2章 英雄の卵4
「無理だな。お前達に貸す余裕がない」
「そりゃない。困るよ。私はすっかり当てにしていたんだぜ」
「無理なものは無理だ」
「どうしても」
「ダメだ」
どうにも今日は事がすんなりといかない。
事情を説明したものも、門とやらを使わせては貰えないらしい。
門か。そんなもの長いこと村で暮らしていたけれど聞いたこともない。長いこと歩いた気がするが、村からは一番近い町。
モンストルムへの隠し道どころか廃坑すら聞いたことがない。
「本当にあるのか。モンストルムに続く道なんてものが」
モンストルムとユマノの間には国境線以上の隔たりがある。山脈は険しく、化物にあふれ、人では耐えられない毒気が立ちこめる。通るどころか、立ち入ることも出来ない。
門ね。転移と言うのがよく分からないけれど。秘密のトンネルでもあるのだろうか。
それならエリクシアが簡単にユマノへ来られた事にも説明が付くけれど、いや使うのにフューメンの許可が必要ならそれはないのか。
モンストルムから真っ直ぐ歩いてきたというのは、エリクシアのジョークか何かだと思っていたけれど、もしや本当なのか。
それなら、エリクシアのことだ、鼻歌交じりで危険地帯を歩いてきたに違いない。
ともかく、確かなのは僕はその門を使わなければ、僕はモンストルムに向かうことができないという事である。
エリクシアの足跡をなぞるなど不可能。
モンストルムへのまともな道は遙か遠く。途中、ユマノとモンストルムの戦場を挟む戸聞く。長い旅路になれば。勇者に捕捉される可能性も高くなる。
エリクシアだってあの勇者達に追われながら、僕を守るなんて。無事にたどり着く事が出来るかどうか。
「エリクシアも知っているだろう。あの装置は一度起動するだけで動かなくなる可能性がある骨董品だ。まあそれは良い。問題は動かすまでに相応の時間がかかる事だ。魔力を溜めなければならないからな」
要するに、一度使えばモンストルムへはしばらく渡れなくなる、ということらしい。
門とは隠語のようなもので、実際は古代の転移装置のことだとか。転移装置、つまり遠い箇所と、2点を瞬時に移動することが出来るらしい。
本当なら凄い技術だ。
この町の地下には遺跡があり、それを使えばモンストルムとユマノが交戦している戦場の更に向こう。国境の警備兵もいない場所まで行けるとか。
転移装置さえ使えれば、少し歩くだけでモンストルム。とても魅力的だ。
「それなら誰かを向こうに送るのに合わせて」
「あまり多くを一度に送ると次動くのがいつになるか分からん。許可は出来ない。そもエリクシアだけであれば簡単にモンストルムに戻れるはずだ。お前が怪我をしているならともかく、小童1人のためには貸し出せねぇな」
「ヴィニートルはライブラだよ」
「ああ、俺だって見りゃ分かる。そこまで耄碌してねえよ。だがな、そいつはユマノの人間だ仲間じゃない」
「だが、わたしの弟子だ……フューメン。一体この国で何があったんだい」
「ふん。何も変わらんよ。ともかく歩いてモンストルムまで向かうんだな。俺が逃がしたほとんどはそうしている。国境沿いを歩き、戦場を迂回して、更に奥まで。そうすれば徒歩でもモンストルムにたどり着ける」
僕たちにそんな余裕は無い。僕たちは勇者に追われる身。地理には詳しく無いけれど、戦場を迂回すればユマノの首都近辺を経由することになる。そうなれば追手の数も増え、いくらエリクシアでも勝てるとは限らない。ユマノは危険だ。
「なああんた。確かに僕は、エリクシアとは仲間なんだろう。彼女の事だと。いやエリクシアだけで良いから送る事が出来ないのかい」
「ヴィニートル。それでは本末転倒だ」
「ガキ。よく考えてから話すんだな。エリクシアの顔を見ろ。お前を見捨てるとおもうか ?大体、エリクシアだけなら門なんかに頼る必要はないんだよ。気概は認めるが、それではただの愚か者だ」
エリクシアは長いこと説得していたが実を結ばず。一触即発の空気だったが僕が宿を取って食事にしようと言ったことで、その場は収まった。
「フューメンも悪い奴じゃないんだ。あまり気にしないで。なんとかして見せるからさ」
「僕も色々試してみるよ。僕に信用がないというのは分かるからね。勇者のことは気がかりだけれど、どうせ旅の準備は必要なんだ。ギリギリまで頼み込んで、いざとなれば町から出よう」
エリクシアには感謝している。ドラゴンから救って貰い、勇者からも助けられた。
対して僕はどうだ。村を救えず、レイトルもレーシャも無残に殺された。そして今エリクシアを困らせている。僕に何の価値がある。
他の人を優先しようというのも当然だ。とても僕の命が対価として釣り合っているとは思えない。
いざとなれば僕なんて捨て置けば良い。
「ヴィニートルがそう言うなら。けど安心して。君は必ずモンストルムに連れていくよ」
「エリクシア。僕のことは気にしなくても……」
「ヴィニートル。疲れているんだろうけれど休めば良くなるよ。少しショックだったのは分かる、けどね、あの悲劇はわたしのせいだ。君に責任はないんだよ」
「そうかな」
「そうさ」
けれどねエリクシア。
まともであればあるほど、ナーバスになっていく。憂鬱になっていくんだ。
僕はレーシャが死んでもそんなに悲しむとが出来なかった。悲しくないことがショックだった。
僕は結局彼女が死んでしまっても、良き弟にはなれなかったのだと思う。良き従姉弟にはなれなかった。レーシャの亡骸を見ても、弟ならきっとこうするという、模倣の元でしか行動できなかった。僕は彼女を愛したかった。だから愛して欲しかった。弟かあるいは。家族という役割を演じる以上の何かになりたかった。本物の家族が欲しかったというのに。
僕は誰も愛せない。
だから、どうせ死ぬなら僕が順当だったはずだ。それが正解だったはずだ。出来損ないの僕が生き残り、まともな皆が死ぬだなんて。異物である僕が悪者で、良きものと悪しきもの、明白だったはずだ。
けれど死んでしまった。
だから僕は思うのです。
僕に、一体何ができるのだろうと。
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