2章 英雄の卵17
ライブラの卵となってから僕の身体能力は大幅に向上した。
今の僕は大人と力比べをしても大差で勝つことが出来る。走りを比べれば倍以上の速度と持久力で。夜を遠くまで見通し、最近は飛んでくる矢すら避けられるのではと思うほどだ。
だがこの化物と比べれば些細な差。化物は森の木々を容易くへし折り、馬よりも速く駆ける。矢もくしゃみで弾いてしまうかもしれない。
だから、発揮するべきは僕が狩人と強いて身につけたスキルだ。
大鹿は弓を構える僕ではなく、きびすを返して逃げ出したシャルーンに狙いを定める。後数秒もすればきっと彼女は細切れになるだろう。
だからこそゆっくりと狙った。
獣というものは、気配に敏感だ。些細な音、匂い、体温。生き物がそこに居るだけで発するそれを感じ取り。人よりもよほど、敏感な感知能力を持っている。そこには魔力なんかも含まれているのかもしれない。あるいは殺気。自信の危機を鋭敏に感じ取る。
だからこそ、接敵距離が近すぎるこの状況であっても、僕な予備動作を獲物と判断出来ていない。
緩慢な予備動作から放った強弓は、大鹿の意識の外から襲いかかり。結果として大鹿の眼球に鏃の半ばまで突き刺さった。
グオオオオオオ っと、大鹿が鳴く。それこそ血の涙を流しながら。
「ハハ、普通は茂みも無しに成功しないだろう。人が何をやっていようと、それが攻撃だとしても、たいして区別がつかないだろう。その叫びは化物のなりの苦難かな」
「おお、やったなヴィニー。素晴らしい弓の腕だ。しかし残念ながら、線の1つだって描く暇がなかったわ」
「安心しろ。コイツはまだまだ元気さ。普段ならどんな力自慢だって目玉は鍛えられまいと息巻くところだけれど。今回ばかりはそうも行かないみたいだ。奴め瞼の内側に、透明な骨の膜かなにかがあるらしい。トカゲの中にはそのような性質のものがあると聞いたことがあるけれど、まさか鹿型の化物にそんなものがあるとは。奴め頭部の守りは万全だ」
「何一つとして安心出来る部分はないねヴィニー。それなら心臓は。心臓を射られてぶじな 生き物はいないでしょう」
「残念ながらここまで大型の化物を殺すにはこの弓じゃ不適格だね。あれだけの巨体だ鏃が刺さったって、チクリとするぐらい。大した傷にならない。もし胸を張って立ち上がったなら、角の高さはそれこそドラゴンや巨人級だろうね」
かつて狩りに使っていた弓矢なら分からないが、下水道のよう名場所でハ最適でも、森の中じゃ威力不足か。
何本か放ってみるが、やはり大した効果はない。
腕や首に突き刺さりこそするが致命傷にはなりきらない。
「そんな、犬や熊じゃあるまいし。立ち上がるぐらいならともかく、鹿に胸を張られてたまるか。胸が大きいのは鳥と女性だけで十分だ。それじゃああれか。あれが、流に匹敵する化物だと。なんでそんな化物がこの森に」
「まさか、ドラゴンには遠く及ばないよ、僕が保証する。けれど、伝説の武具だろうがロングソードだろうが切られれば人は死ぬだろう」
「その場合は私は短剣か何かか」
「君なら包丁が精々だよ」
エリクシアなら伝説の武具に匹敵。というか本人の性能どころか本当に持っている武具が伝説の武具でも不思議じゃないけれど。
今の僕の攻撃ならショートソードの刺突ぐらいかな。例え、ツーハンデッドだろうと、上手く使わないと威力が足りないだろうけれど。
こちらが森を走る速度は、あちらが歩く速度と同等だった。つまり、相手も巨体が枷となり、現状は追いつかれない。しかし背後で木々をなぎ倒しながら突き進む音を聞くのはのは心臓に悪い。大鹿が本気にならないよう祈るしかないからだ。
状況は拮抗しているようで、いや見るからに子鹿と狼だが。ともかく、あまり悠長にはしていられない。シャルーンは息も絶え絶えだし。平原に出れば追いつかれる。吸血犬のときと同じく、町に連れていく訳にはいかないだろう。
「どうしてかな、この町に来てから厄介な化物の相手をしてばかりだ。針山よりもよっぽどね」
針山は化物ばかりが暮らす危険地帯。ドラゴンが荒らすまでは、歩けば化物と会うぐらいだ。それでも脅威はエリクシアと狩ったルーンベアが精々。近接戦闘なんてとても出来ないが。僕が変異前でも村中の狩人を集めれば村を襲われても撃退できただろう。
「狙うなら足か?」
この弓での威力は、腐ってこそいたが犬型の吸血鬼を貫くほど。足りないが低くはない。普通なら鏃がダメになるからやらないが。
素早く振り返り。狙うは、間接部。両断こそは出来ないだろうが。半分も刺されば良い。なぜなら。
「命中」
大鹿が盛大に転ける。転がり倒れ、木々をなぎ倒しながら。その巨体は、シャルンの喉元で止まる。運が悪ければ。永遠に離ればなれになるところだった。
それも体中が細切れになるという形で。
「ヴィニーよくやった。本当に。けどもう少し穏やかな倒し方はなかったのか。もう少しで私の最後の作品はキャンバスを真っ赤に塗りたくった物になるところだった」
「生きているだけマシさ。足を折って止めたんだ。もっと穏やかに止めたいなら、きっと呼ぶべきは城壁か家畜商さ」
「まあ助かったよ。きっとただの衛兵ではこうは行かなかったと思う。見たいものも、想像とはかなり違ったけれど、一応見ることができたからね。大きなゴブリンぐらいを想像していたのが。どうしてこんな事になったんだか」
普通の生娘なら失禁して、泣きわめいているところだろうに。シャルーンの戦士よりもきもが座っている。町の人が特別な訳もない、血がなせる、というのもきっと関係無いな。彼女が特別なのだろう。
シャルーン・ディマニというこの女性が。
「しかし、どうやってあの巨体を。確かにヴィニーの腕も威力も素晴らしいけれど。それでも足を矢で両断するだなんて超人技を出来るほどとは思えないのだけれど」
「関節に鏃を埋め込んだのさ。後はあの巨体だ。骨に挟まった鏃に体重をかけて、骨と骨が外れてしまったんだよ。後は矢傷が裂けてあの有様さ」
「知恵を出して困難を打ち倒した訳ね。詩と並ぶ程の偉業だわ。あなたはわたしの英雄よ」
大げさな。僕は決してエリクシアには届かない。きっと全盛期のフューメンにも。そしてあの憎き勇者にも。僕は決して英雄ではない。少なくとも今はまだ。
「釈然としないという顔ね。どんな英雄も初めは幼いもの。あなたは幼い訳ではないけれど、私よりも若いぐらいなんだから。きっと生きる限り、これから力も逸話も積み上げて行くのよ。それに、誰よりも私にとっての英雄にふさわしいわ」
なんだか彼女と居ると調子が狂う。英雄か。まるで僕が何者かになれたかのような幻想を彼女は抱かせる。僕は何も出来ない木偶であったというのに。
「そうだヴィニー今凄いことを思いついたの。きっとあなたも素晴らしいと言ってくれるはずだわ」
「シャルーンの依頼はもう御免蒙るよ。いのちが幾つあっても足りやしない」
「待ってよ。新しい絵のアイディアが今浮かんだの」
それはまた今度に取っておくよ。今の僕には荷が重い。何しろ、やるべき事に追われている。
後に聞くに。あの大鹿はこの森の守護獣のようなものだったらしい。もちろん化物には違いないが。人と共生している珍しい個体なのだとか。
僕は大鹿にとどめを刺さなかった。鋭利な刃物のような角。強固な兜。手持ちのナイフで近づくには気を失っていても恐ろしい。
足を奪い。目的も達した。僕は狩人としてこの森に来た訳じゃない。あくまでシャルーンの護衛。実際は絵のモデルだったわけだけれど、やることはそこまで変わらない。無意味な危険は御免だ。
あれだけの化物が居れば、吸血鬼もよりつかないはずである。領主怪我管理していると言えば聞こえは良いが。実際は、危険な化物が守っている森を間借りしているだけ。
どうやら、人が用意した果樹を気に入って、人を襲わない取り決めさせているらしい。どこまでが本当だか。人を襲わないよう頭を下げたというのが実態だろう。
確かに森に引きこもって居るのであれば、藪を突く事もあるまい。ディマニ一族は上手くやったものである。
どうやらシャルーンは父親。領主玉にこっぴどく怒られたらしい。
危険意識の欠如からか。森の守護獣を怒らせたからか。あるいは僕が足を飛ばしたからか。いずれ足ぐらい再生するだろうけれど、きっと領主は近いうちに、化物の機嫌を取りに向かうだろう。
当面の間、絵を描くことを禁止されてしまったらしい。
筆を取り上げられてしまったしたシャルーンは、此の世の終わりのような顔でそう言っていた。一時的な事だろうに、今にも川に飛び込みそうな程だ。それだけ彼女にとっては大切な事なのだと思う。
ただ、彼女のことを可哀想だと思いつつも、僕に無理難題を押しつけた報いとも思えば、あまりに深刻すぎる顔をするので、どうにもおかしかった。
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