2章 英雄の卵6
胡散臭い笑みを浮かべた衛兵から頼まれたのは、この町の近くで目撃情報が増えている人食いの化物を確認してくることだった。
化物の姿をしっかりと確認したわけでは無いらしく、悪魔で噂。町に被害は無い分、衛兵は出しにくい。しかし、原因不明の化物の増殖は衛兵としては見逃せない事態だとか。
ところが衛兵個人の判断で化物退治とも行かない。それで兵力が消耗したとなれば町が危ういとか。
ようは藪を突いて、自体が悪化することは避けたいが、見て見ぬ振りも出来ないということらしかった。
「よろしく頼むぜ。坊」
「言っておくけど、無料ではやらないよ。僕だって狩人だ」
「分かってる。こっちだって怠慢を伝聞されちゃ困るからな。しっかり払うとも」
やることはいつもの狩りだ。それが化物になっただけ。普通、1人でやるような仕事じゃないけれど、僕なら問題無く殺せるはずだ。
それと。
「1つ頼まれてくれ。僕たちを追う野盗がもし居たときは。この町から逃げ出したと伝えて欲しいんだ。道中な奴らに絡まれてね」
「面倒事はごめんだ。分かったよ、気にしておく」
どこまで信用したものだか。見る目があるのか、馬鹿なのか。この町に着たばかりの僕に依頼をするとは。
正直に勇者を名乗る男から守ってくれと言っても、疑問に思わないのではなかろうか。
「本来なら外に出るだけで衛兵に止められるところを、許可をくれるだけで良しとしようか」
脱走は重罪だ。労働力は町の血液。逃がすわけには行かない。それが奴隷だろうとなかろうと。一度中に入った僕たちも、村からの証書かなにかがあれば別だろうけれど、それは変わらない。
とはいえ薪や食料はこの町でも必要だ。毎日畑を耕しに町人が外へ出るだが、それで町から人を逃すわけには行かない。
なので過剰に食料を持っていたり、狩人以外は武装を持って外に出ることを許可されていないのである。
この依頼を受けたところで、フューメンの機嫌が良くなるとは思えないけれど。自分で金を稼ぐと思えば悪くない。いつまでも金子をエリクシアに頼り切りというのも恥ずかしい。
そうして外へ出た折の事だった。
町から森まではそれなりに離れ。草が生い茂って歩くのもままならない。
もちろん街道は整備されているが。これから向かう地点へは、人によって踏み固められた。獣道があるのみだった。
半ばほど進んだところで、こちらに駆けてくる人影に気がつく。
「狩人様。弟をどうか弟を助けていただけませんか」
その痩せ細った娘に、声をかけられた。息を切らし、必死な様は相当な危機をうかがわせる。
おそらく、この町。ディマニウォールの出身だろう。なぜ外に出ているのかは分からないけれど。向かう先が同じなら、話を聞くのもやぶさかじゃない。
「まずは落ち着いて話してくれないかい」
森で薪拾いをしていた所、急に闇が空を覆っていたという。その上、何時の間にかに何か化物に見られていたとか。
足下も見えないような暗闇の中、感覚を頼りに森の外まで出ればまだまだ日は高く。なんとか逃げ延びたと思ったが、気が動転して弟を忘れてきてしまったらしい。
なんとも間抜けなように聞こえるかもしれないが、とても良い判断だと言える。夜はそれだけ危険だ。化物共は暗闇の中で活発に行動するからだ。
狩人としての経験上そういうときは何としてでも逃げるに限る
その突発的な夜の正体は分からないかれど、自分の身を守ったのならそれだけで立派だろう。
迂闊に巨樹が覆い隠す日も差さない森の奥に入ってしまっただけかもしれないが。まあそれを確かめても詮無きこと。
元より森の様子を確かめに来たのだ、見かけた子供を助けるぐらい問題無いだろう。
「これは聞いていた以上の異常事態だね」
急いで森に向かうと。植生が変わる。切り株と背の低い日陰草。見晴らしが良くなり。その先は暗闇の森が続いている。
森は全て薄暗いものだが、今回は少し違う。まるで深夜のような暗闇、真っ黒な霧でもかかっているとでも言うのだろうか。まるで別の世界に迷いこんだかのような気分だ。
森の外なら視界がまだある。ここからなら戦えるけれど。森の中へは入りたくない。そう思った。
「その化物の姿はどんな感じだった。肌の色、大きさ獣かあるいは人型」
「ええっと。よく分からないですけど。そうですね姿は犬によく似ていました」
「大体分かったよ。面倒かもね。ただの野良犬なら問題無いけど。あいつらはよく鼻が利くんだ」
「それって」
「町には逃げるなよ。森との境界で全て射殺す」
遠吠えと共に、腐臭漂う群れが現れた。
ただの野犬ならよく見る。犬の化物も見たことがある。だが、こんなにも大群で腐った群というのは初めてだ。
「一体どういうことなんだろうな。自分が腐っているのに鼻が利くって言うのは。まったく鼻とか曲がったりしないのかい」
物理的に曲がり崩れ腐っているとも言えるが。
腐っていようと頭を射れば殺せる。問題無い
「凄い。あれだけの化物を、弓で」
「犬の死体ぐらい、どんな都市だって転がっているだろうに。それが動き出したぐらいで驚いてちゃ困るよ」
まあこの体だからこそ、冷静に対処出来たのだ。悪いことばかりではない。
この体は、今や半竜半人、は言い過ぎかもしれないけれど、僕は化物に近づいている。
竜は化物の王。ただの腐乱死体に負ける道理はない。
「5、6、7」
こちらに向かって襲いかかる敵を前に冷静になるというのは難しい。弓を引き、放ち当てる事が体に染みついていても、小さく低い的が動き回るというのは厄介だ。実際、矢を使いすぎてしまった。一体を仕留めるのに使った矢は平均3本。外しこそしなかったけれど、急所を撃ち損ねたのも居れば、頭に何本も当てた亡骸もある。2の矢3の矢を用意していたと言えば聞こえはいいけれど。きっと1つ当てた時点で息の根を止めていた敵もいただろう。
「すごい。化物を全部」
「静かに。まだ敵は居るみたいだ」
平原に出てきた個体は全て殺したが、森の中に気配を感じる。
それも多くの。
犬共を貫いた矢の内、再利用できそうなものを集める。
「残った矢は15。慣れてきたから2本で仕留めるとしても7体。足りるか?」
この程度であれば最悪、剣鉈で近接戦闘すればなんとかなるけれど。不安はそれだけではない。
おそらく、このアンデットを統率する親玉がいる。あちらも僕に気がついているのだろう。こちらから仕掛けるには、矢が心許ない。おびただしい数だ。
もう少し、もう少しこちらに来い。
群の動きが止まる。それは森の境界が近づいたからであり、獲物に牙を食い込ませたからであった。
「射程範囲を見誤ったね、そこは僕の領域だよ」
「すごい。あんな遠くに正確に」
放たれた矢は正確に追手の頭を貫いた。
その少年は、必死で走ってきたのだろう。体中に切り傷が目立ち。頭に穴を開けた腐乱犬に、まだ足を噛まれていた。
あと数秒、助けるタイミングが遅ければ、森に引きずり込まれていたことだろう。
森の外はまだ昼。人の領域だ。あちらは撤退を選んだらしい。
姉弟と僕は、なんとか生き残ったのだ。
「ポカ。生きているのね」
幸運な少年だ。
だがその幸運は少年の努力によって。生きようという意思によって掴み取られたのだ。
今の僕には足りないものだ。
「運が良かったね。僕が通りがかって」
2人は抱き合って泣きじゃくる。
今はただ。姉弟の再会をほほえましく見ていた。
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