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【 ユーラシア大陸東方海域

    日本共和国 トウキョウ市 】


 リアルに戻ったわたしは、いくつかの事実を知ることになる。

 まず、最初に飛びこんできたのは、フルダイブRPG「ロード・オブ・ソウルズ」に関するニュースだ。世界規模でユーザーのいるこのゲーム、中国・香港特別区のとある企業がリリースしたもので、香港市街のある場所に、巨大なゲームサーバーを設置したゲーム会社の施設がある。今そこで、香港じゅうを揺るがす、大きな騒ぎが起きていた。

 香港の警察当局が言うには、サーバーの不正利用と違法な資金管理、また、青少年ユーザーに与える様々な悪影響。それらを憂慮して、このたび、地元警察が一斉摘発に乗りだした、とのこと。ゲームサーバーの差し押さえと、ゲームサービスの即刻停止を、企業に対して厳しく命じた、とのこと。

 ところが、

 その摘発の情報を事前に察知した、香港、中国のコアなプレイヤーたち、それから、近隣の国からも、さらには、地球の裏側からも。数千単位のユーザーが、香港の街に渡航し、そこでサーバー施設をとりかこみ、「ゲームの存続を!」と、わかりやすいスローガンでデモを行っている。施設閉鎖のために派遣された警察隊と、もうすでに、七日間にわたって、路上でにらみ合いを続けている。一歩も引かず、そこの路上で、若者たちが、武装した当局の警官隊と、正面から対峙していると。

 そういう、とても大きなニュースだった。


 トウキョウの郊外のさえない集合住宅の一室で、

 わたしはそれを、衛星ニュースで見ていた。ただ、見つめていた。

 これは何? と。立ち尽くすわたしは自分の心にきいた。

 これは何? 何だろう。

 何が世界で、起こり始めて、いるのだろう。

 

 それから、他にもわかったことがある。

 RPG「ロード・オブ・ソウルズ」の運営会社の名前は、フォー・ゲーミング・インスティテュート。そのトップは、若干14歳の天才プログラマー、香港特別区の市民籍を持つ、ひとりの少女だった。ところが今から二年前に―― 彼女は失踪。その消息は、今でもわかっていない。少女の生死は不明。ただ、運営会社は、しっかりと彼女の意志をつぎ、今でも、そしてこれからも。「ロード・オブ・ソウルズ」のサービスを、一時たりとも止めるつもりはない。止めるつもりはありませんと。数ヶ国語で、強い声明を出していた。過去のニュースのアーカイブの中から、わたしはそのビデオを見つけ、何度もひたすら、繰り返し再生し、その声明を字幕で読んだ。『我々は、「ロード・オブ・ソウルズ」のサービスを、一時たりとも止めるつもりはない。止めるつもりはありません。たとえ我々がこの先、どのような困難な未来に、直面したとしても――』

 

 

 世界は変わり始めているのだろうか?

 昨日まで正しかったもの。昨日までは真実だったもの。

 それが今日、どれだけ正しく、どこまで真実なのだろう。わたしには、よくわからない。世界のどこもかしこもが、わたしの知らぬ間に、大きく変わろうとしている。その響きが、いま、たしかな大きなうねりとなって、今、わたしの目の前で展開しはじめている。そしてわたし自身もまさに今、その大きなうねりの中に飲み込まれ始めている――

 わたしはここで、何をすべき? 何がわたしの、役割だろう? ここにまりあがいたのなら、彼女はわたしに、なんと言う? 何を、わたしに、して欲しい? あるいはしろと。言うのだろうか? わたしの役割。わたしの使命。わたしの――



###################


 数日後。

 午後の遅い時刻。雨の空港の三階ロビーで。

 顔を上げると、リリアがそこに立っていた。

 リリアはここでは、サクヤと言った。

 でも。とても似ていた。

 髪の色は、少し違う。

 目の大きさは、少し違う。でも。

 そこに立っているのは、たしかにリリアだ。間違いない。

「アリーさん、ですね?」

「うん。おまたせ。って、逆か。わたしがむしろ待った方」

「ギリギリになって、ごめんなさい。高速の渋滞が、ひどくて。でも。うわぁ。なんか、あれですね。髪の色以外は、なんか、ほんと、そのままです」

「え?? わたし、あんな、アリーみたいにキツイ目、してるかなぁ?」

「いえ、キツくは、別に、ないですけど。でも、声の感じも。その表情も。とてもよく、似ていますよ。えっと―― ほんとのお名前は、カナナさん、でした、よね?」

「うん。でも。呼びやすければ、そのままアリ―で、呼んでくれてもいいよ。わたしもたぶん、ときどき間違えて、リリアって呼んじゃいそう」

「いいですよ、それも。わたし好きです。気に入ってますから。あの世界での名前」


『トウキョウ発、ホンコン行き、672便、御搭乗のお客様にお知らせします――』


 天井のスピーカーからアナウンスがある。

 天候不良のため、定刻から少し遅れるが―― それでも離陸はあるだろう。 

 どなたさまも、お手荷物のチェックインを―― 

 どなたさまも、お手荷物のチェックインを―― 

 そこまで聞いて、わたしは素早く立ち上がる。

「じゃ、行こうか。チェックイン」

「はい、」

「なんだかゲームの続きみたいね、」

「はい。まだ、続いていますね」

「でもこれは、ゲームなんかじゃない」

「はい。そうです。リアル、ですね。とてもリアルなゲームです」

「あは、そこ、ゲームって言っちゃう?」

 わたしは笑う。そしてリリアの手をとった。

 リリアがわたしの手を握りかえす。リリアにしては、とても強く。

「戦力としては、微力かもしれませんが。」

 リリアがわたしにつぶやいた。

「でも。ひとりでも、多い方が。ひとりでも。ふたりでも。戦力には、変わりありません。」

「うん。正論だ。じゃ、行こう。二人の戦いは、これから、だね?」

「はい。これから、です」


 雨の空港の吹き抜けのロビーには、多くの人々が入り乱れている。

 着く人。去る人。迎える人。見送る人。

 わたしたちは、そして、去る人、の列に加わる。

 いや。「去る」のは、正確ではない。「行く人」。そこへ、これから「向かう人」だ。

 やがてここから時間が過ぎて、明日という日が来たときには、

 わたしはすでに、もうそこにいて、

 その街に集う、まだ名前も知らないたくさんの仲間たちと。

 そこを護るために。みんなで、戦うのだ。みんなで。まだ名前も知らない、世界の仲間たちと。わたしたちは。わたしとリリアは。そして、もう今も戦っている、さらに何千という、まだ名前も知らない、この世界の多くの仲間たち――


 行くよ、そこに。だから待っていて。

 わたしたちが着くのを、そこで。ずっと待っていて。

 戦おう。戦おう。わたしたちも行く。

 わたしたちも。そこで。しっかりと手をにぎりあい、

 みんなと、そして、わたしとリリアと。そして。そして。

 その続きは、もう、そこに。

 雨の降りしきるこの灰色の街の外、

 海をへだてた、その、わたしの知らない大きな街の、その特別な場所で。




 【 フォーの聖所 完   最後までありがとうございました! 】



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