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6番 休日の一幕(その一)

 二回目の歯科受診後の週末、俺は自分の部屋でベッドに寝転がりながら、ネットで動画を見ていた。


 それは神楽坂さんからおすすめされた動画で、とある歯科クリニックがシリーズで作成していて、そのシリーズはすべて歯石を取る様子を撮影したもの。


 どの動画もとんでもない大きさに成長した歯石を除去する内容で、成長した歯石を水流と器具だけできれいに剥がしていく様子は、俺が見てもある種の達成感と爽快感を感じさせるものだった。


 神楽坂さんが強く視聴を推奨してきた気持ちも、まあ理解できるってところか。


 あれだけ大きな歯石が取れたら保存しておきたいという気持ちが湧くだろうし、もし神楽坂さんのような立場だったら、いろんな患者さんの歯石をコレクションしたくなるかもしれんなー。


 動画で見るところ、歯石というのは表面的には白かったり薄い色付きだったりするのだが、歯茎に食い込むような歯石を剥がすと、剥がした裏側はなぜか黒い。


 歯石ケア直後に俺が吐き出した水に黒いカケラが入っていた理由はこれか、と動画を見て初めてわかった。


 うーむ、ちょっとクリーニングしただけで黒い歯石のカケラがあれだけ出てくるということは、俺の歯の歯石の状態って結構ヤバいな。


 そんなことを思いながらスマホ画面をわりと真剣に見ていると、トントントンと部屋のドアをノックする音がする。


「どうぞー。開いてるよー」

 そう答えるとドアがわずかに開いて、隙間から不機嫌そうな女子中学生の顔が覗く。


「……あんた、たしかドライバー持ってたでしょ。ちょっと貸して」

「あー、あるにはあるけど、何に使うの?」

「なんでもいいでしょ。早く貸しなさいよ」

「……おまえさー、それ人にモノを頼む態度じゃないよな」

「いちいち鬱陶しいのよ。貸すの貸さないの、どっちなの?」


 この突っかかってくる感じ。反抗期真っ只中のころ、俺にもあったよなー、親も苦労しただろうなー、と今さらながらに思う訳なんだが。


 この突っかかってきてるヤツは俺の妹で、名を神奈かなという。中学三年生だ。


「ドライバーっていっても種類があるだろ。必要なのはプラスドライバー? それともマイナス?」

「どっちでもいいでしょ。ドライバーのセットごと、まるっと貸してくれればいいじゃん!」


「とかいうけどさ、おまえ、前にプラスドライバーでネジ山つぶして泣きついて来ただろうが。そんなことになるとあとでこっちが面倒くさいんだよ。今回のネジはどっち?」

「……プラスのネジ」

 はぁ……。


「わかった。俺がやってやるから、モノをここへ持ってこいよ」

「…………」


 妹は黙ってすごすごと自室に帰り、掛け時計を持って俺の部屋に戻って来た。


 時計の針は全然違う時間で止まっており、たぶん電池切れだ。電池ケースのふたがプラスのネジで止められていて、妹はこれを開けようとしたらしい。


「……大事な時計なんだから、壊したりしないでよ」

「うっせーな、わかってるっつーの。黙って見てろ。これをこうして……っと」


 俺を信用してないのか、妹は俺のすぐ隣りに座り、作業を監視するように見ている。

 が、ときどき眉を寄せると、プイッと俺のほうとは反対方向に顔を逸らす動きをしている。


「なんだよ。嫌がらせか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあなんなんだよ。そんなに俺の顔を見たくないってか」

「だから、そうじゃないって言ってんじゃん!」


 妹は逆ギレみたいに叫ぶと、それ以降は作業が終わるまで、眉をしかめてじっとしていた。


 電池ケースを開けて、古い電池を取り出すと、妹の持ってきた新しい電池をケースに入れる。時計の針が無事動きだしたのを確認し、正確な時間に針を調整してから電池ケースのふたを閉め、ネジを締め込んだ。


「ほい、じゃあこれで完了」

「……ありがと」

 妹はふてくされたように渋々礼を言い、時計を持って自分の部屋へと戻っていった。


 やれやれ。妹が何を考えてるのか、今の俺にはさっぱりわからん。


 小さい頃はどこに行くにも「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とくっついて来たものだが、今じゃ、顔プイッ!だもんな。ほんっと可愛くない。


 動画の続きでも見るか、と俺がベッドのほうへ向かおうとしたとき、またトントントンと俺の部屋のドアがノックされる。


「はーい、開いてるよ」

 ドアがわずかに開いて、妹がまた不機嫌な顔を覗かせる。


「あん? 今度は何だよ」

 俺がそう言うと、妹は突然、何かをこちらへ向かって投げてきた。

 危うく下へ落としそうになりながらも、なんとかキャッチする。

「……っと、あぶねーな。おい、突然モノ投げてくんなよ」

「それ、さっきのお礼。それじゃ」

 バタン。ドアが閉まる。


 俺がキャッチしたのは、透き通った鮮やかな青い液体が入ったプラスチックのボトルだった。ボトルに貼られたシールには商品名と「洗口液」と書かれている。

 ……カナのヤツ、これって嫌がらせかよ。


「洗口液」って、要はマウスウォッシュなのだが、それを何の脈絡もなくあえて寄越すとは、正面切って「あんたの口は臭い」と言ってるようなものである。


 妹は、俺に向かって事あるごとに「口が臭い」だの、「ハミガキしろ」だの、さんざん言い続けてきたイヤミなヤツだ。


 今回もそんなことが言いたいんだろうが、兄に助けてもらっておいて、こんなイヤミな返礼はないだろう。


 さすがの俺も頭にきて、マウスウォッシュのボトルを持ったまま、妹の部屋へ向かう。


 ドンドンドン!

 ガチャ!

「なによ」

「おい、これはどういう意味だよ」

「どういうって……さっきのお礼って言ったじゃん」

 妹は困惑した様子だ。


「なんでマウスウォッシュなんだ? イヤミなのか?」

「イヤミって? 言ってる意味わかんない」

「前から気になってたから言うけど、なんで人のことを『口が臭い』とか言うんだよ。俺、結構傷ついてるんだぞ!」

「えー、だってさ……」

 妹はなんだか、もごもご言ってる。

「だって、クサいものはクサいもん」


 小さい声ではあったが、妹がそうつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。

「おまっ、臭くないだろ、全然普通だし!」

「はぁ? な、何言ってんの!」

 それを聞いた妹が逆ギレのように叫ぶ。


「あんた、マジで言ってんの? 全然普通じゃないでしょ?」

「え?」

「こっちがずーっと我慢してんのに、何言ってんのよ。あんた、自分の口のせいで家族がどんだけ迷惑してるか、わかってんの?」

 妹の剣幕に圧倒される。


「お父さんとお母さんからあんまり言うな、って言われてるから我慢してるけど、お父さんもお母さんも『近くに寄ると、お兄ちゃんの口はクサいね』って言ってるんだから。本当だよ。いい加減に気づけ!」

「…………」

「だからあんたが気づかないように、タイミングを見計らってマウスウォッシュあげたんじゃん。なんでそれに文句言われなきゃいけないワケ? もとは自分が悪いんじゃん! もう出てって!」


 バン! カチャ。

 目の前で妹の部屋のドアが閉まり、カギがかけられる音がした。


 ……俺の口って、そんなにひどいニオイだったの?

 さすがに妹にマジであんな反応されたら、嘘だとは思えない。

 ショックだった。

 マジか……。どうすっかな。

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