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対決

 忍んできた人物は、職員室の真ん中付近でガタガタっと小さな音を立てて何かやっている。懐中電灯のような明かりになるものを持っていないようであるが、月明かりだけの薄暗い室内にもかかわらず、その動作には迷いがないように見えた。

 

「あなたはここにいて」

 メイがなごみの耳元で囁いて、二人が隠れている職員室の隅にある衝立の隙間から背を低くして音も立てずに、それはまるで猫のようで、謎の人影と机を挟んだ反対側へ這うように消えていった。

 どこに行くの——

 なごみは緊張で喉がカラカラになりながら、つい今しがた動き出したメイの背中を目で追いかけていた。いったいメイは何をするつもりだろう。しかも、彼女はあの暗闇にうごめく人影が誰であるのか、どうやらわかっているみたい。

 あれは、いったい誰? 体を少し動かして、暗闇にもう一度目を凝らしても見当もつかなかった。


 ——カタカタッ

 なごみの背中で何かが崩れる音がした。さっき動いたときに肩が何かに当たってしまったようだ。なごみは倒れかかってきた棒のようなものを握った。

 窓のシャッターの隙間から月の明かりだけが照らす部屋で、侵入者がサッと腰を落とすのが見えた。

 まずい。なごみはそのまま動けなくなってしまう。

 そして室内から完全に音が消えた。


 それは恐ろしく長い時間のように思えた。いったいあの人影はどうなったのか、音がしないのでまったく動きがわからない。

 なごみは震えてはいたが、勇気を出して衝立からわずかに顔を覗かせて侵入者がいた場所を見た。しかしさっきいたはずの場所にその影が見えない。

 まさか逃げたの?

 意を決してもう少し顔を出してみた。そして、やっと気がついた。なごみのいる場所のわずか数メートル先に、真っ黒い人の影がしゃがんだまま、こちらへ近づいていたのだ。

 やばい。隠れているのがやっぱりバレてる!

 ゾワゾワっと体の底から恐怖で震えがくるのを、なごみは抑えられなかった。


「誰だ」

 少し離れた場所から押し殺したような低い声。男だった。

 やばい。家頭さん、どこ——

 棒のようなものを握り締め、じっと目を閉じて固まっているなごみの背中を汗が伝う。息さえもできないほど体を強張らせ、なごみは心の中でメイの名前を呼んでいた。

 そのとき、驚くことが起きた。職員室の明かりが一斉についたのだ。反射的になごみは棒を握りしめたまま、衝立の陰から飛び出した。


 なごみの目の前、3メートルほど先の場所に目出し帽を被った人間が立っている。なごみは、先ほどから手に握りしめた棒を突き出すように構えた。

 そのときになって初めて、なごみたちが隠れていたのは掃除用具を置いていた場所で、なごみが手にしたのは竹製の箒だとわかった。掃くところがシダでできているやつだ。


 男は思ったよりもずっと大きかった。錯覚とはわかっていても、その男は身長も体格も、なごみの倍はあるのではと思ったほどだ。手のひらに汗が滲んだ。


「こんばんは、《上田先生》」

 なごみも、なごみと対峙していた目出し帽の男も驚いたように、声の方へ振り向いた。

 その視線の先には、メイが立っていた。彼女はいつの間にか職員室の入り口にいたのだ。室内の明かりをつけたのはメイなのだろう。

 なごみは、男の視線が自分から切れた瞬間、少し後ろに下がって距離をとった。


「上田先生、目出し帽なんか被って何してるんですか」

 なごみとは男を挟むように距離を置いて立っているメイが、微かに微笑んでいる。

 ——上田先生?

 少し冷静になったなごみは、やっとメイの言葉を頭の中で反芻する。

 上田先生って、まさか《あの》上田先生?

 何が起こっているのか、なごみにはまだ理解できないでいた。


 だが、男はメイの問いかけに、まだ何も反応を見せなかった。

「やっぱり、最初からおかしかったのよ」

 メイは男を挟みうちにしながら、なごみの目を見た。

「原田さんは、財布を盗んだんじゃない。美田園さんに気をつけてもらおうと思って、少し隠しただけなのよ。だけど、騒ぎが大きくなって、今更返しづらくなってしまった」

 男は身じろぎ一つしない。メイの話を聞いているのか——

「そこで、原田さんは財布をそっと返すことにした。もちろん直接ではなく、夜間に担任の上田先生の机の上に置いておけば、誰が返したのかはわからないけど、とりあえずは一件落着となるんじゃないかって、原田さんはそう考えたわけ」

「じゃあ、美羽が夜中に職員室に行ったのは……」

「そうよ。財布を返すため」メイがもう一度男に視線を移した。「だけど、その夜の職員室には先客がいた。ねっ、先生。そうでしょ?」

 メイが口元に笑みを浮かべながら、男に言った。


 男が右手で目出し帽を取った。メイの言うとおり担任の上田先生だった。

「ああ、そうだ。俺は最近この辺りで流行っている学校荒らしを捕まえやろうと思って張り込んでた。そこへノコノコ原田が入ってきたのさ。だがな、家頭。お前の考えは大きな間違いがある」

 やれやれという表情の上田先生が、メイに少し近寄った。

「間違い?」メイは腕組みをして先生を見据えている。

「ああ、そうさ。だが、原田は財布を返しにきたふりをして、職員室にある先生たちの積み立てているお金を盗もうとしたのさ。そのお金は今年の会計係である俺の机に入っているからな。原田はその情報を誰かからか聞いたんだろう。それを盗もうとしたから俺の机でゴソゴソしていたんだ。それを俺が取り押さえた。それだけのことさ」

 ふふん、という顔で先生は言う。それは昨日校長室で聞いたことと同じだ。

 だがメイは、ニヤリと笑った。

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