2章 英雄の卵7
偶然で会い、命を救った姉弟。カリカとポカを連れて、一度ディマニウォールに戻る事にした。
森と行き来したりで、実際には森へ入らなかったにも関わらず、日が暮れ始めている。
ゴブリンのような貧弱な化物ならともかく、道の化物。しかも群れであればこれ以上の続行は危険だと判断したからだ。
森を覆っていた夜は消え去っていたけれど、すっかり夕暮れ。あの犬の化物をとりまとめていた個体が居る森に、天然物の夜に突入する気にはなれない。
何にせよ調査は果たした。殲滅は僕の仕事じゃない。
「ヴィニートルさん。このたびは本当にありがとうございました」
「依頼を受けたしね。カリカは心配しなくて良いよ、お金は衛兵の人から貰う事にするから。しかし、よく壁の外に出られたね。てっきり商人以外は全て止められるものだと思っていたけれど」
僕が聞いていた話は商人達の嘘だったのだろうか。それならかなりショックなのだけれど。僕を汚辱て居たのだとしたら、何を信じれば良いのか分からない。
「ええ。商人以外でも、外に仕事がある人はでることが出来ます。ですが食料は一食分まで道具も余計なものは持ち出せません。その他にも薪拾いをしたいと言えば。住民は通して貰えます。化物に襲われたとき、中に入れて貰えるとは限りませんが」
なるほど。薪集め兼食料拾いをしていたと。町に暮らしていても、皆が皆裕福な訳じゃないんだ。そうやって出来る事をして生きていく。
僕が狩人の爺さんに弟子入りしたみたいに皆必死に生きている。僕とは違うか。僕は何か役割が欲しかっただけなのだから。
爺さんの墓を。掃除することももう出来ないな。
「大変だね」
「大変でも生きていかなきゃならないですから」
「それはなんで」
「不思議な事を言うんですね。そんなの当たり前の事じゃないですか」
当たり前か。そんな必死さは僕にはないよ。
「確かに、必死で辛い事もありますけれどけれどね。私たちを守ってくれた母や父のためにも、今倒れるわけにはいきませんから」
誰かのためにか。そうな風に出来たらどれほど良かったか。
父も母も居ないとは僕と同じ境遇だ。僕にはレーシャやレイトルが居たから。場合によってはそれ以上に過酷かもしれない。彼女たちには生き残って欲しい。
「見てくれよヴィニートル。俺がこんなに集めたんだぜ。中町の連中に高く売れるんだ」
「すみません。弟の自慢なんです」
「構わないよ」
背中でポカが満足げに語る。籠を見ると薪の他に。キノコが幾つも採取されている。食用のものから、食べると興奮する特殊なものまで。確かにこれは高く売れるだろう。薬になる。
「やっぱり弟が気になる」
「いえ。ポカの怪我も大変ですけど生きていただけで。本当にありがとう。あれが相手では弟を庇うことも出来ませんでした」
「身を挺してして守るほど。父や母。弟。そんなにも大切かい。家族は」
「そうですね。血のつながた弟ですから」
やっぱり血の繋がりが大切か。それも僕にはなかったものだ。レイトルからしてみれば、死人の甥など、負担でしかなかっただろう。迷惑をかけた。その恩は二度と返すことが出来ない。
「きっと血が繋がっていなくても。私はポカを庇ったと思います」
「それは弟だから?」
「いえ違います。この子のことが、私は大好きなので」
好き、か。
僕には分からないな。
「何だよ、たったそれだけで帰ってきたのか」
「おじさん、夜の森は危険だってママから教わらなかったのかい。それにこの傷を負った2人を歩いて帰らせると」
「チッ、しょうがねえな。全く口が立つガキだぜ。ほらよ」
投げ渡されたのは2枚の銀貨。
さすがは大きな町だ。随分と居太っ腹である。
これだけあれば、大抵のものは買える。エリクシアに武器代を返す、には少し足りないけれど、大金には違いない。
残念ながらあの化物の正体は分からなかったけれど。アンデットを従え、闇で周囲を覆い、こうして 被害者の証言もある。
調査依頼としては十分な成果だった。
これから狩りの手配するらしい。
勝手に損をした気分にでもなって、あるいは初めから払うつもりがなかった、なんてことも考えたけれど、すんなりと報告は終わったみたいだった。
「お前達のおかげで、領主殿の重い腰が動きそうだ。礼を言うぜ」
「そうかい。あんたにも色々あるんだな。この町に居る間は、仕事があれば請け負うよ」
「衛兵に向かって言う台詞じゃないなそりゃ、まあ聞かなかったことにしてやる。じゃあな坊主。フューメンさんによろしくな」
相変わらずいい加減で胡散臭い男だが、彼とは仲良くやっていける。そんな気がした。
「エリクシア、居ないのか」
その日はエリクシアと合流するためにフューメンの家に戻った。相変わらず学者だか学士だかが何か作業をしているものの、エリクシアの姿が見えない。
僕1人ここに居るのは場違いで困る。
孤独と言うよりも、これでは異物だ。
「困ったな。今日の化物について話を聞きたかったのだけれど」
今日戦った化物。僕には全く何か分からなかったけれど。エリクシアなら正体が分かるかもしれない。僕としても犠牲なく討伐できるなら協力したいし、もしあれが未曾有の災害となるのなら、勇者達に対処をやらせて足止めできるかも。
勇者が僕たちのことをどれだけ重要視しているか分からない。フューメンやエリクシアの話を聞く限り。ドラゴンを連れ込んでいる危険性があると言うだけで追手があるのは確実。エリクシアがライブラであるとばれていたなら。勇者本人が僕たちを追うだろう。
エリクシアの強さはきっと
使えるものは全部使った方がいい。
「エリクシアならいねえぞ」
「フューメン、さん」
「フューメンでいいよ。クソガキめ。ここじゃなんだ、奥の部屋に来い。寝床ぐらいは貸してやる」
彼なりに、僕の事を気遣ってくれているのだろうか。いや、きっとあそこに居られては学徒達の研究とやらの邪魔になるからだろう。何の研究をしているのか知らないが。
彼が今何をしているかなど重要じゃない。この老人はエリクシアの友人だ。友人ならエリクシアのためならきっと門を貸すはず。友達というものはそういう人の事を言うんだろう。
なら彼が折れる可能性だってあるはずだ。
「エリクシアは今頃、お前をモンストルムに連れて行くために奔走しているんだろうよ。さっき顔を見せたがすぐにどこかに出ていったぜ。ヴィニートルには謝っておいてくれとさ」
「ええっと。そんなに堂々と話してしまっていいのかい。僕としてはあまり実感がないけれど、ここは敵国でフューメンも身分を隠しているんだろう」
「まあな。だが構わんよ。ここで暮らして居る奴らは大体俺のこと何か察している。詳しく知っているのはアマリアだけだがな」
アマリア、あの秘書の女。サキュバスと人のハーフとか言う。サキュバスってのは見当が付かないけれど。ライブラのように人型の化物なのだろう。
少なくとも彼女は人と何ら変わらないように見えた。僕たちと同じ、僕の知らない化物は確かに存在する。人ではないものが化物なら
「それじゃあ、あまり期待しないで聞くけれど、今この街の周りで、化物が人を狙っているみたいなんだ。その正体について意見を聞きたかったんだ」
「そこは多いに期待しろよ。これでも俺はお前の先達だ。アンデットを操る、夜の化物。アンデットを操ると言う特性はあまりにありふれているな。グール、ハグ、ワイト、ゾンビ、それだけじゃ分からない」
期待しないで良かったみたいだ。
「話はまだだ。そう化物の中でも夜を操る化物ってのは珍しい。確かに化物は夜を好むが、わざわざ夜にしなければならない化物というのは、コイツぐらいなものだ。それは屍鬼ではなく吸血鬼。バンパイアの仕業だろうよ」
グールなんかは僕も倒したことがある。
墓場や薄暗くジメジメとした場所に現れることから、人の死体が変異するのではと狩りの師に教わった。強烈な腐臭がし、爪や牙には毒がある。近寄りたくない化物だ。今回の腐った犬によく似ている。
これら屍のような化物を屍鬼とよぶらしい。
だが吸血鬼というのは聞いたことがない。吸血と言うからには、血を奪うのだろうが。虫や蛭のような感じだろうか。
「吸血鬼は、人を初めとした生者の血を奪い増殖する。非常に賢く、強い種族だ。だが欠点として成り立ては陽光を初めとした弱点がある。普通の化物なら日の下でも普通に活動するが、吸血鬼はそうはいかない。若い吸血鬼なんかは日を浴びると体をドロドロに溶かして死んじまう。血だまりになってな」
ゾンビのように増え、時が経てば強力な化物となる。何とも恐ろしい。
「おそらく屍鬼を統率していた個体が吸血鬼だろう。人のように、知性の高い種族の吸血鬼は話が分かるヤツも居るが、犬ならダメだな。今頃強力な給血衝動に駆り立てられているんだろうさ」
どうしたものか。知性なき存在なら討伐した方が良いのは確かだろうけれど、その混乱が僕たちの利となるかも。
「ところで、これは衛兵に頼まれて調べたんだろう。それなら、俺の依頼を受けるつもりはないか」
良いね。賛否感想お持ちしております。
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