21番 バカップル爆誕(その一)
「それじゃ、お先に失礼します」
「連絡待ってまーす。あ、清華ちゃん、これからヒマ?水着見に行こうよ!」
「えー、今から? ほんとに?」
臨時全体集会が終わり、オンケン部員はそれぞれ社会科資料室を後にする。
「俺たちはこれから、ここで合宿についてもう少し詰めていきますから、先生方はお先にどうぞ。東も先に帰っていいぞ」
葛西が残っていた俺たちに声をかけ、部屋から出ていくように促す。
葛西め、単に茅場とふたりきりになりたいだけじゃないのか?
「ああ、じゃあ部長、副部長で後は頼むな。じゃ神楽坂先生、行きましょうか」
「はい。じゃあ茅場さん、葛西くん、後はよろしくね。東くんも行きましょう」
「あ、はい」
神楽坂さんに声をかけられて、俺はさくらちゃんと神楽坂さんに続いて社会科資料室を後にする。
「いやー、合宿かあ。いいなぁ。わたしが顧問をやってる間に一回くらいはやりたかったんだけど、美沙ちゃんの卒業後はあんまりそんな話にならなくてね……」
さくらちゃんが少し残念そうな表情で、そんなことを口にする。
「間接的にしか知りませんが、わたしたちの世代の卒業後、オンケンはなかなか活発な活動はできなかったと聞いています。文化祭の出し物を考えるのが精一杯だったとか」
「まあそうだね。美沙ちゃんの言うとおりだよ。いろいろとゴタゴタもあったからね。でもこれからはいろいろ楽しくなりそうじゃない?」
「ええ。茉稚さんと葛西さんはしっかりしてますし、一年生もそれぞれ個性的ですよね」
「おまけに東くんと美沙ちゃんでしょ? 面白いことが出来そうな人材が揃ってっ……ウッ!」
さくらちゃんが、急に口を手で押さえ、廊下の壁に手をつき立ち止まる。
「さ、さくら先生! 大丈夫ですか! どうしました?」
「さくらちゃん!」
「す、すまない、悪阻なんだ……さっきの会議のときから我慢してたんだけど……神楽坂先生すまないけど、トイレまで付き添ってもらえるかな……」
「は、はい! 東さんはもう帰ってもらっていいですから。後で連絡もらえますか」
「わ、わかりました」
さくらちゃんに肩を貸して背中をさすりつつ、神楽坂さんはさくらちゃんを女子トイレのほうへ連れていく。
俺がさくらちゃんを支えてあげるべきだっただろうか。
いや、さくらちゃんも神楽坂さんも、あえて俺の手を借りたいとは言わなかった。そこには、女性としての微妙な感情があるような気がする。
そんなことをすると、かえって俺に対して気を使わせてしまうというか。
こんな場面で、女性のことがわからない俺がみたいなヤツが、ここぞとばかりしゃしゃり出るのは偽善というか、ウソっぽいよね。
ツワリに関わるだけに、ウソというよりイツワリと言うべきか?
……こういうふざけたことを言うと、神楽坂さんに心底怒られそうだ。
気にはなったが、後のことは神楽坂さんにお願いすることにして、俺は学校から帰宅した。
☆☆☆
「あの後、さくらちゃんは大丈夫でしたか?」
「ええ、しばらくしたら落ち着かれましたよ。東さんに心配かけちゃったなぁ……って、逆に心配してました」
「そうですか」
夜になってから、アプリ通話で神楽坂さんと話す。
呼び出すと、ワンコールもしないうちに神楽坂さんが出てくれた。
もしかしたら、かかってくるのを待っててくれたのかな?
ちょっと嬉しい。
「保健室でしばらく休んでいただいて、その間に念のため浦安先生にも状況をお知らせしたんですけど、浦安先生ったら慌てて飛んできちゃって。『大丈夫か、大丈夫か』ってすごく心配して。優しいですね、浦安先生」
「まあ優しいというか、良くも悪くも心配性ですね、浦安先生は。さくらちゃんの件で相談されてたときも『そんなことありえないでしょ!』ってコトを何度も何度もさくらちゃんについて、相談されましたよ」
「…………」
ん? なんだ、この微妙な間は。
「……東さん、さくら先生のこと、いつも『さくらちゃん』って言いますよね」
「ああ、まあ、そうですね。葛西とかもそう言ってるし、クラスではみんなそんな呼び方です」
「…………」
「ん? 神楽坂さん?」
「……なんか、ズルい」
「えっ? 何がですか?」
「だって……東さん、わたしのこと……いっつも苗字で呼んでるもん」
あー、そこかぁ……。
「あー……ははっ、そう、ですね……」
「……さくら先生のことは『さくらちゃん』って呼んでるのに」
「……じゃあ、神楽坂さ……じゃなかった、なんて呼んでほしいんですか?」
「わたしに聞く前に、まず東さんが考えてみてくださいよっ」
あらら、ヘソを曲げられちゃったかな?
でも、そういうところも可愛い。
どんな顔して話してるのか、顔が見たいって思っちゃうよ。
「えーっと、じゃあ『神楽坂先生』かな?」
「……怒りますよ」
「いや、あの、さすがに学校では、そう呼ばないといけないでしょ?」
「そんなのわかってますぅ。校内やオンケンでは『神楽坂先生』で我慢するつもりでいますぅ。そうじゃなくて、ふたりのときの呼び方でしょ、今言ってるのは!」
むくれてる雰囲気、満載になっちゃった。
ちょっとからかい過ぎたかな。
「じゃあ、素直に『美沙ちゃん』でどうですか?」
「うーん……」
は? そこ悩むトコ?
普通に「美沙ちゃん」で決まりだ、と思ってたんだけどなー。
他に何か呼び方あるっけ??
「……わりと普通ですよね、それ。さくら先生やちーちゃんもそう呼んでるし。茉記先生なんて『美沙』って呼び捨てだし。特別感がないんですよね」
まあたしかにそうだけどさ。
そもそも、いきなり「美沙」なんて呼び捨てにしろ、とか言われてもハードル高すぎだよ。
「うーん……それじゃあ、茅場のマネをして『みーちゃん』とか?」
「それじゃ、なんかネコみたい……でも、言葉の響きは可愛くて好きかも」
「じゃあ『みぃ』とか、どう?」
「『みぃ』か……うん『みぃ』いいかも。それにする。じゃあ東さん……さっそく、呼んでみて」
「……みぃ」
「…………」
「…………? あれ、無反応? あの……神楽坂さん?」
「んもう! せっかく『みぃ』って呼ばれる幸せに浸ってたのに! 次の『神楽坂さん』で台無し!……これから、ふたりきりのときは『神楽坂さん』は禁止ですから。ねっ」
「わかったよ……みぃ」
「――――!」
なんか、声にならない声というか、超音波みたいなの出してない?
「……あの、これ、不意打ちで呼ばれるとキョーレツなんですけど。めっちゃ照れますぅ///」
すごい喜んでるな。よかったよかった。
でも俺の心の中の声は、引き続き「神楽坂さん呼び」でいこう。そうしないと照れ死ぬ。
「ねえ、東さん。お願いがあるんだけど……」
「ん、なんですか?」
「んっとね、あのね……」
なんか神楽坂さん、モジモジしてる。
「その、みぃ呼びでね? 言ってほしい……」
「なに?」
「あの……す、すきって……言って、ほしい、な?」
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