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「ねえ、どう思う?」
私はベッドの上で寝返りをうち、リリアの方に声を投げた。
来客用の、小さな寝室。ほぼ真っ暗だけど、窓側のカーテンを通して、かすかに外から、白っぽい光が入ってくる。月なのか星なのか、それとも単なる光のエフェクトなのか。光がどこから来ているかは不明。子供達と、シーマとエルナは、壁をはさんだむこう側、隣の広い寝室でみんな一緒に眠っている。時刻は夜の深い時間。ゲームシステムの時計が死んでいるから今がいつかは正確にはわからない。
「何を、ですか?」
むこうのベッドからリリアがきいた。特にパジャマのようなコスチューム・オプションがないので、わたしもリリアも、ふだんの装備のままで横になっている。ちょっぴりおかしいと言えばおかしい。ふだんリリアが背中にかけている銀色のロングボウは、今も彼女の背中にかかったままだが―― でも、そこはゲームビジュアルにありがちな、なぜかそれだけベッドを透過し、ビジュアル的にすり抜ける処理が発動している。だからたぶん、リリア的には、ベッドに寝ていて特に背中に違和感は感じていない、はず。
「さっきの話よ。ここの島の住人が、みんな一度は死んでいるって話」
「…ん。まあ、最初聞いて、びっくりはしましたけど――」
「ほんとかなぁ? あれ、実は全部、シーマもエルナもNPCってことはない? 実はすべて、ゲーム内の虚構とか?」
「…にしては、言動があまりにも、リアルです。あまりにも生き生きしています。あの、昼間一緒に遊んだ、人形の子たちにしても――」
「そこは、そうよね。ビジュアルは人形だけど―― でも、NPCにしては――」
「それに話が、とても具体的です。特にあの、虐待の話とか」
「うん。そうね。あれ全部、作り事とか、さすがにそれは、ないかと思う。あの子たち、あんな可愛い見た目だけど。ここに来るまでは―― その――」
「過酷、ですね。ほんとにひどい。聞いていて、わたし、涙が出そうになりました」
「うん。でも。やっぱりまだ、わたしはちょっと、まるごと信じるのが難しい。死者たちの島。死んだ子供たちが、死後に集まる場所――」
「でも。わたしたち最初から、その――」
「何?」
「ここで、その、死者に会える。その可能性に賭けて、来てみたわけではありませんか? もちろん半信半疑でしたが―― でも、もしかしたら、って」
「そうよね。そう言われれば」
わたしは認めた。毛布を、首のところまで引き上げる。毛布はほとんど重さを感じさせず、でも、かぶると、わずかに体感温度が上がる感じは確かにした。
「でも。実際、死者は、まだ、死んでないですよ。ここにいますよ。って、面と向かって言われても。まだあまり、ピンとこない。実感として、ついていけてない。なんだか変な気分。ここがいったいどこなのか―― 夢なのかゲームなのか、それともリアルなのか。そこの実感が、ぜんぜん、湧かない。これっていったい。なんで、なんでわたし、こんなとこまで来ちゃっているんだろう」
「でも、もしかしたら――」
「ん?」
「リアルな世界も、じつは、ここと同じなのかもしれません」
「同じ? それって意味は?」
「あそこもじつは、ゲームみたいなもので。みんながリアルだと、全員が勘違いしてるだけで。じつは、そこなりの、それなりの魂の入れ物を、用意してあって。ただみんな、リアルなふりをしている、だけなのかも」
「ん。なんか今、深いこと言ったね」
「深いですか…?」
「や、でも。そうね。あらためて言われると―― ぶっちゃけ、そうなのかもね。ゲームの中のゲームの中のゲームに、みんなじつは最初っから巻き込まれていて。ほんとにそこがどこの場所なのか。わからないまま、みんな生きてる―― なんてね」
「いま、アリーさんも深いこと、言いましたよ」
「あれ? 深かった?」
「はい。深かったです」
リリアがクスッと笑った。そっちのベッドで、彼女が少し横になる角度を変えた。
「でも明日、会えるんでしょう?」
「ああ。まりあ、ね。お姉ちゃん。もうとっくに死んじゃったはずの、バカ姉貴」
「嬉しい、ですか?」
「ん。どうかな?」
「楽しみ、ですか?」
「いや―― それよりちょっと、不安、だな。」
わたしは正直に言った。
不安。そう。それが一番、近い言葉だと思う。
「なんか、死者と会うとかって。やっぱりちょっと、怖い気がする。会って、何、話せばいいんだろう。それって相手は、もう、死んじゃっているわけだし――」
「じゃ、会いたくないですか?」
「ん。いや。会いたくないかって言われたら、やっぱりちょっと、会いたい。会って、じっさい、確かめたいよ。何がどうなって、ここに姉貴が、なぜ、まだいるのか」
「でも、わたしの弟は――」
「弟さん。まだ確認がとれない、って言ってたね」
「わたしは会いたいと思います。会って、もう一度、声がききたい。あの子が話す、あの声が」
「んん。見つかると、いいよね。はやくデータの照会がとれて」
「会いたい。です」
「ん。」
「会って、いろいろ、会って――」
リリアは、静かに泣いていた。最初は静かに、泣いてた。でも、だんだん、しゃくりあげるみたいに、声が―― 大きな嗚咽をあげて、リリアがボロボロ泣いていた。
わたしはそっちのベッドに行って、泣かないで。って、言って、抱いたり、頭をなでたり、してあげた方がいいのかなぁ。って、思ったりもしたけど――
でも、しょせんはわたし、その子の、弟、ではない。妹ですらない。姉でもない。
そういう何でもないわたしに――
その子のために、いったい、どんな言葉を、かけてあげる資格があるというのだろう?
それを考えると―― 言葉が、出てこなかった。
大丈夫よ。とも、言ってあげれない。じっさい大丈夫かなんて、誰にもわからない。
泣かないで。って、言ったって。今はたぶん、むしろ泣く時なのかもしれない。
泣くのが悪いとか、誰が決めたの。泣くときには、たぶん、泣かなきゃダメだったりするのよ、きっと。
とか、
ちょっぴりひねくれ者かもしれない。けど――
わたしは結局、何も言わず――
ただ、静かに、そこで無言で、ただ、隣のベッドで、横になっていることしか。わたしには、そこで、できなかった。わたしには、それしか。
でもやがて――
そのまま、泣きながら、
リリアは眠ったみたいだった。
そっちで声が聴こえなくなってだいぶたってから、
わたしはこっそりベッドから起きて、リリアのベッドに、こっそり近づいた。
カーテンから入る、かすかな白い夜の光の中で、リリアの銀色と白の中間色のボリュームある髪が、しっとり光って見えていた。瞳は固く閉ざされて―― その頬は、涙でひどく濡れていた。わたしは自分の手の甲で―― その、彼女の顔の涙をこっそりぬぐった。ぬぐうと、涙はたちまち小さな水泡のエフェクトとなって綺麗に散り消えてなくなった。わたしは同じ手で、彼女の髪にかすかに触れた。たしかな髪の感触がした。リアルだ。ゲームだけど、とてもリアル―― これがもし、本当じゃなかったら―― 本当のことって、いったい何なのだろう。わからない。いろいろ、リアルがわからない。
これはリアル? それとも――
自分のベッドにふたたびもどって、わたしは自分に自問した。
誰もそれには答えてくれない。答えはたぶん、自分の心の、中にしか。
うん。たぶん―― 何が、リアルで、そうでないのかは――
その人の目、その人の心、そしてあとは――
あとは何? 答えはほかに、どこにある…?
そういうまとまりのない、ぜんぜん論理的じゃないわたしの頭で――
ひとおおり、真面目に、めずらしく真剣に考え続けているうちに――
わたしの意識は、どこか遠くに消えていた。
眠り、と。たぶんそれは呼んでも良いものだ。
でもそれはあまりにも無で、何も、何一つなさすぎて――
わたしの意識は、その無の中に、深くうずもれて、消えていった。
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「カナナ」
リアルな名前を呼ばれた。
目を覚ます。そこは見なれない景色だ。
どこか暗い部屋にわたしはいて――
ああ、そうだ。ここはゲームの中。
わたしはプレイ中にログアウトできなくなって――
寝る前のことが、一瞬で脳内再生される。
「ちょっと。あんた、まだ寝ぼけてる?」
頭をちょっぴり小突かれて、顔を上げる。
さっぱりした金色髪の女性が立っていた。
わりと長身。細身。赤が基調のチャイナ風のスカートドレス。
ん。このヒト、知ってる。前に会った。
名前はたしか――
まだ定まらない意識で、彼女をターゲット。
ヤンカ・ヤンカ
武闘家のヒトだ。島に着いて最初のタイミングで助けてくれた――
「思ったより早くウトマに着いたの。ちょっと早すぎたかな?」
その人が、いたずらっぽくささやいた。金色の目をわずかに細め、ベッドの上からわたしをのぞきこんでいる。口元はちょっぴり笑ってる。
「あ。おはよございます、ヤンカさん」
わたしは目をこすった。
「ヤンカ、でいいよ。あと、ございますとか、敬語もいいから」
「えっと。あれ? でも、もう戦闘とかって、終わったんですか? グマの親衛隊とかって――」
「もう全部、やっつけた。数が多くてちょっぴり手こずったけど、基本、雑魚ね。あんなのは。」
「すごい。強い。」
「ねえ、外、出ない?」
「外?」
「うん。まだ早いし。もうひとりの子、まだ寝てるし。」
ちらりと、もうひとつのベッドに視線を送る。そっちではリリアが向こうに体を向けて、まだ眠っている。
「ここで話してたら、あの子も起きちゃう。それに、あんたとは、ちょっぴり二人で話がしたいんだ」
「あ。えっと。ええ、わたしは別にいいですよ?」
「敬語。もう、それ、よしなさいって。あたしは別に、偉くもなんともないんだから」
そう言ってヤンカは、わたしの頭をバシッと軽く、叩いた。
なんかこの、なれなれしさは、どこかで確かに記憶ある。
違和感。なんだろう。胸がすごく、なんだか急に、どきどきする――
ヤンカのあとについて、家の外に出た。
まっすぐ足早に庭をつっきって、玄関のアーチをくぐる。
まだ夜の明けない、暗い路地に出ると、迷いない足取りで 路地から続く急な登り階段をスタスタとのぼりはじめた。
「えっと。どこ、行くんですか?」
「上のほう。景色いいとこ、知ってるから。そこまでそんなに遠くない」
「ああ、そう――」
気温は低めで、周囲には、たぶん、朝霧というのかな、
うっすらもやが、かかっている。周囲は暗くて、ところどころともった家々の明かりが足元を照らす。階段は、途切れなくひたすらに崖の上へと続いて行く。かなり登った。だいぶ家が少なくなって、ごつごつした灰色の岩肌が、直接そのままむきだしになる。
「でも、ヤンカさんは、何でまたウトマに?」
足もとに少し気をとられながら、わたしはヤンカの背中にきいた。
「用事って、ここでまた、何かあるんですか?」
「敬語。」
ヤンカが笑ってふりかえる。足をとめ、口元に笑いをためながら、首を左右に振った。「あんたそれ、敬語はもうよしなさい」の意味だろうと、わたしは理解する。
「あんたもけっこう、鈍いわね」
「鈍い?」
わたしはききかえす。
ヤンカはこっちを見ないで石の階段を少し先まで登りきった。もうだいぶ、標高が高い。ふりかえると、さっきまでいたウトマの街はすっかり夜明け前の霧に沈んで―― まるで雲の上に、立っているみたいだ。その雲のずっと先に、谷向こうの険しい峰が、ずっとかすかな遠景として見えている。
「いいかげん、わかりなさいってこと。」
ヤンカはなんだか、からかうみたいに言って、そこからは、崖の上の細く白い道を、迷いない足取りでわたしを先導した。ヤンカの背中を見ながら、わたしは、なんだかまだ眠りから抜けきらないアタマで、とりあえず、後についていく。
「そもそもあんたは、何しに来たのよ? この島に?」
「えっと。それは――」
「面会、だったんでしょ?」
「はい。じゃ、なかった。ごめんなさい、また敬語。えっと。そうです。姉に、会いにきました」
「死んだっていう、そのお姉さん?」
「はい。」
「どうして死んだの、その、お姉さんは?」
「…わからないです。」
「わからない?」
「はい。冷たい、冬の海で。ひとりで、死んでいました。自殺かもしれないし、他殺かもしれません」
「どっち?」
「自殺か、他殺?」
「そう。あんたはどっちだと思った?」
「…どうかなぁ。体は、きれいだったから―― たぶん、何か―― 自殺のほうが、当たりかな、って。」
「そう思った?」
「はい。うん。なんとなく、だけど――」
「自殺は当たりね」
「え?」
「自分で自分を殺した。でもたぶん、そこまで本気で死ぬつもりでは―― 本人は、なかったのかもしれないね」
朝霧の上にうかぶ岩山の細道を、その人は、危なげない足取りで、こっちを見ずに歩いていく。
「…なんで、そんなこと、あなたが知ってるの?」
わたしは言った。声はとても、乾いていたと思う。
「なんで知ってるか? だって。それ、自分のことだもの」
「……?」
「もう。鈍いわね、あんたも」
ヤンカが足を止め、こっちをふりかえり、笑った。
とても皮肉で、乾いた感じの――
でもそれは、とてもよく知っている――
わたしの知ってる、その人の、笑い、だった。その人の。
「おねえ―― ちゃん?」
「よく来たね、カナナ」
彼女が言ってこちらにまっすぐ片手をのばし、わたしの頭をつかんで、ぐりぐりと左右に乱暴に揺り動かした。
「ずいぶん遠くまで、来させてしまった。感謝してるよ。言葉信じて―― ちゃんと来てくれたこと。普通は来ないよ。馬鹿げてるもの。最初から、話じたいがね」
「…おねえ、ちゃん?」
わたしは感情が、あふれすぎて。気持ちがあまりに、あふれすぎて。
言葉が、もう、言葉にならない。
おねえ、ちゃん。おねえちゃん。
おねえちゃん、おねえちゃん。おねえちゃん。
その単語ばかりが、ひたすらわたしの舌の上でリピートされた。
それ以外の言葉はもう、何も今は浮かんでこなかった。
「すわろっか、そこ」
彼女が言って、先にそこに座った。岩の上。
冷たい、つるりとした灰色の岩肌に――
ためらいもなく、さっと、無駄のない動作で座った。
わたしも横にすわった。
足元に見えるのは、霧だけだ。
まだ太陽は山むこうから出てこない。
その光の、かすかな気配もわからない。
ずっと足元を流れる霧と。
いま、わたしたちのいる、灰色の山肌と。
ずっとむこうの、谷向こうの峰。
それだけ。それだけがいま、世界のすべて。
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「どうして死んで、しまったの?」
わたしはきいた。
ひとしきり泣いて泣いて、
涙がだいぶ、おさまって、
ようやく最初の質問。
ちらりと横を見ると、
おねえちゃんは――
その、ヤンカの姿をまとったわたしの姉は――
どこかずっと遠くの霧を見て、それから、口のはしで、声をたてずに笑った。
「どうしてかな。ほんとに死ぬつもりは、なかったのだけど」
「事故――?」
「とも言える。でも、自殺かな。いろいろうまくいかなくて、人間関係テンパって、もうダメだなと思って。薬を飲んで、そのまま海に入った。何か、そういうの、いっかいやってみたかったんだよね」
「やってみたかった?」
「うん。そういう、絶望した女の子のやりそうな、いかにもなこと、とかさ。ドラマとかの見すぎかもしれないど。なんか、衝動的に、さ。そういうの、演じてみたかった自分がちょっといたんだね。でも、演じたつもりが――」
彼女はそこで言葉を止めて、左右に首をふり、
それから少し真剣な目で、自分のブーツの先のあたりを見た。
「バカだね。そんなのやったら死ぬことくらい、わかりそうなもんなのに。季節は二月で。雪まで降ってて。普通に泳いだって死ねる気温だ。そこで薬やって、ね。バカだ。」
「おねえ、ちゃん――」
「いろいろ、迷惑かけた。あたしがもっと、ちゃんと稼いで。あんたを学校にやったりとか。あんたが無理なバイトしなくても普通に暮らせるくらいには。あたしが、もっと――」
「ううん。そんなことない。おねえちゃんは、いつも、がんばってくれてたよ。すごく、感謝してた」
「まあ、そう言われるとちょっとは心がなごむね。まあでも、ダメな姉だったのは本当。いろいろあんたに、迷惑かけた」
「迷惑とか。そんなの、考えたこともなかった」
「いい子だ、あんたは。あたしの妹にはもったいない」
「そんなことない。いい子、なんかじゃ、ぜんぜん、ないから――」
「まあ、でもね。タイミング的にさ。あれよりほかに、選びようがなかった部分も、ちょっとある。」
「タイミング…?」
「うん。いろいろあたし、バカだから、お金のやりくり失敗して、おっきな借金したりとか、しててさ。あんたには、恥ずかしくて、そんなの言うこと、できなかったけど」
「………」
「でも、借りた相手が悪くて。すごく危険なヤツラと、つながってたりもして。あたしもそれほど、善良な市民じゃないし悪い事バカなこと、いっぱいしてきた。それでもなんとも思ってなかった。でも。下には、下がいる。悪いやつには、底がない」
「………」
「そういうのにつかまったら、もうちょっと、厳しいよ。身動きとれない。脅されたり、いろいろ、ちょっと口では言えないこと、やられた。でも、抜けられない。あんたもうすうす、知ってたかもしれないけれど。あたし、体うって、いろいろ、やらしいことして、汚いことして。そうして何とか、借金かえして。ちょっとはましな暮らし、あんたに、させてあげたらとか、そんな甘い事、ずっとずっと、できもしないで、考えるだけで。」
「おねえ、ちゃん――」
「でも。状況は、どんどん、どんどん悪くなった。で。雪の二月のあの夜に、これもう、無理かなって。ちょっぴり思ったんだよね。これ以上、ムリだ。そしてこれ以上続けたら、ぜったいあたし、あんたを巻き込む。そしたらもう、あたしだけの問題じゃなくなる。それはいやだ。それだけはいやだ。あんただけは、ぜったいぜったい、巻きこめない。いやだ。それだけはイヤ。だったらもう、あたしがひとりで、さっぱりきれいに、消える方がいい――」
「おねえ、ちゃん、」
「ごめん。カナナ。こんなとこまで来てくれて、姉から聞けた話が、こんなしょぼい、ほんとに底辺の告白話、とかさ。カッコ悪いよ。でも、これが本当。こういうのね、ちょっとは伝えずに、あんたと永遠に会えなくなるの―― それはでも、嫌だなって。どんだけどんなにカッコ悪くても―― あんたには――」
「………」
「だって、あんただけが、家族、だからね。ほかには誰も、いないから。たったひとりの。だから。どんなにバカでも。どんなにくだらない話でも。あんたに、ほんとの、話だけは。ちょっと、したかったの。それだけは。だから、メッセージ出した。あの人の許可とって、あんたをここまで招待した」
「あのヒト?」
「フォー様っていって。この島のボス、というか。ここでのいろんなことを管理している。偉い人だよ。賢い人。あたしはそれほど、嫌いじゃない」
「………」
「でも。ほんとに来てくれるとは、あんまりあたしも、期待はしてなかった。いかにゲーム狂のぶっ飛んだあんたでも。こんなバカな話、さすがに信じないだろうって。ゲームの中で、死んだ姉貴と会いましょう? バカな。誰が信じる。誰が来る? 来ないよ。ふつう」
「でも、わたし、来たよ」
「だから。あんた、ほんとに、大好きだ。大好きだよカナナ。感謝してる。こんなバカな姉の、死んでまでバカな話にあんたをつきあわせて―― 遠くまで呼びつけたりして――」
「ぜんぜん、バカじゃないよ。お姉ちゃんは、バカじゃない」
わたしは首をはげしくふって――
となりの彼女に、ぴたりと体をくっつけて。
肩を、抱いた。しっかりと。左の腕で、彼女の肩を。
バーチャルだけど、バーチャルじゃない、
姉の、肩を。大好きなその人の、その肩を。
「ごめんね、って。ひとこと、それが言ったかったの。ごめん、カナナ。中途半端で何もかもを投げ出した、この、バカなあたしを許してって。言ったらちょっと、都合よすぎる?」
「ううん。都合とか、どうでもいい。わたしは許す。ぜんぶすべて、許します。というか、何も悪い気持ち、ひとつも何も、おねえちゃんに、持ったりしてなかった。許すとか。そんな何か、悪い何かを、おねえちゃんは、したわけじゃない。ぜんぜん何も、していない」
「そう言われると、ちょっとはあれね。心がちょっぴり、しんみりするね」
「おねえちゃん、」
「何?」
「もう、どこにも行かないで」
「…カナナ――」
「もう、ずっと、一緒にいよう。ずっとずっと、一緒に。ね?」
「……それはムリ」
「どうして?」
「面会の時間は、限られている。あんたはあっちに、戻らなきゃいけない」
「なぜ?」
「なぜ、とかない。どうして、もない。だってあんたは、まだ、あっちで、生きているのだから」
「お姉ちゃんも、ここで、今、生きてる」
「そうね。生きている。それは正しい。でも、ここはたぶん、移行する場所、だよ」
「移行する…?」
「そう。世界から世界へと渡っていく魂が、一時のあいだ、羽根を休めるんだ。ここはそのための場所。フォー様が、そういう孤独な渡り鳥たちのために、束の場の、休息の場所を、ここに作ってくれた。たぶん、そういうことだと思う。ここに誰かが、永遠にとどまることはできない」
「でも。しばらくなら、一緒に、ね?」
「今がたぶん、その時間よ」
姉は小声でそう言って、右の腕で、わたしの背中を強く抱いた。
「今、一緒だから。今の、これ。この時間。これがきっと、あたしがあんたに差し出せる、精一杯の何かだよ。だから、カナナ――」
「ずっと一緒に、いてほしい」
「ムリだ、それは」
「ムリでもいい!」
「ムリだ」
「ムリでも!」
「ったく。わがままな、駄々っ子じゃないか、それじゃ」
「わがままでもいい! おねえちゃんと、一緒にいたい!」
「カナナ、」
「大好きだよ、おねえちゃん。ほんとにほんと、大好きだ」
「あたしも好きだよ、カナナ。好きだった」
「過去みたいに、言わないで」
「そうだね。うん。そこはちょっと、悪かった」
「おねえちゃん、」
「カナナ、」
「まりあ、おねえちゃん、」
「カナナ、」「おねえ、ちゃん――」
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