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繋がりのドミグラスソース  作者: 山いい奈
3章 意図せぬ負の遺産
36/55

第14話 その先にあるもの

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

「……お父さん」


 守梨(まもり)の口が自然にそう形作る。息が漏れただけで、声にはならなかった。


 だがそれはほんの数秒。お父さんの後ろ姿は、すぐにどこかにワープしたかの様にかき消えた。


「おやっさん、まさか」


 (ゆう)ちゃんが呆然と呟く。守梨が祐ちゃんの腕を掻き分けて前に出ると、やはりもうお父さんは影も形も無くなっていた。その代わり、梨本(なしもと)が床に尻餅を付いて(うめ)いていた。


「っ、榊原(さかきばら)さん!」


 いち早く我に返った祐ちゃんが、守梨を後ろ手に庇いながら叫ぶ。その声に反応したのは榊原さん……では無く、杏沙子(あさこ)さんだった。梨本に(また)がり、腕を掴んだかと思うと身体をひっくり返してうつ伏せにし、両腕をまとめて上にねじり上げた。


「痛ぇ!」


「暴行未遂の現行犯で逮捕! つか、一体何があったんや!」


 お父さんが、助けてくれた。


 それが守梨の認識だった。お父さんが実体化して、飛びかかって来る梨本を弾き飛ばしてくれた。


 だが榊原さんと杏沙子さんからは、何もされていない梨本が突然吹っ飛んだ様に見えただろう。だから驚いて反応が遅れたのだ。


克人(かつと)くん、警察に電話!」


「あ、ああ」


 杏沙子さんに言われ、榊原さんは慌ててスマートフォンを取り出した。克人は榊原さんの下の名前である。確かもらった名刺にもそう印刷されていた。


「もしもし、榊原です」


 榊原さんが電話をする声に混じって、祐ちゃんの呟きが守梨の耳に届いた。


「おやっさん、無茶して……」


 苦しげな声に聞こえた。それは明らかな独り言だったので、守梨は気になりながらも追求するのは止めておいた。嫌な予感がしたからだ。それを聞きたく無かったからだ。こういうものは、不安が大きければ大きいほど、当たってしまうものなのである。




 数10分後、サイレンを鳴らしながらパトカーが「テリア」の前に到着する。来てくれたのは、ガラスの件の時の警察官ふたりだった。


「ほら! さっさと歩く!」


「うるせぇな! 何やねん、放せや!」


 杏沙子さんに腕を押さえ付けられたまま、梨本は足掻(あが)く。だが杏沙子さんはどこからそんな力が出ているのか、解ける気配もしなかった。


「あとはよろしくお願いします」


 杏沙子さんが警察官に梨本を引き渡すと、梨本はその手に手錠を掛けられ、覆面パトカーの後部座席に押し込められた。そしてパトカーは去って行った。


「杏沙子さんは、元々僕の同僚やったんです。僕と結婚して、僕とのすれ違いを避けるために、事務方に移ってくれて。せやからあの腕っ節なんです」


「そうなんですか。道理で」


 榊原さんのせりふに、守梨は納得する。見事な身のこなしだった。現場に現役で出ている榊原さんより俊敏だった。きっと当時はとても腕の立つ警察官だったのだろう。


「お嬢さん、原口くん、おふたりは当事者になりますから、警察の事情聴取を受けてもらわなあきません。面倒やと思いますけど、明日の朝にでも住吉(すみよし)警察署に出向いてもらえませんか。僕も出勤してますんで」


「分かりました。祐ちゃん午前休とか取れる?」


「大丈夫やと思う。事情が事情やし」


 祐ちゃんが頷いた時、杏沙子さんが「あー、動いたらお腹空いた!」と明るい声を上げた。するとその場に満ちていた緊張感がぱぁっと晴れた。


「ごはんの続き、食べよ! ほらほら!」


 杏沙子さんに追い立てられる様に「テリア」に入り、冷蔵庫に入れてあった残りを堪能し、後片付けまでしてくれて、榊原さんご夫妻は爽やかに帰って行った。


 杏沙子さんは空気を読まない様で、実はその場を慮ってくれていた。だからこそ明るさを取り戻せたのだ。


 もう大丈夫。梨本という脅威(きょうい)は去った。もう何も心配しなくて良いのだ。守梨は心から安堵して、食事の続きを楽しんだのだった。




 「テリア」の掃除を済ませ、守梨は両親の気配を感じるフロアで声を上げた。


「お父さん、助けてくれて、ほんまにありがとう」


 あの時、お父さんが梨本を跳ね返してくれなければ、守梨はともかく祐ちゃんはどうなっていたか。考えただけでぞっとする。


「おやっさん、ありがとう。けど」


 祐ちゃんも続くが、言い淀む様に口を閉ざす。辛そうな表情で目を伏せた。その意味を守梨は知りたく無いと思った。


「無茶して」


 先ほどの祐ちゃんのせりふと繋がるのだろうから。


 守梨は知りたくないと思いつつ、何となく想像ができてしまって、きゅっと閉じた(ひとみ)がじわりと潤んだ。




 上に上がった守梨と祐ちゃんは、コーヒーを()れてリビングのソファに並んで座る。


 祐ちゃんと話したいことは山ほどあった。だがまずは、これだけは。


「祐ちゃん、あの時、梨本さんに襲われそうになった時、お父さんの姿が見えた」


「ああ」


「何で? お父さん、人に姿見せることができたん?」


「普通はできひん。ほんまは、……やらん方がええんや。けどおやっさんは守梨を守りたくて、必死にならはったんやろう」


「無茶した、ってことやねんな」


「そうや」


「そっか」


 その「無茶」が何をもたらすのか。守梨には分からない。想像ぐらいしかできない。だが知りたく無かった。今は、まだ。


 だから守梨は何も気付いていない振りをして、明るく振る舞う。


「お父さんが助けてくれて嬉しかった! 今日は祐ちゃんのお料理も褒めてもろて、梨本も連れてかれて、ええ日やね」


「そうやな」


 祐ちゃんはほっとした様に、表情を綻ばせた。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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