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7番 秘密の逢瀬(その一)

「ういーす」

 土日をデンタルケアに努め、この月曜も朝からしっかりばっちりハミガキした俺は、息さわやかに二年C組の教室に到着した。


 今現在、このクラスで最も口腔ケアが行き届いてるのは俺である、と断言しても過言ではないだろう。


 前の席の葛西はまだ来てないみたいだな、と思った直後。

「おーハルマチー、金曜日はあれからどうだったー?」

 後ろから、腕を俺のクビに絡めながら話しかけてくるヤツがいる。

 葛西の声だ。


 んにゃろー、ふざけやがって。

「葛西ぃー、オマエ、歯医者が茅場んチだって知ってて俺に黙ってたな? 何で言わねーんだよ!」


「ありゃりゃ、もうバレちゃったか。もうちょいひっぱれるかなと思ったんだけど。いやーすまんすまん」


 すまんすまんと言いながら、葛西はしれっとしていて、悪かったとはまったく思ってなさそうだ。


「俺が歯医者を紹介したとき、おまえはまだ茅場のこと知らなかったろ? んで、おまえが茅場を初めて知ったとき、ヤツはだいぶ感じ悪かった。そのタイミングで『紹介した歯医者は茅場んチだから』とは言い出せなくてな」


 俺が茅場を知ったのが、茅場が葛西に文句を言ったあのタイミングだったことは間違いない。


 あのときたしかに茅場は、葛西に対してだけではなく全方位に向けて「感じ悪い」オーラを出していた。


 だが俺が茅場を「感じ悪い」と思った理由はそれじゃない。


 まあ葛西が誤解するのはわかる。茅場が俺に発した「神楽坂さんに馴れ馴れしくしないで」という言葉は、葛西には聞こえなかっただろうからな。


 いきなり知らないヤツからそんなこと言われて「感じ悪い」と思わないほうがどうかしてる。


 その茅場茉稚が俺と話したいと言う。それも今日。


 いや、学校で見る地味め小さめショートカット黒セルフレームメガネ女子の茅場茉稚はまったく好みじゃないが、俺は茅場の真の姿を知っている。


 目鼻立ちの整ったちっちゃめ美形女子だもんなぁ。


 多少の感じの悪さには目をつぶって、呼び出しに応じてやらんわけでもない。


「おいハルマチ、人の話聞いてるか?」

「ああ、すまん。ちょっとぼーっとしてた。まあ事情はわかったが、それでもおまえ、内心『面白いことになるぞー』とか思ってただろ!」

「んー、まーそれは否定しない。ああ見えて茉稚は学校の外ではだいぶかわいいからな。もし歯医者で目撃したらおまえは挙動不審になるんじゃねー、とは思ったよ」


 けっ、たしかに歯科クリニックの美形受付嬢が茅場だとわかったときは、動揺して挙動不審になったけどさ。


 それよりコイツ、しれっと茅場のことを名前呼びしたぞ。


 昔の同級生とか言ってたけど、茅場に言われてから葛西は毎日オンケンに通ってるみたいだし、日頃は名前呼びを隠してるっぽい時点でいろいろ怪しい。


 その辺も含めて、茅場と話をしないといかんな。


 茅場とは昼休みに会うことになってる。

 向こうは向こうで話したいことがあるんだろうが、こっちとしても茅場に確認しておきたいことを準備して臨む必要がありそうだ。


          ☆☆☆


 午前中の授業が終わって、いつもなら葛西と昼メシを食うところなのだが、今日はそういうわけにいかない。


「悪りぃけど、昼休み、歯の件で保健室に行かないといけないんだよな」

「歯の件?」

 葛西が不審な顔で聞いてくる。


「うん、おまえにも歯医者を紹介してもらったけど、デンタルケアっていうの? その件でさくらちゃんにも指導してもらっててさ、その報告とかなんとかがあってさー」

「そうなのか。まあじゃあ仕方ないな。今日は中野たちと食うわ」


 葛西は俺の言うことを素直に信じたようで、そのまま俺のもとから離れていった。


 さくらちゃんに休日偶然会って、デンタルケアの指導を受けたことは本当だし、タイミングをみてさくらちゃんには状況報告するつもりだから、葛西に言ったことはまるっきりウソというわけじゃない。

 葛西許せ。


 葛西の姿が見えなくなると、俺は茅場との待ち合わせ場所へと急いだ。


 校内で、なるべく人に見られずにゆっくり話せる場所、というのはおのずと限られてくるが、茅場に指定された場所は社会科資料室だ。


 社会科資料室は俺たちが主に授業を受けている新校舎ではなく、少し離れた旧校舎棟にある。


 旧校舎棟には、音楽室や美術室、理科実験室、工作室など、いわゆる特別教室のほか、化学準備室、地学準備室など授業科目に関係する道具や資料を保管する部屋が集まっている。


 社会科資料室は主に地理と歴史の資料が保管されている部屋で、通常教室を半分に仕切り、山脈の立体模型だの、長大な世界史年表だの、ハニワのレプリカだのが置いてあるらしい。四階建ての旧校舎の三階だ。


 そしてこの部屋をオンケンは部室として使っているのだそうだ。


 わが東西高校には、音楽系の部活として吹奏楽部と軽音楽部、そしてオンケン(音楽研究部)があり、音楽室や楽器室などを吹奏楽部、防音室を軽音楽部がそれぞれ部室として使っているとのこと。


 音楽系でも、実際に楽器の演奏をしないオンケンは、防音や吸音設備のない社会科資料室を部室としてあてがわれているらしい。


 人の多い新校舎から離れているのと、他の部活と違って昼休みに部員が部屋に寄り付くことはほぼないというのが、茅場がこの部屋を待ち合わせ場所として選んだ理由だ。


 俺は一階まで降りて、旧校舎棟に繋がる渡り廊下を通り、旧校舎棟の内階段で三階に上がった。


 下の音楽室あたりから、トランペットとかクラリネットとかの楽器で、同じフレーズを何度も吹いている音が聞こえる。


 そんな喧騒の中、俺は三階の廊下を歩いて、その中ほどにある社会科資料室と書かれた部屋の引き戸を開ける。


 雑然とした部屋の真ん中に折りたたみ机がいくつかくっつけられて、全体として大きな机っぽく使えるようになっており、その机の窓際に近いところに茅場が座っていた。


「おう」

「こんにちは、東くん。オンケンへようこそ。好きなところに座って」


 俺は机の左側へ回り、茅場から見て右斜め前の椅子に腰かける。


 学校モードの茅場は、真面目小さめ黒メガネの冴えない女子だ。黙って座っている限り、まったく魅力的には見えない。


「それで茅場、俺をこんなところへ呼び出した理由は? 何の話だ?」

「こんなところってなによ。これでもオンケンの部室だし、どこに呼び出そうかってだいぶ考えたんだから。東くん的には体育館裏とかに、いかにも告白っぽく呼び出したほうが良かった?」

「それはやめろ。おまえみたいなヤツと会ってるとこ誰かに見られたら、俺終わっちゃうから。それだけは勘弁してくれ」

「……東、あんた結構失礼だね。さすが葛西の友人」

 茅場は思ったより軽妙で、毒舌だ。


「わたしからの用件は二つ。ひとつはお詫び、もうひとつはお願い、かな」

「お詫びとお願い、ねえ」

 そのタイミングで茅場は態度を改める。


「廊下で突然、『神楽坂さんに馴れ馴れしくしないで』なんて言ってごめんなさい。一度も話したことない人にそんなこというなんて、わたしがどうかしてた」


 茅場は、両方のひじから手のひらまでをぴったりと机につけ、うつむいて頭を下げるように言った。


 どんな表情をしているのかは、前髪とメガネが邪魔でよくわからない。


「東くんがいっつも葛西といっしょにいるのを見てて、なんか知り合いみたいな気になってた。考えてみたら、ちゃんと話すの今日が初めてだよね。ごめん……」


 そうやって素直に謝られてしまうと、こちらとしても受け入れざるを得ないなあ。


「ま、そんなに気にしてないからいいけど。それより、なんでそんなこと言ったんだ? おまえと神楽坂さん、何か特別な関係でもあんの?」

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