2章 英雄の卵9
乱暴に窓を開け放つ。閂がかけられた木製の窓がひしゃげ、その穴から建物内部に転がり込んだ。
「おいおい、帰ってくるなら下か正面からにしてくれよ。ヴィニートル」
「うるさい。僕に言うな。そっちのミスだ」
「何言ってやがる、危険なんてグールぐらいなものだろうに、それを3人揃って何を」
僕の背にではティシエが眠りこけている。
「どういうことフューメン、敵に情報が漏れていた。怪我や戦闘が無かったから良いものを、そのせいでティシエは疲れ果てて眠ってしまった」
「まあ、幸いけが人はいないけれどね。僕たちの怒りが彼女の目を覚まさないうちに、まともな説明をする事をおすすめするよ」
僕たちは衛兵に阻まれ立ち往生していた。この家のハッチは、運悪く衛兵が常に近くに居たからだ。
下水だって全く整備しないわけにも、掃除しない訳にもいかない。フューメンが勝手に作った出入り口の他に、街にいくつか出入り口が存在する。来た道を戻るわけに行かない僕らは、そこを目指した。
だが、衛兵達は想像以上に本気だったらしい。どこに行っても衛兵の姿がある。
この家の地下からはドンドン遠ざかり、やっとの事でたどり着いた下水の出入り口は衛兵に封鎖されていた。
エミリシーが暴走しようかと言うときに、ティシエが名乗りを上げた。
ティシエは僕の意を汲んで安全に無力化してくれた。サキュバスの能力、魔法に、人を深い眠りに落とすものがあるらしい。
それを使ったっきり、すっかり疲れ果てティシエ本人も眠ってしまった。だが、そのおかげで争い無しで脱出できたのだった。
「それはおかしい。今回のことを知っていたのは俺とお前達ぐらいなものだ。なあ、エミリシー。そのヴィニートルも依頼を受けてからの行動がわかりきっている。計画が漏れるだなんてあり得ないことだ」
誰が、情報を漏らしたのか。盗み聞きでもしていたのかもしれない。
いや、それではなぜ今ここが襲撃されていない。僕はこの部屋でしか話をしていない。フューメンの方からばれたなら同じ。やはり無事なのはおかしい。
ティシエやエミリシーから。あり得ないな。彼女達が告げ口をしようものなら、今頃町の広場で吊されている頃だろう。
「フューメン」
今度は正面から部屋を出ようかという時。僕と入れ違いでエリクシアがやって来た。
僕には目もくれず、フューメンに用があるみたいだ。
「エリクシア。すまないが立て込んでいてな、後にしてくれないか」
フューメンはそれどころじゃないと言った感じだが、エリクシアはそうではない。
エリスシアは少し驚いた様子で、僕とサキュバスの2人を見る。そして何かを悟ったのか、急に目を見開いてフューメンを怒鳴った。
「どういうことだ、フューメン。彼女たちに門を使うつもりだったな」
門。
僕たちはそれを目当てにこのディマニウォールにやって来た。ユマノからモンストルムへの唯一のショートカット。
フューメンには使用を断られたが。
僕はディマニウォールの外までの護衛として雇われたのだと思っていたけれど、実際は門があるという、遺跡前までの護衛だったらしい。
おかしな話では無い。フューメンは僕たちよりもティシエとエミリシーを優先したというだけのこと。僕たちとしては都合が悪い話だが。
「門について調べたよ」
「驚いたな。遺跡まで自力でたどり着いたのか。さすがだなエリクシア」
「おべっかは要らないさ。門はここ数年で急速に劣化している。原因は門の過剰使用だ。足りない魔力を補って無理矢理使っているね、どういうつもりだい、門は緊急事態や要人の移送のために使用される約束のはずだ。実際、以前はそのように運営されていたはずだ。それがこの1月で何度も使用されている。どういうことなんだ」
「エリクシア。説明するよ落ち着いてくれ。エミリシー、ティシエを連れて外へ出てくれ、それからヴィニートルも、あまり人に知られたくない」
エミリシーは大層不満そうだったが。今は従うしかあるまい。エリクシアの邪魔はしたくない。
今日は滅茶苦茶な一日だ。
水を浴び、下水の匂いを落とす。
エミリシーの怒りももっともだろう。助けを乞うたはずが、命の危険にさらされた。僕だってそうだ。正直言って気に入らない。
エリクシアに対しての態度も釈然としない。
門をどう使おうが。フューメンの勝手だ。そこに僕が口を挟む余地はない。
エリクシアだけでもと僕は思うが、フューメンの言うことも分かる。結局、僕が信頼ならない。あるいはお眼鏡にかかる価値がないというなら従おう。
多分それは正解だ。
後から頼んだのは僕たちだ。ティシエ達2人をモンストルムに送るため必要というなら、僕だって文句はない。
それの護衛に僕を使ったり、それを隠そうとするのは気に食わないが、それはエリクシアが問い正すだろう。。
問題なのはなぜ、僕たちの行動がばれていたかだ。
エリクシアもどこかのタイミングで僕が向かっていた遺跡に向かっていたみたいだけれど、僕たちの事は知らないと思う。
エリクシアは衛兵を動かのは不可能で理由もない。
護衛対象の2人はどうだ。なぜ自らの脱出を失敗させなければならない。僕としてはエミリシーが仲良く衛兵と会話している所すら想像つかない。
「それなら怪しいのはフューメンの周辺だ」
アマリア。僕たちを迎えた男、学徒達。だがフューメンは彼らは知らないという。
「普通に考えればフューメンがバラしたとしか思えない」
だがなぜ。エリクシアから聞くに、最低でも20年はこの国に暮らし欺き続けてきた人物だぞ。
今ある情報では何も分からないな。これ以上は無駄だ。
「明日になってから考えよう」
水浴びを終え、フューメンに借りた物置小屋に入る。藁に引いたシーツに横になった。
ティシエとエミリシーが、モンストルムに行けるかなんて本題には何も関係無い。出来れば助かって欲しいとは思うけれど、これ以上関わらない事だってできる。
けれどもし、誰かがエリクシアに害をなそうとしているのなら。僕はそれを阻止しなければならない。
どんな手を使ってでも
「なんて。考えすぎか」
コンコン ッ。
物置の扉が叩かれる。
「開いているよ」
生憎、物置に鍵などない。
明かりも無しにやって来たのはエミリシー。水を浴びてきたのか、服がネグリジェに替わっている。黒いフリルのスカートが夜風に吹かれひらひらと色めかしく、暗闇に浮かぶ赤色に移り変わる瞳が、僕の事を見つめていた。
まるで背筋をなぞられたような、緊張が走り、鳥肌が立つ。
「ヴィニートル」
彼女は僕を寝台に押し倒し、僕の首元に甘い息を吐く。
「何も聞かず私を抱いてはくれませんか」
てっきり彼女は僕に敵意があるものだと思っていたが。様子がおかしい。
先ほどまでの威勢はなく、まるで別人のよう。僕に触れる彼女の手はとても冷たかった。
そういえば、サキュバスは精をどうたらと。ならこれは食事のようなものか。確かにこの家に居る学者連中を襲うわけにも行くまい。ましてはフューメンとというのは、吐き気がしそうだ。
護衛をするときは気にしなかったが、こうして見ると確かに。
「どういうつもりだい」
「男女の関係に惚れた腫れたが必要ですか。それならきっと私はあなたに一目惚れしたのです。きっとね」
何がおかしいのか彼女は笑う。
以前の僕ならはね除けていただろうか。抱いただろうか。
意図は分からなくとも彼女の意思を汲むことにしよう。そう思えるほどに、彼女は魅力的に見えた。
彼女の腰に手をやり位置を入れ替わる。シーツの中に彼女が沈んだ。
力強く喉元を押さえる。泥のように彼女の表面が溶け山羊のような角が露わになる。日とならざる化物。これがエミリシーの正体か。
そうだ以前なら害なす可能性があると絞め落とし、その後に体を確かめていただろう。だって彼女は化物だ、短剣を1つぐらい簡単に隠すのやもしれない。そうでなくても人間の敵なのだから。
だが、彼女の目を見るとそんな気は失せてしまった。
「いいよ。けど。襲われるなんて御免だね。僕が上だ」
深い夜に2人で交わる。
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