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1番 ボーイ・ミーツ・歯科(その二)

「おーい色男、さくらちゃん何だって? 何の話だった?」


 俺が帰って来るのを待ち構えていたらしい葛西在生かさい ありお中野路広なかの みちひろが声をかけてきた。クラスでいつもつるんでいるヤツらだ。


「この封筒を歯医者に持って行って、しばらく通えってさ。歯医者なんかもう何年も行ってないし、どこ行っていいかもわからん」

 ため息まじりに俺がこぼす。


「あーなるほど。健康診断で歯が引っかかったか。それはご愁傷様」

「コレなんて読むんだ? ご、ご……さむらい?」


 葛西は同情してくれたが、中野はそんなことお構いなしで封筒の「御侍史」の文字を見て悩んでる。

 やっぱ読めないよな。


「そりゃ、『おんじし』だな」

 意外に物知りな葛西がそう言った。

「おんじし?」


侍史じしってのは昔の偉い人の秘書だ。

 偉い人に直接手紙を出すのは恐れ多いから秘書宛てに出します、みたいな意味が御侍史だ。

 たまに手紙とかで『〇〇御中』とかあるだろ? あれと同じ感じ。

 医者の名前の下につけることが多い」


「そんなのよく知ってるなー」

 中野が呆れ口調でツッコむ。


「まあな、雑学は任せろ。テストとかでは何の役にも立たんが」


「物知りついでに、この近くでいい歯医者を知らないか? こっちはまったく心当たりがないんだが」


 葛西ならどこか知ってそうに思ったので、ダメもとで聞いてみる。


 そこに中野が口を挟んでくる。

「駅前の百均の入ってるビルの上に歯医者なかったっけ? たしかカンバン出てた」


 中野がそう言うと、葛西は頭を振って答える。

「あー、あそこはヤブらしいぞ。A組の木場が虫歯かなんかであそこに通ってたが、詰め物が取れたあとの処置がマズくてだいぶ痛かったらしい」

「マジか」


「うーん、歯医者ねえ……」

 クビを捻って、知ってる歯医者をしばらく脳内検索していたらしい葛西だったが、何を思いついたのか急にニヤニヤしだす。


「いい歯医者かどうかは知らんが、機会があれば一度くらいは行ってみたい、という歯医者ならある」

「なんだそりゃ」


「でもなー、ハルマチに教えるのちょっと悔しいなあ」


「歯医者を教えるのに、悔しいも何もあるかよ。葛西はその歯医者行く予定ないの?」


「俺はさ、生まれてこの方、一度も虫歯になったことないんだよ。だから残念だが、その歯医者に行く予定はないなあ」


 葛西が、わざとだろう、歯をむき出しにしてニカッと笑う。

 たしかに白くて健康的な歯をしているな。なるほど。


「じゃ、なんで行きたい歯医者がある、なんて言うんだよ」

 中野が当然のツッコミ。


「聞きたいか?」

「うん、聞きたい聞きたい!」

「しゃーないなあ。実は……」

 と葛西が口を割ろうとした、そのとき。


「ミチヒロー、迎えに来たよー。いっしょにかーえろっ!」

 教室の前のドアから、B組の妙典みょうでんいずみがかわいい顔して楽しそうに入ってきた。いずみは中野の彼女だ。


「あーらら、もう妙典が来ちゃったか。惜しかったなあ。じゃあ中野、また今度、機会があったら教えてやる。バカップルはさっさと帰れ帰れ!」


「えー、葛西、頼むよー。教えてくれよー」

「えーなになに? なんの話?」

 中野の様子を不思議に思ったいずみが、葛西に話しかけてくる。


 葛西はニヤニヤしながら、中野といずみに向かって、シッシッというように手を振る。


「バカップルには関係ない話だよ。妙典が来る前だったらよかったんだけどな」

「だから、何の話よ」

 いずみが、うさんくさそうな顔をして追及してくる。


「まー、なんていうの? えっちな年上の女性の歯医者さんの話? 患者さんにあーんなことやこーんなことをしてくれるらしいぞ?」

「え、マジマジ? 聞きたい聞きたい!」


 中野がすごい勢いで食い付くのを見て、いずみが明らかにムッとした顔をすると、中野の耳をぐいーっ!と強烈に引っ張る。


「ミ・チ・ヒ・ロ、帰るわよ。なんなのその反応。さっさと来なさい。帰りながらじっくりお話ししましょう、ねっ!」


「ひぃーん、行く、行くから! 行くからやめてー! イタタタタ……」


「おー中野、また明日なー」

 いずみに耳を引っ張られた状態で、中野は引きずられるように教室から出て行った。


「あんな感じでも、ちょっと目を離すと、すぐいちゃいちゃするからなあ、アイツら」


 中野は悪いヤツではないが、ロクなヤツでもない。

 顔も人がらも悪くはないが、結構いい加減なところがあるから、中野は一部の女子からは嫌われている。


 だが、なぜかいずみはベタ惚れだ。


 いずみのほうからアプローチしたと言われているが、女好きの中野がまさか特定の女子、それも美少女といって良いいずみと付き合うとは誰も想像していなかった。


 だからヤツらの交際が発覚したときは、周囲のみんなが驚愕したものだ。


 ある意味、俺もうらやましい。

 まあ、でも俺は同い年よりも、どちらかと言うと年上のお姉さんのほうがいいんだよなー。


 正直、飯田橋先生くらいまでの年齢差は、余裕で射程距離に入る。

 とはいえ、実際に年上の女性と付き合ったことはないのだが。


 というより、年上年下関係なく、年齢イコール彼女いない歴というのが俺だ。


 あらためて思い返してみても、せいぜい幼稚園のころに「結婚ごっこ」をしたくらいしか、浮いた話がない。


 ざまあみろ。

 などと自分で言ってしまうことが悲しい……。


 いやいや、そんなことより、今は葛西を追及すべきことがある。


「葛西っ! 今さっき聞き捨てならないことを言わなかったか?」


「ん? なんのこと? 俺、なんか言ったっけ?」


「だーかーらー、その、歯医者さんの話だよ! あの、なんていうか、女性の歯医者さんの!」

「はい?」


「あー、えっとだな、言ってたじゃん、なんでも『あーんなこと、こーんなこと』とか? あれマジか?」


 葛西はわかっててわざとボケていたらしく、「ああ、あれか」と口を歪めながら言うと、ついに耐えきれなくなったらしく「……ぶっ、ぶふっ!」と吹き出し、「ふはははははは!!」と大爆笑した。


「なっ、なんだよー。何笑ってんだよ」


「あー、なんだよー、結局おまえも中野と同じかよー。まったく笑かしてくれるわ。おまえらほんっと最高だな!」


 ひとしきり笑った葛西が、涙目を拭いながらそんなことを口にする。


「いや、だから実際に、その、そういう歯医者さんがいるのか?」


「アホか! いるワケないだろー、そんな歯医者」

 呆れたように葛西が言う。


「そんなんいたら、まず俺がお世話になっとるわ。虫歯とは関係なくな」


 まあ、そうか。

 俺ならそうかもな。


 でもな、葛西は違うかも。

 実は葛西はそれなりにモテるタイプだ。


 人当たりはいいし、面倒見もよくて優しいところもあるし、知識も豊富で、話していて飽きるということがない。


 誰に対しても分け隔てがないから、男女問わず葛西に話しかけてくるヤツは多い。


 だから今付き合ってる女子はいないが、結構コクられたりしているのを俺は知っている。ただ「今はそんな気分じゃない」とかなんとかで、断っているっぽい。


 だから、えっちなことをしようと思えば、葛西の場合、そのチャンスは全然あるのだ。俺とは違って。

 わざわざ女性の歯医者さんにお世話になる必要はないだろう。


 そんなことを思っていると、

「そういうえっちな歯医者はいないけれども、だ」

 葛西が少し言葉をあらためて俺に話しかける。


「ん?」

「きれいな女性ばかりでやっている歯科クリニックはあるぞ。聞いてるところでは、歯科治療の腕前も悪くないらしい。それを思い出してた」


 葛西がにっこり笑ってこちらを見る。

「興味はあるかい、ハルマチ?」

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