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1章 運命の卵3

「坊や、坊や。そろそろ目を覚ましてくれ。あなたの道筋にはこれから困難が待ち受けているのだから」


 どうやら僕は生き残ったらしい。

 およそ人には見えない、白い女。焚き火を枝で突っついている。

 なんとか体を起こした僕に、焦げ付いたウサギ肉を手渡そうとしていた。他人が用意した物を食べる気は起きなかったのだけれど、体の方は正直な物で、ギュルルルと音を鳴らしていた。

 焦げていて味気ない肉だった。

 苦さが思考を現実に連れ戻す。そういえばウサギを追っていたのだったなと思い出した。数日、碌なものを食べていなかったことも。

 なぜこんなことになったのだろうか。ドラゴン。そしてこの女。化物を狩るつもりが、何時の間にか怪物に絡まれていた。随分と僕が滑稽ではないか、その上なぜ生き残ったのかの分かっていない。この女が誰なのかも分かっていないのだから。


「僕の体もプライドもへし折ってくれた、あのおっかないドラゴンは。どうなったのだろう。あなたが倒してくれたの、かな」


「その予定だったんだけれどね。勝手に自滅してしまったよ。遙か遠くから追いかけてきたというのに、まさか子供をこんな子供に託すとは。まったく、人生は予測が出来ない」


 なんとなくあのドラゴンの話をしているのだろうという事は分かるが、どうにも焦点が合わない。情報としては聞こえているのに、それが思考に繋がらなかった。


「申し訳ない。僕のミスだ。僕としてはそんなつもりはなかったのだけれど。僕にはその話はまだ早かったらしい。順序を違えていたみたいだ。人が出会ったらまずはこう話すべきだった」


「つまり」


「初めまして。僕はヴィニートル。あなたの名前を教えて貰えるかな」


「良いよ。私はエリクシア・デュマ。モンストルム王国のライブラだ。気楽にシアとでも呼んでくれ」


 モンストルム王国。僕の暮らす峡谷の村が属するユマノ王国の敵対国だ。正直、僕には愛国心の欠片も存在していないのだけれど、村のことを思うのならこの女性を射殺しておいた方が良いのかもしれない。

 無論、僕が射殺せるとも、射殺そうとも到底思っていなかった。けれどそう考えるほどに重大な言葉だ、モンストルムという国の名は。

 ユマノ王国とモンストルムとの間には、決して無視できない溝がある。溝があるからこそ、強すぎる繋がりがある。人に対する考え方によってだ。

 事の始まりが何だったのかなんて僕には分からない。けれど、これだけはどんなユマノの子供だって知っている。モンストルムは化物の国だと。


「実際には、国民の6割から8割は所謂人間だ。人間が少数派かのように語られるのは、まるで被支配階級かのように語られ争っているのは、他民族であることが原因だろう。私のような、人でありながら人らしくない身体的特徴を持つ人間を、悉くユマノでは亜人として扱っているから。それが正しいかどうかは私は分からないけどね。ここはあえて、対立意見を聞いておくべきだろう」


「丁寧な説明をどうも。けど僕としてはそんなシニカルな事を言っても無駄だね。僕みたいな寒村の子供にとって、モンストルムは悪いことをしていると連れて行かれる怪物の国程度の話だよ。正直、兵士が戦っているモンストルムよりも、食料を奪っていく兵士そのものの方が憎いなんて子供の方が多いぐらいだ」


「その口調だと、ヴィニートル君はそう思っていないのかい」


「君はやめてくれないか。僕の場合は、戦場に父親を攫われているみたいだし。ごめん、これは嘘だな。顔も覚えていない人に思いを馳せるというのはなかなか難しい」


「そうかい、仲良くやっていこうじゃないか。坊やのほうが良かったかな」


「普通にヴィニートルで良いから」


 坊やって。そんな老婆と子供の関係じゃあるまいし。あるいは母親だろうか。調子が狂ってしまう。

 

「顔が分からないと思いも膨らまないというのは私も同意できるよ。モンストルムの婦女子にも言ってやりたいね。最近は婚約者と文通のみでやり取りをして結ばれる物語が流行ってしまって、文だけで付き合いを始めるなんて文化が出来たのだけれど。実際に会ってみるとお互い想像と違って殴り合いのケンカになることすらもあるとかなんとか」


 噂に聞く怪物の国も人間くさい所があるらしい。

 

「モンストルムではそんな揉め事が沢山あってね。どこかの貴族だかも被害に遭って、それで文で身分を詐称する事を禁じる事も考えられているらしい。愉快な話だと思わないかい」


 モンストルムについて少し興味はあったけれど、そんな政治事情は聞きたくなかった。


「例えば私の姿を見て怪物などと罵った男を、瓶詰めにしてやった」


「恐ろし過ぎる」


「いやいや、殺しては居ないよ。彼は今でも瓶の中で生きているさ。ゆっくりと死に続けているというべきかな。怒りにまかせてちょっとやり過ぎてしまったんだ」


 嘘だ。この女ドラゴンと戦っていたとき、凄いニコニコとしていたぞ。加虐嗜好なだけだろう。というか、エリクシアのような暴力女が沢山居たから、法令が定められるのじゃなかろうね。

 

「ちょっと興奮した」


 もっと聞きたくなかったよ。そんな性事情は。


「そろそろ私に対する警戒心のような物が薄れてきたのではないかと思うのだけれど、本題に戻ろうか」


 一体どこに警戒を緩める要素があっただろう。全く安心出来ないだろうに。特に僕たちユマノの国民は。


「ここで話をしていることに、身の危険を感じ始めたところだけれど今は捨て置こう。ドラゴンだね」


「そう、あのドラゴンは元々モンストルムで暮らしていた、人食いだよ」


 元々は、どこかの村で守り神として知られていたドラゴンだったそうだ。

 人と怪物が共存しているという実例を出されるだけで、僕からすれば天地がひっくり返る程の衝撃だ。一方と顛末に関しては逆に納得がいく。


「何で危険なドラゴンが隣の国の辺鄙な土地までやって来ることに。倒すというなら、モンストルムの国内で倒しておいて欲しかったよ。人食いドラゴンに命を狙われた身としては」

 

 余所の国などどうでも良いと思っていた僕としては、顔も知らないモンストルムの人々に、そこはかとない恨みをたった今感じ始めているところだ。

 

「ああ。勘違いさせてしまったかな。人食いのドラゴンが危険だったことは間違いないが。あれに追っ手が付いたのはモンストルムから国外に逃げたからだよ」


「どういうことだ」

 

「人を食ったというのも本当だがね。卵を奪おうとした賊がいたらしくてね。初めは討伐される予定だったんだが、食うに困った村人が卵を売ろうとしたらしい」


 守り神の卵を売るって。どれだけ罰当たりなんだその村人は。というか、そこは罰しておけよドラゴン。人に襲われる神も、人を襲う神も無用だ。つくづく化物の国だなモンストルム。


「それで問題なのはその卵だ」


 エリクシアが見覚えのある宝石のようなそれを取り出した。僕が気絶する時に掴んでいた竜の卵。改めて見ると随分小さい。僕の手の平に収まるぐらいの。あれ。


「何だこれ。竜」


 卵を掴んでいた手の平には黒い鱗のような跡が残っていた。

 

「あらら、また立派に呪われているね」


 光を放って消えたドラゴンは、僕に竜の鱗のような痣が残していたらしい。

 呪いという言葉は響きだけでも空恐ろしい。それも己の身に降りかかり、化物の中でも竜の呪いとは、碌な事にならない気がした。


「呪いって、もしかして僕、死ぬのか。助かって良かったみたいな空気を散々出しておいて、君は後10日しか生きられませんって余命宣告されちゃうわけ」


「まさか。真逆だよ。君にとっては呪いに違いないけれど、ドラゴンにとっては祝福であるとも言える。その呪いは君を生かす祝福だよ」


「細かいことは良いからさ。僕の体がどうなっているかを教えて欲しいんだけど」


「つまり、君の体はドラゴンの性質を宿し始めているんだよ」


 ドラゴンは空を飛び、口から火を吐く。その巨体は人を簡単にねじ伏せ、ブレスは鉄を溶かしたという。ベビのような鱗に覆われた体は簡単に鏃を弾き、剣も容易くは通さない。

 ドラゴン一体を倒すのに、何百という人が犠牲になり。複数の英雄によってようやく討ち取られたなんて話を聞く。即ち人類の敵だ。


「このままだとあんな巨体になっちゃうのか、不細工な爬虫類になるだなんて、それは絶対に嫌だ」


 レイトルになんて言えば。何よりレーシャに会えないだなんて僕には耐えられない。

 

「意外と余裕だな。もっと心配するところがあるだろう。大丈夫、大丈夫。表面的な変化は精々、痣が広がったり瞳が変化したりするぐらいだよ。もしかすると、皮膚が鱗のようになるかもしれないけれどね。人の形はとどまるさ」


「全然安心出来ないんだけど。本当なのかそれ。本当とか以前に、なんでそんな呪いが僕にかけられているわけ」


「そりゃ、君が竜の卵に選ばれたからだろう」


「へっ」


「だから、ヴィニートルは選ばれたんだよ。竜のライブラに」


  

 

 良いね。賛否感想お持ちしております。

 読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。

 

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