20番 新体制スタート!(その一)
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「この度、東西高校の養護教諭になります、神楽坂美沙です。飯田橋先生が築いてこられた生徒さんたちとの信頼関係をしっかり守っていきたいと思います。よろしくお願いします」
夏休み前の終業式。
校長先生から夏休みの諸注意が与えられた後、体調不良によりしばらくの間お休みになる飯田橋先生と、その後任の神楽坂先生のふたりから、挨拶がなされた。
飯田橋先生からは、体調を戻して早く仕事に戻れるよう努力したい、との話があった。
「なお、これまで飯田橋先生が顧問を務められた音楽研究部については、引き続き神楽坂先生にご担当いただく予定です」
終業式では補足的に部活顧問についても触れられた。
この出来事に対する東西高校の男子生徒の反応は大きく二分されたようだ。
ひとつは、飯田橋先生の休業入りに対する心配と、不在となることについての寂しさを訴える声。
憧れの年上女性の代名詞として、また捌けた姉御として、慕う男子(一部に教職員を含む)が多かった「さくらちゃん」に対する反応としては、ごく当然だろう。
もうひとつは、新任の神楽坂先生に対する驚きと憧れ、それと期待の声。
終業式の際、神楽坂先生が壇上に上がるや、体育館のそこここから「マジか!かわええ」「歳いくつなんだよ?俺たちと変わんなくね?」などの声に混じって、「うおっ、胸デカくねえ?」という早くも不穏な声が。
若くて童顔で、なんといってもきょにうの先生が新たに保健室の先生になったという事実は、終業式の終了後、瞬く間にこの学校の男子の話題を席巻した。
終業式の日は、成績表の交付くらいしかトピックスがなく、生徒の気持ちはすぐに夏休みに向かうのが普通なのだが、俺が聞く限り、今回ばかりは男子生徒を中心に、ふたりの養護教諭の話題で盛り上がっていた。
「やれやれ、東よ、前途多難だな……」
成績表の受け渡しの後、ホームルームでC組担任の浦安先生からの夏休み中の注意――夏休み中オレは忙しいから、オレに迷惑が掛かるようなことだけはするな――が終わり解散!となった直後の葛西のひとことだ。
体育館から教室に戻ろうとした葛西が、廊下が混んでいたので遠回りして戻る途中、たまたま保健室前を通り掛かると、すでに一部の男子どもが神楽坂先生への接触を図ろうとしていたらしい。
さくらちゃんが盾となってくれて「しっ、しっ!」と追い払っていたようだが、たしかに前途多難だな……。
俺は改めて、自分の選んだ道の険しさを再認識せざるを得なかった。
さて、本来ならホームルームが終われば、生徒はみなそれぞれの夏休みに突入するのだが、オンケン部員たちはその前にワンステップある。
今日は、オンケンの臨時全体会議が開かれる予定となっているのだ。
それも、顧問の交代があるのと、新入部員(つまり俺)の紹介、今後の予定の確認、とテーマが盛りだくさん。
部室であるいつもの社会科資料室に、新旧両顧問、茅場部長と葛西副部長(オンケンはこの度、副部長職を新設した)、部員三名に新入部員である俺の合計八名が勢揃いだ。
司会はもちろん、部長である茅場茉稚。
髪の毛を切ってショートボブにしてからは、男子からは「可愛い」と評判の一方、男子に対する毒舌ぶりはますます切れ味鋭くなっているため、女子からは一目置かれる存在になっている。
「みなさんお集まりいただき、ありがとうございます。この度、長きにわたって当部の顧問を務められた飯田橋さくら先生が、しばらくお休みに入られることになりましたので、ご挨拶いただきます。それでは、先生」
「みなさんお疲れさま。個人的な事情により、しばらくの間お休みをいただくことになりました。うまくいけば来年、遅くとも再来年には復帰したいと思ってるの。ご迷惑かけるけど、それまでよろしく頼むわね」
さくらちゃんがそう挨拶する。
終業式では体調不良と案内されたが、外見はそう見えない。俺の見るところ、一年生の原木や中山は少々怪訝な顔をしている。
ただ、ふたりとも気遣える子たちなので、もしかするとメンタル系の病気の可能性を考えて、あえて病名には触れないようにしていそうだ。
「先生、任せてください。先生が戻られるころにはわたしの活躍で、部員が多くてこの部屋に入りきれなくなってると思うから、部室変更の相談に乗ってくださいね」
同じ一年でも、そういう細かいことには無頓着な落合は、落合らしくそんなことを言っている。
「わかった。そのときのことを楽しみにしてるわ。しっかり頼んだわよ」
さくらちゃんがニコニコしながら落合に話しかける。
「さて、次は後任の顧問になられる神楽坂美沙先生からご挨拶をいただきます。それでは美沙……んっ、んん、神楽坂先生、お願いします」
「はい。ご紹介いただいた神楽坂です。実はわたし、この学校のOGです。オンケンに関われてとっても嬉しいです。みなさん全員とオンケンを盛り上げていきたいと思っています。よろしくお願いします」
神楽坂さんのこの挨拶には、とある前提がある。
遡ること、二日前。
水曜日の夕方、茅場家に俺と葛西が呼ばれ、そこに住んでいる茅場と神楽坂さんが同席するかたちで、打ち合わせが持たれたのは、すでに話したとおり。
この打ち合わせで決まったことが何点かある。
神楽坂さんの挨拶は、その決まりごとの内容を踏まえているのだ。
なお、これらの決まりごとについては俺、葛西、茅場、神楽坂さんの四人は必ず守ること、とされた。
まず、俺と神楽坂さんが付き合っている事実は、俺たち四人、プラスさくらちゃんと茉記先生を合わせた合計六人以外には絶対に他言しないこと。
なんと、これについては、さくらちゃんの夫である浦安先生にも秘密にすることになっている。
浦安先生は神楽坂さんの同僚になるわけで、そこから情報が漏れるのを避けるためだ。
もちろん、浦安先生に言わないよう、さくらちゃんにも厳しく口止めしている。
次に、神楽坂さんがオンケンの創設者かつ初代部長であることは伏せ、神楽坂さんは顧問という立場を遵守すること。
これは茅場部長からの強い要望で決められた。
そうしないと、神楽坂さんがオンケンのさまざまなことに対して決定権を握りかねない、という茅場部長の危機感によるものだ。
三つ目は、オンケンの活動を活性化するための検討をオンケン全体で考えること。
これは去年までの体制では三年生中心に考えていた。
去年の二年と三年の対立で二年生が全員オンケンを辞め、三年生が卒業してしまった後は茅場と葛西が担っていたものだが、結局不十分な状態に陥っていた。
そこで今回、活性化の推進は正式に副部長の担当とされ、その副部長に葛西が任命された、ということだ。
今回の臨時全体集会では、副部長が任命された趣旨が部員全員に説明されるとともに、活動の活性化に向けて全員が努力するよう周知されることになっていた。
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