1章 運命の卵9
「何を暢気に話してやがる。あれは怪物だぞ。俺の蹴りも剣も通用しねぇ」
ゼーは優れた戦士です。その丸太のような足で、雄牛の首だって蹴りで折ってみせるでしょうが。今回ばかりはは相手が悪い。
なにせ。
「ゼー。モンストルムの関係者であの白髪。どこから見ても半人間じゃないですか。怪物も何もただの化物ですよ」
当たり前でしょう。人間ではないのですから。ある意味では僕に似ている。
ふふ。教会も度し難い。
しかし、なぜここにいるのでしょう。モンストルムから飛翔してきたとされる化物の連れ添い。違いますね。あの少年を守っている理由が分からない。
目撃された姿から、竜系統か、グリフォンのような獣だと思っていましたが。奴らは人を背に乗せません。
飛行能力を持つ大型の化物との半人間という可能性も。あり得ませんね。そんな存在が居たのなら国境が今頃、変わっている。
そう考えると、ここにやって来た化物を狩りに来たというのが妥当ですか。
あの少年は何でしょうね。
確かにイスカーティンは僕たちの中では正面戦闘が苦手ですが。一流の斥候。それと曲がりなりにも戦えるとは。
巻き込まれたにしては、惜しい人材です。
「何じゃそりゃ。確かに気色の悪い見た目の女だが、ありゃどう見ても人間だろう。羽も角も尾も生えていないし。体格も普通だ。おかしな魔法も使ってこない」
「お前本当に勇者の護衛を任された戦士か。冷静に考えて見ろ。なぜ人間と、それを能力で上回る怪物が1つの国家でまとまっていると思う。奴隷として捕まっている訳でもないというのに」
ゼーは戦士としては優秀ですが。戦い以外ではからっきしですね。扱いやすいので構いませんが。
「そりゃ人の方が強いからだろう。確かに奴らは一体一体は強いがよ、数が違うし技術もクソもねえ。獣と変わらないからな」
「違います。我が国で勇者という存在が防衛戦力として温存されているように、モンストルムからも真の強者が出張ってこないだけで、私やゼーでは100人束になったところで敵いませんよ」
「じゃあ何だって言うんだ」
「我が国には、神の加護を受けた勇者という存在が居るように、モンストルムには魔女共の悪意である半人間や、魔法使いなど化物殺しが何人もいます」
「それなら、なんで俺たちは戦っているんだ。そんなに強いならそいつらが化物を残さず殺しちまえばいいじゃねえか」
そもそも。化物から人を解放するというのは我々ユマノの主張です。実際の所、なぜ侵略しているかなど知りませんが。そのほうがゆまのにとって都合が良いだけのこと。
実際。僕が対処してきた化物の中には。
これを流布しては怒られてしまいますね。
「それは彼らが神を仰がぬ不信心ものだからですよ。彼らは化物と共存できるものだと思っている。化物を統治できるほどの異教徒の国家。それがモンストルムですよ。ゼーももう少し神の言葉を学ぶべきです。これだから戦士は」
モナハ。ゼーはそれで構いません。教会の司教達もそんな事は承知しているでしょう。だからこそ僕の所へ寄越したのでしょうし。
まあ、教会の考えはともかく、実際に彼らは、我々と違い共存しているようですしね。考え方の相違というものですね。
「お前ら暢気が過ぎるぞ。どうするんだグラブリー、逃げるなら今のうちだぞ」
「おや、イスカーティン。君が逃げ腰とは珍しい。斥候として、我々4人では勝てそうにありませんか」
「当たり前だ。いくらあんたが化物じみているとはいえ。あれは本物の化物だ。ナイフも刺さらねえ。持ち運ぶのも危険な毒も何食わぬ顔だ。俺のナイフの方がすっかり溶けちまった。あのガキも麻痺毒が効いてないし。何なんだってんだあいつらは」
「イスカーティン、グラブリーさんは勇者だぞ。化物じみているとはいい加減に」
モナハ君が顔をしかめている。怒りもほどほどに。信心深いのも結構ですが。ここは戦場。あまり細かい事は気にするもの愚かです。
何より。神は我々を救ってはくれませんよ。最後に助かるのは我々の行動によってです。
今、その行動を選択しなければならない。
「まあ、まあ落ち着いて。今に彼女。出てきますよ。イスカーティン君の言うことも分かりますが、我々も教会の兵。ここで見過ごす訳にもゆかないでしょう。僕は勇者ですから。彼女も気がかりがあるでしょうし。身を守るだけでなんとかなるでしょう」
瓦礫を切り刻んで揺らめく陽炎の内から姿を現す。白い髪は。炎を背に赤く染まり。聖者か疑わしい程の、青というよりも白い顔はか何かのようだった。人に擬態した化物が、人の国に何用か。
「あの少年はよろしいのですか。血を流していたようですし森の獣に食べられてしまうかもしれませんよ」
「あの子なら問題ないさ。それに今この森には獣という獣が出払っていてね」
「そういえばそうでしたね」
随分な自信だ。
あの少年はこの村の一員だと聞いていましたが。そういえば優秀な狩人でしたっけ。惜しいですね。僕の側仕えとして誘ってみた方が良かったでしょうか。
いえ、どうせ上手くいきませんね。
「ままなりませんねえ。お互いに」
半人間の従魔の姿は見えませんね。少年の方に向かわせたのか、モンストルムに置いてきたのか。
鱗はない、耳はやや奇形。瞳は闇に光らない。角も無し。おそらく尾もない。露出も多いわけではなく。着込んでいる様子でもない。唯一白いのが特徴ですが。何と混ざっているのか分かりませんね。
持っているのは、剣。噂に聞く怪物殺しという奴でしょうか。魔剣だかなんだかとか言う。
クッ。
これは。
目は離していない。にも拘わらず。いつの間にやら間合いの内側に踏み入られていた。
辛うじて剣を防ぐが。押される。速い。早い?そして強い。少なくとも技術ではない。
モナハではこれは防げませんね。
僕を中心に。背後にモナハを。ゼーが相手を引き剥がし、イスカーティンが隙を窺う。一先ず初撃は防ぐことが出来た。
「いやー、おっかない。さすがはモンストルムの半人間。全くもって敵いませんね」
「半人間っていうの、やめて貰えるかな。私たちのことはライブラと呼んでくれたまえ、少年」
「ライブラ。ああ、モンストルムにいるとかいう、化物狩りの組織ですか。あなたはそのライブラの所属というわけですね。それで、あなたが半人間であることと何か関係があるんですか」
「関係あるね。君は人間に殺されるのさ。教会の勇者殿」
「なるほど。怪物狩りなどやめて、劇作家にでもなったらどうです。王都でよくある悲劇よりも面白そうだ」
「ユマノで暮らす予定はないね。それに、ライブラは怪物狩りじゃねぇよ、ユマノの小僧」
口汚い女性というのも良し。戦場ある戦士とはそうでなければ。
何にせよ、僕たちの敵であることには違いませんし。
徐に剣を突き出す。今まで数多の化物を仕留めてきた剣。殺意を感じさせず、なめらかに。しかし速く。攻撃を攻撃と思わせない、技術の剣。
彼女の喉元に突き刺したはずの剣は空を切り。真っ白であったはずの体はいつの間にかにより夜に溶けている。黒ではなく透明。剣は体を通り抜けていた。
僕も速さと相手を訳も分からぬまま殺す事には長けているつもりなのですが。通じませんか。
「そうなんですか、それは失礼を。しかし、やっぱりあなたは化物じゃないですか」
「勇者とやらも似たようなものだろう」
「では似たもの同士。斬り合うとしましょうか。もちろんこちらは4人で戦いますが」
「3人の間違えじゃないかな」
突如背後に現れた女が、モナハの首を切り落とす。
それと同時に、中を舞うモナハの詠唱が完了した。
「奇跡よ」
時間がまき戻ったかのように、モナハの首が元の位置に、残された胴体と繋がる。
撒き散った血液が首に残った線に吸い込まれ、その線もなくなり繋がった頃には、既に次の詠唱を始めていた。
「いいえ。4人ですとも。何せ古より勇者というものは4人パーティーと決まっていますから」
良いね。賛否感想お持ちしております。
読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。