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2章 英雄の卵10

 長い夜が明け、目を覚ました。体をしならせると昨日までの疲労が抜けているのが分かる。人外れた強行軍をやった後でも少し寝れば回復したほどだ。ドラゴンというものは疲れというものからは縁遠い生き物らしい。


「その当たりどう思うかな」


 新たに手に入れた鞄から、黒く丸々とした石のようなものを取り出す。竜の卵。僕が今生き残っている理由であり、困っている理由でもある。


「お前がモンストルムまで連れて行ってくれれば、僕は困らないんだけどな。あれ」


 少し卵が動いたかのように感じた。実際に卵が動いたのではない。この卵と繋がってからというもの、竜と感覚を共有しているかのような感覚に襲われることが多々ある。きっとこれも延長だ。

 もっとも生まれたばかりの竜が人を乗せて空を飛べるかなんて知らない。そもそも竜が人を乗せること自体聞いたことが無い。エリクシアですら知らないと言うのだから、もし僕がコイツの背に乗ったら世界で初めてやもと、勝手に期待を膨らませた。

 ベッドに使った藁とシーツは重く沈み、どうにも記憶があやふやだ。

 僕に限って、誰かが動いたなら気がつくだろうに。エミリシーと共に寝たまでは記憶があるのだけれど、深酒でもしたみたいにそこから先が霞のようで。


「今は良いか。それよりも、これからどうするか考えないと」

 

 明け方の物置はやはり冷える。

 身支度を整え外の様子をうかがった。

 昨晩激しく言い争っていたエリクシアの姿は既に見当たらない。きっとあの後すぐに出ていったのだろう。僕はどうするべきだろうか。

 そろそろだ。僕達を追っている勇者。彼らがどれだけ寄り道をしているか、どれだけ急いでいるか、こちらを正確に予測しているか、それは分からない。だが、真っ直ぐにこのディマニウォールに向かっているなら。もうすぐ僕たちは鉢合わせることになる。

 これだけ広い街だ、それにしたって焦ることは無いと思うけれど。


「あれ、2人とも一緒かい」


 エミリシーとティシエが二人して僕を待ち構えていた。

 僕としても受けた依頼を中途半端に投げ出す気にはなれない。なにせ勇者とやり合うなら、化物は早く逃げ出した方がいい。


「おはようございます。ヴィニートルさん」


 エミリシーは僕と目を合わせようとしない。

 村の老人が話す悪魔のような姿では無く、すっかり人の姿に戻っている。体を強ばらせ、手をもう一つの手で押さえつけている。


「どうしたんだい。そんな化物にあったみたいな顔をして」


「あはは、朝からずっとあんな調子なんです。昨晩何かありました」


 ティシエにも原因は分からないみたいだ。


 魅了がどうだこうだと、うわごとのように繰り返している。心の内にとどめているつもりなのかもしれないが、僕の耳には辛うじて聞き取ることが出来た。


「とりあえずフューメンと話をしようか。誰が情報を漏らしたのかについて」


 やはり誰かに盗み聞かれたとは考えにくい。

 それなら僕たちの中に裏切り者がいる。


「おい、お前」


 フューメンの部屋へ行こうと、学者立つの詰める大部屋を通り過ぎたとき、声をかけられ足を止めた。振り返ると僕たちが到着したときに悶着あった男が居た。

 

「女連れか、いい身分だな」


「フューメンさんの客だよ。乱暴に扱わない方がいい」


「なら、なぜお前が連れている。俺たちだって部屋の中には滅多に入れて貰えないんだぞ、どうやってフューメンさんに取り入ったんだ。ええ」


 なるほど。口は悪いが考えは分かる。僕も村の長老達とは滅多に会うことが無かった。そこに余所からやって来た商人なんかが、頻繁に商談をしていたら何かあるのではと勘ぐるだろう。

 

「お前を連れてきた女もそうだ。アマリアさんやフューメンさんとばかり話をして。一体何様のつもりだ。アマリアさんやフューメンさんに何かあったら」


「それは誤解だよ。見ての通り僕は弓の扱いを心得ていてね。彼女たちの護衛を頼まれているのさ。僕には君が持つその本の内容が分からないけれど、君には襲ってきた悪漢を射殺すなんて出来ないだろう」


「なっ」

 

 彼は学者とその弟子ぐらいに。勘違いしているかもしれないが、実際は違う。僕たちからすれば、頼れるのは2人だけ。それ以外には用がない。

 しかし、なぜそんな事を知っているのだろうか。

 確かにフューメンの部屋には何度も訪れたが、門番をしている訳でもあるまいて。アマリアには話を通しているから分かるが。

 コイツがもしや。

 いや違うな。やはりフューメンが無事なのがおかしい。

 ならばなぜ。大部屋の他の学士達は、僕たちが通った事にすら気がつかなそうなぐらいだったのに。

 エリクシアを観察しているだとか、あったばかりの女をつけ回すというのは、どうしようも無く気持ちが悪い。エリクシアは目立つが、

 なら、先ほどからの口調からして、コイツはアマリアに好意でもあるのだろうか。


「なに、アマリアさんがもし襲われることがあれば、君が盾となり下手人を捕えるといい。そのためなら、弓の使い方ぐらい教えるよ」


「そ、それは」


「アマリアさんに良い顔をしたいんでしょう。もっとも、そんな機会なんて来ない方がいいけれど」


「何を馬鹿なことを」


 馬鹿を追い払った。

 馬鹿ではあるが彼は少なくとも違う。裏切り者ではないと思う。

 彼にはそこまでの悪意は感じない。


「変な人でした。意外とヴィニートルさんって話がお上手ですね、私だったらあんなに。ね、エミリシー」


「そう、だね」


「さあどうだろう、」


 フューメンの部屋に入るが、やはりエリクシアの姿は無い。


「一応、聞いてみるけれど昨日のエリクシアとの会話を教えてくれるつもりは無いんだね」


「無い」


 そうだろうとは思っていた。それならそれだ。次に会ったときにでもエリクシアから聞けば良い。

 

「下はまだ騒がしいかい」


「ああ、しばらくはダメだ。安心しろ報酬は支払うし、衛兵達が守る中を抜けろとは言わないとも」


 別に門の利用を許可してくれると言うなら別だけれど、そうでないなら些細な違いだ。

 エリクシアも僕も門の位置はおおよそ理解した。エリクシアはどうするかな。きっと勝手に門を使ったりはしないだろう。そして僕も。それをフューメンも分かっている。けどもし、エリクシアが使おうとしたなら。

 

「他に知っていた人は居ないのかい。確実にこの計画は外に漏れていた。裏切り者がいると考えるのが一番しっかり来る」

 

「居ない。お前が。いや、あり得んな。裏切り者がいると思えんよ。はおそらくどこかから盗み聞きされていたんだろう。俺のミスだ」


「アマリアさんはどうだい。このことを知っていたのかな」

 

「疑うのも分かるが、今回のことは教えていない。俺の秘書だからな、どこかで感づいているかもしれないが。彼女が裏切ることはあり得ないな。そうだな、エリクシアは知っていたかもしれん。だが彼女が漏らしたとは思えん。そうだろう」

 

 フューメンは怪しいが、彼はエリクシアを疑う程おかしくなってはいないらしい。

 僕に誰かに密告する時間が無いことも、彼女たちに理由がない事も分かっている。状況から考えればどこかで盗み聞かれたようにも見えるけれど。

 やっぱりここに衛兵が押しかけていないのはどうしてもおかしい。

 エリクシアがアマリアと何か話をしていたらしいし、エリクシアが事前に知り、そしてアマリアに告げアマリアが裏切った可能性。

 フューメンの後継者という女性。僕はあまり話していないが、エリクシアがもし話していたとしても、人物の評価を誤るとはは思えない。だってあのエリクシアだ。僕の心の中まで覗いているように感じさせるような人だぞ、情には脆いけれど、僕の感よりも信用できる。


「そんな訳がない。フューメンの話では僕の視点から破綻している。ティシエとエミリシーだってそうだろう」


「俺も分からない。だからコソこうして正直に話しているんだ。どうか信じて欲しい」

 

 話し合いは続いたが、具体的な答えは無いままに部屋を出た。結局、真実は分からずじまい。とはいえ、今改めて門に向かうのはあまりにリスキー。

 騒動が収まるまでは大人しくしている。それがフューメンの答えだった。

 やはり。僕たちの中に1人。


「2人にちょっと話があるんだ。協力して欲しい。フューメンの事を裏切り者だと僕は疑っている」


 裏切り者がいる。

 

 

 

 良いね。賛否感想お持ちしております。

 読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。

 

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