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第9話「実は青春したい」

夏休みのある日。主人公の高明は、幼なじみの芽愛の誘いを受けて、密かに憧れる初台さんと、夏祭りを一緒に回ることになる。果たして、初台さんとの距離を縮めることができるのか?


ミンミンミンミン……


「……うるさいな」

 外の暑さとは裏腹に、冷気で満ちる僕の部屋。今日も今日とて、地球温暖化に加担している。全く、人間とは業の深い生き物だ。


ミンミンミンミン……


「……うるさい」


 人工的な空気を吸っていると、脳に酸素が回らないような気がする。実際にどうだかは知らない。


ミーンミーンミンミン……


「……エアコンに防音機能は無いもんな」

 八月の中旬、夏真っただ中。一か月強にも及ぶ夏休みの折り返しなわけだが、地球は人類には優しくないと感じる今日この頃。これだけ地球をいじめてるんだから、当然の報いなのだろうか。

「……もう、二時か」

 当然だが、二時と言っても夜じゃない。午後の二時。昼食後の満腹感と、人工的な涼しさが、今日も僕の身動きを封じてくる。

「……どうして、地球は暑くなるのだろう」

 それが、自然の摂理だからだ。

「……どうして冷房が必要になるだろう」

 地球が、暑くなるからだ。

「……」

 何ら意味のない自問自答が、何度も脳内を往復する。

「……これじゃあ、いけないよな」

 このままだと、今日も昨日の二の舞だ。何ら生産性のない一日を、再び消化することになる。

「宿題は、やりたくないな」

 少しずつ宿題は消化しているので、無理に今日やる必要もない。このペースならば、夏休みが終わるまでに、宿題は終わらせることができる見込みだ。

「……」

 自習をするほど意識も高くない。そこまで根詰めて勉強したいとは思わない。

「……外か?」

 外は暑いが、人口的な空気ではない。外に出ても喉が渇くだろうが、冷房で口内の水分が奪われるよりは、マシな気がしてくる。

「……よし、それならいっそ、外に出てみようか」

 このまま寝ていても事態は何も変わらない。生産性のある一日を過ごすためには、なんらかのアクションが必要なのだ。

「……よいしょっ……と」

 ……でもやっぱ、暑いのは嫌だな。

「……でも、クーラーの空気も吸いたくないな」

 ……はあ……キリがない。

「行こう!」

 勢いで、ドアノブに手をかける。


もわぁ……


「ぐっ……」

 部屋を出た途端、熱気が襲ってくる。


バタン!


「……やっぱりやめ……」

 いや、出るんだ。出るんだ。

「……目的があれば、出れるかもしれない」

 目的……目的……そうだ。

「……とりあえず、アイスを取ってこよう」

 アイスのためなら、一時的な暑さは耐えられるはずだ。

「……よし!」


もわぁっ……


「……」

 大丈夫、大丈夫、アイスという大目的がある。


もわぁあっ……


「……」


もわあぁぁっ……


「……」


バタン!


「……ふぅ、涼しい」

 リビングには冷房が付いている。

「あ、お兄ちゃん」

 妹の(あん)が、雑誌を広げてソファに寝っ転がっている。

「……」

「どうかしたの?」

「……アイス」

「アイス?」

「……うん、アイス」

「ああ、確か、チョコミントのアイスが冷凍庫にあったよ」

「……チョコミント」

「うん、お兄ちゃん好きでしょ」

 ……まあ、そうなんだが……いや、そうじゃない。

「いや……買ってくる」

「えー、好きだったじゃん、チョコミント」

 ……そう言えば、あれ以来連絡来なくなったな。

「……気が変わったんだ」

「えー」

「……じゃあ、行ってくる」

「あ、お兄ちゃん」

「……なんだよ?」

「今日、お祭り行くでしょ?」

「……お祭り?」

「うん、今日お祭りでしょ、神社で屋台出るみたいだし」

「……行かない」

「そっか」

「……行かないの知ってるだろ」

「今年は行くかなって思って」

「……行かないよ、面倒くさい」

「まあ、そうだよね」

「……じゃあ、行ってくる」

「うん、熱中症気を付けてね」

「……分かってる」

 ……さて、外に行かないといけないのか。


       ※ ※ ※


「……暑い」

 なんだかんだで外に出たわけだが、おかしいぞ、この気候。

「……チョコミントで、我慢しとくべきだったか」

 いや、僕は断じて、チョコミントは好きじゃない。

「……まあ、今更手ぶらで戻れない」

 ……あと少しで、近所のスーパーに辿り着く。

「……どうせ暑い中歩くなら、旨いアイスを」

 歩きながら考えたが、ちょっと高いあのアイスが食べたくなった。

「バーゲンダ……じゃなかった」

 ……最初の濁点が余計だね。

「……あのスーパーならば、そこまで高くは無いはずだ」

 いまや、この地域の中心ともいえるディスカウントスーパー。いつもなら手に届かないちょっと高いあのアイスも、何とか手を出せる。

「……コンビニは高いからな」

 コンビニの方が距離が近いが、若干値を張ってしまう。自立してない学生の僕がちょっと高いあのアイスを食べたい場合、スーパー一択である。

「……耐えられる、耐えられる、目的は並のアイスじゃない」


       ※ ※ ※


「無い……だと」

 スーパーのアイスコーナー。そこには、お目当てのあのアイスの姿は無かった。

「……殆ど、無いじゃないか」

 見回せば、お目当てのアイスのみならず、アイス自体がほとんど置いていない。

「……チョコミント」

 なぜだか、チョコミントアイスだけ大量に売れ残っている。

「……出よう」

 ここまで来て、チョコミントアイスで妥協するわけにはいかない。

「……コンビニは高いよな」

 百円程度の差しかないわけだが、ここまで来てコンビニで妥協したくもない。

「……まあ、出てから考えるか」

 スーパーの自動ドアを通過する。


もわぁ……


「……」

 相変わらず、酷い暑さだな。やはり、人類への報いなんだろう。

「……これはいけない」

 早くアイスを食べないと、熱中症で倒れてしまうかもしれない。

「……だが、チョコミントはごめんだ」

 チョコミントを食べて生き延びるくらいならば、熱中症で死んだ方が本望だ。

「……いや、死にたくないな」

 どうしたものか。いよいよ追い詰められてしまった。

「……あれは」

 移動式屋台が目に入る。

「……アイス、キャンディか」

 まあ、あのアイスが売り切れている以上、あのアイスキャンディで妥協しても……

「……いや、僕はここで諦めるのか?」

 あのちょっと高いアイスを手に入れる方法が、まだあるかもしれない。

「……いや、その為にはコンビニに行くしかない」

 かと言って、チョコミントは断固として御免だ。

「……」

 ……よし、アイスキャンディにしよう。ここで死ぬわけにはいかない。

「……すみません」

「はい、いらっしゃい!」

「……先輩?」

「あら、高明君、奇遇ね」

 僕が所属する新聞部の部長である、王子(おうじ)朱苑(しゅおん)

「……何してるんですか?」

「バイトであーる!」

「……なるほど」

 ……また、『であーる』か。

「うん、お金稼ぎたいし」

「……そうですか」

「ええ。それより、アイスキャンディ買うんでしょ?」

「……はい」

「夏と言えば、アイスキャンディよね」

「……そう、ですね」

「アイスキャンディ無くして夏は終わらないわね」

「……そういうものですか」

「ええ」

 アイスキャンディ以外にも、夏の風物詩は沢山ある気がするが。

「何味が良い?」

「……何があるんですか?」

「色々あるわよ。甘いのから酸っぱいのまで」

「……甘いのが良いですね」

「甘いのだと、ミルク、チョコレート、ミックスのどれかね」

「……ミックスって何ですか?」

「ミルクとチョコレートのミックスよ。これ、メニュー」

 ……両方味わえた方がお得かもしれないな。

「……じゃあ、ミックス頂けますか」

「はい、毎度あり」

「……百円ですか」

「うん、百円よ」

「……良心的ですね、屋台にしては」

「高いと売れないからね、薄利多売よ」

「……あ、これ、百円です」

「ありがとう」

 酸っぱいのだと、アップル、オレンジ、グレープ、パインなどか……

「……酸っぱいのも美味しそうですね」

「気が変わった?」

「……いえ、ミックスで良いですよ」

「分かったわ、今出すからちょっと待って」

 朱苑先輩は、クーラーボックスの蓋を開ける。

「はい、これがミックスよ」

「……どうも」

「私もここらへんで休憩しちゃおうかなあ」

「……休憩ですか?」

「ええ、暑くて疲れちゃったし」

 よく見れば、朱苑先輩は相当汗をかいている。

「あそこの公園にしようかな」

 すぐ近くに公園がある。

「……じゃあ、僕もそこで食べますよ」

「そう? じゃあアイス、一旦ここに入れておく?」

「……そうですね、お願いします」

「はーい」

 未開封のアイスは、クーラーボックスに戻される。

「じゃあ、行きましょう」

「……はい」


       ※ ※ ※


「では、改めてどうぞ」

「……ありがとうございます」

 ミックスアイスを受け取る。

「ふう、それにしても暑いわねえ」


 パンッ!


「……切り口から開けないんですね」

「こうやって開けた方が気持ち良くない?」

「……まあ、気持ちは分かります」


ビリッ……


「高明君は普通に開けるのね」

「……まあ、拘りは無いですし」

「そっか」

「……先輩は何の味ですか?」

「……パインよ」

「……パインは僕も好きですね」

「……少し分けようか?」

「……もう、口にしてるじゃないですか」

「高明君になら良いわよ?」

「……からかわないでください」

「からかってないんだけどなあ」

「……はいはい」

 最初からノーチャンスだから、期待はしないんだ。


ペロッ……


「……美味しいですね」

「でしょ、やっぱり夏はアイスキャンディに限るわ」

「……先輩、色々バイトやってるんですね。ファミレスでもバイトしてましたし」

「そうね、お金は大事だし」

「……お金ですか」

「ええ、それだけじゃないけどね」

「……と言いますと?」

「社会勉強になるわよ」

「……社会勉強ですか」

「高明君って、バイトしたことあるの?」

「……ありませんね」

「一度くらいは、バイトしても良いと思うわよ」

「……そんなもんですか」

「そんなもんよ」

「……考えておきます」

「うん、考えておいて」

 まあ、気が向いたらやってもいいかな。

「……にしてもアイスキャンディって、なんだか懐かしいですね」

「そうなの?」

「……昔、芽愛(めい)と食べたんですよ、確か」

「どこで食べたの?」

「……確か、動物園ですね。大きな池の近くの動物園」

「ああ、パンダがいるところね」

「……はい、夏の日に遊びに行って、一緒に食べた記憶があります」

「ふうん、幼なじみらしい記憶ね」

「……まあ、幼なじみですからね」

「なんだろう、高明君と芽愛ちゃんって、幼なじみ感を感じないときがあるのよ」

「……幼なじみ感ってなんですか?」

「言葉通りよ、幼なじみっぽくない時があるの」

「……そうですかね」

「ええ、過去の話をしてるの、そこまで見ないし」

「……まあ、先輩とかの前ではそこまで話さないですね」

「そうよね」

「……多分、当たり前すぎて会話に上がらないんですよ」

「いや、単純に、私の前だとそこまで二人では話さないのよ」

「……そうですかね」

「そうよ、基本的に私と芽愛ちゃんが話してばかりでしょ」

「……まあ、確かに」

「でも私の前じゃないと、意外と二人で話している気がするわ」

「……どうですかね、気にしたこと無かったですが」

「まあでも流石に、偽装幼なじみってことはなさそうね」

「……そのパワーワード、なんですか?」

「幼なじみのふり、してるだけなのかなあって」

「……そんなことをするメリットがないですよ」

「それはそうね、全く意味を感じないわ」

「……ですよね」

 偽装幼なじみ、ラノベの題材にできそうだな。

「幼なじみって言えば、私にとって、有野もそれに当たるのかあ」

「……谷在家会長ですか」

「うん」

「……お二人こそ、そこまで幼なじみ感を感じないですね」

「そう?」

「……ええ、繋がりはあるんだなって感じしますが、昔の話は聞いたことありませんし」

「まあ言われてみれば、話したこと無かったわね」

「……はい」

「聞きたい?」

「……いや、別に。そこはプライベートなんで」

「高明君って、他人への関心が薄いわよね」

「……まあ、そこまで知っておく必要もないでしょうし」

 ……初台(はつだい)さんに限っては、関心があるけどな。

「……そういうことなら、今度気が向いたときにでも話すわ」

「……はい」

「さて、そろそろバイトに戻ろうかな……」

「……あ、はい」

「ゴミ、貰うわよ」

 ビニール袋が広げられる。

「……ありがとうございます」

「いいえー」

「……」

「じゃあ、これで失礼するわ」

「……頑張ってください」

「ありがとう、高明君に応援してもらえるなら百人力ね」

「……お世辞は良いですよ」

「お世辞じゃないんだけどなあ……まあ、いいけど」

 ……いや、絶対にお世辞なんだよなあ。先輩からすれば僕なんて、ただの後輩でしかないんだから。

「それじゃあね」

「……はい」

 先輩は、屋台を引いてどっかに向かっていった。

「……しかし、暑いな」

 アイスを食べたものの、人間への天罰の痛みは全くやわらがない。

「……帰るか」

 いや、このまま帰ってしまえば、アイスキャンディを食べて帰ってきただけの一日になってしまう。

「……とりあえず、水飲むか」

 公園にある水道まで歩き、蛇口をひねる。


ジャー


「……ぬるいな」

 水道も熱気にやられているようだ。しかし水分補給にはなるだろう。


ゴクゴク……


 口内に残るアイスの甘さが、水によって洗い流される。

「……ふぅ」


キュッ……


「……さて、次はどうしたものか」

 ……日陰で少し考えるか。


       ※ ※ ※


ミンミンミンミン……


「……暑い」

 さて、こんなところにずっといても仕方ないよな。

「よし、開けようぜ!」

「……ん?」

「何が出るかなあ」

「……カードゲームか」

 隣のベンチ、男の子が二人。カードゲームのパックを、それぞれが手に持っている。

「よし! 開けるぞー!」

「早く早くー」

 ……楽しそうだな。

「……おっ!」

「なんか出た?」

 ……開ける瞬間って、ワクワクするよな。

「あ、これ主人公の切り札のカードだー!」

「えー、マジかよー。見せてー」

「……ほら、俺のだからな」

「お、スゲー。いいなー」

 ……割と、当たるもんなんだな。

「デッキ入れようっと」

「よーし、僕も当ててやるぞ!」

 ……さて、どうなるか。

「どうだ?」

「ハズレだー、くそー」

 ……そうは上手くいかないか。

「追加で買うぞ!」

「お小遣い大丈夫かよ」

「お菓子我慢すれば、なんとか……」

 ……そこまでするのか。いや、気持ちは分かるけど。

「よし、また行くぞ!」

「次は当たるといいな!」


スタ……スタ……スタ……


「……カードゲーム、なあ」

 小学生の頃は、今の子供の様に、カードゲームのパックをよく開けていたものだ。

「……久々にありかもな」

 最近、カードゲームはやっていないが、ちょっと開けてみたくなった。

「……コンビニ、行ってみるか」

 カードパックと言えばコンビニ。昔から、カードパックはコンビニで買っていた。

「……よし、行こう」


       ※ ※ ※


「……無い」

 公園の近くのコンビニ。空調は快適だが、欲しいものはそこには無かった。

「……あの子たち、ここで買ったわけじゃないのか」

 ……そんな遠くとも思えないんだけどな。

「……ここ以外だとどこだろう」

 この際、コンビニ以外でもいいか。

「……駅前のゲーム屋、行ってみるか」

 ……あそこにはたまに寄ることがあるが、カードのパックが売っていた気がする。


       ※ ※ ※


「……あった」

 カードパックのサンプルが、フックに架かっている。レジにサンプルを持って行って、欲しい数量を店員に伝えると、購入ができるシステムのようだ。

「……防犯とか、サーチ対策なんだろうな」

 『サーチ』というのは、カードのパックを擦るなどして、レアカードが入っているかを判別する手法。反り具合とか堅さとか重さとかで判断するらしい。他に買う人の迷惑になるので、僕はやったことは無いが。

「……どれがいいかな」

 今はカードゲームをやっていないので、強いカードを当てても仕方ない部分はある。

「……これは」

 あるパックが目に入る。

「……主人公、だったよな」

 このカードゲームにはアニメもあって、その初代主人公が、このパックの表紙イラストになっている。

「……懐かしいな」

 これにしようかな。

「……いくつ、買うかな」

 高校生の財力を生かせば割と買えるんだろうが、当たらなかった場合を考えると、かなりリスクが高い。

「……一つで良いか」

 運試し程度と割り切った方が良いだろう。こういうのは下手に沢山買うと、当たらなかった時に沼になる可能性がある(小学生の時の経験談)。

「……よし、持って行こう」

 レジで数を伝えるんだったな。


トコ……トコ……トコ……


「……すみません」

「はい、いらっしゃいませ」

「……これ、一枚いただけますか」

「一枚ですね、承知しました。少々お待ちください」

「……はい」


ガサゴソ……


「こちら一枚でよろしいですね?」

「……はい、大丈夫です」

「一点で、百六十二円になります」


ジャラジャラ……


「……こちらでお願いします」

「はい、百……六十……二円、ちょうど頂きます」

「……」

「こちら、レシートになります」

「……ありがとうございます」

「シールで大丈夫ですか?」

「……はい、大丈夫です」

「はい! こちらお品物になります」

「……どうも」

「お買い上げ、ありがとうございました!」

「……ありがとうございました」

 よし、購入完了。

「……ここで開けてもいいが」

 いや、公園に戻ろう。


       ※ ※ ※


 さっきの公園、さっきと同じポジションを確保。

「……よし」

 光物が出てほしいところだな。


ビリッ!


「……」


ザッ……


「……無いか」

 一パックじゃ当たるものも当たらないか。まあ、こんなもんだろう。

「……まあでも、懐かしいな」

 僕も見知ったカードの、リメイク版と思しきカードが何枚かある。

「……お兄さん、そのパック買ったんだね」

「……え? あ、うん」

 さっきの子供の内の一人。確か、当たりを引けなかった方の子だな。

「なにか当たった?」

 僕のプライバシーをこの子に明かす理由もないが、流石に拒否するのは大人げないか。

「……いや、当たらなかったよ」

「ちょっと見せてー」

 ……馴れ馴れしい子供は好きじゃないな。

「……ほら」

「あ、これ強いやつだよ!」

「……え? でも光ってないじゃん」

「光ってないけど、今の必須カードなんだよ」

「……そうなんだ」

 豚に真珠だな。全く分からなかった。

「いいなー」

「……さっき君、当たってなかったよね」

「え? お兄さん見てたの?」

「……さっきも、ここで座っていたんだ」

「そうなんだね。合わせて二つ買ったんだけど、目ぼしいのは当たらなかったんだー、お菓子我慢したのに」

 ……まあ、僕が持っていても仕方がないか。

「……いる?」

「え?」

「……このカードいる?」

「え、いいよー、お兄さんが当てたんだから」

 ……馴れ馴れしいわりに奥ゆかしいな。

「……いま、カードゲームやってないんだ」

「え、じゃあなんで買ったの?」

「……昔やっててさ、パックだけ開けたかったんだ」

「ふーん、そうなんだね」

「……だから僕には必要ないんだ。あげるよ」

「本当に大丈夫? 本当に強いんだよ?」

「……いいから」

「後から返してって言わない?」

 ああ、そこを気にしていたのか。

「……大丈夫、貰ってくれ」

「……そういうことなら、貰おうかな」

「……はい、どうぞ」

「……でもお兄さん、僕お返しできないよ?」

 既に、人の時間を奪ってるんだから、今更な気がするが。

「いいよ、いらない……」

「でも……」

 全く、子供は面倒くさいな。

「……あげてくれ」

「え?」

「……大きくなったときに、誰かにカードをあげてくれ」

「大きくなった時って?」

「……僕と同じくらいの歳になったとき、欲しいカードがある子がいたら、カードを分けてやってくれ」

「でもそれだと、お兄さんには得がないよね?」

「……僕の代わりにあげておいてくれ」

「え? どういうこと?」

 わざわざ、こんなことを説明しないといけないのか。

「……僕は一人しかいないから、カードが欲しい子みんなには、カードを分けてあげられないんだ。だから、君がそういう子を見つけた時に、代わりに分けてやってくれ」

「……よくわかんないや」

 もう、面倒だな。

「……とにかく、お返しはいらないから、貰ってくれたらいいんだ。僕は使わないんだから、このままじゃただの紙切れだ」

「……うーん」

 ああ、もう。

「……代わりに、捨てておいてくれ」

「……え?」

「捨てるの面倒だから、代わりに捨てておいて」

「……捨てるの?」

「いつ捨ててもいいから、預かってくれたらいい」

「……え?」

「……捨てるのは十年後とかでいいから、代わりに捨ててくれたらいい」

「あ、十年後に捨てたらいいんだね!」

「……ああ、その間はどう使ってもいいから、十年後とかに捨ててくれ。その間はデッキ入れるとかしてもいいから、十年後とかに捨ててくれたらいい」

「うーん……まだちょっと分からないけど、とにかく十年後に捨てればいいんだね?」

「……そういうこと、気が向いたら捨てておいてくれ、捨てるまではどう使ってもいいから」

「分かった! 十年後に捨てておくね! その間はデッキとかに入れて使っておく!」

「……それでいい」

 ふう、やっと伝わったか。ただでさえ暑いのに、無駄な苦労だ。

「じゃあ十年後まで預かっておくね!」

「……頼んだ」

「うん! じゃあね、お兄さん」

「……はいはい、じゃあな」

 少年は、もう一人の子の元に戻っていった。

「……ふう」

 全く、余計なことに労力を割いてしまった……少し休憩しよう。


       ※ ※ ※


「……いなくなったか」

 隣のベンチにいた二人組の姿は、そこには無かった。僕が目を閉じているうちに帰ったのだろう。

「……まだ四時か」

 暑いせいか、時間の経過が遅く感じるのは気のせいだろうか。

「……水分だけとっておこう」

 熱中症になりたくはない。


ジャー……


「……やっぱりぬるいな」

 相変わらず、水道も暑さにやられているようだ。


ゴクゴク……


「ふぅ……」


キュッ……


「よし、水分補給完了」

 もはやぬるま湯に近かったが、まあよし。

「……さて、次はどうしようかな」

 中途半端な時間だ。帰ってもいいんだろうが、帰ってもろくでもないことしかしないのは目に見えている。

「……うーん」


『四番! 四番のアツイアツイが人気に応えて圧勝しました! まさに大勝利、お見事でした!』


「畜生! なんで差さないんだ!」


『六番のヒフミが、大差で二着となります!』


「俺の通り名と同じ名前なのに、負けるなよ!」

 ……通り名って、なんだよ。

「騎手が悪いんだよなあ、下手くそ!」

 ……予想が悪いんだと思うが。

「気分悪いわ! 酒でも飲むか!」

 隣の席のおじさんが、新聞紙を丸めてどっかに向かっていく。

「……競馬か」

 割とよく見かける光景だが、そんなに競馬って面白いのかな。

「……一回くらいやってみたいな」

 しかし、ギャンブルって未成年禁止なんだよな。

「……でもやりたいなあ」

 ……いや、待てよ。

「……ゲーセンなら、ありだよな」

 確か、駅前のゲーセンのメダルゲームの中に、競馬のゲームがあった気がする。今もあるかは分からないが。

「……行ってみるか」

 まあ、無かったら帰ってもいいか。

「……いや、ちょっと待てよ」

 今のおじさん、どこかで会ったことがあるような。

「……まあ、流石に気のせいか。僕には中年の知り合いなんていないしな」


       ※ ※ ※


「……」

 相変わらずうるさいよな、ゲーセンって。

「……さて、メダルゲーム」

 置いているだろうか。

「……お、これだ」

 子供騙しのような競馬ゲーム。本物の競馬とはいかないが、今はこれでもいいか。

「……メダル買わなきゃな」

 そんなに長時間居座る気もない。百円で十枚だけ買って遊ぶか。


ピッ……


「……投入」


ジャラジャラジャラ……


「……よし、十枚」

 さて、座るとしよう。

「……」

 幸い、他にプレイしている人はいない。一人で優雅に楽しめそうだ。

「……どれに賭けようかな」

 よく分からないが、一番人気ってやつに賭けるのが良いんだよな。

「……まずは一枚、一着なら……二倍か」

 まあ、一番強い馬みたいだし、勝てるだろう。


       ※ ※ ※


「……おかしい、これはおかしい」

 一番人気の馬に賭けてみたが、なんと勝てない。あれから連続で一番人気に賭け続けたものの、未だに勝つことは無い。

「一番人気なら、勝つんじゃないのか……」

 既にメダルは、残り一枚。

「……やめだ」

 どうせ一番人気に賭けても勝てないなら、全く人気のない馬にしてやる。配当もでかいし、大逆転狙いだ。

「……ラストメダル投入」

 ボタン操作し、最低人気の馬に一枚ベットする。


       ※ ※ ※


「……理不尽だ」

 勝ったのは一番人気の馬。賭けなくなった途端に、なぜか勝ってしまう。

「……バランスおかしいだろ、このゲーム」

 実際の競馬ではこんなわけはないはずだ。ゲームとしての出来が悪いようだ。

「……帰るか」

 これ以上やる気もない。今のでやる気が失せてしまった。


プルルルルッ……


「……ん?」

 電話か。

「……芽愛」

 面倒くさいな、居留守使おうかな。

「……いや」

 一回無視したところで、どうせ後でかけ直す必要がある。それなら今出た方が良いのか。

「……仕方ないな」

 競馬ゲームの椅子に座ったまま、スマホ画面をスワイプする。

「……もしもし」

「もしもし、高明(こうめい)?」

「……もしもし」

「もしもし高明、声が聞こえない」

 ……ここじゃ流石に、うるさいか。

「少し待っててくれ!」

「……あ、うん」

 外に出よう。


       ※ ※ ※


「……もしもし、ここなら大丈夫だ」

 ゲーセンの喧騒から離れた場所。

「随分とうるさかったね、どこいたの?」

「……ゲーセン」

「ああ、なるほどね。そりゃうるさいわけだね」

「……それで、何の用だ?」

「ああ、それはね……」

「……」

「高明、今日の夜空いてる?」

「……空いてない」

「今日、お祭りじゃん。高明来ないかなって」

「……行かない」

「そっか、じゃあ立英(たかえ)ちゃんと杏ちゃんの三人で回るね」

「……」

「じゃあね、高明」

「……ちょっと待て」

「なに? 高明」

「……初台さんがいるのか?」

「うん、いるよ。それがどうかした?」

 ……白々しいな、全く。

「……いや……その」

「ん? なに?」

「……やっぱ行くよ」

「え? 無理に行かなくていいんだよ?」

「……おじさんに、祭りに行くって言っていたのを思い出した」

「ああ、そんなこともあったね」

「……だから行くよ」

「別に来なくていいんだよ? 私は杏ちゃんに頼まれたから、連絡しただけだし」

「……僕が来ると困るのか?」

「いや、そうじゃないよ。高明の主体性を尊重しているだけ。言われたから行くってのはなんか違うでしょ」

「……僕の理由で行くんだから、大丈夫だ」

「そう、それなら来てもいいけど」

「……どこに行けばいい?」

「私祭りの手伝いとかあるから、五時に私の家に集合することになってるの」

「……ちなみに、僕の家への連絡はどうなってるか聞いてるか?」

「高明含めて、行くことは連絡してるみたいだよ」

「……行かないって言ったのに」

「なんか言った?」

「……いや、何でもない」

「ならいいけど」

「……じゃあ、その時間に向かうとするよ」

「うん、わかった。待ってるね」

「……はい」

「じゃあ、切るね」

「……はい」


プー……プー……プー……プー……


「……ふぅ」

 ……まあ、おじさんの厚意を無にするわけにはいかないもんな。

「……今からゆっくり歩いていけば、間に合うか」

 ……さて、向かうとしようか。


       ※ ※ ※


「……喉、乾いたな」

 高橋神社に向かう途上。どうしようもなく喉が渇く。

「……ドラッグストアか」

 チェーン店のドラッグストアが目に入る。

「……ちょっと、寄ってみるか」

 最近のドラッグストアはコンビニと変わらない、飲料から弁当まで取り扱っている。


       ※ ※ ※


「ありがとうございましたー」

「……どうも」

 やっぱり安いよな、ドラッグストア。品揃えはコンビニ相当、値段はスーパー水準。

「……」

 ドラッグストアの外に出る。

「……さて、飲むか」

 

キュッ……!


シュワッ……!


「……これこれ」

 暑い時にはメロンソーダ、鉄板だな。


ゴク……ゴク……


「ぷはぁっ……」

 乾ききった喉を、炭酸の刺激と、ソーダの甘みが浄化する。

「ふぅ……」

 メロンソーダは正義、異論は認めない。夏の日ということもあり、その破壊力は何倍にも増幅されている。


ミーンミンミンミン……ミーンミンミンミン……


「……さて、行くか」


       ※ ※ ※


「……多いな」

 浴衣姿の人を多く見かける。

「……祭り、か」

 何年も来てなかったもんな。

「……なにが楽しくて集まるんだろうな」

 ……まあ今年限りは、人のこと言えないのか。

「……」


ガヤガヤ……


「……」


ガヤガヤ……


「……」

 ……やっぱ帰ろうかな。

「……いや」

 ……初台さんも来ているんだ。すっぽかすわけにはいかない。

「……話せるかな」

 ……なんだかんだで、あれから一度も話していないもんな。

「……まあ、何とかなるか」

 ……一応、世間話くらいは問題ないはずだ。

「…………さて、着いた」

 一か月前に来た高橋神社とは異なり、人で溢れている。

「……屋台が一杯だな」

 流石、軽い日本庭園ぐらいの敷地面積。屋台を入れるくらいは、なんてことないな。

「……昔も、こんな感じだったな」

 昔、参加させられていた時も、こんな風景だった気がする。

「……でも、狭くなった気もするな」

 ……いや僕が大きくなっただけか。

「……奥に行けばいいんだよな」

 芽愛の家は奥だもんな。

「……大変だよな」

 よくよく考えれば、絶対にこんなところに住みたくないな。祭りの度にこうも騒がしいんじゃ、プライバシーもなにもあったものじゃない。

「……行こう」


       ※ ※ ※


「……さて、ここだな」


…………


「……まだ誰もいないのか?」

 …………予定時間の十分前か。家の中にいるのかもしれない。

「……何年ぶりだろう」

 昔は度々、遊びに来たものだが。

「……ポチッとな」


ピンポーン!


「……」


ズズズズズ……


「……こ……めい?」

「……そうだ」

「……いま……あけるよ」

「……うん」


…………ドタドタ


「……」


ジャラジャラジャラジャラ……


「こんばんは、高明」

「……こんばんは」

「……どうかした?」

「……巫女」

「ああ、これ? 手伝いしてるって言ったでしょ」

 典型的な紅白の装束が、金の髪、碧い目と組み合わさり、まさに和洋折衷という感じである。

「……ああ、そう言ってたな」

「二人とも、もう来てるよ」

「……早いな」

「電話した時にはもう来てたよ」

「……そうか」

「高明もいったん上がって、居間で二人が待ってるから」

「……久々だな、ここに来るのも」

「杏ちゃんはよく来てるけどね」

「……杏と僕とは違う」

「はいはい」

「……『はい』は一回だろ」

「あ、ごめん」

 ……謝らなくてもいいのに。

「……それにしても、昔と変わらないな」

「そうだね、昔のまんま。英国から帰ってきた時も驚いたもん。私の部屋もそのままだったし」

「……そのまま?」

「うん、小学校の時の勉強机がそのままで、懐かしいなあって」

「……なるほどな」

「埃一つ無かったし」

「……おじさん、豆なんだな」

「お母さんよりお母さんって感じがするよー」

「芽愛ちゃん、お兄ちゃん来たんでしょー?」

「あ、杏ちゃん。高明来たよ」

 我が妹は、浴衣姿で現れる。

「お兄ちゃん、来ないんじゃなかったの?」

「……お前が誘ったんだろ?」

「何のことやら」

「……芽愛からは聞いているんだ」

「あの……杏ちゃん?」

「あ、立英さん」

 ……立英さん?

「……西ヶ原(にしがはら)君、来たの?」

「うん、お兄ちゃん来たよ。来ないって言ったのに」

「杏ちゃんが誘ったんじゃ……」

「まあ、そうなんだけど」

 ……浴衣だ。可愛い。

「……あの、こんばんは、西ヶ原君」

 ブロンズの髪が、桜柄の浴衣とマッチして、絶妙なコラボレーションだ。

「……こんばんは、初台さん」

「お兄ちゃん、借りてきた猫みたーい」

「……うるさい」

 ……それにしても、このラインも構築されていたとはな。どんどん包囲されているような。

「……あ、今日はよろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

「……」

「……」

「……まあ、こんなところで立ち話もなんだし、上がってきなよ」

 ……ここ、芽愛の家なんだけどな。まるで自分の家のように振舞ってるけど。

「立英さん、行こ」

「あ、うん。杏ちゃん、行こうか」


ドタ……ドタ……


「……」

「……どうかした? 高明」

「いや、なんでもない?」

「二人なら、今日が初対面だよ」

「……僕は何も聞いてない」

「え? 違った?」

「……違わない」

「なら良いじゃん」

「……芽愛の考えか?」

「いや、杏ちゃんがどうせだからって」

「……そうか」

「最初は、杏ちゃんと二人の予定だったんだよ。そこに立英ちゃん入れたらどうかって」

「……そこに僕を呼んだのも」

「うん、私は絡んでない。高明お祭り嫌いだろうし、誘うつもりは全く無かった」

「……なるほどな」

 杏がいなかったら、初台さんと会えなかったわけか。

「甘やかすのも良くないし」

「……甘やかす?」

「いや、こっちの話」

「……そうか」

 僕の母さん以上に、母親してるよな、こいつ。

「ほら、行こう。いつまでも立ち話しててもしょうがないでしょ」

「……分かった、行こう」

 履いてきたサンダルを脱ぐ。

「高明、サンダル」

「……え?」

「揃えて」

「……はい」

 ……これくらい良いじゃないか。


       ※ ※ ※


「それにしても芽愛ちゃん、巫女装束似合ってるよねー」

「そう? ありがとう、杏ちゃん」

「私も可愛いと思うよ、芽愛ちゃん」

「ありがとー」

 男性は僕のみ。場違いな気しかしない。いや、僕の意思でここに来たのだが。

「お兄ちゃんはどう思う?」

「……まあ、良いんじゃないか」

「なんか適当だよね、お兄ちゃん」

「……そんなことないよ」

「ポニーテールも良い感じだよねー、相性良い感じ」

 ……聞いてない。

「単純に作業しやすいだけだよ、結んだ方が」

 ……そう言えば、今日は結んでるんだな。

「でも、いつもとのギャップが良いよね」

「立英さん、私もそう思います!」

 ……立英さん、ねえ。

「二人も浴衣、似合ってるよ」

「ありがとー、芽愛ちゃん!」

「……芽愛ちゃん、ありがとう」

 ……すっげー帰りたくなってきた。むしろなんで、僕はここに来たんだ。

「あ、そろそろ行こうか」

 ……その服のまま回るのか。

「そうだね、お兄ちゃんも来たことだし」

「どう回る?」

「まあ、とりあえずみんなで回ろうよ」

「うん、そうだね」

「立英さん、行きましょう!」

「あ、うん」


ドタ……ドタ……


「……」

「行かないの?」

「……あの二人、本当に今日が初対面か?」

「うん、紛れもなく」

「……それにしては、随分と仲が良いな」

「杏ちゃん、人懐っこいからね。高明と違って」

「……いつも以上に棘が無いか?」

「え? 私のこと?」

「……他に誰がいるんだ?」

「そんなつもりはないけどな」

「いや、でも……」

「高明の考えすぎだよ」

「……うーん」

「誰も高明のことそんな気にしてないよ、自意識過剰じゃない?」

「……分かったよ」

「ほら、行こ」

「……ああ」

 ……全く、目に見えた嘘ばっかりだな。


       ※ ※ ※


「あ! ケバブの屋台だ! 買おうかなー」

「……本当にケバブ好きだな」

「うん、美味しいもん」

「お兄ちゃんとよく食べに行ってるよね、芽愛ちゃん」

「そうだね、帰るときにたまに」

「……たまにって頻度じゃないだろ」

「そうかな?」

「……週一は多すぎる」

「高明も美味しそうに食べてるじゃん」

「ぷぷっ」

「……なんだよ、杏」

「むしろ、お兄ちゃんの方が行きたいんじゃないの?」

「……そんなわけ」

「立英ちゃんはケバブ好き?」

「……聞いたことは有るけど、食べたことは無いかな」

「ご馳走してあげるよ」

「……いいの?」

「うん、一度食べてみてほしいな」

「……それじゃあ、頂こうかな」

「結構ボリュームあるから、私と分ける感じで良い?」

「うん、それで大丈夫」

「わかった! じゃあ買ってくるね」

「うん」

「……」

 ビーフもあるのか……

「ケバブサンド下さい!」

 ……少し食べたいな。

「ビーフでお願いします!」

 ……アイスキャンディ以降、何も食べてないもんな。

「六百円でーす!」

「これでお願いします!」

「ちょうど頂きまーす!」

「ソースはどうしますかー?」

「おススメでお願いします!」

「はい! ちょっと待ってね!」

「はい!」

「はい、どうぞー。ありがとうございまーす!」

「ありがとー」

「……」

「買ってきたよ!」

 ……旨そうだな。

「座って食べようか」

「うん、そうだね」

「あそこに座って食べよう」

「分かった」

「杏ちゃん、私たちあそこで食べてるね。欲しいのあったら買ってきていいよ」

「うん、分かった」

「……」

「どうしたのお兄ちゃん」

「……僕がどうかしたか?」

「さっきから挙動がおかしいから」

「……そんなことはないだろ」

「まあ、いつもおかしいけどさ」

 ……相変わらず、色々と酷いな。

「やっぱりケバブ食べたいんでしょ?」

「……違う」

「分かった、食べたいんだね」

「……違うと言ってるだろ」

「いや、絶対に食べたがってる」

「……そんなことはない」

「買ってきたらいいのに」

「……だから要らない」

「ああ、一人で食べると量が多いから気にしてるんだね」

「……何も言ってないだろ」

「私と分ける?」

「……いや、だから」

「まあいいや、食べたくないなら」

「……」

「でも私も、何か食べたいなあ」

「……」

「あ! タコ焼き!」

「……」

「ねえ、お兄ちゃん」

「……なんだよ」

「タコ焼き、ちょっと食べない?」

「……タコ焼きか」

「うん、一人で八個は多いよね」

「……じゃあ、ちょっと貰うよ」

「ありがとう! じゃあ買ってくるよ」

 ……この際、タコ焼きでも良いか。

「タコ焼き下さい」

「はいよ! 四百円です!」

「これでお願いします」

「ちょうど頂きます!」

「はーい」

「マヨネーズはかけるかい?」

「お兄ちゃーん、マヨネーズどうするー?」

「……かけた方が良いんじゃないか?」

「じゃあ、お願いします!」

「はいよ!」

「……」

「はい、どうぞ!」

「ありがとうございます」

「……」

「お兄ちゃん、買ってきたよー」

「……はい」

「私たちもあそこで食べよ」

「……そうだな」

「……屋台と言ったらタコ焼きだよねー」

「……そうだな」

 ……やっぱ、ケバブ食べたいな。


トコ……トコ……トコ……


「私たちも買って来たよー」

「なに買ったのー?」

「タコ焼きだよー」

「いいねー、お祭りって感じ」

「二人も要る?」

「いいの?」

「うん、私一人だと多いし」

「じゃあ、頂こうかな」

「どうぞー」

「立英ちゃんも貰ったら?」

「……じゃあ、頂こうかな」

「はい、どうぞー」

「……えっと、もう少しでケバブ食べ終わるから、その後貰うよ」

「分かったー、じゃあ先に食べてますねー」

「うん、ありがとう」

「じゃあお兄ちゃん、食べようか」

「……そうだな」

「串はこれ使って、ちゃんと四本貰って来たから」

「……気が利くな」

「……私はお兄ちゃんとは違うんだよー」

 本日の女性陣からの風当たりは、かなり強いようですね。初台さんはいつも通り、天使だけど。

「お兄ちゃん、先食べていいよ」

「……頂きます」

 串をタコ焼きにぶっ刺す。


もぐもぐ……


「どう?」

「……不味くはない」

「微妙な表現だね」

「……味は悪くないが、中身が少し硬いかな」

「そっか、私も食べてみよっと」


もぐもぐ……


「確かに、中があんまり柔らかくないね」

「……そうだろ」

「不味くはないけど」

「……だよな」

「まあ、こんなもんじゃないの」

「タコ焼き、美味しくないの?」

「美味しくないって程じゃないけど、そこまで美味しいわけでもない感じかなー」

「私も食べてみよっと」

「はい、どうぞ」

 杏は、タコ焼きのパックと串を目に手渡す。


もぐもぐ……


「こんなものじゃない?」

「まあ、こんなものだとは思うけど」

「可もなく不可もなくって感じはするけど」

「だよねー、ケバブはどうだった?」

「ケバブは普通に美味しかったよ。ね、立英ちゃん」

「うん、美味しかったよ、ご馳走様でした」

 初台さんは、ケバブの包装紙を綺麗に折りたたむ。

「立英ちゃんもケバブ気に入ったみたいだね!」

「うん、今度自分で買っちゃうかも」

「ふふっ、布教成功だね」

 ……芽愛のやつ、こういうネットスラング使っていたかな。

「……布教?」

「最近はこう言うみたいだよ。『推し』を布教するんだって」

「……推し?」

「知らない?」

 ……SNSやってなかったよな、芽愛。

「うん、分からない」

「自分の好きな物や人のことを『推し』って言うんだよー」

「なるほど、そうなんだね」

「うん、元はオタク用語らしいよ、アイドルとか、キャラクターとか」

「芽愛ちゃん、よく知ってるね」

「まあ、私もそこまでは知らないけどね、SNSとかでたまに目にするから、調べたことがあるだけ」

「SNSかあ」

「うん、私も最近始めたんだけどね、社会勉強的な感じで」

 ……なるほど、そういうことか。

「立英ちゃん、SNSはやってなかったっけ?」

「うん、私はそういうのやってないかな」

「そうなんだね」

「うん、スマホの操作自体、あんまり得意じゃないし」

「ああ、そう言えば、前そんな話してたね」

「うん、今時は必要だから、最低限、連絡先の交換とか、ネット検索は覚えたけどね」

 ……あの時、操作に不慣れに見えたのはそのためか。

「立英ちゃん、スマホはいつから持つようになったの?」

「高校入ってからかな、その後もなんだかんだで使う機会が少なくて」

「なるほどね」

「うん、たまにスマホの充電を忘れちゃうくらい。バッテリーがあんまりなくならないし、充電する習慣自体なくて」

 ……ああ、そういうことか。あの時の僕、今思えば滑稽だな。

「ふふん、そういうことねー」

「……あの、西ヶ原君」

「……えっ、僕ですか?」

「……はい」

「……なんでしょう」

「……あの時はごめんなさい」

「……あの時?」

「……はい、連絡先交換の時です」

「……済んだ話なんで、大丈夫ですよ」

「……まあ、そうなんですが、なんとなく……」

「……あの時も謝って貰ったんで、大丈夫ですよ。僕の方が悪いくらいですし」

「ふふっ、今思い返しても、あの時は驚いちゃいました」

「……ああ、あれは本当に面目ないです」

「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃないですから!」

「……初台さん、まだ怒ってると思いました」

「……え、私最初から怒ってませんよ?」

「……あ、すみません……冗談です」

「……もう! 本気に捉えちゃったじゃないですか」

「……すみません」

「……あ……私こそ、すみません!」

「……」

「……」

 ……しまった。場の勢いで冗談なんて言わなければ良かった。

「あ、立英さんもタコ焼き食べるんでしょ?」

「……あ、うん、いただきます」

「……どうぞー」

 ナイスだ、杏。

「はぁ……余計なことを……」

 ……あれ、今、芽愛が何かを呟いたような。

「味、どう?」

「……うん、普通な感じかな」

「まあ、そうだよねー」

 ……口直しになんか食べたいな……ケバブ以外で。

「お兄ちゃん」

「……なんだよ」

「残りのタコ焼き、全部食べて」

「……杏が買ったんだろ」

「お兄ちゃん、食べてくれるって言ったじゃん」

「……前提が変わった。そこまでバクバク食いたい味じゃない」

「私だってそうだよ」

「……それを僕に押し付けるのか」

「え、そうだよ?」

 いつものことだが、僕をなんだと思っているんだ。

「分かったよ、残り全部貰うよ」

「わーい、お兄ちゃん優しー」

「……心がこもってない」

「気のせいだよー感謝してるよー」

「……まあいい、よこせ」

「はい、どうぞー」

 残り四個のタコ焼き。これを一人で処理しなくてはならない。

「……あの」

「……え?」

「私、もう一個頂いても大丈夫ですか?」

「立英さん、食べるの?」

「うん、ダメかな?」

「いや、食べたいなら良いんだけど、良いの?」

「うん、十分美味しいし、貰えるなら貰いたいな」

「お兄ちゃん、分けてあげたら? そんなに食べたくないんでしょ?」

「……そうだな」

 そんなに食べたくないと分かってる人に、押し付けるなよ。

「では、食べていただけますか?」

「……あ、はい。頂きますね」

 ……これってもしかして助け舟、なわけはないか。

「……あ、お先どうぞ」

「……ありがとうございます」


もぐ……もぐ……


「……」

「あの、すみません。もう一個、良いですか?」

「……もう一個、ですか?」

「……はい、ダメですか?」

「……いや、あの……無理に食べなくても」

「……無理にじゃないので、大丈夫ですよ? 私が食べたいんです」

「……そう言うことであれば、どうぞ」

「ありがとうございます」

 ……やっぱり、助け舟なんだろうか。いや、自意識過剰だな。


もぐ……もぐ……


「……」

「ありがとうございました。もう大丈夫です」

 残り二個のタコ焼き。これでだいぶ楽になった。

「……いや、その、こちらこそありがとうございます」

「ふふっ……とんでもありません」

 ……いや、やっぱり助け舟なんじゃ。

「芽愛ちゃん、飲み物買いに行かない?」

「え、私?」

「うん、行こうよ」

「いや、でもなあ……」

「行きたくないの?」

「いや、そういうわけではないけど……」

 ……芽愛のやつ、一体どうしたんだ。

「……芽愛ちゃんが行かないなら、私が行くけど?」

「いいえ、立英さんは休んでいてください」

「いや、でも……」

「ほら、芽愛ちゃん」

「……まあ、そういう考え方もできるか」

 ……何を一人で、ブツブツ言っているんだろう。

「立英ちゃんは高明と一緒に休んでて、私たちが買ってくるから」

 ……どうして急に、乗り気になったのだろう。

「……じゃあ、お願いできる?」

「うん、立英ちゃんは何飲みたい?」

「どうしよっかなあ」

「私は、炭酸にしようかなあって思っているけど」

「炭酸かあ、ソーダとか飲みたいかな」

「了解! 高明はどうする? メロンソーダ?」

「……屋台にメロンソーダは売ってないだろ、多分」

「あ、そっか。じゃあどうする?」

「……僕も同じので良いよ」

「私はソーダとは決めてないよ?」

「……何にするんだ?」

「行ってから決める」

「……じゃあ炭酸系で、適当でいいよ」

「分かった、適当に買ってくるね」

「行こう、芽愛ちゃん」

「うん。じゃあ行ってくるね」

「はーい」

「……」

 祭りの雑踏に二人は入っていく。

「……」

「……」

 ……残りのタコ焼きを食べるか。


もぐもぐ……


 まあ、不味いわけではないんだが。やはり微妙だ。

「……ふう」

「……あの」

「……はい、なんでしょうか?」

「青のり、ついてますよ?」

「……青のり?」

「えっと……その……口の下に」

「あ、すみません……」

 しまった、これは不覚だ。

「……ええっと……これどうぞ」

「……いいんですか?」

「……はい、使ってください」

 ……初台さんはやはり天使だな、飲み物を買いに行った女性陣たちとは違うね。

「……では、使います」

「……はい、どうぞ」

 初台さんから、ティッシュを受け取る。

「…………メロンソーダ……好きなんですね」

「……え? メロンソーダ?」

「はい、さっきも話してましたよね、芽愛ちゃんと」

「……いや、そんなに」

「え、でも……高明はメロンソーダが好きだって……」

 ……いや違う、ただの引用だ、

「あ! その……ごめんなさい。芽愛ちゃんがそう言ってたんです」

 ……ほら、やっぱりそうだ。

「……すみません、嘘つきました」

「……え?」

「いや、その……メロンソーダ、好きですよ」

「……そうですか。聞いていた……通りですね」

「……芽愛、そんなこと言ってたんですね」

「……あ、はい。以前、ジュースを買う時に言ってました」

「……よく、遊びに行ってるみたいですね」

「芽愛ちゃんから……聞いたんですか?」

「……はい、よく聞きますので」

「休日、たまに誘ってくれるんですよ」

「……そうなんですね」

「はい、私遊ぶ友達がいないので、助かってます」

「……確か、前にもそんなこと言ってましたね」

「はい、やっぱり生徒会活動とかあると、そういう機会が絞られちゃって」

「……なるほど」

「それに……」

「……」

「……自分から誘うのって、正直苦手なんですよ」

「……そうなんですね」

「……はい、相手の都合とか考えちゃって、自分からは言えません」

 ……初台さんでも、そういう感じなんだな。

「だから、芽愛ちゃんには感謝してます。連れ出してくれる人、他にはいないので」

「……なるほど、そうだったんですね」

「……はい、ありがたいです」

「……そうですか」

「はい……」


ワイワイ……ガヤガヤ……


「…………それにしても、二人とも、遅いですね」

「……そう、ですね。飲み物買うだけにしては遅い気が」

「……私、ちょっと連絡してみます」

「……え、あ、はい……お願いします」

 ……僕と二人きりなんて、やっぱり嫌なのかな。


プルルルル……プルルルル……


「……出ませんね」

「……電波、悪いんですかね」

「……それも、あるかもしれませんね」

「もう少し、待ってみましょう」

「……はい」

 ……いやはや、話題が思い浮かばない。頭の中が真っ白だ。


       ※ ※ ※


「お待たせ! 途中で目ぼしいものあったから、遅くなっちゃった」

「……あ、おかえり、芽愛ちゃん」

「……」

「あれ……二人とも、どうかした?」

「……どうもしない」

「そう、なら良いけど」

 ……あれから何分、無言の中を待ったのだろう。

「はい、立英ちゃんはサイダー」

「ありがとう、芽愛ちゃん」

「高明もサイダー」

「……どうも」

「そして私もサイダー」

「……結局みんなサイダーか」

「うん、夏と言えばサイダーって感じしたから」

「……あれ、杏ちゃんはどうしたの?」

「ああ、杏ちゃんは学校の友達と出くわして、そっちに合流したよ」

「そうなんだね」

「うん、立英ちゃんに伝えといてだってさ」

 ……僕には何もないのか。

「高明には、何も言及無かったよ」

「……やっぱりな」

「まあ、それは置いといて、みんなでこれ食べようよ」

「……え?」

「ケバブボックスだよ」

「……またケバブか」

「違う種類のケバブだよ?」

「……ケバブはケバブだろ」

「屋台も違うよ?」

「……まあ、いいや」

「立英ちゃん、もうケバブは嫌?」

「ううん、もうちょっと食べたいなって思ってたところ」

「うんうん、布教の成果を実感するね!」

 ……布教、なあ。

「でも、ケバブボックスって何?」

「パンで包ますに、箱に入ってるケバブだよ」

「箱?」

「ほら、これだよ」

 肉々しい香りが広がる。

「ポテトも入ってるんだね」

「うん、そうだよ。みんなで食べるなら、こっちの方が便利でしょ」

「確かに、そうかもしれないね」

「高明もケバブ食べたかったんでしょ?」

「……そんなこと言ってない」

「杏ちゃんがそう言ってたから、買って来たんだよ」

「……また勝手なことを」

「要らないの? 要らないなら二人で食べるけど」

「……いる」

「じゃあ食べてもいいよ」

「……はい」

 ……全く、最近はずっとこんな感じだな。


       ※ ※ ※


「やっぱり、ケバブって最高の食べ物だね!」

 そんなわけ……いや、旨かったけど。

「サンドになってないのも有りだね、美味しかった」

「だよね、素材本来の味って感じ」

「サイダーとの相性も良かったね」

「確かにそうだねー」

 ……てか、飲み食いばかりだな。いや、金魚すくいとかは虐待チックだから絶対にやるつもりは無いし、クジにしても当たりなんて入ってないだろうから、絶対にやらないんだが。


ドン!


「あ! 花火かな?」

「そうみたいだね」

「方角的に、あっちの方が見えやすそうだよー、場所移ろうよ」

「そうだね」

「……」

「高明はそこで待ってる?」

「……いや、行くよ」


       ※ ※ ※


「はあ、終わっちゃったー」

「綺麗だったね」

 ……いかん、初台さんに気を取られて、花火どころじゃなかった。

「でも、屋台で美味しいもの食べて、花火見て、日本の夏って感じ」

「そっか。芽愛ちゃん、しばらく日本のお祭り出てないもんね」

「うん、子供のころ以来だから、逆に新鮮な感じ」

 そう考えると、僕も芽愛も祭りの記憶に関しては大差ないのか。どうでもいいけど。

「はあ、楽しかった。後悔ない夏祭りだったよ」

「それは良かったね」

「うん!」

 そうか、花火も終わったし、もう帰り時なのか。

「よし、じゃあ今日はここらへんでお開きかな?」

「そうだね」

「……そういえば、杏ちゃんはいいの?」

「多分勝手に帰ると思うけど、夜道を一人で帰すのも良くないね。連絡してみるよ」

「……うん」


プルルルル……プルルルル……


「あ、杏ちゃん?」


「うん、帰りはどうするの?」


「あ、そう。分かった。じゃあいったん集合で、はい、それじゃあまた後で、はーい」


プー……プー……プー……プー……

 

「一旦、私の家に集合。そっから帰るって」

「……わかった」

「じゃあ、行こうか」

「うん」

 ……花火が終わったからか、周囲の人も帰り支度を始めているようだ。

「ほら高明、置いて行くよ」

「……言われなくても行くよ」

 ……ほんの数秒で言わなくても良いじゃないか。こいつ、絶対に僕のこと気にしてるだろ。自意識過剰なわけが無い。


       ※ ※ ※


「ごめんね、立英さん。途中で抜け出しちゃって」

「ううん、大丈夫だよ」

「お兄ちゃんが迷惑かけなかった?」

「……そんな、迷惑だなんて」

「ならいいけど、お兄ちゃんが迷惑なことしたら、遠慮なく私に相談してね」

「……うん、ありがとう」

 ……何も言うまい。

「あ、高明」

「……なんだよ」

「お父さんいるみたいだけど、挨拶してく? 来たよーって」

「……いや……そうだな、一応声を掛けておこう」

「じゃあついてきて」

「……杏はいいのか?」

「私は良いんだよ、いつも来てるし。お兄ちゃんは滅多に来ないでしょ?」

「……まあ、そうだな」

「ほら高明、おいで」

「……ああ」


       ※ ※ ※


「……どうもです」

「こんばんは、高明君」

「……ええっと、来ました」

「ありがとう、本当に来てくれるとはね」

「でも高明、最初は来る気なかったんだよ?」

「そうなのかい?」

 ……全く、余計なことを。

「いや、それは……その」

「好きな娘に釣られて、やっと来たんだから」

「……何を言うんだ」

「え? 立英ちゃん目当てで来たんでしょ?」

「……違う」

「まあ、良いじゃないか芽愛。動機はなんだってかまわないよ」

「お父さんがそれで良いなら、構わないけど」

 ……おじさん、流石は大人の対応だな。

「それで、今日は楽しめたかな?」

「……まあ、それなりに」

「それなら良かった。なによりだよ」

「……はい」

「まあ、祭りじゃなくても、気が向いたらまた来てくれ」

「……分かりました」

「それじゃあ、夜も遅いし、あんまり時間も取らせるのも悪いから、これくらいで」

「……あ、はい、ありがとうございました」

「それじゃあ、一旦戻ろう。高明」

「……ああ」


       ※ ※ ※


 芽愛の家の玄関。

「今日はありがとう、立英ちゃん」

「ううん、こちらこそありがとう」

「また誘うね」

「はい、お願いします」

「杏ちゃんもありがとう」

「まあ、殆ど別行動だったけどね」

「まあ、それはそれとしてだよ」

「……」

「高明は……ま、いいや」

「……」

 なんだろう、この世界は僕に対して冷たいね。

「ということで、解散!」

 ……何も言うまい。何も言うまい。

「立英ちゃん、一人で帰れる?」

「大丈夫……だとは思う」

「ちょっと心配だなー、念のため、途中まで杏ちゃんたちと一緒に帰ったら?」

「いや、でも……」

「私は一緒で良いよ、立英さん」

「杏ちゃんはこう言ってるけど、どうする?」

「……それじゃあ、お願いできるかな?」

「はい、よろしくお願いします」

「じゃあ杏ちゃんと帰るってことで、これで心配なしだね」

「でもさ、ちょっと大げさじゃない? 芽愛ちゃん」

 僕も少し思っていたことを、杏が質問する。

「そんなことないよー、夏祭りの日の夜道で浴衣姿とか、割と危ないと思うよ」

「……そっか、そこまで考えたこと無かったけど、確かにそうかもしれないね」

「うん、帰るまでが遠足。誘った人間としては、帰り道まで保証しなきゃ無責任だし」

「芽愛ちゃん、変に責任感強いね」

「そんなこと無いと思うよ? これくらいのエスコートはしなきゃいけないと思うし」

「普通はそこまでは考えないと思うよ? あ、否定したいわけじゃないけど」

「まあ……我ながら、やりすぎな気もしなくはないけど」

「でも、芽愛ちゃんのそういうところ、好きだよ」

「そう? ありがとー、杏ちゃん」

「あ、なんか長話になっちゃってゴメンね、これで本当に解散にしよう」

「うん、そうだね」

「じゃあ皆さん、帰りましょう!」

「あ、立英ちゃんのことお願いね」

「はーい、任されました」

「……高明もまあ、じゃあね」

「……ああ」

 ……僕は『まあ』か。


ガラガラガラ……


「さあ、帰りましょう!」

「……うん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

「……」

「ほら、お兄ちゃんも行くよ」

「……ん、ああ」

「非常事態にはお兄ちゃんが必要なんだから」

「……非常事態?」

「うん、唯一の男手なんだから、いざという時にはお兄ちゃんが私たちを守るんだよ」

「……お願いされたのは杏じゃないか」

「まあ、そうだけど……」

「……僕は何も言われていないぞ」

「いや、でも……」

「芽愛はなにも……」

「……ああ、芽愛ちゃんが何も言わなかった理由が今分かったよ」

「……え?」

「何でもない、行くよ」

「……ああ」

「立英さん、行こ!」

「あ、うん」

「……なんだかな」

 浴衣の二人が先行するので、後ろから付いていく。

「あれ、立英さんのお家ってどこでしたっけ」

「えっと……木戸町の近くだよ」

「木戸町近いんだー、羨ましいなー」

「うん、買い物とかは便利かもね」

「そうだよねー、ショッピングモールもあるでしょー」

「うん、すぐ近くにあるよ」

「良いなー」

 ……まあ、僕たちの家からもそんなに遠くないけどな、木戸町。

「ということは、電車で帰る感じですか?」

「ううん、バスのが近いかな。微妙に駅から距離あるし」

「なるほど、『岡田駅』のバス停から乗れば大丈夫?」

「うん、来るときも岡田駅のバス停から歩いてきたんだ」

「じゃあ、駅のバス停目指そう!」

「うん、よろしくね」

 若干遠回りになるが、まあ良い散歩だろう。

「……あ、西ヶ原君も、よろしくお願いしますね」

「あ、はい、よろしくお願いします……」

「立英さん、お兄ちゃんは良いんだよ。芽愛ちゃんに言われてないから」

「まあ……そうだけど」

「私と仲良く行こうね」

「……あ、うん」

 ……まあ、こうなるのか。


       ※ ※ ※


 そこからは、談笑する二人の後ろについていき、気が付けば駅前に到着。僕が初台さんと話すことは無かった。

「到着だね」

「うん、ここまでありがとうね」

「いいえー」

「じゃあ、バス来てるし、ここで」

「今日はありがとうございました!」

「こちらこそ、ありがとうございます」

「……」

「……あ、西ヶ原君も、今日はありがとうございました」

「……あ、はい。こちらこそ、ありがとうございます」

 初台さんは、路線バスに乗り込む。

「……さっきまでの祭りの喧騒が、嘘のようだな」

 バスターミナルは割合疎ら、みんなここからは帰らないのかな。

「お兄ちゃん、何か言った?」

「……いや、なんでもない」


『ドア、閉まりまーす!』


 バスのドアが閉まる音が、別れを実感させる。

「ばいばーい!」

 バスの後部座席に座る初台さんに手を振る杏、手を振り返す彼女。


ブウウウウウンッ……


 ……行ってしまった。

「はあ、バス行っちゃった」

 ……もう少し、話しかけても良かったのだろうか。

「楽しかったなあ、立英さんとのお祭り」

 ……いや、まさに後の祭りだな。

「まあいいや、帰ろうお兄ちゃん」

「……ああ」

 ……このまま、夏が終わってしまって良いのだろうか。


……

…………

……………………



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