✜33 大魔法
「始源よ、求むは炎の王、炎熱の女王、猛烈たる火狼、炎煌の乙女、彼曰く四大の力。大地の炎熱の淵底に幽棲せし異怪に告ぐ。扉の欠片を拾い己が身に宿せ。彼の扉を顕現せしめ……」
シュリの超長文詠唱、これって炎系の魔法? 溶岩湖を根城にしているくらいなのでエンシェントドラゴンって炎耐性はメチャクチャ高いと思うんだけど?
「……力を以て、咎人を断罪せよ」──「炎獄の焦門」
シュリと最初に出会った時は魔法を8つ覚えていたが、百車焔輪と呼ばれる上級魔法以外は、どれも初級から中級程度の魔法しか覚えていなかった。
シュリに魔法を習得させるため、冒険者の街で魔導書を手当たり次第、買い漁った。だけど、オークションにかけられていた魔導書は2個ほど桁が違っていたので手が出せなかった。使い手の知性と魔力が相当に高くないと、制御不能となって暴発したり、そもそも発動しない場合もある。完全にネタ魔法として競売にかけられていたのだが、いつかシュリが使える日がくるかもと、奥の手を使った。魔導書をベタベタと触ったら競売主に怒られた。でも、これでクリエイティブで作れるようになったので、時間がある時にシュリへ渡しておいた。
それが、こんなところで役に立つなんて思ってもみなかった。
魂に直接干渉する系の魔法なんだろうか。門が開かれ、焦熱に包まれた亡者の無数の腕がドラゴンへと巻き付いていく。積層型の立体魔法陣を起動させて、長文の詠唱を終えるまで数分かかった。その高度な魔法陣の制御と暴発が伴うリスク、膨大な魔力消費から滅多にお目にかかれない大魔法が目の前で行使されている。
毎秒100ぐらいずつ古龍の生命力と精神力を削っている。並の人間なら1秒も持たない暗黒魔法に対し、狂化した龍をもってしても、耐えられず、苦しみ雄叫びをあげている。
「アラタ様」
「うん、ありがとう」
もちろんこれが決定打ではない。地獄の門の中へ引きずり込もうとする亡者の呪縛に抗い、身動きの取れなくなっているエンシェントドラゴンだが、亡者の鎖をそのあまりにも強靭な四肢で引き千切ろうとしていて、それも時間の問題にみえる。だが十分すぎるほどの隙を作ってくれた。
「いっけぇぇぇええっ!?」
全力で金剛杵を投げた。黄金に光る軌跡が身動きのままならない古龍カリエテの喉へ突き刺さり、そこから七色の炎が漏れ出て、一瞬、黒い球体が中心へ収束していき、白く光ると爆発し、その爆風に飲み込まれた。
──みんなは?
数十秒後、岩石の下から這い出て、周囲を確認する。先ほどの爆風で地面にあったものはすべて岩壁側に固まっており、天井も崩れかけていて、岩粉や小石がパラパラと落ちてきているので、このままこの溶岩湖に留まるのは危険だと感じる。
「アラタ様!」
おぉ、ピコン、ナイス! シュリをちゃんと結界で守ってくれていた。でもリザードマンと戦っていたヤコはシュリやピコンからひとり離れて戦っていた……。
「ヤコ……」
「アタイが死んだみたいな顔だね?」
「……」
「まったく、っておい」
生きてた……大量のリザードマンを相手にしていたので、うまくクッションになったのかも……左腕と左目を失っているが、生きててくれた。
駆け寄り、彼女を抱きしめる。
「良かったぁぁ」
「おいおい、まさか泣いてないだろうな?」
「ちょっとね」
ヤコは、女性の中ではかなり背が高い。自分と同じくらいなので身長170センチちょっとだと思う。なので、視線はちょうど自分と同じくらいの高さで、彼女の両肩に手を置いた状態で見つめ合うカタチになった。男だって泣きたい時は素直に泣いたっていい。だって嬉し泣きだからね。
(ラブラブなところ悪いが、早くアレを手に入れてここから脱出するのじゃ)
念話でサクラから連絡がきた。アレって……。あー、あれか。
古龍カリエテのいた辺りに七色に光っているタマゴが落ちていた。
これって、ピコンが孵った時と同じタマゴだよね? もしかして、またピコンみたいに古龍カリエテが再生して、小鳥になるのかな?
(・・るのじゃ)
「え? 聞こえなかった。もう1回言って」
七色タマゴを手に持ち、この溶岩湖の大空洞を脱出した。自分達が来た道を戻ると同時に背後で大空洞が崩れた音がした。もう少し出るのが遅かったら全員生き埋めになるところだった。
ホッとしつつも、ここも危ないかもしれない。急いで火口の道を山頂へと登っているせいか、サクラの念話が聞き取れなかったので、もう一度聞き返した。
(食べるのじゃ)
はっきりと聞こえた。でも、意味がよくわからない。なにを食べるのか? すると(七色のタマゴじゃよ)と補足があった。
「ピコン、頭のおかしいサキュバスがピコンの仲間を食べろって言っているけど、ダメだよね?」
「ピー、ピッ」
敬礼に似たポーズが返ってきた。うーん、大丈夫って言っている気がする。でもな……。
「タマゴってほら、塩があると格別に美味しいんだよな~うん。塩かぁぁ、そういえば今は持ってないなぁ~」
(ヤコ)
「はいはい、わかったよ」
「んぐぅ~~~ッ!」
いつから、ふたりはそんなに以心伝心な関係になったんだ? それとなく嫌がっている自分の口の中にヤコが無理やり七色のタマゴを捻じ込んできた。
「ゲホゲホっ……ちょっとヤコひどいよ」
「アラタは優柔不断なところがあるからな」
たしかに……結構優柔不断なところがある。一度、悩みだすと問題を先延ばしする癖は昔から変わっていない。
ドクンッ!
「うっ」
「アラタ様? 大丈夫ですか!?」
カラダの中で、心臓ではない大きな鼓動が聞こえた。途端に身体中が熱くなっていく。シュリが自分の異変に気が付き駆け寄ってくる。
あ……これ、ダメなやつ。
意識がボヤけてきた……。
【ファンタジー小噺32】
空気を読まないある意味無敵な斉藤さん、のお話
魔王:くっ、私の負けだ、さっさとトドメを刺せ
斉藤:あ、はい
魔王:痛い痛い痛い、おまッ、空気を読めよ!
斉藤:え? トドメを刺せって言わなかった?
魔王:全部言わせる気かよ! あんたは男、私は女
斉藤:はあ……
魔王:魔王を許して恋仲に落ちるのが、王道な展開
斉藤:なんで?
魔王:お前なー、少しは読者の気持ちを考えろよ?
斉藤:んー、考えたけどわかんない
魔王:おーい、作者聞こえるか? 物語が破綻してんぞ?




