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【 メ・リフェ島 東部海岸 

        ラダー村 南郊 】


 前方に蹴り。

 ターンして、肘。

 それから左に大きく跳躍、

 着地と同時にローを狙って蹴り。

 バランスを崩した敵の胴部に、渾身の突きを沈める。

 敵兵士のHPバーが一気にゼロまで下降、

 ドッ、と派手な音をたてて砂の地面に崩れた。


「ふう。これで百二十四体、か。けっこう多い。きりがないな」

 

 ヤンカ・ヤンカの赤くひらめくバトルドレスが、

 いま一瞬、そこで動きを止める。

 ヤンカが、口元についた砂を腕でぬぐった。

 グレートソードと黒系のメタルアーマーで重武装したグマ帝国の親衛騎士団が、ぐるりとヤンカを包囲する。その数は、数百以上。もうすでに数十分は戦い続けているが、敵の数が減る気配はまったく感じられない。降りしきる雨の中、ギシギシと、金属のアーマーのきしり、濡れた砂を踏む無数の軍靴が、ひどく耳ざわりな不響和音を響かせる。

「まあ。とは言え。相手も無限ではない、からね。必ず終わりは、そこにある」

 他でもない自分自身に、ヤンカは語りかける。自分の心を、その言葉によって鼓舞するように。口もとには、いつもの微笑。状況が悪くなればなるほど、自然と顔に笑みが浮かんでくるのだが、ヤンカ自身はそのことを意識していない。ただ、シンプルにこう思う。「ふん。おもしろいじゃない。難易度上がるほど、逆にあたし、やる気出てくるのよね」と。


 ジャッ、ジャッ、

 砂を踏んで、最前列の兵たちが距離をつめてくる。

 包囲の輪が、少し、少しずつ、狭くなる。

「ふん。あんたらもあれね。NPCだけど。その、いかなる相手にビビらない、ぜったい退かないその姿勢だけは、ちょっぴりあたし、褒めてあげるわよ」

 ヤンカが言って、それから左腕を高くあげ、右上は前方、水平にのばして突きの形をつくる。両足は、あらゆる跳躍も全方向への移動も可能な、万全の歩幅で。

「じゃ、いっちょやろうか。どっちが先に壊れるか。最後まで、決着つけよう」

 ヤンカの微笑が、ひときわ大きく広がった。ざわざわと、髪が、風を受けたように波立ち、逆立つ。二つの瞳が、強い金色の光を放った。

「まあ言っとくけど、あたしはこの程度で壊れるほどヤワじゃない。壊れるのは、そっち。さあ、あんたたち。消えたいやつから、かかってきなさい。遠慮はいらないわ!」


 オオオオオオッ!!


 ときの声をあげて、帝国兵たちが殺到する。

 ヤンカはしかし、彼らの接近を待つこともなく――

 自ら地を蹴って、兵士らの海を割り、

 その、もっとも敵戦力の層の厚い、敵陣中の最も強固なその場所をめがけて。わずかな視線のぶれもなく、体ひとつで、金色の光を放つひとつの弾丸となってひたすらに飛びこんでゆく。光がはじけ、砕け、金属が散り、兵たちがつくる黒一色の兵装の海が、いま、大きく波打ち―― その金の輝きが、うごめく闇を、いま凌駕しはじめていた。



###################


【 メ・リフェ島中部

    ヒョルデ渓谷内 テオール湖 】


 私の体感で、およそ数時間後。

 ボートはシーサーペントの巣窟を無事に(?)通り抜け、地下の洞窟を抜けてふたたび地上に出た。出口部分は上から水の落ちる大きな滝になっていて、ぶあつい水のカーテンをボートがくぐると、一気に視界がひらけた。

 大きな岩山が連なる深い谷底、そこに広い湖がひらけている。湖には波ひとつなく、鏡のように静かだ。空は真珠色の雲に深くおおわれ、そこから淡く光が降ってくる。いま時刻がどれくらいか正確にはわからない。けど、空から降る光の感じからして、たぶん、午後の、それほど遅くない時間じゃないかという気はした。

 周囲の岩山の表面を、小さな建物がびっしりと埋め尽くしている。天然の岩を削って、谷底の湖をとりかこむいくつもの岩山をすべて街にしたようなイメージだ。特に誰かが操作していないけれどボートはそのまま自動で進んで、やがて湖の岸辺、岩でできた波止場のような場所に到着した。

「お帰りなさい。あなたが無事で何よりでした」

 岸壁の上から、声が降ってきた。

 見上げるとそこに綺麗な女の子の人形が一体。岩場の上にすらりと立って、クリスタルみたいに澄んだ青い瞳でこちらを見下ろしていた。人形らしい無表情だけど、その小さな唇のはしは少しだけ笑っているように見えた。麦わら帽をもう少しスタイリッシュにした感じの小ぶりな帽子をかぶり、そこに水色のリボンを巻いている。服は光沢のある白シルクのドレス、ドレスの胸から肩にかけて、繊細なデザインの水色の刺繍装飾。なんだかすべてが上品だ。流れるような髪は腰までの長さ。その色はホワイトゴールドで、気品あふれる令嬢ビジュアルを作っている。

「ただいま姉さん。わざわざこっちまで迎えに着てくれたんだね」

 シーマが音もなく浮遊し、ボートから、白っぽい岩の岸壁の上まで移動した。女の子の人形のそばに行き、そのまま静かに抱き合った。

「でも。リッフルタールとヴァーシが――」

「ええ。それはもう聞いた」

「本当に、ごめん。僕が、タスコの祭りに行きたいなんて言わなければ」

「それはでも、あなたのせいじゃないわ」

「でも。僕が。僕がもっと強くて、あそこで二人を護ってあげれたら――」

 シーマが泣きそうな声で言った。二体の人形は、そこで抱き合い、しばらく何か小声でささやきあっている。

「なんか、あれね。ゲームだけど、わりとシリアスというか――」わたしはこっそりリリアの耳にささやく。「やっぱあれかな。この島で、ダメージ受けて死ぬと、いろいろヤバい、感じもするね」

「ですね… わたしたちも、注意しないと危ないかもしれません」

「やれやれ。まいったなぁ。怪しいメールにひかれてうっかり来ちゃったものの――」


「すいません。お二人を、待たせてしましました」


 二人の話は終わったようで、シーマがこちらに向きなおる。彼はボートの上のわたしとリリアに向かってニッコリ笑い、もうひとりの人形の腰の後ろに手をまわし、

「紹介します。姉のエルナです」

と言ってもうひとりの方を紹介した。

「エルナです。」

 令嬢ビジュアルの人形がスカートのすそを両手で持って、とても優雅に小さくおじぎした。動作にいっさいムダがなく、流れるように上品だ。わたしは思わず、その人形の立ち姿に見とれてしまう。

「お二人には、弟がお世話になりました。危ないところを、お二人が助けて下さったとか?」

「あ、いえいえいえ。わたしはちょっと、その。ファイアーボールをちょっぴり撃っただけで。実際助けたのは、あの、ヤンカっていう武闘家の女の子ですよ」

 わたしはちょっぴり照れた。岸壁の上を視線でターゲットし、ジャンプ。うまくそっちに着地した。わたしに続いて、リリアも岸まで上がってきた。

「あれ? でも、そう言えば、」

 わたしは疑問を口にする。

「なんでここに、今、お姉さんが、お迎えとかに来たりするわけ?」

「はい? えっと、それは、どういうことですか?」

「えっと。だって。わたしたち戦闘に巻き込まれてから、このルートで今、この場所に着くこと。なんでもう、お姉さんが、ちゃんと知ってたわけ? 迎えに来るにしても、タイミングとか、あまりに良すぎるような――」

「もちろん、メッセージ・ダイアログですよ」

 シーマがさらりとそう言った。

「ボートで地下を移動中に、姉に、メッセージ機能を使ってここに着くことを伝えました。そのとき、ある程度の事情もぜんぶ、メッセージしましたから。夜中の浜での戦闘のことも、お二人のことも。だいたいは、もうすでに姉に伝わっていますよ」

「ああ、そう。まあ、そうよね。メッセージ機能。そっかそっか。」

 わたしはちょっぴり納得して、指で自分の頬を掻いた。

「そう言われたら、納得。ここってなんかいろいろ、すごくリアルだから。そういうゲームのシステムのこと、うっかり忘れそうになるよ」

「ここは工房都市ウトマと呼ばれる場所です」

 エルナが帽子に巻いた青のリボンの位置を直しながら言った。

「島の各所では、まだグマの侵攻軍との戦闘が続いているようですが。ひとまずここは安全です。ここにはグマの兵士は来られませんし、そのほかの、いかなる敵もここへは入れません。ですからお二人は安心して、しばし、こちらでお過ごし頂ければと思います。」

「えっと。。つまり、ここ以外は行っちゃダメってこと?」

「いいえ。あくまで、戦闘が終わるまでの間です。島に安全が戻った後は、もちろん、お二人には、ここ以外でも、どこでもお好きに移動して頂けます」

 人形のエルナは両目を細めて、綺麗な笑みを作ってみせた。

「あの。でも、わたし、ここには人に会いに来たのです」

 リリアが、一歩前に出た。

「弟に、会いに来たのです。できたらはやく、弟を探したいのですが。あまり長時間、ほかのことで時間を費やすのは―― その、時間がもったいない、気がして」

 リリアはちょっぴり生真面目な声で言い、谷底を吹く風に流れた銀色の髪を右手で押さえて整えた。

「弟さん、ですか?」

 エルナがかすかに首をかしげた。

「ああ。なるほど。面会に、いらしたのですね?」

「ええ、そうです。この島に来れば会えるからと。弟からメッセージが来たのです」

「あ、それそれ。わたしもそうなのよ」

 わたしは話に割り込んだ。

「わたしの場合は、姉さん。島に会いに来なさいって。やっぱりメッセージ来た」

「なるほど―― では、お二人に伺いますが―― そのメッセージに、何か記号と言いますか、照会用のパスコードのようなものは、ついていましたか?」

「あ、はい。ありました。」「あるある。コードあるよ」

「じゃ、できたらそれを、今こっちに、飛ばして頂けますか?」

 さっそくリリアはウィンドウをオープンにして、メッセージ転送の操作をはじめた。わたしも続いて、目の前の空間に半透明のメッセージウィンドウのオプションをスライドさせ、上から四つ目、『メッセージ・ダイアログ』をタップする。そこに開いた過去のアーカイブの中から、姉から届いたメッセージのコピーを選択。そこのコード部分を指でなぞって、それを新たなメッセージ貼り、『転送』を選んだ。転送先の相手名は「Ernah Einlogue」。 


「なるほど―― どちらも正規の照会コードのようですね。」

 エルナがどこか空中の一点に視線を流してうなずいた。わたしからは見えないけれど、おそらくそこに彼女のウィンドウがあるのだろう。

「それでは、これをそのまま、私からフォー様のところに転送しますね」

「フォー様?」

「はい。この島の北の聖所におられる、島の管理者のような方です」

「ああ。なんか、そう言えば前にシーマ君も、そんな名前言ってたよね」

「あの方にこのコードを送れば、おそらく、その、お二人の身内の方が島内のどこにいるか。その情報は、すぐに教えて頂けると思いますよ」

「おおっ。それは助かる」「じゃ、さっそく送ってもらえますか?」

「はい。いま、転送いたします」

 人形のエルナが空中に指を一本立てて、優雅な所作で右から左に指を流した。そのまま空中のその場所にまっすぐ視線を固定していたが―― でもやがて、ニッコリ笑ってこちらを向いた。操作がうまく完了したのだろう。

「それでは、フォー様からの返信を待つ間―― よければ、うちにいらっしゃいませんか?」

 エルナがわずかに浮上する。その動きにあわせ、白のドレスのスカートが軽やかに揺れた。

「お二人の口に合うかはわかりませんが、お菓子やお茶なども、お召し上がり頂けたらと。弟のシーマを助けて頂いたお礼を、少しはさせて頂ければ。わたくしとしてもとても嬉しいのですが」

「僕からも、招待しますよ」シーマもそう言って、重さをいっさい感じさせない動作でしずかに浮上し、姉のエルナの横にならんだ。

「せっかくここまで来たわけだから。じっさい僕らの家は、ここから、もうすぐのところです。もし時間が大丈夫なら、ぜひうちに来て頂いて、そっちの世界の今の話とかも、いろいろもっと聞かせて欲しいですね。あとは、僕らの方で、ウトマの街の案内とかも、少しはできると思いますけど」


「ねえアリーさん、どうします?」

 リリアがそばで囁いた。

「そうね… まあ、その、むこうからの返信待つ間は、特に別に、何か他にやれるわけじゃないし―― いいんじゃないかな?」

「でもその―― フォーっていう人は、いったい何者でしょう?」

「たぶん島の管理人、みたいな話だったよね?」

「でもそれは、ほんとに私たちの味方な、のでしょうか…?」

「けっこう疑うのね、あなたも?」

「疑うというか―― この島自体も、まだあまり、どういう場所なのかよくわかっていませんし――」

「うーん。でもま、あの人形っ子たちの話の感じでは、特に敵キャラなニュアンスは感じないけどな~。今も、情報照会してくれてるんでしょ? ちょっとぐらい待って、その、あの子たちの家に行っても、特に何かを失うわけじゃない気はするけど? いいんじゃないの?」

「アリーさんが、そう言うのであれば――」

 リリアは生真面目な顔でそう言って、まるで自分自身を納得させるみたいに何度かその場でうなずいた。たぶんわたしみたいにゲーム慣れしていないから、なのかもしれないけど。どことなく、不安そうなニュアンスが彼女の所作から伝わってくる。

 ああでも、そうか。考えてみれば。

 ログイン不可、とか。そういう不安要素もあるし。島につくなり戦闘で逃げ回るとか、ここに来るまでのバカでかいシーサーペントのうごめく地底湖、とか。あまりこの手のゲーム慣れしてない人間からすると、まあ、あまりに非日常なイベントなわけで。ゲーム初心者のこの子が、ちょっぴりナーバスになるのも、無理はないのかもしれない。



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