21番 バカップル爆誕(その二)
「!!!」
えっ、えーー!
そんなハズいコト、言えるかーー!
「ねえ、言って。きっと東さん、わたしの顔見てると、恥ずかしくてそんなこと絶対言えないでしょ? 今はわたしの顔見えないから大丈夫。……だから、ね?」
ほんとに、神楽坂さん、そういうことをどんな顔して言ってんの?
こっちは、神楽坂さんの声でそんなこと言われるだけですごくアツいし、顔どころか耳たぶまで絶対真っ赤っかなんですけど!
「は、恥ずかしい……ですよ。顔見てなくても、そんなの、その恥ずかしくて……とても、言えません」
「えー、そんなのズルいよぉ。……わたしのコト、嫌いなの?」
「そ、そんなワケないのは、よく知ってるでしょー!」
「東さん、女の子はね、いつだって言葉がほしいの」
だ・か・ら、もうやめてー。超ハズカシー!!!
もはや俺のライフゲージはゼロなんですけど。
「言ってよ。言ってくれなきゃ、もう……知らないっ」
「あの、神楽坂っ……じゃなかった、みぃ? みぃちゃん?」
「…………」
困った。神楽坂さんの反応がなくなった。
でもスピーカーに耳を当ててると、息を潜めて俺の反応を伺ってる気配があるんだよねー……。
「はぁ、わかりましたよ。言いますよ。言えばいいんですね?」
「……そんな、イヤイヤ言うんだったら、もう言わなくてもイイですよーだ」
「いや、イヤイヤだなんて、そんなことない! 言います、言わせてください。お願いします!」
ああ、神楽坂さんってこんな人だったのか。
もっと大人かと思ってたけど、甘えたりスネたり、ほんとに可愛い人だ。
俺はこの人と出会えて、関わり合いができて、とても愛おしく思っている。
どれほど神楽坂さんに伝わるかは心許ないが、その思いを精一杯込めて、彼女への言葉にしよう。
「……みぃ、きみと出会えてよかった。大好きだよ」
「わたしも、すごくしあわせ。……ハルマチくん、大好きよ」
「――――!!!」
うわ、これなに。
あっつー!
ほんとに超音波で叫び出したくなるなぁ。
嬉しくて、しあわせで、声すら出ない。
胸が温かくて、いっぱいで。
俺、いま神楽坂さんとふたり、きっと世界一しあわせだ。
「えーっと、……みぃ?」
「……なあに?」
「みぃのことは『みぃ』って呼ぶことになったけど……俺のことはなんて呼んでもらおうかな?」
「えっ! えーと、さっき『ハルマチくん』って呼んだじゃない。あれじゃダメ?」
「えー、だって葛西だって、同じクラスの中野だって、男友達はみんな『ハルマチ』って呼んでるよ? 全然特別な呼び方じゃないんだけど」
「そんなこと言われても……困るなぁ」
「さっきはみぃ、自分の呼び方を俺に考えさせたでしょ。今度はみぃが、俺の呼び方考える番だよ!」
「うーん、まあそうだよね。うん、わかった」
神楽坂さんは素直に俺の申し出に応じてくれた。
「たしかに、東さん、っていうかハルマチくん?をどう呼びたいか、ってのもあるよね。せっかくだから、可愛く呼んであげたいな」
俺が神楽坂さんに呼び方を考えさせてるくせに、なんだか俺のほうが緊張してきた。
まあ名前から考えると、呼び方にそんなにバリエーションがあるワケじゃないと思うけどね。
「じゃあねえ、例えば……」
神楽坂さん、そんなにタメなくていいですよ。
緊張するから、ズバッと言ってください。
「うーん……『アズハル』とか?」
「アズハル、っすか……?」
「うん、東さんはアズマ・ハルマチでしょ? だからアズハル」
「えー……却下」
「なんでよー、『ねーねー、アズハル』とか呼ぶの、良くない?」
いや、アオハルじゃないんだから。
過去にそんな呼ばれ方されたこともないし。
「もうちょい、なんかないかな……」
「えー、じゃあ『ハルハル』?」
「……そういう路線から離れてもらえませんか」
「東さん、意外にワガママだなぁ……。じゃあ『マッチ』とか?」
「なんか、古の歌手みたいですね」
「東さん、文句ばっかり! じゃあ、なんて呼ばれたいの?」
「……自分で言うの、恥ずかしいんだけど」
「えー、わたしにそんな恥ずかしい呼び方させたいの? どんなどんな? 言ってみて?」
くそぉ、完全に面白がってるな、神楽坂さんめ。
普通に発想すれば、すぐ出てきそうなもんだが。
「……例えば『ハルくん』とか……ただの『ハル』でもいいかも」
「ハールくんっ! ふふっ、ハルくん!」
「きゅ、急に言うなし! ヤ、ヤバいよ……」
「もう照れちゃって。かわいい……」
や、自分で挙げた呼び方候補だけど、思いのほか破壊力抜群だった。
で、でも、悪くないなあ……。
「ハルくんっていうの、言いやすくて好きかも。たまには『ハル♡』って呼び捨てもいいね。じゃあ、これで決定でいい?」
「あ、おう。いいと……思います」
「じゃ、さっそく、お互いを呼び合ってみちゃう?」
「はぁ? マジですか……なんかハズいなぁ……」
「じゃあ、いくねー。……ハルくんっ」
「……なんだい、みぃ」
「ハルくん、ハルくん、ハルくぅん♡」
「…………くーっ! 恥ずかしいですよ、かぐ……みぃさん」
「あーっ、いま『神楽坂さん』って言いそうになったでしょ。ダメだよー」
あう……このやり取り、外から見てる人には、単なるバカップルに見えるんじゃないかな……。
中野&いずみとか、最近では葛西&茅場とかをさんざんバカップル呼ばわりしてきた俺が、まさかその仲間に加わることになろうとは。
神楽坂さん&俺のバカップル爆誕だ。うーむ……。
「ハルくん、いま何考えてた?」
「えっ、いや、なんと言うか、その……」
「なんか、わたしたちバカみたいって思ったでしょ?」
「あー、まー、うん……」
「やっぱりー。でもね、今のわたしたちにはそういうのが必要なの。絶対に」
「そうなの、かな?」
「そうだよー。だってハルくん、これまでお互いにこんなバカみたいな呼び方で呼び合ったり、こんなドキドキしたやり取りしたり、そしてこんな楽しくて温かい気持ちになったりしたこと、ある?」
「いや、ない、けど」
「わたしたち、単にアプリで話してるだけなんだよ。なのに、こんなに楽しいし嬉しい。わたしも初めてだよ、こんな経験。わたしたちより先に、こんな楽しい経験してた人がいるなんてズルい。ほんとにそう思う」
「…………」
「わたし、きっと今日、この時間のこと一生忘れないと思う。今日、この時間、わたしとこんなに楽しい時間を共有してくれて本当にありがとう、ハルくん!」
俺は、言葉が出なかった。
こんなにも温かくて、優しい言葉をもらうことができるなんて。
「みぃ、これから大切にするから。絶対大切にするからね」
「うん。ハルくん、ありがとう。わたしもハルくんのこと、大切にするね。大好き♡」
その後も、なかなかどちらからも通話を切ることができないまま、俺たちの夜は更けていったのだった。




