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29番 方針会議(その二)

 落合は今のところ、手を挙げる気配はなさそうだ。

 なら、仕方ないな。

「はい、次は俺が発表します」


「じゃ、次は東の番ね。では発表よろしく」

 うっし! じゃあ、やるか。

「俺の考えたのは、最近の音楽界の大きな変化を取り上げることです。具体的に言うと『坂本龍一の死』です。坂本龍一の人物回顧と、楽曲の振り返りをオンケンの活動に取り入れられないか、というものです」


 坂本龍一。

 現代における世界的ミュージシャンのひとりであり、作曲家。東京藝大修了で「教授」と呼ばれる。

 まきデンタルクリニックのピアノ曲BGMでは、神楽坂さんは彼の作った「energy flow」を選んでいる。

 

 ウチの親父がYMO以来の彼のファンで、俺も「戦場のメリークリスマス」や「ラストエンペラー」のサントラなど、彼の作った曲をよく耳にしていた。

 二〇二三年、逝去。

 

「ウチの親父いわく、『ひとつの時代が終焉を迎えた』んだそうです。親父にそこまで言わせる作曲家って、果たしてどんな人なのか。その曲と人が世の中にどんな影響を与えたのか、振り返ってはどうでしょうか」


「……それで?」

「えっ? あ、ああ、以上です」

 パチパチパチ……。神楽坂さんや中山、原木たちが拍手してくれた。

 神楽坂さんの俺に対する拍手が、他の人よりも心なしか大きいような気がする。

 それが俺の発表に対する賛同ゆえなのか、俺に対する愛情からなのかは、よくわからないが。

 俺的には後者を希望したい。


「では、最後は落合さんね」

「最後……って、まだ葛西先輩がいるでしょ」

 落合が不審そうに言う。

 落合の言うとおり、葛西がいるからまだ発表者は最後じゃないよな。

 茅場の勘違いじゃないか?

 

「ああ……葛西副部長はこの件の推進担当者だから、中立の立場よ。彼は自分の意見は言わずに、みんなで決めたことを推進する立場なの。だから発表はしないわ」


 そんなことは事前に聞いていなかったぞ。

 たしかに葛西が自分の意見を持つと、オンケンの方針が決まったとしても、葛西のやりたい方向性に活動を進めてしまうかもしれないってことか。

 

 まあ、たぶんさっき茅場が発表した方針案のなかに、葛西の考えも入ってるんだろうけどな。


「ふーん……」

 落合は不審そうな表情を隠そうともしない。

 でもそもそも落合のヤツ、ちゃんと発表のネタを考えてきてんのか?

 まさかここに来て「実はネタは思いつきませんでした」とか……いや、コイツの日頃の破天荒な言動からすると、それも十分あり得る。


「…………」

「……落合さん?」


 黙っていた落合が、ひとり掛けソファからすっくと立ち上がる。

「まあ、いいですけどぉ……」

 相変わらず態度わりぃなぁ。

 

「先輩たち、アニメとか見ます? わたし、アニメめっちゃ好きなんですよー」

 はい?

「最近は異世界転生ものとか、悪役令嬢ものとか、ちょーいっぱいあって、結構楽しいですよー? マンガ原作のやつと、ラノベとかなろう系原作のアニメがちょー多くって、ちょー楽しいです」


 落合よ、ウチはオンケンでアニメ研究部じゃないんだけど。残念ながら、アニ研はウチの学校の部活にはないけどね。

 

 てか、落合はいま何の話してるか、わかってるのか? 今後のオンケンの活動方針なんだけど。


「それでですね、そういうアニメの中でも、この落合芙美子が大好きなアニメジャンルってのがあるんスよ。葛西先輩、なんだと思います?」

 名指しされた葛西が不意打ちを喰らって、目をパチクリさせてる。ざまぁ。

 

「えっ、アニメのジャンル? えーと、そうだな、落合の趣味だろ? んー……戦闘もの? ロボットものか? あるいは……BL?」

「はーい、葛西先輩NGワードですぅ。そもそもBLのアニメなんて放送できませんー。『謎の光』とかいっぱい出てくるアニメはあるのに、不思議ですけどねー」

「…………」


 葛西のヤツ、墓穴掘って黙っちまいやがった。

 しょーもないなあ、落合にやられるとは。

 

「じゃあ……東先輩ならわかりますよね!」

「へっ? オレ?」

 おいおい、急にこっちに振るなよ。勘弁してくれ。

 最近のアニメなんて知らねーぞ。

 

「……うーん、そうだな。アニメのジャンルだよね、落合が好きな。そうだなー、アレだろアレ。『闘争のフリーメン』とか?」

「あー、魔法モノは嫌いじゃないんですけどねー。残念ですが、ハズレです」

 

 ちっ、はずしたか。

 けっ、葛西のヤツ、ヨシヨシおまえも外したな、みたいな顔してやがる。

 面白くない。


「オンケンの活動方針を話している場なんですから、音楽もののアニメの話を落合さんはしたいんですよね? 違いますか?」

 これまでの発表では黙っていた神楽坂さんが、ここで口を挟んだ。

「わたしはあんまり詳しくないですけど、『ひなたアンダンテ』とかはたしかマンガ原作で、アニメでもドラマでも大ヒットしたんじゃなかったですか?」


「ミズ神楽坂、グッジョーブ!」

 落合はあたかも、かぶっていたパナマハットのツバをつまんで飛ばすようなキザなポーズをとって、神楽坂さんにウインクをする。


「それです、まさにそれ。落合は音楽もののアニメが大好きなんですよ。名作が目白押しです。その辺りを切り口にして、一年生だろうが新入生だろうが、ガンガン部員にしちゃうってのが、わたしの作戦です」


「俺も『ひなたアンダンテ』くらいは知ってるが、そんなにあるのか、音楽アニメって」

 葛西が落合に質問する。

 それを聞いた落合が、突き出した右手の人差し指を左右に振りながら「チッチッチ……」と憐むような目で葛西を見つめる。


「葛西先輩、そんな認識でよくオンケン副部長なんてやってますね? 信じられない。アンビリーバボー!」

 落合は両方の手のひらを上に向け、おおげさに肩をすくめる。


「音楽アニメはいまやアニメ界の一大トレンドです。『ドリバン!』、『ロック・オブ・ザ・ぼく』、『蒼き交響楽』、『すいぶ!』、『Liar in spring』などなど、音楽アニメは名作揃いなんですよ!」


「へー、どれも全然知らんなぁ……」

「これだからシロウトは! まったくもう。いっぺん見てみてくださいよ、認識変わるから。以上でーす!」

 落合の発表が終わる。

 最初はどうなるかと思ったが、思ったよりまともな意見だったのが意外ではあった。


「はい、みなさん、多様なご意見、ありがとうございました。みなさんの発表の内容と趣旨はわかりました。ここで出た内容について、あらためて明日の午前中に議論して、今後の活動方針を決めたいと思います」

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