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6番 休日の一幕(その二)

 マウスウォッシュのボトルを持ったままフラフラとリビングに行くと、母親がキッチンで洗い物をしている。


「ちょっと聞いてくれよー、カナのヤツがさ……」

 俺は先ほどの妹とのやり取りをボソボソと母親に話した。


 ちょうど皿を洗い終わった母親は、タオルで手を拭きながら「あーカナちゃん、とうとう言っちゃったんだ」と妹を憐れむようにつぶやいた。


「あんた、あんまり真面目にハミガキしないから。カナちゃんはちょっと神経質なところがあって、ニオイには敏感なのよ。あたしやお父さんはあんまり気にはならないけどね」

「そうなのか? カナは家族みんなが迷惑してる的なこと言ってたぞ?」

「別にそこまでとは思ってないわよ」

「俺、周りの友だちに嫌われたりしない?」

「まあ大丈夫じゃないの」


 妹が言うほどではない、ってことか。

 だとすると、葛西や中野たちには迷惑はかかってないかもしれない。

 ちょっとホッとする。


 その顔を見て、母親が俺を諭すように続ける。

「でもあたしたちでも気になるときがあるんだから、毎日ハミガキくらいはちゃんとしなさいよ? あんたがちゃんとしたら、その分カナちゃんは受験に集中できるんだから。歯医者にもちゃんと行くのよ?」

「へいへい、わかってますって」


 まあ、言われないでも歯医者には行くけどさ。

 虫歯菌のかたまりが自分の口の中に溜まったままというのは、さすがに自分でもどうかと思う。


 まあそれに、神楽坂さんに会える楽しみもあるしね。


 俺は妹から投げられたマウスウォッシュのボトルを洗面台のところへ持って行った。

 気まぐれにボトルのキャップを覆っている透明のプラスチックを剥がし、キャップ内部の線まで青い液を注いで、口の中に運ぶ。


 強烈なミントの刺激が口の中に広がる。

 刺激は最初は痛いほどだが、我慢して口の中全体に行き渡らせるようにする。二度、三度と全体に行き渡らせたあと、洗面台のボウルに吐き出す。

 なんだか口の中がヒリヒリする。


 口の前に手を持っていって、ハーっと息をはいて口のニオイを嗅いでみたが、これでニオイが防げているのかどうか、正直よくわからない。


 でも爽快感はあって、気分は悪くない。

 とりあえず明日から毎日使ってみることにしようか。ハミガキもちょっとは真面目にやんなきゃなあ。


 そうだハミガキといえば、神楽坂さんから言われたことがあったっけ。


「歯と歯の隙間を掃除してほしいですね。歯間ブラシとかデンタルフロスとか、聞いたことあります?」

「ハミガキするときに歯と歯茎の境目にブラシの先端を当てて、優しく丁寧に、境目に沿ってブラッシングしてほしいです。ゴシゴシ強く磨く必要はありません」


 歯間ブラシとデンタルフロスか。

 幸い今日はヒマだし、ドラッグストアにでも買いに行ってみるか。

 ついでに歯ブラシも新しく、自分好みのものにしてもいいかもしれないな。


          ☆☆☆


「あれ、もしかして東くんじゃない?」


 最寄りの駅の前にあるドラッグストアで歯ブラシを眺めていると、ふいに横の女性から声をかけられた。

 びくっ、として、あわててその女性を見る。


「えっ、だれ……ん? あれ、もしかして飯田橋先生ですか?」

「お、大正解。よくわかったわねー」


 掛けているメガネを下にずらして俺の顔を覗き込む顔は、たしかに保健室の飯田橋さくら先生だった。


 飯田橋先生といえば、学校では白衣に黒のタイトスカートのイメージだが、今日はまったく違っている。


 大きめサイズのフード付きトレーナー、脚がキュッと細くなっている黒のスキニーレギンス、白いスニーカーに蛍光グリーンのシューレース、というスポーティースタイルで、頭にはキャップまでかぶっている。


 日焼け肌が気になるお年頃だけに、日焼けは敵!とばかり、折りたたみの日傘まで手にしているが、これは持ち手部分がカラビナになっているという、ちょっと変わったシロモノだ。


 声をかけられなければ、まずさくらちゃんだとはわからんな。変装というか、若作りというか。


 女性、それもキレイめな若い(と言っておく)女性から声をかけられることなど、俺の場合ほぼ百パーないので、一瞬挙動不審になっちまった。


「あー、もしかして歯医者さん通ってるの? そこでハミガキ指導でも受けたのかしら?」

「ん、まあ、そんな感じです」

「ふーん」

 何だか俺のほうを見てニヤニヤしてるなあ。


「東くん、その様子じゃ、何買っていいか困ってるんでしょう?」

「……やっぱ、わかりますか」

「まあ、そんなに歯ブラシとかデンタルフロスとか歯間ブラシをいくつも抱えてたら、誰でもそう思うわよねー」

「歯間ブラシもデンタルフロスも使ったことないから、どれ買っていいのかわかんないっすよ」

「えー? 歯間ブラシもフロスも使ったことないの? もしかして初体験? あらあら、センセー困っちゃう」

 ウフフと笑みを浮かべる飯田橋先生、なんかちょっとエロいっす。


「そんな東くんに、何なら先生が手ほどきしてあげましょうか?……グッズのえ・ら・び・か・た♡」

 言い方〜(笑)。デンタルケアグッズの選び方ね。


 完全にからかわれているなあ。でもどう選んでいいかわからなかったので、選び方を教えてもらえるのは素直にありがたい。

 なので、いちおうさくらちゃんのお誘いに、ありがたく乗っておく。


「先生、いいんですか? 俺、本当に何にも知らないので、年上のお姉さまから優しく教えてもらいたいんです……」

「いいわよお、東くんだったら。これがウラヤスとかだと、断固お断り!なんだけど」


 シナをつくり、俺に向かってウインクするさくらちゃん。ああ浦安先生、浮かばれねー!

 こんなの絶対、浦安先生には言えねえわ。


 それから飯田橋先生は真面目かつ丁寧に、デンタルケアグッズについて教えてくれた。


 まず、グッズの使い方。歯間ブラシ、フロス、歯ブラシはどういう順番で使うのか。


 普通に歯ブラシで歯を磨いても、歯と歯の隙間に詰まった歯垢や歯石までは取れない。


 それでフロスや歯間ブラシを使うわけだが、まず歯ブラシや歯間ブラシが入らないような歯と歯の間の汚れをフロスで取るのが最初。

 俺のような初心者の場合、普通のフロスよりもY字タイプ(ふたまたに分かれたところに糸が張られているもの)が、使うのには手軽なんじゃない?とのことだった。


 次に、隙間がフロスを使うには広く、しかし歯ブラシは入りにくい程度の歯と歯の隙間に、歯間ブラシを使ってケアするそうだ。初心者には細めのものがおススメ、なんだとか。


 さくらちゃん曰く「歯間ブラシはやさし〜くスキマに挿入しないとダメなの。挿入できても、乱暴に動かしちゃダメ。やさし〜くしないと出血しちゃうわよ。わかった?」とのこと。


 そして最後に、歯周ポケットにも届くような歯ブラシできれいに仕上げる、という順番がデンタルケアの正解らしい。

 実践的で具体的なアドバイスは、さすが保健室の先生だ。すごく参考になる。


「ま、基本はそんな感じかしらね。あとは東くんの趣味とかテクニック次第で、好きにグッズを選んでね。それじゃまた、学校で」


 意味深な言葉を散りばめたコメントを残して、さくらちゃんはそのままデンタルケアコーナーからいったん去っていったが、なぜだかすぐに戻ってきた。


「なお、今日のことは浦安先生には、ゼッタイ言わないこと! もし言ったら……わかってるわよね?」

「わ、わかりました飯田橋先生、だからそういうのやめてください! マジで目がイッちゃっててヤバいから! 大丈夫です、浦安先生だけじゃなくて誰にも絶対言いませんから!」


 それを聞くと、さくらちゃんはにっこりと微笑んで、カラビナ日傘を振り振り、無言で去っていった。


 ほんとにヤバそうな人だな、飯田橋先生。なんであの人、保健室の先生なんかやってんだか。絶対敵に回さないようにしよう。


 その飯田橋先生からいただいた、とってもありがたいアドバイスにしたがって、俺はそれから小一時間かけて買うべきデンタルケアグッズを選びに選んだ。


 Y字タイプのデンタルフロス、極細タイプの歯間ブラシ、普通の歯ブラシよりも毛が細くて歯の隙間や歯周ポケットまで毛先が届く歯ブラシ、そして歯垢を分解するタイプのデンタルペースト。


 現在の俺が選んだ、わがデンタルケアのベストメンバー、ハミガキ界のオールスターゲーム、口腔ケアのドリームチームだろ、これは。


 これに、妹から投げ渡されたマウスウォッシュで仕上げれば、歯のケアはほぼ無敵、最強じゃね?

 次に会ったときの神楽坂さんとのやり取りが目に浮かぶ。


「まあ、東さんどうしたんですかっ? あんなにいっぱい着いていた歯石が、見ないうちにこんなにきれいになくなっているなんて。東さんステキ! 美沙、東さん、いやハルマチさんのこと好きになっちゃうかも……」

「ハッハッハ、いやナニ、神楽坂さんの言うとおりにケアしただけですよ。まあ、ボクがちょっと本気になればこんなものです。こんなボクなんかに惚れちゃあいけませんよ。罪な男ですみません。クックック……」


 俺はそんな楽しい未来を思い描きながら、買物かごを持ってドラッグストアの会計に並んだ。

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