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2章 英雄の卵3

 初めて歩く大きな町。その建物、空気に目を奪われつつ、人々の生活は僕とあまり変わらない。

 いや違うか。

 井戸から水を汲み、小銭吐き出し酒を飲んでは、黒ずんだパンをついばむ。

 僕たちが食べていたパンより見た目が良いが、小さく色も悪い。

 あんな村でもそれなりに大きな畑があった。

 きっと安い古い黒麦を使っているのだ。それで村のパンよりマシに見えるのは、きっと臼が良いのだろう。待ちには水や風で動く臼があると聞いたことがある。

 矢を射ってばかりの僕とはまるで違う生活だ。

 大きな建物、多くの人。その圧には少し酔ってしまいそうだったけれど、それでも暮らしているのは同じ人間だった。そしてこれから人ではないものに。僕と同じ化物だった人に会いに行く。


「ここは少し空気が違うな」


 道を尋ね、やって来たのは町の中心部。

 町の中になる門をくぐると、人々の体が大きくなる。おそらく町の中央であるほど金を持っていて、多くの食料を手に入れられるのだろう。

 壁一枚を挟んで、壁とは違う差異が存在している。

 ここに居る人たちは、村の仲間とは、何かが違っていた。

 このユマノでは数少ない富裕層というヤツなのだろう。自信に満ち、獰猛な表情をしている。まるでゴブリンの首領のようだ。

 たとえが邪悪できっと怒られてしまうけれど、そんな風な目をしていた。

 ともかく、そんなところにモンストルム出身の人が住んでいるとは、にわかに信じがたかった。見窄らしく、肩身が狭いのだろうと思っていたから。

 

「フューメン。誰か居ないか」

 

戸を激しく叩く。

 少々見窄らしいが、大きな家だ。

 長老の家よりもずっと大きい。よく見れば、建物はいくつかに離れている。物置か何かだろうか、それとも離れか。中庭を持った立派な家だ。

 僕たちは、母屋らしき最も立派なとびらの前で、フューメンの名を大声で呼んだのだった。

 

「叫ぶな。うるさいぞ」


 現れたのは、さえない中年の男だった。

 コイツが、フューメンか?思っていたのとだいぶ違うけれど。


「えっと、フューメンは居るかいこの家に住んでいると聞いたんだけれど」

 

 違った。


 「誰だよあんた。先生は忙しいんだ、あんたみたいな得体の知れない奴を相手にしている暇はない」


 先生と呼んだ。確か門番はフューメンを学者をしているとか言っていたから、彼はフューメンの弟子なのだろうか。


「一応。あいつの古くからの友人なんだ。エリクシア・デュマが来たと言えば通じるはずだから……」


「誰がお前のような者の言葉を信じると。大体古くからの友人だと。お前はどう見ても20が良いところだろう。この町に居る先生の友人ぐらい大体把握している。近頃はお前のようなおかしな輩が多くてたまらん」


 何やら雲行きが怪しくなってきた。僕としては今すぐにでも食事と睡眠にありつきたいところなのだけれど。

 そろそろ気絶してしまいそうだ。


「困ったな。フューメンじゃなくても良いんだ。もっとフューメンに近い人を呼んで貰えたら、分かって貰えると思うんだけど」


「何だと」


 それでは遠回しに、この男がフューメンと言う人に信用されていないと言うようなものだ。実際、元ライブラという事情を知らないのだろうけれど。

 今にも拳を振りかざしそうだ。そうなってしまえば、収集がつかないだろう。


「お前みたいな女、ぶん殴ったって構わないんだぜ。学徒だからって舐めて来る奴らが何人も居たが、そいつらは全員痛い目を見ている」


 エリクシアも言い過ぎだけれど、コイツもコイツだ。見たところ、酒場で出張った腹と腕を振り回しているぐらいだろう。

 どうやったらそんなに太い体になるんだか。あの村で餓死者を出していたのが馬鹿みたいだ。関係無いが。

 大体、お前がエリクシアに勝てるわけがないだろうに。僕が狩人だった時にだって分かる。女だからって、僕の師匠を舐めすぎだ。


「エリクシア、もうコイツを失神させて中に入ってしまおう。段々と苛立ってきた」


「ヴィニートル?さすがにそれは不味いって。フューメンの弟子を怪我させるのは申し訳ない。私も少しムカつくけれど、ここは穏便にさ」

 

エリクシアにとってはそうかもしれないけれど、僕はそろそろ限界だ。ずっと寝ていないし食べていない。

 それに向こうもヒートアップしてきた。このままなら引くか押し通るか二つに一つに決まっている。

 

「おい、白ブス女に孤児のガキが。お前らみたいな雑魚を相手している暇はないんだよ。どうせ先生の噂を聞いて集りに来たんだろう。貧民ごときがただ飯にありつこうだなんて虫唾が走るぜ。さっさと家に帰りな」


 どうせコイツ。何を話しても聞くつもりがないよ。ねえ、エリクシア。さっさと済ませてしまおうじゃないか。

 あれ、エリクシア。

 

「誰がブスと雑魚だって。黙って聞いていればいけしゃあしゃあと。ここでなますにしてやろうか」


 隣を見ると。青筋を立ててマントの下に手が伸びている。

 慌ててエリクシアを取り押さえる。


「エリクシア剣は不味いって。せめて拳にしよう、拳」


 中年男がエリクシアの逆鱗を撫でる。それどころか踏み抜いたらしい。

 意外。エリクシアは容姿を罵倒される事に耐性がないのか。見たことないほど激情している。

 エリクシアも理性が残ってはいるが、今にも決壊する。そうなれば僕の力では押さえられない。

 やはり僕がこの男を倒してしまおう。

 事態は混沌とし、収拾が着かなくなる寸前、助け船が現れる。


「黙って聞いてればお前ら、痛った」


 僕の蹴りが出る前に、中年男の頭が揺れた。

 男の上から声が響く。

 

「構いません。通してください」


 騒ぎを聞きつけてか。奥からもう一人。女の人がやってきたみたいだった。

 美しい女性だ。そして理知的に見える。フューメンは男と聞いているから本人ではないだろうけれど、きっと彼女はよりフューメンに近い人だ。

 何より匂いで分かった。

 この人は人ではない。もっと恐ろしい。即ち化物だと。


「ですが。アマリアさん」


「うるさいですよ。わたしの言うことが聞けませんか」


「いえ」


「なら。問題はありません。こちらに」


 僕がこの人を化物と感じたように。彼女もエリクシアの強さを。感じ取ったのだろうか。

 それ以前に、殺気をまき散らしていたけれど。

 とりあえず侵入早々、血の雨が降る事は避けられたみたいだった。

 エリクシアは奇異な見た目ながらも美しい人だ。そうそう失言はないだろうけれど、僕もエリクシアの容姿に対して、言及するのはやめておこうと心に誓った。


「凄いな」


 町の様子はこんなものかと、少しがっかりしたが、この家こそが僕にとっては異世界だった。

 家の中は、村では1つ2つみたことが あるかという書物で埋め尽くされ。多くの学徒が見受けられた。

 熱く口論を交わしたりして騒がしくはあるけれど、相反して静かに感じる。多くは怒鳴り声など聞こえないかのように。人が紙をめくる音とペンを走らせる音のみを奏でている。

 瞳は充血し、爛々と輝かせている者も居た。彼らは化物ではなかったが、ここ数日で見た化物よりも、よほど人らしくない。学問とはこれほど狂気をはらませるものかと1人恐ろしく思う。

 彼らの横を通り抜け、やって来たのは扉の前。

 他の扉とは違い隙間が見えるような作りではない。唯一、一枚の板で出来ている。立派な扉だ。きっとこの中なら、怒鳴り声も聞こえないだろう。

 この中にフューメンが居るのだとしてら。如何にして上り詰めたのだろうか。

 アマリアと呼ばれていた女性が扉を激しくノックする。

 

「うるさいぞ。誰だ」

 扉の向こうからの返答は、ついさっき聞き覚えがある。

 何というか似たもの同士だ。

 

「友に向かって誰だとは、随分冷たいじゃないか」


 声を聞いて、慌ただしげに扉が開く。


「まさか、エリクシア」


 現れたのはしなびた体の老人。

 エリクシアの友人と言うからには、同じような年齢を想像していたのだが、そもそもエリクシアは今、幾つなのだろうか。


「そうだ、私がエリクシアだよ。フューメン」

 

「随分懐かしい顔だ」


「ほとんど、見えていないくせに」


「言うなよ。しかしどうしてここに、とりあえず中に入れ」


 どうやら今度は素直に通してくれるみたいだった。


「エリクシアは昔から変わらないな」


「まあね。私は無事だよ。そういう君は随分老けた」


「ライラプスを失ってから、かれこれ20年は経つ。俺の魂の事を無視しても、そりゃ老いるさ。ところでその後ろのは」


「私の弟子見習い。これからモンストルムに連れて帰るつもりなんだけど、ちょっと面倒なことになってね。まあ後で詳しく話すよ」


 案内してくれたアマリアは、何時の間にかにいなくなり。部屋の中には僕たち3人だけが残された。部屋の中も本が積み重ねられていたけれど、さっきの部屋と比べると少なく見える。代わりに手書きのメモが散乱して、より雑多だった。

 杖が無ければ歩けもしない年齢だろうに、部屋にかけられた剣は飾りではない。

 ゴブリンなど現れれば、たちまち斬りかかることだろう。

 

「さっきの人は」


「ああ、アマリアか。ここから逃がす予定だった、サキュバスと人のハーフなんだが何でか住み着いてな。今では秘書をやらせている。俺がくたばれば、あいつに後を継がせることになるだろう」


「へー。いや、助かったよ。危うく流血沙汰になるところだった」


「何をやっているんだお前は」


 僕もエリクシアも、疲れているのです。許してください。


「彼女は優秀なのかい」


「まあな。俺が仕込んだ。後はなんとかなるだろう」


 ちょっと待てよ。


「人と化物って子供が出来るの」


「ん、そうだ。普通に交尾して子供を残す事が難しい種もあるが、亜人の場合は大抵大丈夫だ。亜人の場合は先祖に人が混じっている事が多いからな、当然と言えば当然だが。何にせよ坊主、化物には違いないが、モンストルムでは化物と呼ばない方が良い。種族が分からない時は亜人と呼んだ方がまだマシだ」


「そ、そうなんだ。気をつけるよ」


 僕たちみたいに、魂を混ぜた半魔ではなく生まれながらの半魔。そんな存在が居るだなんて。しかもユマノに。

 少し前には想像もつかなかった。


「それで、何の用なんだ。ユマノに観光に来たわけでもないんだろう」


「とりあえず、寝床と食料その他諸々必要なものがあるんだけど。転移門を使わせて欲しい」

 

 

 良いね。賛否感想お持ちしております。

 読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。

 

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