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1章 運命の卵1


 冬の寒さで、どうにかなりそうな指先をもみほぐし。顔を近づけて炉の熱にあたる。

 壁の隙間から漏れ出る熱気を惜しみ、吹き込む風を恨んでいると、背後に誰かの気配を感じた。

 どっしりとした足音が、階段板の軋む、悲鳴と共に段々と降りてくる。

 慌てて、丁度今に暖炉に足そうとしていた薪を元に戻すしたところで、背後から声をかけられた。

  

「ヴィニートル。出るのか」


 幸い、かけれれたのは怒りの声ではなかった。もし見られていれば、貴重な薪を無駄遣いするなと怒鳴られていたことだろう。致し方ないことだ。

 頭を天井に擦りそうな巨人。大きな四肢に、膨らんだ二の腕。馬のような足。僕の叔父。レイトルだ。農夫の中でも特別恵まれた体格をしている。出来ればあやかりたいものだったが。僕の体はとても小さい。

 怒られるだけで済めば良いが、拳骨を貰おうものならひとたまりもなかった。

 僕だって村で暮らす田の子供と比べると、普通ぐらいは身長があると思うけれど。水桶に映る姿はとても小さく見える。

 身長が何だというのか。これから、大きさなんて一切当てにならない。そんな獲物と相対しようというのに。


「レイトル。今日は針山の方に行ってみるよ。近くの森には生き物の気配がしない」


 弓の弦を弦を張り終えたものの使う機会に全く恵まれない。。ここのところ引いてあげられていないからか、音もどこか悲しげに聞こえる。それとも僕の腕がさび付いただろうか。

 矢筒と共に背負い込んだ。

 矢筒に収まらなくなった矢ばかりが増えていく。

 鉄の鏃もすっかり手が出なくなって、骨や石を削り出したものばかりだが。


「そうか。自分の食うものぐらいは獲ってきてくれよ。この冬は貧しい。畑もまた1つダメになってしまった」


 いつにも増して薄情な見送りだ。それも仕方ない。


「分かっている。それじゃあ、行ってくるよ」


 今年の冬は本当に険しい。作物の不作。戦争の徴兵。作物の徴収。とどめに森から獣が消えてしまった。原因すらも分からない。

 時々やって来る商人や、戦場から流れてきた、お国の将兵が酒場で浴びるほど酒を飲むのを見て、心を痛めている。その酒すらも、夏の分が足りるかどうか。川の水を沸かして飲むことになるだろうが、薪だって足りなくなる。村人は皆、ジリジリと喉元を締め付けられているような気分だ。

 とはいえ軍の兵士が税を持って行くのを咎めることなんか出来やしない。そうすれば領主の軍がここを襲うだろう。それに、目下、他の街から食料を持ってきてくれているのも確かで、その食料を買うための硬貨を持っているのも兵士だ。

 村の皆が飢えている。酒場や肉屋は食えているけれど、そいつらだって富を分けたがりやしない。彼らだって決して裕福なわけではないのだ。

 必然、居候に過ぎない僕は飢えていた。

 実父は10年前に戦争へ行きそれっきり。母は僕を産んだ後消えてしまったらしい。

 どこかで生きているのか、それとも死んだのか。分かっているのは。僕は1人で生きるしかない。

 村に住む他の狩人達はどうしているのか分からないけれど、僕に残されているものは少ないのだ。

 狩り場がダメになれば、より山奥へより危険な場所へ。

 たとえ危険があろうと、逃げ出す訳にはいかなかった。


「ヴィニー。気をつけてね」


 もう一人。暖炉の前に、何時の間にかに来ていたみたいだ。

 レーシャ。レイトルの一人娘。僕の姉だ。

 まだ日が昇りきらないほど朝早いというのに、起こしてしまっただろうか。


「ありがとうレーシャ。きっと大きな獲物を捕ってくる。期待していてくれよ」


「ありがとう。お父さんも悪気がある訳じゃないの。あまり気にしないで」


 そんな意味でいったわけじゃなかったのだけれど。

 どうやら僕はあまり期待されていないようだった。


「いや、僕が獲物を捕れないと不味いのは確かなんだ。期待していてよ」


 今回こそは、食い出のある獲物を、たとえ危険な化物だろうと捕ってみせる。


「レーシャ行くぞ。あまり遅れると相手に示しが付かん」


「うん」


 今朝、削りあげた矢を投げ込み、矢筒を持ち上げる。何時になく重い矢筒にため息を吐いて、けれど立ち上がるのだった。

 山々の合間を縫うようにある村だ。自然と狩り場には事欠かない。その狩り場が皆揃って死んでしまったのだけれど致し方なし。獣や化物、過酷な地形。そして村の周辺で最も過酷な地域が、針山だ。

 鋭利な刃物のような棘を持つ植物。チマトイが群生している。

 うっかりと飛びついた小動物と小型の怪物すらも容易く突き刺し、その無惨な死体が、崩れ去るまで吊される。朽ち果てて骨と皮だけに

 チマトイ自体は、少し間隔を空けて育ち。そしてその根元には小動物が好むベリー種などが茂っている。

 草が妙に茂っているところや、大木の近くは特に危ない。そして最大の問題が、化物の巣窟であることだ。

 だから村人も狩人だって、この辺りには滅多に近づかない。


「居た。キラーラビット。やっぱり化物ならまだ森に残っている」


 チマトイの哀れな被害者かつ、人を殺すウサギ事、キラーラビット。

 その肥大化した頭骨での突進は、子供の腹に穴を空けるほどの力を持っている。だが、近づかなければ、ただのウサギだ。

 雑食で危険だが、残虐性は低い。地面に不自然な穴がある所では、巣穴の可能性があるから警戒が必要だけれど、それに気をつければ安全な化物だ。

 キラーラビットは野菜を好むが、巣穴に近寄る獲物をツノで突いて殺す。他に食べるものがなければ、戦うしかないのだ。お互い難儀する。

 今回はその特性を使わせてもらう

 奴らは木の上、頭上からの脅威には緩慢だ。

 巣穴の近くに拾った木の実を投げておけば、警戒しつつ顔を出す。頭上から狙われているとも知らずに。

 ゆっくりと矢をつがえる。逃げられては困る。何せ突進で木を倒されると命の危機だ。冷静にゆっくり、確実に一矢で仕留めなければ。

 久々の獲物だ。どうしても緊張する。肩肘を張って。どこか当たる気がしない。

 そういうときは息を吸って吐いて。そしてよく狙う。嫌な思いばかりが頭の中を巡り、全てを息と共に吐き出して。そしてクリアに。

 僕は何も持たない男だ。両親はなく、家は借り物、畑はなく、恋人もいない。

 だが僕の弓は誰よりも強い。

 放たれた矢は真っ直ぐに進み。その心臓に真っ直ぐ突き刺さった。


「良し」


 地面へ降りる。

 鉈でチマトイを払い。ようやく今日の晩飯までたどり着く。

 今すぐにでも胃袋に入れたい、油が薪にしたたり、香ばしい煙が上るだろう。想像だけでよだれがしたたる。

ウサギの居るはずそこにたどり着くと、そこには獲物の姿がはなかった。


「そんな、確かに仕留めたはず」

 

 もしや殺し損ねたかとも考えたけれど、確かに矢はうさぎを貫いていた。

 小さな血だまりのみがそこに残っている。痕跡はまだある。血は点々と尾を引いて更に森の奥へと僕を誘っていた。

 地に伏して指でなぞる。

 この足跡はおそらく小鬼ぐらいの大きさの怪物だ。数は一体のみ。今日の夕食を攫われてしまったらしい。

 針山だって、いくら獲物残っているか分からない。食料など、数粒の麦だけだ。村に戻るとしても、これを逃すと今日は飢えたままだろう。明日運がやって来る確証もない。

 僕は覚悟を心に決めて追跡を始めたのだった。

 足跡は山道を分け入り、しかし真っ直ぐと続いている。

 おそらく、この怪物の巣がこの先にあるのだろう。そしてそれはすぐに見つかった。

 追跡されているというのに、真っ直ぐに巣にやって来るとは。所詮怪物ということか。少々、拍子抜けである。

 その小さな洞窟に足を踏み入れたのだった。


「匂いがひどいな」

 

 随分とゴブリン向きな拠点だ。

 レイトルがここに居たなら、きっと腰を折らなければならないだろう。僕ならギリギリ、下を向かずとも中に入る事が出来る。

 地面の足跡は少ない。

 それでも、複数の怪物が居る事も考えられるけど、見えない危険では空腹は勝る。確証できなければ、飢えには勝てなかった。

 なけなしの油が残るランタンに、打ち金で火を灯す。覚悟を決めて飛び込んだ穴は見た目に寄らず。長い洞穴。一本道の洞窟でかなり長い。あまりに長いものだから、一歩踏み出すごとに怖じけてしまう。怯えながらも、ゆっくりと前へ進んだ。

 結局、洞窟で怪物に出会うことなく。洞窟は終わりを迎える光が前方から差していた。

 強い光に目を細め、躍り出た大きな空間。そこには。


「まじかよ」


 鋭い眼光。見上げる巨体。焦げた匂いと、食いちぎられた小鬼の姿。

 それはまさしく、英雄譚に聞いた竜。

 僕の目前には今。ドラゴンが居た。

 

 

 良いね。賛否感想お持ちしております。

 読み終わったら、星マークの評価をよろしくお願いします。何卒。

 

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