25番 夏合宿へ!(その一)
神楽坂さんとの水着をめぐる一件があった翌々日、いよいよオンケンの合宿の日がやってきた。
学校の最寄り駅には北口と南口があって、学校に行くには北口のほうが近い。南口にはバスロータリーやタクシー乗り場があって、改札口までの間にエスカレーターと階段が設置されている。
集合場所はその南口のエスカレーター下、そこに朝八時集合だった。
俺が集合時間の十五分前に到着したときには、もう四人のメンバーが顔を揃えていた。
茅場部長と葛西副部長、一年生の原木と中山。これに俺で五人。あと来てないのは……
「遅くなってしまってすみません。なんとか間に合いました」
「ああ、神楽坂先生、おはようございます」
「美沙……神楽坂先生、家を出るの遅すぎるんじゃないの?」
「先生、おはようございまーす」
神楽坂さんが、ガラガラとキャリーケースを引いて集合場所にやってきた。
「……おはよう、ございます」
「東さん、おはようございます。いい天気でよかったですね」
神楽坂さんがにこやかに、教師らしい微笑みを浮かべて、そんなふうに声をかけてくる。
「はい。今日も暑くなりそうですね……」
そう答えながら、俺はこれが先日のゼブラ柄帽子のギャルと同一人物なんだよなー、と心の中でちょっと笑ってしまった。
それを知ってるのは、神楽坂さん本人以外では、この俺ひとりだけだ。
そして水着売り場で、彼女をぎゅーっ、と抱きしめた感触。
あれを思い出すと、顔がニヤケる。
やわらかなあの感触。あの甘やかな匂い。
家に帰ってからも、あれを思い出すだけで俺は大変だったんだよ。察してくれい。
いかんいかん、ニヤけてないで、気を引き締めてかからねば。
神楽坂さんとの関係は、一年生どもにバレるわけには絶対にいかないのだ。
ん? 一年生といえば、いつも一番にぎやかな一年生の顔が見えない。
「あれ? 落合さんはまだ?」
「そういえば、まだ姿が見えないですねー」
「中山さん、何か聞いてない?」
「いえ、昨日までのやり取りでは特に何も……」
「アプリには……今のところ何もメッセージは来てないです」
落合は相変わらずのマイペースなのか。
もうまもなく八時になるが、落合の姿は現れない。
「まったく落合はいつもいつも……」
原木が鼻息荒く、憤っている。
「あっ、メッセージが入りましたよ」
みんなが一斉にアプリに注目する。
なになに。
「みんな全然来ない。先生とか部長とか全員遅刻? あり得ないんですけど(怒)」
「この辺に落合いないよね?」
茅場が改めて周囲を見渡す。それらしい人は見当たらない。
「落合のことだから、絶対待ち合わせ場所を間違えてると思いますよ。ほんとしょーもない……」
原木は落合には厳しい。たぶん日ごろからいろいろと迷惑をかけられているのだろうな。
「えっと、『落合、今どこにいるの? こっちは全員待ち合わせ場所にいるよ』……と」
葛西がメッセージを書き込む。
落合からの反応はすぐ来た。
「南口で待ってるのに、誰もいないよ! わたしだけ異世界転生してる?」
「『南口のどこよ? 俺たちはエスカレーター下にいる』っと」
葛西がメッセージを追加する。
「南口にエスカレーターなんかないし。あるのは門とフェンスくらいだし」
はあ? 門とフェンスだ? 何言ってんの落合。
「あ、やっぱり。先輩、たぶん落合は学校の南口にいるんじゃないかと思いますよ」
原木がうんざりした顔で言う。
「落合、今日は駅の南口エスカレーター下に集合。ちゃんと送ったメッセージ読んでる? はよ来い!!!」
茅場が怒りに震えて、そんなメッセージを書き込む。
「す、すみませーん!」
直後に落合からそんなメッセージが書き込まれ、「ごめんなさい」のスタンプが三連投される。
ようやく待ち合わせ場所の間違いに気づいたらしい。
「学校南口からここまで、走っても十分くらいはかかるな……」
葛西がため息をつく。
「おかげで移動の計画がめちゃくちゃよ、まったく……はぁ……乗り換えの計画をやりなおさなきゃ……」
茅場も頭を抱えている。
「まあ急ぐ旅でもないから大丈夫ですよ」
神楽坂さんがとりなすように言う。
「また、美沙ちゃ……神楽坂先生はそんなこと言って。そんなんじゃ集団行動はできないの!」
茅場の神楽坂さんへの対応も、相変わらず厳しいものがある。
人間、身内には甘いとか言われたりするけど、ことオンケンに関してはむしろ身内に対して厳しいようだ。
☆☆☆
「ハァ、ハァ、す、すみませーん……場所、間違えちゃった……」
エスカレーター下に落合が到着したのは、八時十五分過ぎのことだった。
茅場は黙って腕組みをしてソッポを向き、落合と目を合わせようともしない。
たぶん目を見たとたん、怒りが大爆発しそうなので、あえて見ずに我慢しているのだろう。
「落合、集合場所くらいちゃんと確認してくれないと。みんなに迷惑がかかるんだぞ」
葛西が落合をたしなめる。
「いやー、ちゃーんと確認したんですけどね、つい間違えちゃったんですよー。スミマセーン。てへ!」
いや落合よ、ちゃんと確認してないから間違えたんだろ? おまけにこの期に及んで「てへ!」はないぞ、「てへ!」は。
落合の反応を聞いた茅場は、プルプル小刻みに震えている。怒りが今にも爆発しそうだ。
「落合、何事もなかったからよかったが、以降はしっかり確認してくれ。二度とこういうことがないように!」
葛西が改めて落合に注意する。
「はーい、大丈夫でーす。じゃあ、さっさと行きますかー。はい、そこ! 荷物持って。じゃあ出発!」
落合はまるで他人ごとみたいにケロッとしてる。
なんだか落合が引率者みたいな物言いだし。
落合がホントに反省してんのか怪しいが、まあとにかく俺たちは出発することになった。
俺も自分の背負ってきたリュックを背負い直し、いつでも出発できるように準備を整える。
茅場は相当不機嫌な顔でぷりぷりしてる。その横で葛西が「まあまあ」と懸命に茅場をなだめている。
事前に買ってあった切符を葛西が部員ひとりひとりに配る。
「じゃあ、固まって順番に改札を入ります。部長と俺が先導するので、神楽坂先生は一番最後からお願いします」
部長と副部長のあとに一年生三人が続き、自然と最後方から俺と神楽坂さんが付いていくという順番になった。
「みんなの前でハル……東さんといっしょに歩くのって、ちょっと緊張します……バレないようにしなきゃ」
「ちょ、か、神楽坂先生近いっ。もう少し離れて歩かないと不自然ですって!」
「えー?」
神楽坂さんは、声は小声で人に聞こえないように気をつかっているんだが、耳元で囁いたりして、これじゃ先生と生徒の距離じゃない。
嬉しいんだが、もっと離れないと。
「おーい、電車来てるからみんな急いで!」
前の方から葛西の声が聞こえる。
慌てて俺はホームへ駆け出そうとした。
が、ふと気づき、いったん神楽坂さんの元に戻ると、神楽坂さんの引いていたキャリーケースの取っ手を縮め、キャリーケースの本体を抱えてさっさとホームへと駆け出す。
神楽坂さんは一瞬あっけにとられたが、嬉しそうに笑みを浮かべて「待ってよ」と言いながら、小走りに俺を追いかけてきた。
いよいよ合宿です☆
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