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2章 英雄の卵8

「彼女たちが」


「そうだ。お前に護衛して貰う、ティシエとエミリシーだ」


 見た目は幼女と少女。昼間出会ったカリカよりも幼い。僕と同じぐらいに見える。純粋無垢。だが僕の奥底から、直感がこれらは化物だと訴えかける。その幸薄そうな笑顔が、恐ろしい何かに見えた。


「僕はヴィニートル。よろしく頼むよ」


 幼い方がティシエ。僕と同じぐらいに見える子がエミリシーと言うらしい。

 フューメンに依頼されたのは彼女たちの護衛。どうやら彼女らは今この町で追われる立場にあるらしい。ディマニウォールの中では逃げ場はなく、彼女たちを下水道から外に逃がすのが僕の仕事と言うことだった。

 どうやって追われながらこの家に来たのかと問えば、フューメンはおもむろに敷物をめくり上げた。

 その下からハッチが現れ、それはこの町の下水へと繋がっていた。


「酷い匂いだ。フューメンには服を用意して貰わないとね」


 エリクシアに貰った白外套は預けた。

 新調したばかりの服でやって来たが、ここに居るとすぐに匂いが染みついてしまうことだろう。ここは街に降った雨などが石畳にとどまらないよう排水するために水路なのだが、汚水や、よく分からない死体も一緒に流れている。どこもヌメヌメとして、ネズミが住み着いている。好んで入りたいとは思えなかった。

 ディマニウォールの衛兵もここにやってくるとは思えず、僕の仕事もいらないように思えるが、何でも稀にグールが住み着いているらしい。それらを撃退し、指定の位置まで彼女らを連れて行くのが僕の役割だ。


「よろしく頼むよ」


「は、はい。よろしくお願いします」


「……」


 心を開かないまでも、僕と受け答えしてくれるティシエだったが、エミリシーの方は僕と話をするつもりが無い。見た目はティシエの方が幼いというのに、しっかりと受け答えする。もしかするとエリクシアのように、見た目通りの年齢ではないのかもしれない。

 きっとエミリシーは特別僕の事を警戒しているのだろう。周り全ては敵と言わんばかりだ。

 僕としてはそれでも構わない。

 村では僕と同じ年頃の子供は丁度居なかったし、僕より下の子供とは関わる事が許されなかったから、友達や、妹が出来たみたいで新鮮だ。

 沈黙は少し気まずいが。


「2人は何の種なんだい。僕は何というか人と竜が混ざっているみたいなんだ。フューメンの秘書のアマリアさんみたいな感じでね」


 説明を聞く限り僕とアマリアさんはダイブ境遇が違うみたいだけれど、彼女たちもフューメンとアマリアを信頼していたようだし、今は名を借りよう。


「えっと、その、さきゅ」


「なんて」


「わたしはサキュバスです」


「そうか、どこかで聞いたことがあるような。そのサキュバスってどんな種なんだい」


「ええっとですね」


 ティシエはもじもじとはっきりしない口調で話す。元から、僕を警戒して居るみたいだったようだけれど、更に歯切れが悪い。僕がサキュバスが何かと聞くと、余計にしどろもどろになってしまった。


「あれよ、サキュバスは人の精を糧にする化物なの。無神経なヤツね」


「へー。そんなものが。そりゃ街から追われるわけだ」


 男女でのトラブルは村でも稀にあった。それを糧にする化物など、いくらでも追われる理由はありそうだ。それにエミリシーの言い方からして、きっと彼女たちはそれによって人を殺めることもあるのだろう。

 彼女たちを咎めることはない。

 その当たりの判断を、エリクシアならともかく僕には出来ない。きっとそれはフューメンがやることだ。僕はそれに従ってただ彼女らを逃せば良い。

 それに吸血鬼なんて物騒な化物の話を聞いたばかりだ。それくらいで驚きはしない。

 そういえばアマリアもサキュバスともハーフと聞いている。

 別に親姉弟というわけではないだろうけど。共通点はあるものだな。


「止まって」


「またグールですか」


 僕たちはここに来るまでに、何度もグールに襲われた。その度に僕は弓で仕留めている。やはり同じく化物と言っても、別の種族。僕たちを幾度となく、グールは襲おうとする。


「いや違う明かりだ」

 

 僕の事を戦いの面では信頼してくれたらしく。僕の指示に従い息を潜めてくれた。

 松明を下水に投げ捨てる。まだ予備はあるし。遠くの明かりのおかげで視界はある。僕も夜目が効くようになったが、2人も少しの明かりで動けるみたいだった。


「あれは衛兵。どうしてここに」


「静かに」


 ティシエが悲鳴のような声を上げる。

 本来ここに居ないはずの衛兵。門番や、昼間のと比べても間違いない。

 彼らを打ち倒して進む事もできなくはない。けれどそうなれば僕はお尋ね者だ、それはできない。

 この依頼は失敗だ。


「見つからないように戻ろう。今見つかってしまうのが一番不味い」


「どういうこと。この町を出るんじゃないの」


「衛兵なんて普通はこんな所にいないはずさ。だというのに実際には、何かを捜索していた。生涯は殺気の奴らだけじゃない。ここは一旦出直そう」


「分かったわ」


 エミリシーの言うことも分かる。

 だが衛兵を迂回しつつ進むなんて危険が過ぎる。

 目的地もあと少しだっと言うのに、明かりはその近くでずっと灯っている。きっとこの辺りが奴らの持ち場なのだろう。

 今は3人で無事に戻る。それが優先だ。


 来た道を折り返し進む。フューメンの家の下までたどり着ければ安全だ。

 そのとき前方から金属音が聞こえた。

 

「ちょっと何を」


 2人を抱き寄せ。横穴へと潜り込む。

 街全体に張り巡らせれるよう、下水には小さな横穴が幾つかあった。ジメジメとして不快だが。致し方ない。僕は岩のように暗がりに溶け込んだ。

 僕の背中で足音が響く。先ほどの明かりとは別の衛兵だ。。


「全く、こんなところ早くおさらばしたいね」


「仕方ないだろう。周囲がきな臭いと言うのに、足下に化物がいるというのはぞっとしないからな」


 こちらには気がついていない。だが厄介なことに、衛兵達が何かを探しにやって来たのなら、それが見つかるまで退くことはないだろう。今日は出直して、衛兵が消えてから向かうか。

 化物、グールの類い。だろうか。


「全く誰が、持ち込んだ情報なんだか。そのなんだかっていう悪魔が出るだなんて」


「馬鹿。悪魔じゃねえよ、淫魔だ淫魔。死ぬまで下を搾り取られるらしいぜ」


「おっかねえ。けどよ一晩だけなら」


「バカ言ってんじゃねえよ。慰み者にしようとして、失敗するのがオチだ」


 どうやら。衛兵がいなくなることはしばらく無さそうだ。

 僕たちの事がばれている。

 普段ならこんな品のない笑い声

 どうやらこの依頼僕の手落ちではなく、もっと複雑な問題みたいだった。


「行ったかしら」


「ああ、一先ずは安全かな。あいつらは全く気がついていなかった。今日は引き返そう、どうやら僕たちが目的みたいだ」


「たった2人でしょう。後ろから襲えば」


「衛兵から逃げるために、フューメンを頼ったんだろう。ここで争っては本末転倒だ。もし見つかればもっと面倒なことになる。ここは何も痕跡を残さないで戻るべきだ」


「エミリシー、今は従いましょう。急ぐことはないわ。猟犬でも放たれては大変だもの」


「そうね」


 今から帰ろうにもさっきの衛兵の後ろを着いていく事になってしまう。この道はもう使えない。


「こっちだ。別の大きな道に繋がっている」


「ちょっとは使えるみたいね、行きましょう。ティシエ」


「うん」


 都市の雨水なんかを排水するための道だ。だが捨てられるのはそれだけではない。

 糞尿や、ゴミなんかも投棄される。中には、人の死体も。


「危ない」


「きゃあ」

 

 エミリシーの 腕を引き寄せる。

 地面が起き上がり、そこに隠れていた化物が姿を現した。

 グールだ。

 人は腐り朽ち果て土に帰る。だがその一部は化物へと転じ、人を食う動く死体と成り果てるのだ。

 矢をつがえるのすら煩わしい。剣を振れば届く程の超至近距離。弓を構える暇はない。剣鉈を抜くは彼女が邪魔だ。

 矢筒から矢を掴み取り。グールの脳天に向かって振り下ろした。

 運良く急所に当たったらしい。動きが停止する。

 グールは厄介な敵だ。

 元が人であれば、ゴブリンなどより体が大きい。非常にしぶとく、力が強い。

 個体によって首を断たれても動き続けることすらある。

 何より噛まれれば体が麻痺し、多くの場合グールが一体増えることになるだろう。


「その、ありがとう。ヴィニートル」


「怪我がないなら良いよ。先に進もう。騒ぎを聞きつけて集まってくるかもしれない」


 本来なら焼いた方が良いのだろうが。

 今は無事地上に戻ることだけを考えるべきだ。

 全く、居るじゃないか化物が。これこそ衛兵の仕事だろうに。逃げ出そうとする2人のサキュバスなど放り出してこいつらを駆除して欲しいものである。

 突然の危機に見舞われて、3人をして悪態をつくのだった。

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