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【 パフィン海 北部海域 

     メ・リフェ島 東部海岸 】


 ボートが島に接岸すると、いきなりそこで戦闘が発生していた。兵士ビジュアルの、現実離れして体格の良いマッチョな兵士キャラクターが四体。両手持ちのグレートソードを振りかぶり、小雨降る黒砂利の浜を駆けまわって斬りまくっている。ここからは距離がありすぎてうまくターゲットできない。けど、あの重装甲の黒光りする完全武装からして、グマ帝国の正規軍とか、きっとそれに違いないとわたしは見立てる。ときどき夜の闇を裂いて、キンッ! という金属音。あれきっと、グレートソードが地面の石を叩く音だろう。

「やばいね。なにか燃えているあたりが戦闘エリアと思って避けてきたのに。こんな離れた地味な浜でも戦闘やってるとか??」

 わたしはちょっぴりうんざりして言った。もとより戦闘とか、やるつもりで来たわけじゃない。今のこんなレベル低いわたしたちには、たぶんまったくお呼びじゃない世界だ。

「でもあれは、いったい何と戦っているのでしょうか…?」

 ボートから浜に降り立ち、リリアが金色の目をわずかに細めてつぶやいた。

 黒系の鎧で固めた重装甲の兵士たち。そいつらが今、敵として剣をふるっているその相手は、こちらからはまだ視認できない。距離がありすぎる。でも、見えないということは、サイズはけっこう小さいのだろう。

 わたしは浜辺の茂みの間を、ネコみたいに姿勢を低くして、じりじりと戦闘エリアに接近する。いちばん近い兵士から、距離40に到達。草の影に身をかくしながら、兵士をターゲットしてみる。


 グマ親衛隊 重歩兵

 LV 67   HP 8830


「え!! ちょっと! 冗談じゃないわよ。レベル67とか?? そんなの、戦闘になった時点で終わりじゃない! かるーく一撃くらってもアウトでしょ。。」 

 やれやれ。レベル違いとか、そういう次元じゃない。これでは、一体相手でも勝ち目はゼロだ。しかも4体。絶望的な戦力差。

「あ、見えました!」

 リリアが小さく叫んだ。

「え?」と、わたしは彼女を振りかえる。

「あれはでも―― 人形、でしょうか?」

 リリアはそちら、兵士らが入り乱れる戦闘領域の、どこか一角をターゲットしている。わたしもそちらに視線を向けて――

 なにか、低空を舞っている感じの、その白っぽいモノのひとつを、苦労しながら、ようやくターゲットした。移動速度が速く、ターゲットするのはけっこう難しかった。


  Seema Einlogue

 

 えっと。名前だけ?

 レベル表示とかが、出ない。

 どういうこと? どうも変だ。

 ゲーム内キャラに関しては、それがたとえ非戦闘NPCであっても、レベル表示とHP表示が必ず出るのがこのゲームの仕様。なのにそれが出ない、というのは。いったいどういうわけ? にしても、その、兵士の刃をひらひらと蝶のように軽やかにかわして舞っているあのモノ―― 見た目のシェイプは―― 

「人形、っぽいね?」

 わたしもリリアと、ほぼ同じ言葉を口にした。

 そうだ。人形、だろう。

 夜の浜辺に、そのモノたちのつるりとした肌の白さとなめらかさが、なんだか目に痛いくらい。『陶器のようななめらかさ』とは、まさにこのことだろう。全部で三体、か。

 そしてそれらはヒト型をしてるのだけど、全体にリアルな人間の子供よりも、さらに二回りくらいサイズが小さい。わたしのキャラも体形的にはけっして大きくないのだけど、そういうレベルの小ささではなく、足先からアタマの先までをまんべんなく40%縮小コピーしたようなビジュアルだ。ひらひらと動きが速いので細部まではわからないけれど―― でも、何かひじの関節やひざの部分の関節の継ぎ目がけっこう目立つ。ヒト型だけど、ヒトじゃない。どこか少し、作り物。まあもちろん、ゲーム内のすべてがもとより作り物、なのだけど。でも、それにしても――

 あ。

 今、一体斬られた。

 重歩兵の繰り出すグレートソードがまともにヒット。

 キーンという高い金属音とともに、ヒットを受けた人形シェイプが金色の粉になって散り消えた。すごく綺麗なエフェクト、ではある。はかない黄金の花火のような。けれどもその束の間のきらめきが、わたしの心に突き刺さる。とても心の深いところで。まるでわたし自身の心が切られたみたいに。子供の頃の夢の風景の一部が無残に黒のインクで塗り消された。そこにあった絵は、もう二度と戻っては来ないのだ。

 瞬時にそんな感覚が心に湧いて、消えてゆく。なんだろうか、この感覚は。ゲームなのに。ただの、ゲーム内戦闘でわたしの知らない未知キャラが、一体、消えただけなのに。

 残っているのは、あと二体、か。

 その、小柄で可憐な、色白の手足が目立つ人形キャラたちは――


「アリーさん、」

「ん?」

「ねえ、アリーさん、」

 リリアが横からわたしの肩をゆさぶった。

 アタマを低く、茂みの中に身を隠したままで。

「あの、どうします?」

「どうするって、何?」

「あの。見てるだけで、いいんですかね? どちらかを、その―― 助けるとか、しなくても?」

「えっと。助けるって、どっちを?」

「えっと。見た感じ、あの、人形側が、『味方側』という。そういうように、わたしにはちょっぴり、見えますけど――」

「ま、そうよね。なんか、兵士の方が明らかに悪っぽい、感じはするけど」

「あ、また。斬られました!」

 またあの、キーンという金属音。

 さっきまで兵士たちの刃をかいくぐって空中を舞っていた人形の一体が、金の粉となって消失。その音の余韻が、わたしの心にまた新たに突き刺さる。その音の余韻のあまりのはかなさに、心がギュッと、しめつけられる。何か。わからないけど。わからないけど。あれはぜったい、消したり、斬ったりしたら、ぜったいダメな何かな感じが――

 でも、何。なんでゲームなのに。ゲームなのに。こんなに心が騒ぐの――


「あ。やばい! またヒットする――」


 人形の一体が、刃の端をよけそこなう。瞬時に羽根をもがれたように黒い地面に落ちる。

 そこに鋭く突き刺さる、追撃の刃――  


 ゴゥッ!


 炎が飛んだ。ファイアーボール。

 火炎魔法の初歩の初歩だ。

 炎は兵士の腕部分にヒット。

 重歩兵のHPバーが、目で確認するのもむずかしいレベルでわずかに右にシフト。ダメージとも言えない極小のダメージ。

 でも、それでも。グレートソードが狙いをはずした。

 ギンッ! という固い金属音。

 刃が地面の石を叩く。間一髪で、その人形はソードの直撃をまぬがれる。ひらりと地面の上でステップし、その人形が、ふたたび空中に浮上した。


「えっと、アリーさん??」

 リリアが驚愕の叫びをかすかにあげてこっちを見た。

 そうだ。

 いまファイアーボールを撃ったのは、わたし。

 撃ってしまった。ほぼ無意識に。

 ついつい、撃ってしまった。

 兵士のひとりをターゲットして――

 こちらから。

 攻撃を。仕掛けて、しまった、のだ――

 レベル違いの、LV67の屈強な敵キャラに――


 黒いヘルムの下、ギラリと燃え立つ兵士の二つの目が、

 いま、わたしを捉えた。

 そいつがわたしをターゲットした。

 ほかの三人の兵士らも、戦闘姿勢を一瞬静止。

 それからゆっくりとこちらを振り向いて――

 いまいっせいに。

 ターゲット、した。

 わたしとリリアを――

 そこにいる新たな敵キャラとして。

 そいつらが今、こちらを明らかに認識した。

 四人のゴツい兵士たちがいっせいに、

 こちらに向かって、グレートソードを手に手に振り上げ――

 おおおおおおッ! という大迫力の怒声をあげて、こちらに殺到――


「やばいやばい!」

「? アリーさん??」

「ちょっと! 何やってるのよ!」

 わたしは瞬時に茂みから飛び出して、もう全力で走りながら、動きの鈍いリリアに声を飛ばした。足はいっさい止めないで。

「え、何って、えっと――」

「逃げるわよ! ぜったい、一撃でも喰らったらアウト、なんだから!」

「え、ちょ、ちょっと待って、アリーさん!!」



###################


 走る。走る。走る。

 闇の中を。夜の浜を。岩の上。浪打ちぎわ。

 波音と、波のしぶきと、うしろから石を踏む四つの重い足音、

 そしてわたしの息遣い、リリアの激しい息遣い。

 ブンッ! と風をきって剣撃が飛ぶ。その風圧を、首のうしろに感じた。ヒットはしなかった。ヒットはしなかった。けど――

 この追われる恐怖感は本物だ。

 これはゲーム。これはゲーム。

 何度も自分に言い聞かせても――

 そこにせまりくる、闇の向こうの重い足音はあまりにリアル。

 足を止めることも、ふりかえることさえもできない。

 走る。走る。とにかく足を前へ。

 わたしの足がいくつもの岩を踏み、暗い砂を踏み、

 夜の茂みの底を駆け、林の中を、かけてゆく。

 リリアが少し、遅れている。

 やばいよリリア。スピードあげなさい!

 と、叫びたいけど、声にならない。

 わたしの口から出てきたのは、声にもならない、手負いの獣のような息の音だけだ。

 やばい。心臓、もう、破れるレベルで、バクバク鳴ってる。ただの、ゲーム、なのに―― なんだこの、恐怖感。なによこれ。なによこれ!

 

 視界が急に、ふさがれた。

 体全体にまんべんなく軽い衝撃があり、

 わたしの動きが、強制的にそこで静止。

「そんな―― 通行不可、オブジェクト??」

 岩山、とか。そういうやつだ。

 ジャンプや歩行では、突破は不可能、というやつ。

 やばい。左も―― そこも、黒々した岩の壁だ。

 じゃ、右は―― 視線を振ると、その視線が敵をとらえた。四体。近い。闇の向こうで、その黒々したいかつい鎧のシェイプと、赤い光を放つ合計8つの殺気立つ目。ガチャガチャいう鎧の音が、もう、すぐそこまで接近――

「アリーさん! もうこれ、やばい―――」

「リリア! 逃げて! 右!」

「ムリ、です!」

「ああもう、やばいやばいやばい――」 


 ビュッ!


 風を切るソードの音が、今、おそろしく耳に近い位置で鋭く鳴った。 

 

 ギンッ!

 

 耳触りな金属音。

 粉々にくだけた金属の断片が雨のように頭に降ってくる。

「なッ! 武器破壊、だと??」

 追撃の兵士たちが一瞬にして立ち尽くす。

 剣を砕かれた先頭の兵士は、自分の手から武器のソードが消失したことを、今でも理解しきれていないようだ。ゴツイ体躯でそこの草の上に立ちつくし、自分の右手と左手を呆けたように眺めている。

「あんたたち。ずいぶんうちの子たちを、いじめてくれたみたいね?」

 爽やかな声がして、

 わたしとリリアと兵士たち、

 その間の空間を断ち割って、いきなりそこに出現したモノ。

 さっぱり短い金色髪の美少女キャラだ。ヒラヒラした赤とゴールドのチャイナテイストのスカートドレスを翻し、右手を額の高さに上げて肘では30度の角度をつくる。左腕はカラテとかの技っぽく手のひらを広げて正面にかざし、左ひざを高く上げ、相手を制するような戦闘ポーズで――

 うーん。要するにジョプ的には「バトルマスター」、日本風に言うと「武闘家」っていうポジションのキャラクタ―だ。こっそりターゲットすると、アタマの上に名前が出た。


 ヤンカ・ヤンカ


 わかりやすくカタカナ表記してる。ってことは、このキャラのプレイヤーは日本人なのだろう。でもなぜか、レベル表示とHP表示が出てこない。名前だけ。明らかに、プレイヤーキャラっぽい見た目なのに――

「あんたら。ここはあたしたちの島よ。許可なく勝手に入ってきて、何、勝手に荒らしまわってるわけよ?」

 金色髪の武闘家少女が、唇の端でちょっぴり笑いながらそんな言葉を相手に投げた。レベル60超えの重歩兵を四体も相手に、ぜんぜん、ビビってない。余裕の微笑だ。まるでこの状態をむしろ楽しんでさえいるような――

「女め。島の人形どもの仲間、だな?」

 兵士のひとりが憎々しげに声を吐く。

 剣を失ったひとりはじりじり後ろに後退、それに代わって、グレートソードを縦にかまえた3人の重装兵が前面に立つ。アタマの上の半透明表示されてるレベル表示は、67、67、69―― 見た目は同じ黒鎧の重装兵だけど。いちばん右のやつが、どうやらいちばん強い――

「グマ皇帝エルミオ様の命により、この島のすべてを破壊する。一兵たりとも、住民ひとりたりとも見逃すなと。そのような命令を受けている」

 左側のそいつが、鎧の音をガチャガチャさせながら言った。

「女。特に貴様に恨みはないが―― エルミオ様の勅命である。悪くは思うな」

「貴様らはすべて―― ここで斬る」


 そう言って一歩、重い足音をたてて兵士たちが間合いをつめた。

 もうじっさい、かなり近い。いまこっちに踏み込んでくれば、剣撃を回避する余裕すらない。

「へえ? できそこないのNPCのくせに。いっちょまえのセリフを吐くのね」

 少女が鼻で笑った。チャイナテイストのドレスのすそが、ばたばた、夜風にひるがえる。ふたたび降り始めた小雨が、少女の金色髪に音もなくふりかかる。

「まあいいわ。まとめて相手してやる。さっさとかかってきなさい」

 少女が前方にのばした、革製のバトル・ガントレットをはめた左腕を前後に小さく揺り動かす。相手を挑発している―― のだろう。じっさい彼女の凛々しい口元は、今もかすかに笑ったままだ。  

「こざかしい女め!」「やれッ!」

 声がとび、重い足音が鳴り、巨大な剣が風音をたてる。

 わたしが身構えたその瞬間。

 視覚がなんだか、おかしくなった。

 赤とゴールドと、黒と、何かの火花と、破壊された断片と――

 視界に入るモーションとオブジェクトがあまりにも多すぎて、きちんと像をむすんでいない。何かの残像、そのあとまた乱れた何かの残像。

 そして音が――

 金属が砕ける音。うめく声。倒れる音。誰かの激しい息遣い。

 激しい音と不鮮明なモーションのカオスが吹き荒れる。

 わたしはそこで何が起こっているかを、五感で捉えることさえできない。

 ただ、立ちつくしていた。



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