
朝弱いのか、夜遅くまでダベったりしてたのかわからんが、みなそれぞれに眠そうだ。
「さ、朝食にしましょう。近くのお魚屋さんが出来立てのアジの干物を持ってきてくれたの。とってもおいしいのよ、そこの干物。焼きたて、あぶりたてよ」
うめのさんの言葉をきっかけに、みなそれぞれ近くの椅子に座り、田浦さんとうめのさんのお給仕のもと、美味しい朝食タイムと相なった。
☆☆☆
充実した朝食を摂り、食後にコーヒーまでいただいて、オンケンメンバー(プラス神楽坂さん)は誰しも少しのんびりしたいと思っただろうが、そんなことは鬼の部長が許すはずもない。
予定どおり午前九時にソファセットに集合し、方針会議が始まる。
茅場部長の向かって右に葛西副部長、左に顧問の神楽坂先生が座っている。
全員が揃ったところで、部長が立ち上がる。
「さて、いよいよこの合宿の最大の目的である、今後一年間のオンケンの活動方針を決めます。昨日のみなさんの意見を踏まえて、だいたいの方向性をまとめたので、これをたたき台として、最終方針を決めましょう」
それを聞いて「ハイッ」と手を挙げるヤツがいる。
落合だ。
「はい、落合さんどうぞ」
「いま部長は『たたき台』って言われましたよね? ということは、これから部長が発表する内容は、まだ最終決定じゃないってことです?」
「そうですね。基本的にはこの方向で行きたい、という内容でまとめましたが、みなさんのさらなるご意見で修正することはあり得ると思っています。だから、いったん聞いたあと、意見があればお願いします」
「わかりました!」
落合がいつもの元気で答えた。
「それでは今後の活動の方向性について、葛西副部長、よろしくお願いします」




