2章 英雄の卵19
「それで。お父様と話がしたいと?」
「あるいは、領主を補佐する立場の人でも良い。どうしても、衛兵に下水道を探るように伝えた理由を知りたいんだ。理由は、何というか。説明しにくいのだけれど」
「良いわ。あなたはそれぐらいの仕事をしてくれたもの。けれど、ヴィニーを直接会わせるのは難しいから。私から聞いてみるわ」
そうして僕は彼女が話を聞いているのを物陰から聞き耳を立てることとなった。
「どうして僕が、盗賊のような真似を」
「どうせ話を聞くなら、直接のほうが良いでしょう。それに森で、一瞬私を囮にしたの忘れてないからね。どうやったら、目の前に立っているだけで、気配を消せるんだか」
「あれは別にそういう技術じゃ。別に透明になれるわけでも、何でもないんだけど。分かったよ。近くで聞いてるからよろしく頼むよ」
「任せなさい」
そうしてまずは領主の秘書を訪ねたが、どうやら何も知らないみたいだった。衛兵に命令書を送ったことは確かだが、その情報の出所に関しては知らない様子。その答えを知っているのは領主のみなんだそうだ。
こうなっては領主に直接尋ねるしかない。
シャルーンとしては、つい先ほど怒られた手前、声を転けるのが憚られるみたいだけれど、日を置いて別のときにという訳にはいかない。僕がこの町にいられる時間は長くない。のだから。
「お父様。お話があるのですが」
「何を言ったってダメだ、絵のことはしばらく諦めなさい」
あれがこの町の領主。確か名前はアジャカル・ディマニ。確かに貫禄がある男だ。
「そうではなく」
「すまないが客人を待たせているのだ、話はまた今度としよう」
そう言ってアジャカルは建物の外に出て行ってしまった。
「どうしましょうヴィニー。行ってしまったわ」
窓から覗くと屋敷の前に止められた馬車の人物と話しているみたいだ。そこから動く様子も無い。
もしやこれはチャンスだろうか。今なら書斎に侵入できるやも。
「シャルーン、客を呼んだとき普段はどうしてる」
「そうね。大抵は応接間にお通しして話をする事になるけれど。それがどうかした」
やるならきっと今しかない。
「昔からこういうことを一回はやってみたかったのよね」
「見張りを頼むよ。さすがに僕がここで見つかるのはかなり不味い」
「任せなさい」
シャルーンを見張りに立たせ。書斎を探る。
下水道を探る命令を出したのはここ数日のこと。その元となる情報もすぐに見つかるところにあるはずだ。もしかすると手紙ではなく、口伝えに伝えられた事かもしれないが、覚え書きぐらいは残っているはず。それに、例えフューメンであっても簡単に領主に会えるとは思えない。書類がある方が自然だ。
「一体どこだ。どこかにあるはずなんだ」
「早くしてよ。私だって見つかったら大変だわ。画材を取り戻しに来たと思われるかも」
普段から。やんちゃをしているのか君は。
書斎の窓からさっきの馬車が見える。領主はまだ、馬車の客と何か話しているようだ。
「あれは」
馬車から見えた人物には見覚えがあった。忘れようにも忘れられない。顔あれは。
「勇者パーティーの1人」
「何をやっているのヴィニー」
今はヤツを追っている場合じゃない。それも重要だが、書類を見つけ見つけなければ。
机に積み重ねられた社類の束から。目当てのものを見つける。それはあまりに突拍子もなく、想像とは違う事実だった。
「これは一体どういう。まさか」
「やったのね。書類を見つけたなら早くしましょう」
「あ、ああ。そうだね」
シャルーンも焦っていたのだろう。大きな声を上げてしまった彼女の声が、屋敷に木霊する。それと、領主である、アジャカルが戻ってきたのはほぼ同時のことだった。
「シャルーーーゥゥゥン。何をやっている」
「まず」
「ごめん、シャルーン。任せた」
僕は窓を開けて外へ出る。
屋敷には。シャルーンを怒鳴る声がしばらく鳴り響いていた。
「ひどい目に遭った」
「悪かったよ。けど、大声を出したのはシャルーンだろう」
その日の夜。僕は用事を済ませて。一度シャルーンの部屋に戻っていた。
礼を言う機会を逃してしまったし。きっとこれから僕は町から出ることになるだろう。あまり後味の悪い別れ方はしたくなかった。
「ありがとうシャルーン。君のおかげで、今日は素晴らしい日になったよ」
「それは良かった。顔つきが変わったみたいだけれど、私が怒られている間に何かあったの。何か付きものが落ちたみたい」
「君は気にしなくて良いよ。これは僕個人の事情だから」
つきものが取れたような顔か。そうか僕はそう見えるか。
「シャルーンって呼んでよ。あなたの事情は聞かないわ。私はそこまで野暮な女じゃないもの。私はあなたの絵が描ければ十分よ」
「それなんだけどシャルーン。僕はきっと後終日でこの町を出て行かなくちゃいけない。申し訳ないけれど、これ以上絵のモデルは出来ないよ。護衛もね」
「そう」
悲しげにシャルーンは言う。僕の事を短い間でそれだけ信頼してくれたということだ。僕にとっても、なんだかんだ悪くない時間だった。
「もう会えないかもしれない。けど、生きていればいつか偶然がやってくるかも。だから 僕と友人になってくれるかい、シャルーン」
「ええ喜んで。あなたのような英雄なら。どこに居たってその勇名が聞こえてくる事でしょう」
「まさか。そんなことは。それなら、僕は君の絵をどこかで目にすることがあるように願っておくよ」
「ただね」
彼女が僕の体に触れる。
「今夜はあなたは私のもの。私だけの英雄よ」
彼女のことを強く抱きしめた。
「どうして、僕を護衛にしたんだい。いくら衛兵からの推薦だからって、僕みたいな旅人は信頼ならないだろう」
シャルーンは高飛車で絵に傾倒しているけれど馬鹿じゃない。絵にするに値しない人物など、直ぐにつまみだしていただろう。
「実はあなたのことは合う前から知っていたの。お父様の事をエリクシアという人が尋ねてきてね。絵のモデルは断られてしまったのだけれど少しお話をね」
エリクシアがここに。一体何をしに来たのだろうか。絵のモデルではなかったみたいだけれど。そして僕のように、裏切り者を探したかった訳でもない。
「エリクシアはなんて」
「色々話をしたよ。大事なところは全てぼかされてしまったけれど。最近初めての弟子を取ったって」
初めての弟子か。きっと。きっとエリクシアは気を遣ってくれて居たのだ。彼女は何もない僕に、弟子という居場所を、役割を与えてくれた。焼け落ちた村を見る僕は、今にも入水でてしまいそうに見えたに違いない。モンストルムに着いたら、ちゃんと話をしよう。場合によっては、ちゃんと断ろう。
「ヴィニーのことを、エリクシアさんは大層褒めていたわ。過ぎた拾い物、そして申し訳ないと」
そんな。竜から救って貰っただけで僕には十分だというのに。
「そんな顔をしてちゃダメよ。元しっかりしなきゃ。あなたはとっても強いんだから」
「僕は何も無いよ。僕にエリクシアのような強さはない。守るべき村はもうなくなった。僕は密かに尊敬していたんだ。君のような熱中できるものを、人の役に立つ役割を。僕には価値が見つからない。
「エリクシアさんのことも、ヴィニーのことも詳しくは知らない。けどねあなたは私を助けてくれた。それだけで、あなたには十分な価値がある。だから今は忘れて。私の事だけを見て」
その小さな言葉は確かに僕の心に灯った。
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