1章 運命の卵6
「レイトル。さっきレーシャにも話をしたんだけど」
レイトルは早々に家に戻ってしまったらしく。僕は広場を離れ、後を追い家に戻った。
「ああ、もう聞いた。すまないな」
「いいよ。僕も丁度良かった」
「数日中に準備を整えろ。それと、出るときはレーシャに知らせておけよ」
「そうだね。幸い、支度に時間はかからないさ」
レイトルとの会話はすぐに終えて、僕はその足で酒場に向かった。
「速かったね。もう少し楽しんでくれば良いのに。そういえば振られてしまっていたのだったね。おっとうっかりしていた。私としたことがヴィニートル君の傷口を開いてしまったかな」
「たとえ、僕が心に傷を負っていたとしても、傷口が塞がるほどの時間は経ってないよ。傷口に塩を塗り込んでいるだけだ」
この女一体どこで見ていたのだろうか。
それにあの騒ぎの中、一体どんな聴力をしていれば聞き取れるのか。
つくづく超人。半分は化物か。なんて言えば良いのかな。
「ヴィニートルもどうだい。村の蜂蜜酒はなかなか悪くないね。葡萄酒は微妙だったけれど、蜂蜜酒を売ればそれだけで稼ぎになりそうなぐらいだ」
蜂もすっかり今回の騒動で数を減らしてしまった。僕は養蜂家ではないからどうやって蜂を集めるのかも分からないけれど、どうにか回復出来るものなのだろうか。
「そういうのはてんでダメだ。この村には読み書きを出来る人は居ないからね。商人の言いなりさ」
「それにしては、ヴィニートルは饒舌だね。文字の読めない人なんて大抵語彙力も欠如しているものだけれど」
大概失礼だなこの女。どこの貴族だ。文字を読めるなんて、近くの村に1人いれば良い方だろう。それともモンストルムでは違うのか。
「そんな事はないと思うがね。そう言うからには、エリクシアは文字が読めるんだろう。もしかしたら計算も出来たりするんだろう。せっかくエリクシアのことは商人ということにしたんだ。いくらか買い付けていけば良いじゃないか。嘘も誠になる」
「運ぶ馬が無いさ。モンストルムに繋がる道は大抵閉鎖されてるか、戦場になっているからね。近くの町に運ぶしかないわけだけれど、鞄に入れられる革袋じゃ利益にならないよ。何でも癒やす秘薬とかじゃないんだから」
そう考えても、少々無理がある嘘だっただろうか。馬車も持たない旅商人。いかにも怪しい。もう少し誠に寄せて、傭兵とでも言っておいた方が良かったかもしれない。
まあ、僕から出る嘘なんてそんなものだ。僕の語彙力なんてそんなものだ。
そして僕の嘘でもなんとかなってしまうのだから、この村は貧しいのだろう。
いや、豊かどうかはともかく、追い詰められている程に貧しいのはドラゴンのせいだった。商人にはなれなくとも村を狩人として救えたのなら。よく考えたらエリクシアが救ったのであって僕は巻き込まれただけだな。
ダメじゃないか。
「そういえば、ユマノの軍人とは会わなかったか。エリクシアはその容姿だろう。酒場に居ると聞いたときには、肝を冷やしたのだけれど」
「何だ、私の心配をしてくれたのかい。ヴィニートル」
「どちらかというと、軍人の方が挽肉にならないかと心配だったよ。村の酒場を壊されてはたまらない」
旅立つはずが逃げ出すことになってしまう。
どんな兵隊だって軍だって、竜に勝てるとは思えない。
「ともかく話をつけて来たよ。数日中に出ていけとレイトルには言われたけれど、僕は明日でも大丈夫だ。エリクシアが良いなら、明日にでも発てるとも」
「冷たいなあ。出ていく前に一発殴らせろとか、積年の恨みとかないの」
「なんだそれ。どこの宿敵だよ。まあ確かに、あまり仲が良いとは言えないかもしれない。血の繋がった親ではないからね。それでも家族だからかな。それを壊すようなことは僕はやりたくない」
積年の恨みってどんな家族だ。そんな恨みがあるのなら、僕は初めから弓を引いている。
「それじゃ、家族との決別は済ませたかい。愛しのレーシャちゃんと」
「そんなふうに見えるか、エリクシア」
「おいおい、ヤケになるなよ。自分の居場所がないことがそんなに不安かい。安心しろよ。いつか帰る場所ぐらいには彼らもなってくれるさ。家族なんだろう」
「別に。ただ僕が良き家族であれたか少し不安だったんだ。僕は弓の実力はそれなりだけどね。狩りは決して上手じゃなかった。男児とはその家を支えるものだろう。たとえ当主になれないとしても」
僕は役割を全うできているのかどうか分からない。
「家族に善いとか悪いとか、そりゃ何かに期待しすぎだろう」
期待って。僕はそんなものは何も。
「善し悪しは分からないけど、僕は彼らの家族のイミテーション。完成度の問題だよ。レイトルは叔父としての役割を果たした。レーシャそうだ。なら僕は弟を全うしなければならないと思わないか」
「私が言うのもなんだが、家族ってそういうものだったか。もっと愛とかそういう絆のようなものです繋がっているもののはずだぜ。だからヴィニートルも家族と分かれるのが辛かったんだろう」
「まさか。そんなわけないじゃないか。僕は愛された覚えも、愛した記憶もないよ。変なことを言うね。ああ勘違いしないで、レーシャやレイトルは好きだよ。これは僕の気持ちの問題さ」
「よくわからないな、ヴィニートルは。考え方は人それぞれだろうけど、異端というか。心が痛んでいるみたいな」
「僕を病人扱いしないでくれ。誰が気狂いか」
「何もそこまでは言っていないけれどね。一端落ち着けよ、ヴィニートル。ムキになるほど芯を捉えているように聞こえるぞ」
「うるさい」
話している内に何が何だか分からなくなってきた。
「ともかくレーシャとはそういう関係じゃないとも」
酒場の扉が力強く開かれる。転がり込む知らせは、その場にいる全てを凍り付かせる。酒場の熱気を悉く吹き飛ばした。
「ヴィニートル、今すぐ来い。お前の家が、家が燃えている」
良いね。賛否感想お持ちしております。
読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。