2章 英雄の卵25
モンストルムへの道は失われた。
残ったのは瓦礫の積み重なる遺跡のみ。おもむろにここも埋まるだろう。
このディマニウォールにやって来たの目的。勇者から逃げること。モンストルムに行くこと。その手段がたった今失われたのだ。きっと永久にこの門が息を吹き返すことはないだろう。
散々だ。このためにどれだけの事をやってきたのか。僕は蛇足ばかりだったけれど。エリクシアの努力あってこそ。
けれども、その散々すらももはや清々しい。
全ては無駄じゃなかった。そう思えるからだ。
フューメンを失い。勇者に居場所がばれ。そしてエミリシーとティシアを救えた。十分だ。何も出来なかった僕には十分だ。僕は何かをなせる人になった。これ以上を望むなんて欲張りだろう。
だけれど、どうせなら。もっと良い結末が良い。
「エリクシア。一応聞くけれど。ここから抜け出す都合の良い方法なんてないよね」
「私1人ならなんとか」
なるほど。それは行幸だ。素晴らしいではないか。エリクシア1人なら、この状況から抜け出せる。きっとエリクシアなら僕という足かせがなければモンストルムまで自力でたどり着けるだろう。
僕が望んでいた状況がやって来たのだ。満足だ。
けれどそう。欲が出た。
そう欲だ。
空っぽだった僕の奥底に、あまりに惨めで汚い欲が生まれた。
少し前の僕なら、自分の命なんて勘定に入れていない。今は、もう少し足掻いてみたくなった。
役割を模倣する。模倣しきれぬ人間もどき。僕は生きていなかった。
エリクシアと出会って。この町に来て。何者でもないままに、必要とされ、命を救った
僕はまだ足掻いてみるよ。僕にも価値があると、思えそうだから。
懐から。それを取り出す。まるで石のような紅い卵。竜の卵。僕の相棒。
「ほら寝ぼすけ。いい加減起きたらどうだ。この町に来て、お前は僕を見ていたな。僕が何かをやる度に、卵に何か変化を感じていたぞ。好き勝手に僕を生かしたんだ。そこ師は僕の役に立て」
「ヴィニートル何を」
「アハ。どこか確信があるんだ。コイツは生意気にも僕を試していたって」
卵が脈打つ。僕の言葉に呼応して、卵が姿を変える。
この小さな卵からどのようにして竜が生まれるのだろう。
卵は瞬く間に、頭程まで大きくなり。頂点から罅が入る。まるで今まで成長をとめていたみたいに。
殻を突き破り、翼を広げる。黒い影となって空へと飛び立つ。それは気がついたときには馬ほどの体格まで大きくなっていた。
「驚いた。必要な姿まで強制的に成長?いや、生まれる前からの魂分かちの契約など異例。だが、状況からして契約時に生まれていてもおかしくなかったはず、成長を押しとどめていたのか。今、ヴィニートルを認め、本来の姿に戻ったのか」
「さあね。僕だって知らないよ。1つ確かなのは。コイツは僕を認めたって事さ」
崩れゆく遺跡。
エミリシーが居なくなったからか。吸血犬が全滅したのか。夜の帳が解けていく。月光のように指す太陽の光が。僕のドラゴンの紅い翼を美しく照らしていた。
「綺麗だ」
エリクシアがつぶやく。
確かに綺麗だ。竜の姿も、それを見るエリクシアも。
「うわあ」
急に体が持ち上がる。幼竜が僕のを掴んだらしい。なんとも乱暴な運搬方法だ。
咄嗟にエリクシアに手を伸ばす。ギリギリの所で、エリクシアが差し出した手を掴んだ。
「凄い。ヴィニートル。飛んでる、飛んでるぞ」
地上に上がる速度は遅く。ドラゴンは今頃、後悔しているかもしれない。白い髪をたなびかせ、はしゃぐエリクシアを恨めしそうに見ている気がした。
体にかかる重さはエリクシア以上に重く感じ。風が顔を叩き付ける。
そうか、これが空が飛ぶという事。
思っていたよりも、ずっと窮屈で、恐ろしく、騒がしく。そして何より自由だった。
「最高だ。最高な気分だ」
地面に開いた大穴離れ地面を転がる。
町を覆う壁の少し外。もう少し位置が悪ければ。町そのものが落ちていただろう。
竜が翼をはためかせ、遙か上空まで昇っていく。そんなのも空が恋しかったのだろうか。
その間、僕たちは待ちぼうけを食らってしまった。
「アア、楽しかった。もう少しで瓦礫のサンドイッチだ」
「全く。君は、おかしなヤツだとは思っていたけれど、ここに来てまたとんでもないな」
「ひどいよエリクシア。僕を試したんだ。僕があいつを試したって構わないだろう」
しかし。どうしたものか。町に戻ろうにも。状況がややこしい。
結局、食料も準備もない状態に逆戻りだ。
「どうしようかエリクシア。あいつの背中に乗っていこうにも。精々、僕1人が限界だ」
「その心配は要らないよ。君たちは仲良くおさらばだ」
「クッ 。グラブリー」
先ほど遭ったときよりも随分と薄汚れている。だが目立った怪我はない。あのモナハとか言う神官が。治療する魔法を使えるのだったか。
けれど、あれは吸血犬程度。全てあのままの姿で始末してきたのだろう。
「勇者様。ちょっとしつこいんじゃないか」
「これだけ騒ぎになれば馬鹿でも気がつくよ」
城壁の上から僕らを見下す。1人で走ってきたのか。仲間の姿は見えない。やはり勇者とそれ以外の実力はかなりかけ離れている。一体、どんな方法を使えば、人ながら化物じみた力になるの香。本当に人なのかも疑わしい。
伝説の英雄だって。実は化物でしたといわれた方がしっくりくる。
エリクシアが剣を抜く。すさまじい殺気だ。これには竜だって逃げ出すだろう。白い肌が青白く発光しているかのように変化する。姿はより化物らしく。猫のような特徴を持ち、そこに居るようで、認識できない。
今までのエリクシアは人として強かった。
ならこれは、ライブラとしての化物としての本領。村を焼かれた夜以来のエリクシアの全力戦闘。
エリクシアに狙われれば。きっと、寝首を掻かれ、首が落ちるその瞬間まで、誰一人と気がつかない。肌が凍るように薄ら寒い。ここがあの世と繋がっているように錯覚する。
それはきっと戦場でも同じ。
誰も彼女を傷つけられない。
誰も彼女を止められない。
彼女は遙か高みに存在している。
それはきっとあの勇者も。
「だから。君の矢では届きませんよ」
「ああ、そうだね。だから良いんだ」
遙か上空、頭上から襲来するのは紅い翼。僕たちを掴んで地上まで連れて行ったように。勇者の頭を掴んで開いた大穴へとたたき落とす。
「景色にお代は要らないよ。今度遭ったら、感想でも聞かせてくれよ」
間抜けにも何か叫びながら、穴に吸い込まれていく。きっと恨み言でも述べているのだろう。その姿は無傷でやって来た勇者とはとても思えない。
勇者だって不意の攻撃には対応できない。僕が始末したイスカーティンと同じだ。どんな斥候だって、それで死ぬのだ。
もっとも、勇者はこの程度では死なないだろうけれど。
何かをするまでもなく。穴は広がり遺跡が沈む。
これでしばらく追って来られないだろう。
「それじゃあ逃げようエリクシア」
「ああ。そうだね」
エリクシアの姿が元に戻る。
僕らは森に向かって走り出したのだった。
「アハハハハハハ。ああ、おかしいったらありゃしない」
「ヴィニートルどうかしたかい。もしかして怪我を」
「違う違う。だっていかにもじゃないか」
勇者に容易く一杯食わし。こうして逃げている。問題、覚醒、さらなる困難。それすらも切り抜ける。
「こんなにもベタな詩があって良いものかと。しかも結末が逃走とは。これじゃあ絵になりやしない」
これほど何かと都合が良いと、世界が僕を祝福しているみたいだ。
どうやら今日は僕が主人公だったらしい。
「じゃあね、勇者グラブリー。安心してよ、僕は必ず君を殺しに行くから」
故郷の仇は。今は遠く。僕たちは勝ち逃げするのだった。
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