1章 運命の卵7
僕の居ない物置のような部屋が燃えている。レーシャが編み物をしていた居間が。レイトルがこっそりと酒を飲んでいた寝室が。種籾をおいてあった納屋が。煌々と渦巻き、轟音を立てて、僕達の家が燃えている。
「どうして。レーシャとレイトルは」
「分からん。2人とも家には帰っていたはずだ」
「クソ」
悪態をついたって何も解決していない。けれど咄嗟に何かを成すにはあまりに大火は突然で、肌が張り付く熱気は恐ろしい。
何度か山が燃えたのを見たことがある。
圧倒された。いつか詩に聞いた大海の荒波のような、僕達の命を奪うという意思があるのではとすら感じる。
瞬く間に生き物を殺す自然の恐怖。
経験と本能。どちらにも刻まれた火への恐怖が。僕の足をすくませていた。
「何だって婚約の祝いの日に」
熱への今日の。自然への恐怖。命が燃えてしまうことに対する恐怖。正直今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
だが、今あの中へ飛び込めるのは。飛び込むべきなのは。きっと僕だ。
他の誰でもなく僕の。
「家族か」
オロオロしている村人の誰からシャツを借りた。顔に巻けばいくらか炎もマシだろう。
もう逃げ出してどこかで見ているかもしれない。けれど、中に取り残されているかもしれない。なら僕は助けに入らなければならない。
こんな世界だ、僕の知らないところで人は死ぬ。それが僕の知り合い。家族である事もあるだろう。けれど、僕が旅立つ前に見捨てる事は許されない。
そんなのは嫌だ。
井戸水を頭からかぶり、崩れゆく火の中へと飛び込んだ。
「誰か。誰か居ないか。頼むから返事をしてくれ」
恐ろしい熱気。肺が焼けるようだ。
炎の中に長居は出来ない。僕も、他の誰であっても長くは保たない。
「レイトル。レーシャ」
火が回るのが早すぎる。冬の火事は怖いと聞くけれどそれにしてもだ。まるで油をまいたかのような勢いだ。
森でも。小火のうちに消せば収まるものだ。レイトルに限って火を溢すとも思えない。
炎の向こう側。人のような姿を見つけた。炎の光を受けて揺らめくその影は。誰かを待ち望んでいるようだった。
「大丈夫か」
駆け寄ろうとして瓦礫の影から飛び出すと、腕に痛みが走る。
僕の腕には真っ黒なナイフが突き刺さっていた。
顔を上げる。既に黒い服の男が、こちらに向かってナイフを投げている。
放たれた黒いそれをなんとか後ろに転がるようにして避け、腕のナイフを引き抜き、投げ返すも当たらない。
その男は奇妙にも、ゆらりとナイフを避けた。黒衣に吸い込まれたかのように見えたナイフは、何時の間にかに男の手に収まっている。
ただの無法者ではあり得ない。戦いを知っているのは間違いないが、軍の兵士のような戦士とは違う。当然、狩人でもない。僕は今までに見たことがなかった。
不気味で身の毛がよだつ。
人の家で何者か。どんな無法者か。少なくともレイトルとレーシャの二人ではない。
黒い布を纏った、暗殺者のような風貌の人物。
「なぜこの家を焼いた。なぜ僕を襲う。一体何をやっている」
返答はなかった。
代わりに僕の懐に鋭く踏みこむ。突き出されたナイフを避けたところで何かが僕の顔に突き刺さった。
燃え止しの木片を黒衣の影から投げていたらしい。顔に木片が突き刺さり、熱に思わず顔をしかめる。
「痛いじゃないか。なあ」
声を張って奮い立たせる。折れそうになる自分の心を。
声で怯んでくれれば良かったけれど。そんな仕草は欠片もない。
炎を気にしている暇はなく。とにかく後ろに転がった。
黒衣からの返答はない。殺し合いなのだと思っていた。人と人の。決闘とは言えずとも。これは戦いなのだと。
これは違う。狩りだ。奴は僕を、一方的に殺そうとしている。ドラゴンが僕に感じていたものと変わらない。彼と僕は対等じゃない。
ナイフを片手に、僕にとどめを刺すべく黒衣が迫る。
僕はナイフ人との戦いに使ったことはない。毛皮を剥ぐのとは訳が違う。そもそも、普通の人が対人間の殺し方など習熟しているはずがない。だがこの男は違う。
僕は10回戦って、10回負けるだろう。
だが僕だって狩人だ。近づいて首を断つのみなら、獣を相手にするのと変わらない。
狩りが毎度上手くいくわけではない。向こうだって命がけ、手負いの獣と泥にまみれ、戦う事もある。幾度となく牙を受けた。
獣と人は。化物と人は初めから対等なんかじゃない。
奴らは大きく、強く、速い。
なら人間だって変わらない。弱者が強者を仕留める。これは狩人の仕事だ。
さっき投げられたナイフが壁に突き刺さっている。手に取り相手が仕掛けてくるのを待った。再度ナイフでの刺突。今度は僕の首を真っ直ぐに狙っている。
突き出された腕を。逆の手に持った突起の付いた木の棒。矢で絡め取る。
転がった先。僕が矢を保管していた場所だ。出来の悪い矢や。鏃のみが乱雑に燃え残っていた。
黒衣の上から切り傷を負わせることには向いていなかった。元より近距離で振り回すような道具ではない。だが今回ばかりは、相手のゆったりとした黒衣にはよく引っかかる。
腕を取り。顔面を蹴りつける。
「まずい。早ぃ」
後悔するには遅い。
人間は凶暴で、武器を使い、狡猾だ。
その上殺しの技術を身につけている男に敵うはずもない。だが、凶暴で武器を使い狡猾、それは僕の事だ、狩人のことだ。
その瞬間、立場が逆転した。
この相手にただ突っ込むのは恐ろしい。罠が仕掛けられているかもしれない、よろめいた振りをしているだけかもしれない。けど今だ。今飛び込め。よろめいた男に飛び込んでただ真っ直ぐに首を断つ。
「獲った」
寸前、影から現れた手に掴まれていた。僕の体はそのまま投げ出された。
「何を油断してんだ馬鹿野郎が。ガキに俺たち従者がやられたなんて、勇者様は笑いものも良いところだ」
「ゼー。だってよ。コイツ結構動けるぜ。あのヒョロガキが言っていたみたいな卑怯者なんかじゃねぇな。普通に優秀な狩人だろうに。この村はもうダメかもしれん」
「二人……居たのか」
新たに増えた男。熊のような男だ。大きく、獣臭く、しかし夜に紛れて空恐ろしい。
男が手を離し、ゴトリッ と音が鳴る。2つの人だったものが地面に転がる。無造作に。ゴミのように。だくだくと血を流し。僕の家族が転がっている。
「お前ら」
本能のままに飛びかかる。獣のように。例え何を失おうとも。
「待った」
いつか経験したかのような浮遊感。燃えている壁を突き破り外へ転がる。まるでドラゴンの尾で叩かれたかのような衝撃だったが、今度はすぐに動くことが出来た。
当たり所か、体のおかげか。それともこれを仕掛けた人によるものか。
「坊や。いやヴィニートル。今は逃げなさい。ここは私が時間を稼ぐから。竜の巣穴で合流しましょう」
エリクシア。僕が出たときには酒場でゆっくりしていたはずだが。重い腰を上げてくれたらしい。
目立ちたくないと言っていたが。どんな心の変わりようだろうか。何にせよ荒々しかったが、どうやら僕は助けられたみたいだった。
壁が崩れ、いよいよ支えがなくなったのか。家が原型をとどめられず、崩れ落ちて瓦礫と化した。
人が焼ける匂いがする。
だが炎の中から獣のような殺意が、僕をにらみつけている。
「エリクシア、けど」
「良いから。今は逃げるんだ」
「家族を殺されたんだぞ」
意思は伝わる。僕じゃ足手まといだと。そう彼女の瞳は語っていた。
ドラゴンを切る女だ。きっと彼女は勝つのだろう。けれど、今逃げるのは違うだろう。もし逃げたら、僕の価値はどこにある。僕は何のためにここに居る。
「ヴィニートル。その家族はもう死んだんだ。死んでいるんだよ」
「……」
死んでいる。
「僕は。分かった。僕は熱くなりすぎていたみたいだ。そうか、死んだか」
ここからあの竜の巣までかなりの距離だ。果たしてそんな遠くまで行く必要があるだろうか。僕では勝てないだろう。けれどエリクシアがたった2人に遅れを取る姿は想像できない。
だとすれば、2人じゃない。
「後ろかな」
「正解。なんでばれてしまったのかな。僕ら、ゼー君と違って獣臭くないはずなんですが」
「酷いですね。あんなでも優秀な戦士なんですから」
「えー、戦士としての強さと臭いのは関係無いでしょう。一応僕のパーティーメンバーなんですから、清潔にして欲しいんですよ。僕は一応勇者なので、国の威信みたいなものを背負っているんですよ」
「グラブリーさんはそうかもしれないですけど、彼らはただの兵隊なんです。仕方ないですよ。平民とはそういうものです。我々、教会も水浴びを進めているのですがなかなか上手く行きません」
「僕だって平民ですよ。いえ、勇者として功績を立てれば、爵位を頂く事もあるでしょうが。それにしたって、1代貴族の男爵が良いところでしょう。それにモナハも今は神官として良い暮らしをしているでしょう」
「我々神官は神への奉仕を万全に行なう為に、いえそうですね。私が孤児であった頃と比べればとても良い暮らしをしています。少なくともこの村の農夫よりは」
「そうです。僕も農夫をやっていた頃と比べればとても良いものを食べています。殺し殺され忙しくはありますが。つまり、平民とか生まれは関係ありません。今ある立場においてふさわしい立ち振る舞いをするべきなのです。僕の兵隊である以上はもう少し、あれ」
「2言で矛盾しないで貰えますって、逃げられてるじゃないですか。グラブリーさんのせいですよ」
背後で揉めている2人を置き去りにして、森へと駆け出した。
見逃してくれるというならそれで良い。
「何者かは分かりませんが、あの女性を仕留め行き先を聞き出せば問題無いでしょう。全く。ただの竜狩りが、面倒なことになったものです」
あいつらが馬鹿で助かった。勇者と言っていたけれど。ユマノ軍の兵だろうか。確か村に滞在しているとかトロポメリが言っていたような。
なぜ自国の国民を襲う必要がある。モンストルムの変装には見えないな。あそこの国の兵はおおよそ人とは思えぬ異形と聞いている。もちろんエリクシアのような例外も居るのだろうけれど。
「今、僕に出来るのは逃げることだけか」
山道を一直線に走る。この暗さで、山を歩くのは難しい。この道なら、何度も通うように歩いた。暗闇であっても足を取られることはない。
目的の音とが聞こえる。道を外れて、砂利を踏みしめて、冷や水の中に飛び込んだ。痛みをこらえ、奥歯を噛みしめて。今はただ川に押し流された。
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