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章間話―19 メイドと執事―8

 入室すると、控えの部屋で静かに座っていたカナが、顔を上げこちらへ向かって微笑んだ。

 今日の『天使の微笑み』は、いつもに増して輝いて見える。

 真っ白なウエディングドレスは、この日の為に旦那様がずっと前から用意されていたものだ。うんと豪華で煌びやかで贅沢を凝らしたドレスは、間違いなく彼女の為にあしらえられたものだった。

 嬉しそうに幸せそうに微笑むカナを見つめる。

 あまりにも神々しくて、その笑顔が心からのものだと分かって、胸がいっぱいになってしまった。


 カナリアが十六で余命宣告を受けてから、この日が本当に訪れるなどと、誰が予想出来ただろうか。カナリアが実際に真っ白なドレスに身を包む姿を、はっきりと想像出来ていた人がどれだけいただろうか。それ程、日に日に身体が弱っていくのを黙って見ているしか出来なかったのだ。

 カナリアの願いが、形はどうあれ叶った事が奇跡だと思ったし、カナが今ちゃんと幸せであるなら、それもまた奇跡なのだ。

 今日という日を迎える事が出来て喜悦に湧いたのは、彼女の病弱な境遇を知っていた全ての人間だったろう。

 もちろん側で見て来た私もその一人だ。



 調印式までの僅かな時間をカナと二人控え室で待つ間、クーラと婚約した事を伝えた。

 カナは驚きに目を丸くすると、ポロポロと大粒の涙を流して喜んでくれた。慌ててハンカチを取り出したが手遅れだ。

 もうすぐ調印式だというのに、あっという間にメイクが落ちてしまっている。そんなカナを見ているとこちらまで泣けてしまう。

 ただでさえこれまでを振り返った時の感慨は一入で、涙腺が緩んでいるというのに。

 泣く程嬉しいのはこちらの方なのだ。


 そんな風に二人で目元を押さえながら身を寄せ合っていれば、誰だって驚いてしまうだろう。

 呼びに来てくれたアズベルト様が慌てた様子で駆け寄って来た。

 本当は二人の結婚式が無事に終わり、一段落ついたらクーラと一緒に報告しようと思っていた。その方が二人にとっても自分たちにとっても最良だろうと。

 しかし、こんな姿を見られてしまっては誤魔化せそうに無い。隠すような事でも無い為、その場で報告する事となった。


 すると旦那様は驚きのあまり美しいお顔を崩し、泣くまではいかないものの瞳を潤ませ、側にいた執事の一人にクーラとメイドを二人呼ぶように指示を出した。

 直ぐにやって来たクーラと二人、今夜の披露パーティーには是非二人にも貴賓として参加して欲しいと告げられ、二人で顔を見合わせてしまった。私たち二人を男爵家の子息、子爵家の令嬢として正式に招待すると言ってくださったのだ。


「今は祝いの言葉しか贈ってやれないが、せめて今夜は二人で楽しんで欲しい」


 たかだかメイドと執事である私たちにまでそんな風に配慮してくださる旦那様の心遣いに、止まっていた涙がまた溢れ出してしまった。

 メイクを直す為に呼ばれたメイドの先輩に宥められながら、本当に素敵な方の下で働く事が出来て、感謝の気持ちでいっぱいだった。



 式の間、二人の幸せそうな姿をずっと間近で見ていた。

 さっき泣いてしまったせいなのか、涙腺が緩んでいるようだ。気を抜くと溢れ落ちてしまいそうで、我慢するのに苦労した。

『女神の祝福』という珍しい現象にもみまわれ、驚きよりもやっぱりなと思った。

 彼女の輝く姿を近くで感じられる貴重な機会を与えてもらい、他の誰でもない私に今日という時別な日のサポート役を任せてくれた事に心から感謝した。


 カナリアの両親が涙して喜んでいる姿が、うちの両親と重なる。

 落ち着いたらと思ったが、やはり直ぐにでも手紙を書こう。母はきっと喜んでくれるだろうな。





 アズベルト様が用意してくださったのは、薄い水色でレースが幾重にもあしらわれたふわふわのドレスだった。

 肩が出るタイプのもので、胸元は隠れているが首から背中にかけてが大胆に開いており、これはこれで恥ずかしい。

 子爵令嬢として夜会に参加した経験のない私には、何もかもが初めての事で、隣に立つクーラがとても頼もしく見えた。

 彼は黒のタキシード姿で、いつもはきっちりオールバックで固めている髪が今は下ろされている。動く度にさらりと揺れるのが、なんだか新鮮だ。

 エスコートしてくれる彼の仕草があまりにも自然で、自分が主人にでもなったかのような錯覚に陥ってしまいそうだ。

 いつもとは全く違う雰囲気に、しっかり意識していないと見とれてしまっている自分がいる。

 見上げる度に視線が交わり、今夜は心臓が大忙しだ。




「式は挙げような」


 ファーストダンスを踊るカナとアズベルト様を見ながら、クーラがポツリと呟いた。


「え?」


 そのつもりはなかったから、驚いて見上げてしまった。


「いつになるかはまだわからないけど、小さくても結婚式、しよう」


 仕事の時とは全然違う柔らかい笑顔を向けられ、身体がカッと熱くなる。


「でも……」

「カナリア様のご両親、喜んでたろ? ナタリーの母君も、きっとドレス姿見たいと思うし」

「……」

「……何よりオレがナタリーのドレス、見たいから」

「…っ…――」


「今日も凄く綺麗だ」なんて殺し文句言いながらちょっぴり頬を染めてはにかむの……ズルいよ。


「……今ならアズベルト様のお気持ちがよくわかるよ」

「アズベルト様の気持ちって?」


 隣に立っていたクーラがこちらに向き直ると、正面から腰を抱き寄せてくる。グッと距離が近くなって心臓が飛び上がった。

 自分を見つめる彼の瞳が綺麗で、そこに自分しか写っていない事に恥ずかしさを覚え、同時に心が高揚するのを感じた。


「見せびらかしたいのに、誰にも見せたくない気持ち」


 片方の手が頬を掠めると、わざと垂らされた横の髪を掬う。肌に触れるか触れないかの位置にある彼の手を、やけに意識させられる。

 

「このまま連れ去ってどこかに閉じ込めてしまいたい気持ち」


 掬った髪に口付けられ、艶っぽい視線が眼差しを絡め取っていく。恥ずかしくて堪らない。それなのに、どうしても目を反らす事が出来なかった。

 うるさく鳴り続ける心臓が苦しい。息が上手く出来ない。


「……離したくないなって気持ち……」


 濃厚に視線が絡まり合い、周りに人がいる事も自分が何処にいるのかも忘れてしまいそうだった。

 不意に鳴り響いた拍手と歓声で、二人のダンスが終わっていたことを知った。

 クーラに手を引かれてホールへと連れられた。端の方で曲に合わせて身体を動かしただけだったが、信じられないくらい楽しかった。


 ずっとドキドキしてる。

 こんな気持ち、知らなかった。

 どんどん好きになる。

 ますます欲張りになっていく。

 今ならカナの気持ちがわかる気がした。

 繋いだ手を、腰に回された手を感じながら、私はずっとクーラだけを見ていた。

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