1章 運命の卵5
忙しくて予約投稿しておくのを忘れたという
「今すぐ決める必要は無いとも。この際乗りかかった船だ、私もしばらく村に居るさ。ただ、その卵は人に見せるべきじゃない。手放すべきでもない。それを失えば君はたましいの半分を失う可能性があるからね。そうなってしまっては私にもどうなるかは分からないよ」
僕はあの後、針山で数日を過ごし下山した。
何にせよ一度村に戻る必要があった。
僕がすぐさま村に戻らなかったのは、ライブラ化の副作用によるものだ。体中に走る打撲と筋肉痛のような痛みで、僕はあの場から動けなかったのである。内外から体が変異し、文字通り全身に痛みを受ける。この経験したことのない状況に、立つのもままならなかったのである。
幸い、エリクシアが面倒を見てくれたのと、あそこは元は竜の住処で大した化物は近づかないという立地の良さから、大したトラブルもなく。10日ほどでなんとか村までたどり着いたのだった。
容姿の変化が少ないのも幸をそうした。黒鱗の痣は手の甲まで進んだがそれだけだ。
ライブラになる過程で髪色や瞳が変わったり、耳や指先などが変形する事はままあるらしい。僕にもそのような変化が起こる可能性は高かったが、すぐさまということはないだろうとのエリクシアの見立てだった。
「ヴィニートル。生きていたか」
家に帰った僕を出迎えたのはレイトル。僕の叔父だ。
「それは、何の化物だ」
「ソーンベアと言うらしいよ、これならしばらく持つと思う。見ての通り化物も寄せ付けない、巨体の熊だったんだけれどね。心臓は少し皮が分厚くて届かなかったんだけど、目に矢を貫けば此の通り。いやあ、頭に矢が刺さってからもしばらく暴れて大変だったよ。悪いことをしてしまった」
本来の目的を達成もせず、森暮らしをしていたとなると居候としては視線が痛い。
かと言って、ドラゴンが発した威圧で逃げてしまったのかキラーラビットのような小さな化物は見当たらなくなってしまった。きっとエリクシアとの戦いで、動物たちのようにしっかりと居なくなってしまったのだろう。
僕が弓で戦ったのは確かだけれど。とどめに矢を押し込んだのはエリクシアだ。
僕の体はゆっくりと化物の体に変化していく。少しばかり視力が良くなった気がしたけれど、狩りや弓が急に上手になったりはしないらしい。
体が変化するに従って体にけだるさや痛みはあるが、酷くは無い。
だから僕は正気でいられたのだけれど、そのせいでそこはかとない不安が僕を巡っていた。
「そうか。ところでヴィニートル。お前、何かあったか。少し会わない間になんだか印象が変わったような気がしてな。気にするな」
「そんな事はないと思うけど」
もしや痣のことがばれてしまったかと跳ね上がる。一応ボロ布を包帯風に巻いているんだけれど。やっぱりわざとらしかっただろうか。
痣を見たってレイトルには何か分からないだろう。けれど、巡り巡って竜の卵がばれると面倒だ。軍にばれたら処刑ものの厄ネタだと聞く。下手をすればモンストルムの間者扱いを受けるに違いない。
ほとんどエリクシアの受け売りだけれど、僕に反論は無かった。
「なんでもない。それなら肉屋に持って行け。お前が解体するのは大変だろう、ついでにレーシャに顔を出してやれ。心配していたぞ」
「分かったけど。なんでレーシャが肉屋に。もしかしてお金に目処がついたのか」
「お前がいない間にレーシャの婚約が決まった」
予想外の言葉に意表を突かれる。
そんな話僕が山に行くまでは1つも無かった。いや、僕が聞かされていなかっただけかもしれない。
「そ、そうなんだ。分かったよ」
今回婚約をレーシャと結んだのは肉屋の息子の1人であるトロポメリ。
婚約とは言うけれど、この村では子供が出来るまでの準備期間のようなもので、どちらかの家に暮らすことになるのだろう。おめでたい話だ。
これでレーシャはよほどの事がない限り飢えることにはならない。肉屋は軍の兵士でも商人でもやってくる度に大儲けしていると聞く。
そういえば食料を無心しに行くと行っていた気がしなくも無い。食料を分けてもらいに行くという話が何時の間に婚約話になったのかは気になるけれど、悪い事にはならないだろう。
対価として婚約などという話ではあるまいて。婚約話があったからこそかも知れない。それに僕にとっても悪い話では無かった。むしろ都合は良い。タイミングが良すぎるほどに。
僕は村の注目を集めつつ。熊を背負ってそこへ向かった。何を話そうかと考えて。
「熊の解体を頼みたいんだけど。誰か居るかい」
「ヴィニートルか。少し見ない間に随分と力持ちになったものだ。お前よくそんなものを持てるな。まってろ親父は今出ていてな。俺が解体するよ」
トロポメリ1人が店の奥から出てくる。
巨大な包丁を手にしてどうやら今も仕事中らしい。行商の予定は聞いていない。おそらく兵士か敗残兵が、保存食と交換を指示してきたんだろう。手間ばかりが増え、村に大した理などない。
「大変そうだね」
「そうでもないさ。村中の狩人が干からびてる。お前がここ数日で唯一まともな客だよ。しかし、よくこんな化物を獲って来られたな」
「色々あってね。僕の他のお客さんはまだ村に」
「ああ、今頃酒場で強いのを飲んでいるさ。今回は戦場のついでじゃないらしくてね、何でも捜している化物が近くに居るんだとかなんとか。今回は手土産があるだけマシだぜ。この前に来たのは一方的に買いたたいて行きやがった」
「へー。そりゃ大変だ」
それでも従わなければならない。従わなければならないのだ。
「そうだ、トロポメリ」
「どうした」
「いやなに、渡せるものは何もないけど、婚約おめでとう」
「ありがとう。そうだな、この熊の頭骨を貰えないか、店先に飾れば目立つだろう」
毛皮ならともかく、頭の骨なんて何の使い道もない。精々、夜にちょっと光ったりするぐらいだろう。竜の骨なんかは武具の材料になると聞いたことがあるが。そんな伝説の代物は僕とは縁遠い。
縁遠かったと言うべきか。自覚は無くとも、そういう伝説の弓なんかに憧れる日も来るのかもしれない。
「そんなもので良ければ。所でレーシャはどこに」
「レーシャは今親父と広場の方で準備中」
「準備。何の」
「そりゃ1つしかないだろう。宴のだよ」
その晩。村では久々に祝宴が開かれた。婚約の宴だ。
久々に村中から人が集まり。同じ焚き火を囲む。皆、以前見たときよりも痩せたはいたけれど、元気そうだった。
僕は皆に針山で見たものを説明した。もちろんドラゴンが居て僕がライブラになってしまったとは伝えていない。僕は巨大な化物の痕跡だけを見つけたということになっている。おそらくその化物のせいで動物が森から居なくなっていたこと。化物はもう居ないこと。それだけが伝われば良い。
トロポメリにあげた頭骨が僕の言葉に信憑性を持たせてくれたらしく、狩りの再開を予感してより盛り上がった
戦争、不作、何もかも苦しかった。それを今だけは忘れ、陽気な歌を響かせている。
それが今日はそれが許されていた。
「レーシャ。おめでとう」
「ありがとう、ヴィニートル。あなたが無事で本当に良かったわ」
レーシャは彼女の母が結婚したときに来ていたドレスを着ている。何せ今日は彼女が主役だ。この村のヒロインとして光を浴びて、誰よりも美しかった。
「ヴィニートルも踊りましょうよ。良いでしょうトロポメリ」
「ああ、行っておいで」
昔はこうして焚き火を囲んで、彼女とよく踊った。
レーシャはいつも嫌がる僕の腕を引っ張り連れ回す。彼女からは蜂蜜酒の匂いがして。疲れ果てるまで踊り明かすのだ。焚き火の薪が燻るまで。
「懐かしいね。ヴィニートル。いつだったか、お父さんのお酒を盗み出して」
「あれは傑作だった。いつかまたあんな美味しい酒を飲みたいものだね」
懐かしい。思い出だ。黄金のような。きっとかけがいのない思い出だ。
「レーシャ」
「何」
「僕が出ていくよ」
足を止めて見つめ合う。僕達の顔が茜色に染まる。彼女は今、何を思っているのだろうか。誰を思っているのだろうか。
「トロポメリの家も支援はしてくれるだろうけれど。やっぱり今の叔父さんの畑では4人は暮らせない。去年離れを潰したのもあって、狭っ苦しいしね。いつまでも僕みたいな血の繋がらない男が、同じ屋根の下というのは外聞が悪い。それに僕は忌み嫌われている。実は針山でね。迷い込んだ商人と会ったんだ。色々あって、弟子にならないかと誘われてる。今の僕には渡りに船だ」
「ヴィニートル。無理をする必要はないのよ。今日だって大きな熊を仕留めてきたんでしょう。誰か村の狩人に弟子入りするという手も」
「いや、良いんだ。とても良い人だったし。僕の事を買ってくれている。僕がそう望んでいるんだ」
こういうことを、レイトルやレーシャに言わせるというのは無粋だろう。僕にとって今回のことは都合が良い。
「ヴィニートル、ごめんなさい」
「謝ることはないよ。特に、こんなおめでたい日にはね」
これは僕の事情だ。
「いいえ、謝らせて。ごめんなさい、ヴィニートル。私はあなたの特別な人にはなれなかったみたい。私よりも素敵な人に会えるように心から祈っているわ」
良いね。賛否感想お持ちしております。
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