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第8話「割と人生ってどうにかなる」

万事休すか? 初台さんとの連絡先交換に失敗した主人公の高明は、自室に引きこもり、学校をサボってしまう。そんな高明のところに、ある人物が来訪する……

「……朝か」

 カーテンの隙間から、日光が入ってくる。

「……六時」

 でも、もう眠たくはないな。就寝時間が早すぎたか。

「……今日は休んでいいんだったな」

 厳密には休んではいけないが、既に休める体制は整っているので、休まない手はない。

「……顔、合わせたくないしな」

 ……昨日の今日だ。とてもじゃないが、初台(はつだい)さんに顔向けできない。学校に行ってしまえば顔を合わせる可能性もある。

「……どうしよう」

 休むのに、当たり前のように朝食を食べるわけにはいかないし、散歩をするわけにもいかない。

「寝るしか……」

 いや、睡眠欲は既に満たされている。

「うーん……」

 ……勉強するのもおかしいしな。

「……スマホをいじりつつ、寝ているふりをするしかないか」

 スマホ画面を開く。

「そう言えば……」

 昨日のDMのやり取りでも見てみるか。

「……」

 ……なんだろう、かなり気持ちが悪い文章。我ながら、見るに堪えない。

「……これはこれで、学校に行きづらいな」

 スマホの電源を切る。

「……もういい、目を閉じていよう」

 案外、できることってないんだな。


       ※ ※ ※


「お兄ちゃん」

「……」

「お兄ちゃん、入るよ!」

「……」

 ドアの開く音が聞こえる。

「起きてる?」

「……」

「今日、学校行かないんでしょ?」

「……起きてるとは言ってない」

「起きてるじゃん」

「……」

「……学校への連絡諸々は、こっちでやっておくから」

 ……なんだろう、あまりにも用意が良すぎる気がする。不登校に対して、なんで何も言わないんだ。

芽愛(めい)ちゃん来るだろうから、よろしくね」

 ……あまりに、僕に対して甘すぎるんじゃないか?

「じゃあ、そういうことで」


……バンッ!


「……考えすぎかな」


       ※ ※ ※


高明(こうめい)

「……」

「入るよ、高明」

 ドアの開く音が聞こえる。

「高明、起きてる?」

「……」

「……起きてないか」

 芽愛は、僕の勉強机の椅子に腰かける。

「……なんで僕の部屋に来るんだ」

「やっぱ起きてたか」

「……」

「私一人、リビングいてもおかしいでしょ。今日は一日、ここにいさせてもらうよ」

「……勝手にしろ」

 ……まあ、無理やり追い出せる玉じゃないしな。


       ※ ※ ※


「始業時間か」

「……」

「今頃、朝の会始まるんだなあ」

「……」

「ちょうど、私と高明の休みがみんなに伝わってる頃だね」

「……行きたいなら行けばいいだろ」

「私は別に行きたくないよ?」

「……僕も行きたくない」

「うん、知ってる」

 ……狙いは、何だ?

「あ、そうだ。えっちな本はどこに隠してるの?」

 ……まさか、それが目的なわけないよな?

「ねえ、高明」

「……教えると思うか?」

「ううん、思わない」

「……じゃあ、諦めてくれ」

「うん、勝手に探すよ」

 芽愛は、椅子から立ち上がる。

「……いや、勝手に部屋をいじりだすな」

「教えてくれないんでしょ?」

「……教える方がおかしいだろ」

「……そうかなあ」

「そうだろう」

「まあ、そうだね。よく考えたら」

「……よく考えなくても、分かりそうなものだが」

「でも良かったよ。思ったより全然元気そう」

 ……ほら、さっきのは本心なんかじゃない。芽愛はそういうことをしない。

「……元気なわけないだろ」

「連絡先貰えなかったから?」

「……」

「そんな大したことかなあ」

「……」

「たかが連絡先でしょ?」

「……うるさい」

「はいはい、もう言わないよ」

 ……やっぱり、引き際が早い。


       ※ ※ ※


 あれから一時間。何もせず、布団をかぶっているだけだと、時間が経つのが遅く感じる。

「へえ、あの小説、ドラマ化するんだね」

「……」

「ふーん、あの政治家、辞職したんだあ」

 まるで、自分の部屋にいるかのようにくつろいでいる……

「あ!」

「……」

「あ!」

「……」

「あ!」

「……なんだよ」

「ん、独り言だよ?」

 ……絶対そんなわけない。

「……で、どうした?」

「独り言だって言ったじゃん、高明が気にすることじゃないよ」

「いや、でも……」

「そんなに気になる?」

「……そういうわけじゃないが」

「じゃあ、話さない」

「……気になる」

「そういうことなら、話すよ」

 全く、面倒な手間を……

「スマホの電気の残量、無くってさ」

「……まだ朝だぞ」

「昨日、充電、忘れちゃってさ」

「……充電」

「うん。高明、充電器貸してくれる?」

「……まあ、それは良いけど、端子同じなのか?」

「多分同じでしょ、知らないけど」

「……机の引き出しにスペアの充電器がある」

「高明、スペアなんて持ってるんだね」

「……まあな」

「どこ?」

「……待て、僕が出す」

「ん? うん」

 ……勝手にあちこちを弄られてはたまらない、

「……よいしょ、っと」

「高明、おじさんみたいだね」

「……うるさい」

「はいはい」

 芽愛が腰かけている机に向かう。

「……あれ」

 机の上の芽愛のスマホ画面が目に入る。

「……芽愛」

「ん?」

「……充電、無いんじゃないのか?」

「……」

 ……電気残量、確かに90%位に見えた。

「ごめん、嘘ついた」

「……え?」

「嘘ついてごめんね、充電あるんだよ」

「……何の意味が」

「ごめん、意味はない」

「……そんなわけ」

「とにかくなんでもない、ごめんね」

 全く解せない。嘘をつく必要性が分からない。

「……充電あるんなら、充電器は必要ないな」

「うん、ごめんね」

 ……分からない。

「……まあ、これくらいじゃ足りないか」

「……なんか言ったか?」

「ううん、なんでもない」

 ……絶対、なんか裏がある。そもそも、最初から色々とおかしい気がする。

「それにしても、立英(たかえ)ちゃん驚いてたなあ」

「……なんのことだ」

「昨日、部室に戻ったとき、立英ちゃん驚いてたなあって」

「……おかしい」

「ん?」

「……初台さんが驚くのはおかしい」

「そうかな?」

「……そもそも、なんで今、初台さんの話をしたんだ?」

「特に意味は無いよ」

「……うーん」

 初台さんは、僕からの連絡先交換を断った。だとすれば、僕が急に部室に出て行ったとしても、不思議には思わないはずだ。

「……本当に驚いていたのか?」

「本当だよ、さっきみたいな嘘じゃないよ」

「……そうか」

 まあ、わざわざ嘘をつく意味はないだろう……だが本当に、特に意味がないのだろうか。

「まあ、固定観念を疑うこと自体は大事だよね」


…………

………………


 固定、観念?

「…………固定観念ってなんだ?」

「ん? 言葉通りだよ」

「……そうか」

「うん」

 ……固定観念。

「……」

 ……まあ、僕には関係ないな。もういい、もう一度寝るか。


       ※ ※ ※


「んん……」

「あ、高明、起きたんだね」

「……そうか、寝ていたのか」

「うん、一時間くらい」

「……となると、十一時前か」

「うん、それくらい」

 ……あれ、寝る前に何かを考えていたような。

「……うーん。流石に、することなくなってきたなあ」

 ……固定観念について、考えていたんだったな。

「……いや、すること無いというのは思い込みかもしれない!」

 ……なに一人で盛り上がっているんだろう。

 ん? 思い込み……そもそも僕は何で、学校を……

「私も寝ようかなあ」

 そうだ。昨日、初台さんに連絡先交換を断られ……

「うーん、どうしようかなあ」

 ……断られて、色々嫌になって……

「迷うなあ」

 ……

「いや、もっと意外性のある暇つぶしがあるかもしれない!」

「……さっきから一人で何を言っているんだ」

「ん? 暇つぶしどうしようかなあって、もう、色々やり尽くしちゃって」

「……やり尽くしたなら、もうやれることは無いんじゃないか?」

「まあ、確かにそうだけど。万に一つくらいの確率で、思い付いていない暇つぶしがある可能性もあるじゃん」

「……限りなく低いだろう」

「まあ、低いかもしれないけど、可能性は可能性だよ。諦めなければ、その低い可能性に辿り着けるかもしれない」

「……そんなわけ」

「試してみなよ」

「……何を?」

「それは知らない。高明が何かをやり尽くしちゃったときに、試せばいいんじゃないかってこと」

「……そんな都合よくあるわけ」

 ……いや、ある。僕は初台さんに連絡先交換を断られたはずだが、色々と腑に落ちないことがある。

「まあ、そのうちあるんじゃないの」

 万に一つ、万に一つにもあり得ないと思うが、仮に、初台さんが連絡先交換を断ってないとすると……いや、なんでこんな訳の分からないことを考えているんだ。そんなこと、あり得るわけが……

「ふふっ、王手……かな」

「……ん、王手?」

「あ、将棋ゲームとかどうかなあって」

「……なんだ、暇つぶしの話か」

「うん、なんだと思ったの?」

 ……いや、でも万に一つの話だ。連絡先交換を断られたという事実を否定するものではない。万に一つとして、一回考えてみるだけ。

「うーん、どのアプリが良いのかなあ」

 初台さんは断ってない……断ってない、と仮定する。あくまでも……仮定、仮定の話。あり得ないけど、万が一の話として……

「暇つぶし程度に、有料アプリは嫌だなあ」

 えーっと、仮に断ってないとすると…………どうなるんだ。

「よし、これインストールしてみよう」

 うーん……

「驚いた、このアプリ操作性悪すぎ」

 ……ん、驚いた?

「……いま、驚いたって言ったのか?」

「うん、かなり操作性が悪くてさ、こんな将棋ゲームあるんだなあって」

 ……驚いたって言えば。

「アンインストールして、別のアプリにしてみよ」

 ……アンインストール……別のアプリ……

「あ、このアプリ、評価☆1じゃん。道理で操作性悪いわけだよ」

 ……評価……そうか、初台さんは、僕が生徒会室から急に出ていくという行動に対して、いわば『驚く』という評価を下したのだ。さっきの仮の前提で考えてみると……

「いや、でもそもそも、アプリばっかりやっていたら、充電が本当に無くなっちゃうんじゃ……」

 ……充電……充電……充電が、無い……

「やっぱり、寝るというのが答えかもしれない!」

 ……答え……そうか、これが答えか。

「芽愛……」

「ん、どうしたの? 高明」

「……充電が、無かったんじゃないか?」

「…………なんのこと?」

「……誤魔化すな。初台さん、スマホの充電が無かったんじゃないか?」

「知らなーい」

「おい、そんなわけ……」

「だって私には関係ないもん、高明の都合でしょ」

「いや……でも」

「……まあ、実を言えば答えは知ってるけどさ」

「……じゃあ」

「それでもやっぱり、私には関係ないんだよ。これはあくまでも、高明の問題なんだから」

 今思えば、芽愛の挙動不審な行動のあれこれは、この答えに導くためだったように思うが……

「そんなに答えが気になるなら、自分で実際に試してみればいいじゃん。私には関係ないから、正直どっちでもいいけど」

「……試す?」

「うん。もう一度、連絡先交換をお願いしてみたらいいんだよ」

 だが、これはあくまでも、万が一の推測。推測が不発に当たった場合、またお願いしに来た空気の読めない人間だと思われてしまう。

「まあ、高明の自由だから、試すも試さないも、私には関係ないけどね。全く、私の利益にはならないわけだし」

「……いや、そんな言い方しなくても」

「なんで私が、高明のことをお世話しなくちゃいけないの?」

「……」

「私には関係ないよね?」

 ……そう、芽愛は関係ない。

「……ああ、わかったよ」

「……それでよし」

 答えを知りたいならば、自分で実際に試してみるしかない。

「よし、じゃあ寝ようかな」

 いやでも、もし見当外れだったら……

「あ、でもベッド一つしかないんだね」

 家にいても、すること無いし……

「……僕学校行くから、ベッド使ってもいいぞ」

 ……まあ、可能性で考えたら、そんなに悪い勝負じゃないはずだ。

「そっか、じゃあ私も学校行こうかな、することもないし」

「……寝てればいいだろ」

「まあそうなんだけど、いくら高明とは言っても、同年代の男子のベッドに寝るのはまずいでしょ」

「……それも、そうだな」

「あと、できれば寝たくなかったんだよ。夜眠れなくなるし」

「……そうか」

「私も一緒に行くよ」

 ……まあ、一人で行くよりも行きやすいか。

「あ、そうだ……」

「……ん?」

「学校行く前にご飯食べない?」

「ご飯?」

「うん。高明、朝食食べてないでしょ」

「……うん」

「お弁当作ってきたからさ、一緒に食べよう」

「……お弁当」

「うん、お弁当」

 ……確かに、よく考えたら空腹だ。

「……じゃあ、頂こうかな」

「ここで食べる?」

「……まあ、ここで良いんじゃないか」

「分かった、ちょっと待ってね」


ごそごそ……


「……鞄なんか持ってきてたんだな」

「……今更? 最初からあったよ」

「……見てなかった」

「……まあ、仕方ないか」

「……」

「ほら、こっちで食べるよ」

「……ああ」

 芽愛は、座卓の上に、二つの弁当を置く。

「高明、トンカツ好きでしょ?」

「……トンカツ?」

「うん、トンカツが入ったお弁当だよ」

「……うん、好き」

「よかったあ、トンカツ好きかなあって思って」

「……わざわざ揚げたのか?」

「ううん、流石に冷凍食品だよ」

「……なるほどな」

「まあ、最近の冷凍食品って美味しいし」

「……そうなのか?」

「うん、下手に自分で作るよりも美味しい」

「……それは流石に、言いすぎじゃないか?」

「そんなこと無いよー、美味しいんだから」

「……そうか」

「うん、ほら、早くこっち来て」

「……はいはい」

「『はい』は一回だよ、高明」

「……分かったよ」

「よくできました」

「……子ども扱いするな」

「なんか言った?」

「……なんでもないよ」

「ならいいけど」

「よいしょっ……と」

「やっぱり、おじさんくさいよ?」

「……うるさい」

「はいはい」

「『はい』は一回なんじゃないのか」

「あ、ごめん」

「……いや、謝らなくてもいいけどさ」

「気を付けるよ」

「いや、そこまでのことじゃ……」

「自分で言った以上、私がそうしないのはブーメランでしょ」

「……まあ、そうだが」

「一貫性は大事だもんね」

「……そもそも、芽愛に一貫性なんてあるのか」

「知らない。でも、一貫性があるようにしたいとは、いつも思ってるよ」

「……そうか」

「うん」

「まあ、そんなことより、お弁当食べよ」

 座卓の上の弁当は、既に蓋が開いている。

「筑前煮と……ひじきか」

「うん、煮物嫌いだっけ?」

「嫌いじゃないけど……」

「ん?」

「……なんか田舎くさいというか」

「えー、そんなことないよー」

「……嫌いではないよ」

「そういう問題じゃないよ」

「……どういう問題だ?」

「もういい。ほら、これ箸」

 ……割り箸を渡される。

「……どうも」

「あと、これ……トンカツ用のソース」

「……ありがとう」

 小さなパックに入ったソースを渡される。

「珍しい」

「……え?」

「高明、『ありがとう』だなんて言わないし」

「……そんなことないだろ」

「そんなことあるよー。いつも、『ありがとう』とはまず言わないよ」

「……そうかな」

「うん、絶対そう」

「……分かった」

「分かったって?」

「……これからは、『ありがとう』って言うようにするってこと」

「えー」

「……なんだよ」

「ふふっ、なんでもなーい」

「……全く」

「ほら、トンカツ美味しそうでしょ」

「……思ったよりも大きいんだな」

「うん、しっかりしてるでしょ」

「……そうだな」

「じゃあ、食べようか」

「……うん」

「いただきます!」

「……頂きます」

「まず、煮物からね」

「……分かってるよ」

 筑前煮の蓮根に箸を付ける。

 

シャキ……シャキ……


「……旨いな」

「でしょー」

「……芽愛が作ったのか?」

「ううん、昨日お父さんが煮たの。夕飯の余りだよ」

「……お父さんがご飯作ってるのか」

「うん、英国行く前からそうだよ」

「……世間的には珍しいよな」

「そうかもしれないね」

「……」

「……どうかした?」

「いや……その」

「ハッキリ言いなよ」

「……ごめん……」

「なにが?」

「……いや、田舎くさいって言っちゃってさ」

「……ああ、それか」

「……ちょっと無神経だった」

「高明が無神経なのはいつもだし、大丈夫だよ」

 確かに僕は、無神経な人間なのかもしれない。

「まあ、田舎くさいってのも一理あると思うし」

「……そうか」

「うん、そんなことはいいんだよ。食べよ」

「……ああ」

「ほら、トンカツ食べてみなよ」

「……でも、冷凍は冷凍なんじゃないか?」

「騙されたと思って食べてみて」

「……ああ」

 小包のソースを、円状の二つのトンカツの上に回しかける。

「……それでは」


……もぐ……もぐ……もぐ……


「……どう?」

「……旨いな」

 意外なことに、中身は肉厚。そこに衣もソースが絡み合い、絶妙のコンビネーション。


……もぐもぐ……もぐもぐ……


 ……米を掻っ込まずにはいられない!


「ふふっ、よっぽど美味しいんだね。よく噛むんだよ」

「……わはっへるよ」

「食べながら喋らない」

「……(はいはい)」

「まあ、美味しいなら良かったよ。お茶、いる?」


ゴクッ……


「……頂く」

「はい、どうぞ」

 芽愛は、水筒の蓋に中身を注ぐ。

「どうも……いや、ありがとう」

「いいえ」


ゴクッ……ゴクッ……


「……麦茶か」

「口に合わない?」

「……いや、これでいい」

 口の中に広がるトンカツの油が、洗い流される。


ゴクッ……ゴクッ……


「一気に飲まない方が良いよ」

「……分かったよ」

 次は、ひじきでも食うか。


もぐ……もぐ……


「……味が染みていて旨いな」

「これもお父さんだよ」

「……そういえば昔、芽愛のお父さんに、揚げ餅を作って貰ったことがあったな」

「ああ、昔は良く揚げてたね。最近は食べてないなあ」

「……今は作らないのか」

「うん。揚げ物自体、まずやらないかなあ」

「……揚げ物って、油の処理が面倒な印象あるな」

「そうだね、最近はスーパーの総菜で済ませる人も少なくないみたいだし」

「……芽愛の家は、揚げ物自体出てこないのか?」

「ううん、出てくることもあるかな。でも揚げてるの見ないし、うちも総菜かもね」

「……そうか」

「高明は?」

「……え?」

「高明の家はどうなの?」

「……うちも似たような感じだな」

「日本の食卓の記号化が心配になってくるね」

「……どういうことだ?」

「どの家庭も、総菜に頼るようになって、食卓の多様性が失われていくんだよ!」

「……それ言い出したら、調味料とか油もそうなんじゃないか」

「まあ、それもそうだね」

「……」

「でも、料理自体は手作りの方が温かみあるじゃん」

「……冷食、推してたじゃないか」

「食卓の記号化自体を否定してるわけじゃないよ?」

「……そうか」

「うん、バランスが大事だって話」

「……バランスか」

「バランスは何事にも大事だよ!」

「……そうか」

「うん!」

 ……さて、残りを食べてしまおう。


       ※ ※ ※


「……ふう」

「ごちそうさまでした!」

「……ごちそうさまでした」

「あ、高明!」

「……なんだ」

「デザートもあるんだよ」

「……デザート?」

「うん、果物切ってきたの」

「……バナナか?」

「ううん、オレンジだよ」

「……オレンジか」

「てかなんでバナナ?」

「……悪い思い出があるからだ」

「ああ、そういうことね。ふふっ、バナナのが良かった?」

「……なんでそうなる、ごめん被る」

「バナナ自体は嫌いじゃないでしょ?」

「……まあ」

「今思えば、ちょっと強引すぎたかな。あの時はごめんね」

 ……謝られても困る。

「オレンジならいいでしょ?」

「……別にバナナでもいいけど」

「でもオレンジしかないよ?」

「……じゃあ、オレンジで良いよ」

「オレンジ好き?」

「……好きでも嫌いでもない」

「オレンジはビタミン有るから、健康に良いんだよ」

「……そうか」

「ビタミン取った方が疲れなくなるらしいし」

「……なるほど」

「最近は、ビタミン接種用のミックスジュースとか売ってるくらい」

「……ビタミンの素晴らしさは分かったから、早くオレンジを出してくれ」

「あ、ごめん。今出すよ」

 芽愛は、鞄の中に手を突っ込む。

「はい、どうぞ」

 取り出した箱のふたを開ける。

「……結構切ったんだな」

「うん、一個分」

「……食べられるかな」

「お腹いっぱいなの?」

「……少し」

「二人いるんだから大丈夫だよ」

「……まあ、そうか」

「うん、とにかく食べよう」


       ※ ※ ※


「……ふう」

「普通に食べられたでしょ?」

 オレンジが入っていた箱の中には、二人で食べ尽くしたオレンジの皮が入っている。

「……そうだな」

「これで高明も健康体だね!」

「……たかがオレンジくらいで健康になれたら、世話ないだろ」

「されどオレンジだよ、ビタミン取ってるかどうかで、一日のパフォーマンス変わるんだから」

「……ちなみにそれ、誰が言ってたんだ?」

「お母さんだよ。仕事忙しい時にはビタミンを積極的に摂取するようにしてるし、実績はある話だよ」

「……なるほどな」

 まあ、それなら覚えておいてもよさそうな話ではあるな。

「さて、片付けたら学校行こうか」

「……そうだな」

 芽愛は、弁当箱やオレンジの入れ物を片付けていく。

「着替えとか必要だから、一回、うちに寄っていい?」

「……そうか、制服着てないのか」

「えー、今更だよー。学校行かないって話だったから、当たり前でしょ?」

「……それもそうだな」

「もう、なんだかなあ」

「……えーっと、その服、なんて言ったっけ?」

「服?」

「……うん、芽愛が着てる服」

「えー、そんなことも知らないの?」

「……知らん」

「ワンピースだよ、ワンピース」

「……ああ、確かそんな名前だった気がする」

「ワンピース知らなかったの?」

「……言われてみれば、という感じだな」

「もっとファッションに関心持った方が良いんじゃない?」

「……服の名前が生活に必要なのか?」

「……まあ、今はとりあえずいいや」

「……?」

「よし、片付いた。高明、制服に着替えるでしょ?」

「……ああ、うん」

「部屋、出てるね」

「……ありがとう」

「いいえー」


バタン!


「……さて、着替えるとするか……」

 

       ※ ※ ※


「準備OK?」

「……OK」

「教科書とかも大丈夫?」

「……午後の授業の教科書とノートは入ってるよ」

「なら大丈夫だね」

「……ああ」

「じゃあ、出発」

「……うん」

 二人揃って、家を後にする。


       ※ ※ ※


「まずは私の家だね」

「……高橋神社か」

「あれ、私が帰ってきてから、高明ってうちに来たことあるっけ?」

「……いや、数年単位で行ってないと思う」

「えー、お祭りとかあったでしょ?」

「……人混みが嫌だから、行くのをやめたんだ」

「いつから?」

「……芽愛が英国行った後くらいになるかな」

「そんなに来てないとは思わなかった。(あん)ちゃんは来てるのに」

「……杏と僕は違うんだ」

「そもそも、人混みが嫌いなら、空いてる時間に来ればいいじゃん」

「……一人で行くのもあれだろ」

「杏ちゃんと一緒に来ればいいのに」

「……そこまでして行く理由がない」

 元々、親や芽愛に強引に連れ出されでもしなければ、神社に行く理由は無かったしな。

「じゃあ、お父さんともしばらく会ってないんだね」

「……そういうことになるな」

「いると思うから、ちゃんと挨拶するんだよ」

「……分かってるよ」

「まあ、流石に挨拶くらいはするか。ごめん、一言余計だった」

 ……僕をなんだと思っているんだ。

「それじゃあ、向かおうか」

「……ああ」


       ※ ※ ※


「とうちゃーく」

 ……昔と変わらない鳥居だな。

「じゃあ、着替えと荷物取りに行ってくるね」

「……分かった」

「お父さん、その辺を掃除でもしてると思うから、よろしくね」

「……了解」

「ちゃんと……いや、なんでもない。行ってくる」

「……」

 芽愛は神社の奥の方に向かう。奥の方に居住スペース、つまり芽愛の家がある。

「さて……その辺と言ってもな……」

 それなりに広い神社だ。ここで待っていたとしても、芽愛のお父さんと顔を合わせられない可能性がある。

「とりあえず、適当に歩いてみるか」


       ※ ※ ※


ジャーーー……


「……水の音、落ち着くな」

 この神社には池がある。もはや日本庭園に近いかもしれない。

「あ、高明君じゃないか」

「……こんにちは」

「こんにちは」

 よく考えたら、午前中は学校サボってるし、なんとなく気まずいな。

「……よく僕だと分かりましたね」

「そりゃ分かるよ、面影が残っているもの。見ないうちに、大きくなったね」

「……どうも」

「身長、今何センチだい?」

「……180センチ、ありますね」

 厳密には、180センチには届いてない。ただ、四捨五入した方が分かりだろうしな。

「なるほど、大きく見えるわけだねえ」

 ……おじさん、昔よりも小さく見えるな。いや、僕が大きくなったのか。

「今日は……芽愛と一緒に来たのかい?」

「……そうなりますね」

「今日の話はそれなりに聞いているよ」

 ……話? 僕が休んだことか?

「その様子だと……どうにかしたみたいだね」

「……どういう、意味ですか?」

「こっちの話だよ、気にしないでくれ」

 ……ん? どういう風に僕の話が伝わっているんだろう。対外的には、体調不良の休みであるはずだが。

「芽愛とは上手くやっているかい?」

「……それなりには」

「なら良かった。それにしても芽愛も、大きくなっただろう」

「……そう、ですね」

「私自身、驚いたくらいだ」

「……あれ、おじさんも芽愛とは会っていなかったんですか?」

「いやその、体の大きさじゃなくてだな……」

 ……あれ、体の大きさの話をしていたはずだけど。

「少し、心配なんだよなあ」

「……心配、ですか?」

「ああ、いささか、大きくなりすぎてしまった気がするんだ。歳に合わないくらいには」

 いかん、話の意図が掴めない。

「少し、気負いがすぎると思ってしまうんだ」

「……気負い、ですか」

「ああ、ちょっと積極的すぎるように感じる」

「……積極的?」

「うん、自分が背負わなくていいことまでするというかね……」

「英国育ちの影響もあるんだろうとは思うけどね」

「……なるほど」

 内容、全く分からないけどな……

「まあ、基本的には本人の主体性に任せているが」

 ……やっぱり、分からないな。

「おっと……神様に聞かれてしまうな……」

「……え?」

「あ、ここにいたんだ。高明……とお父さん」

「やあ、芽愛。これから学校に行くのかい?」

「うん、行ってくるよ」

 ……おかしいな。芽愛だって、一日休みの予定だったと思うんだが。

「それでは高明君、また今度。気が向いたらまた、顔を見せに来てくれ」

「……はい」

「気が向いたらでいいから、今年のお祭りには来てくれると嬉しいな」

「……頭に入れておきます」

 人混みはごめん被るが、直接言われてしまっては弱る。

「それでは芽愛、気を付けて行ってくるんだよ」

「分かったよ、お父さん」

「高明君。芽愛のこと、よろしく頼んだよ」

「……あ、はい、分かりました」

「……それじゃあ」

 おじさんは箒を持って、どこかへ去っていった。

「……じゃあ、行くか」

「高明、お父さんと何を話してたの?」

「……取るに足らない世間話だよ」

「ふーん、そっか」

 まあ、内容が理解できなかったしな。何を話していたかを聞かれても、答えようがない。

「じゃあ、行こうか」

「……ああ」

 水音を背中に、神社を後にする。


       ※ ※ ※


「おはよう、高明」

「……おはよう、小村井(おむらい)

 昼休憩終了まで残り十分の教室。

「腹の具合は大丈夫か?」

「……あ、ああ」

 腹痛ということにしたのか。

「まあ、病院まで行ったんだし大丈夫だよな」

「……病院?」

「病院行ったんだろ?」

「……あ、うん」

 ……なんか違和感があるな。

「小村井君、おはよう」

 後から芽愛が、教室に入ってくる。

「おはよう、神楽坂(かぐらざか)さん。家の手伝いは大丈夫?」

「うん、バッチリ」

 ……ん、手伝い?

「神社だと大変だな。急に手伝いが入るだなんて」

「そうなんだよー、困りものだね」

 ……どういうことだ? 単なる方便か?


ピーンポーン……パーンポーン!


「お、授業始まるな」

 ……まあ、後で確認してみよう。


       ※ ※ ※


 午後の最初の授業が終わり、十分休憩。

「ふう、あと一時間だな」

「そうだねー、小村井君」

「……芽愛、ちょっと話がある」

「あ、うん」

「話ってなんだよ、高明」

「……幼なじみ同士の秘密な話だ」

「えー、なんだよそれー」

「……行くぞ、芽愛」

「あ、うん」

「おいー!」

 叫ぶ小村井を置き去りに、教室を出る。


スタ……スタ……スタ……


「ここらへんで良いでしょ、高明。人通りも少ないし」

「……そうだな」

 裏階段の前で立ち止まる。

「……芽愛、確認したいことがある」

「あ、ごめん。嘘ついた」

「……嘘?」

「嘘を突き通す気もないから、最初から言っとくよ」

「……ちなみに、どういう嘘だ」

「あ、えーっと、今日の全部かな」

「……全部?」

「うん。最初から私、一日休むつもりは無かったんだよ」

「……病院ってのは?」

「杏ちゃんにお願いしたの。半日休みにする理由で休みの連絡を代わりに入れてって」

「やたら用意が良かったのはそのためか……」

「うん、嘘をついたことは謝る。ごめんね」

「……これで予定通りというわけか」

「うん、思った以上に上手くいったと思う」

 ……僕って、単純な人間なのかな。

「一日学校休むのは、流石に良くないしね」

「……全部演技だったのか」

「迫真の演技だったでしょ?」

「……いや、今思えば、全部わざとらしかった」

「怒ってる?」

「……怒ってるって言ったらどうする?」

「全力で、誠心誠意、謝罪する。土下座でも何でもするよ」

「……全く、怒らせてほしいくらいだ」

「なんか言った?」

「……怒ってないって言ったんだ。結果的な話をすれば、これで良かったと……思う」

「そう、それなら良かった」

「……他に方法は無かったのか?」

「私の想像力の範囲内では、これが最善の策だった」

 確かに、効果は思った以上に発揮しているので、最善だったとは言えるか。

「……分かった。教室に戻ろう」

「本当にごめんね」

「……謝らないで良い」

「うん、分かった」

 ……全く、これじゃあ、操り人形と変わらないな。

 

       ※ ※ ※


「何の話してたんだよ、高明」

「……秘密だ」

「ダメだよ、小村井君。幼なじみ同士の秘密の話なんだから」

「ああ、もう! 二人だけの世界に入りやがって!」

「……そんなんじゃないよ、小村井」

「ああ、分かってる。皆まで言うな」

「……おい」

「小村井君、もうすぐ授業だよ?」

「見せつけやがってよう!」

「……言うだけ無駄だな」

「……そだね」

「聞こえてるぞ!」

 さて、最後の授業だ。僕からすれば、本日二つ目の授業に当たるが。


       ※ ※ ※


「じゃあ、俺は先に帰るわ!」

「じゃあね、小村井君」

「これから仲良く部活だもんな」

「……別に仲良くない」

「十分に仲良いんだよ!」

「私が仲良いって思ってても、高明はそうじゃないんだよ」

「高明、お前ってやつは……」

「……ほら、帰るんだろ」

「ああ、もう! じゃあな!」

 クラスメイトの男子を引き連れて、小村井は教室を去っていく。

「さて、じゃあ部活行こうか」

「……そうだな」

「そういえばさ、どうするの? 学校には来たけど」

「……そりゃ、再度当たってみるに決まってるだろ。ちゃんと謝りたいしな」

「充電切れだって保証無いよ?」

「……全部分かってるくせに」

「まあ、高明がどうするかは自由だけど、私は保証しないよ?」

「……最初から、保証なんて求めてないよ」

「そう? ならいいけど」

 ……芽愛に保証されなくても、僕の行動は僕が決めてやる。

「話してなかったけど、どうやって会う気?」

「……普通に行くだけだ」

「でも、取材は昨日で終わったよ? インタビューの内容は、昨日ので十分」

「……そんなの関係ない……ちょっと時間を貰って、行くだけだ」

「ふふ、そっか」

「……何がおかしい」

「ううん、なんでもない」

 ……またも、この微笑みだ。

「じゃ、行こうか」

「……言われなくても行くよ」

「はいは……おっと、『はい』は一回だったね」

「……全く、生真面目だな」

「何か言った?」

「いや、なんでも……」

 部活に向かうため、二人で教室を後にする。


       ※ ※ ※


 芽愛と二人で、新聞部室に入っていく。

「こんにちはー、高明君」

「……こんにちは」

「芽愛ちゃんもこんにちは」

「こんにちは! 先輩!」

「うん、今日も元気そうね」

 ……まあ、このタイミングか。

「……あの、昨日はすみませんでした。途中で抜け出してしまって」

「ああ、昨日のことね。あれは次期部長としての自覚に欠けるわね」

「……本当に申し訳ないです」

「まあ、そんなに気にすることじゃないわ」

「……どっちですか」

「どっちもよ。次期部長としての自覚を持ちなさい。でも、終わったことは気にしても仕方がないわ。今後の糧としなさい」

「……はい」

「それにしても、昨日は残念だったわね」

「……残念?」

「ええ、初台さんに断られちゃったんでしょ?」

 朱苑(しゅおん)先輩は、充電切れのことを聞いていないのか。

「……まあ、そうなりますね」

 そう言えば、昨日の恵蘭(けいらん)ちゃんも、充電切れどうこうなんて話してなかったか。

「恵蘭ちゃんがどうかしたの?」

「……え?」

「恵蘭ちゃんを見ていたから」

 ……しまった、無意識に。

「……いえ、何でもないですよ」

「そう? ならいいけど」

 既に席に座っている彼女には、聞こえていないようだ。

「じゃあ高明君、席に座ってちょうだい。今日の……」

「……朱苑先輩、ちょっといいですか?」

「なに? 高明君」

「部活始める前に、ちょっとだけお時間頂いてもいいですか?」

「……その心は?」

「えーっと、昨日のリベンジする時間をいただきたいです」

「……」

「……朱苑先輩?」

「高明君も、言うようになったわね」

「……そうですかね」

「でも、勝算はあるの? 昨日、断られちゃったんでしょ」

「……あります。なんとかなりますよ」

「ふふっ……そういうことなら、善は急げね」

「それじゃあ……」

「行ってきなさい、今すぐ」

「……今すぐで良いんですか?」

「ええ、行ってきなさい」

「……それじゃあ、行ってきます」

 ……よし、それでは。

「あ、芽愛ちゃんは一緒じゃなくていいの?」

「…………はい、大丈夫です。一人で行ってきます」

「芽愛ちゃんもそれでいいの?」

「はい。私には本来、関係ないことですから」

「そう、それじゃあ、一人で行ってきなさい、高明君」

「……はい、行ってきます」

 目指す先は、生徒会室。きっとそこにいるはずだ。


ガラガラガラ……


「行ったわね」

「はい、そうですね!」

「ねえ、芽愛ちゃん」

「なんですか?」

「さっきはああ言ったけど、高明君の様子、偵察しに行ってくれないかしら。どのみち高明君いないんじゃ、仕事にもならないだろうし」

「朱苑先輩がそう仰るのでしたら、行ってきます」

「ごめん、よろしくお願いね」

「お任せください、それでは、行ってまいります」

「任せた。行ってらっしゃい」

「はい!」


スタ……スタ……スタ……


「……さて、芽愛ちゃんも行っちゃったし、お茶でも飲んで、結果でも待つとしましょう」

「……」

「恵蘭ちゃん、どうかした?」

「……いえ、なんでもありません」

「それにしても高明君、偉いやる気だったわね。別人みたいだったわ」

「……そう、ですね」

「まあ、上手くいくことを祈りましょう」

「……はい」

「…………」


       ※ ※ ※


「……さて、生徒会室」

 恐らくは今日もいるのだと思うが。


コンコン!


「はい」

 ん? この声は……


ガラガラ……


「いらっしゃいませ」

 ……谷在家(やざいけ)会長か。

「どうも、こんにちは……」

西ヶ原(にしがはら)君ですか……」

「……はい」

「……あれ、初台への取材は昨日でしたよね?」

「はい、そうですね……」

「何か、ご用がありましたか?」

「えーっと……」

 ……ストレートに言った方が良いな。

「初台さんに用がありまして……」

「初台に?」

「はい。昨日、少々失礼を働いてしまったので、謝りたいと思いまして……」

「なるほど」

「……」

「初台は今、ここにはいませんよ」

「……そうなんですか」

「ええ、今、必要な資材を取りに行って貰っているところです」

「そうですか……」

「生徒会の資材置き場、分かりますか?」

「すみません、わかりません……」

「えっと……少々お待ちください」

「はい……」


ガサゴソ……ガサゴソ……


「ありました。これを見て行ってみてください」

「地図ですか……」

「ええ」

「……なんでこんなものがあるんですか?」

「生徒会に入りたての頃、初台が作ってたんです」

「……初台さんが?」

「ええ、場所覚えるのが苦手みたいで、自分で作れば覚えるだろうって」

「なるほど……」

「ざっくりした地図ですが、その地図の場所に資材置き場がありますよ。頼んだ資材の量が多いので、まだそこにいると思います」

「分かりました、ありがとうございます……」

「いえ、上手く掴まるといいですね」

「それでは、行ってきます……」

「ええ」


ガラガラ……


「……まさか、会長に出くわすとはな」

 まあ、この地図通りに行けば会えるはずだ。

「……かわいい字だな」

 ……いや、今はそんな場合じゃない。


 ……はぁ……はぁ……


「ん?」


…………


「……気のせいか」


       ※ ※ ※


「……ここか」

 ……見た目は普通の一室。こんなところに資材置き場があったんだな。

「さて……それじゃあ」


ガラガラ……


「……」

「わっ!」

「……あ、どうも」

「……西ヶ原君」

「……こんにちは」

「……こんにちは」

「ええっと……」

「こんなところで、どうしたんですか?」

「……谷在家会長に聞いて、ここに来たんです」

「えっと……私にご用ってことですか?」

「……はい、今大丈夫ですか?」

「……はい! ここで聞ける話ですか?」

「……ここで良いです」

「……それじゃあ、お願いします」

「……あ、はい」

 ……ここばかりは、男らしくいこう。

「ごめんなさい!」

「……え」

「……昨日、急に抜け出してしまって」

「……ああ、そのことですか……大丈夫、ですよ。こちらこそ、何かしちゃったのかなって……」

「……え?」

「……なにか、気に障る態度を取ってしまったのかなあと」

「……そんなこと無いです! 初台さんは、何も悪くありません!」

「……そう、ですか」

「……はい」

「……良かった、嫌われてなかった……」

「……初台さん、何か言いましたか?」

「……いやその、少し驚いちゃいましたが、そういうことでしたら安心しました」

 ……驚いたということは、やっぱり。

「初台さんの気を煩わせてしまったようで、すみません。僕が悪いのに……」

「……大丈夫、です。お気になさらないでください」

「それで……あの……」

「……はい?」

「……連絡先交換、できますか?」

 ……読み通りなら、行けるはず。

「……すみません」

 ……いや、安易に諦めるな、

「……スマホ、生徒会室に置きっぱなしです」

 ……ほら、行けるんだよ。

「……あ、西ヶ原君?」


ドク……ドク……


「……そう、ですか」

「……はい、戻ってからでも、大丈夫ですか?」

「……えっと、昨日は」

「……昨日?」

「……はい」

「……あ、昨日、スマホの充電をし忘れていたんです」

「……そう、ですか」

「……はい、タイミング悪かったですね」


ドク……ドク……


「……なるほど、そうだったんですね」

「……はい、すみません」

「……こちらこそすみません」

「ふふっ、何度も謝らないでください」

「……すみません」

「もう……」


ドク……ドク……ドク……


「……それじゃあ、生徒会室に戻ってから……いいですか?」

「……はい、でも」

「……?」

「荷物、持っていかないといけなくて……」

「荷物?」

「はい、思った以上に多くて……」

「……持ちますよ」

「え?」

「……僕が、持っていきます」

「え、でも……」

「ダメ、ですか?」

「いえ……助かるんですが、私の仕事なので……悪いなあって」

「……そんなことないです。持たせてください」

「……それじゃあ、お言葉に甘えます」

「はい、どれを持っていけばいいですか?」

「……あ、すみません。こっちです」


       ※ ※ ※


トコ……トコ……


「ふふっ、頑張ったね。さて……」


       ※ ※ ※


ガラガラ……


「……戻りました」

「おかえり、高明君」

「……ただいま」

「で、どうだった?」

「……交換できました」

「おめでとう! 高明君」

「……そこまでのことじゃないですよ」

「えー、好きな人の連絡先を手に入れたんだもの、おめでたいじゃない」

「……別に、好きじゃないですよ」

「ふふっ、高明君、冗談上手いわね」

「いや、冗談じゃ……」

「さあ、高明の用事が終わったようなので、部活と行きましょう」

 ……ん?

「……まあ、そうね。部活やりましょう」

「はい、始めましょ」

 ……なんだろう。


       ※ ※ ※


「じゃあ、今日はここまで」

「はい」

 気が付けば夕方だ。あれ以降一切、連絡先の話は出てこなかった。

「芽愛ちゃん、高明君と帰るんでしょ」

「いや、今日は猫ちゃんに会いに行こうかなあって思うので……」

「ああ、なるほど。じゃあ一緒には帰らないの?」

「私は、どっちでもいいですよ」

「高明君、どうするの?」

 まあ、少し気になるしな。

「……付き合うよ」

「無理しなくていいんだよ?」

「……いや、大丈夫だ」

「別にいいんだよ?」

「芽愛ちゃん、高明君と帰りたくないの?」

 ……え?

「いえ、私はどっちでもいいんですよ」

「ああ、分かったかも」

「え?」

「まあ、これは自分で考えた方が良いかもね、高明君」

「……そう言われましても」

「どうするの? 高明」

「……」

「よし、じゃあ一人で……」

「……分かった。一緒に、帰ろう」

「一緒に帰りたいの?」

「いや……」

「じゃあ良いよ、無理しないで」

「……」

「ふふっ、面白くなってきたわね」

 ……ちっ、仕方ないな。

「……一緒に、帰りたい」

「おお!」

「分かった、一緒に帰ろう」

「……うん」

「なんか良いものを見せてもらった気がするわ!」

「そんなあ、大したことじゃないですよ」

「いいえ、なかなか貴重なものを目にしたわ。ありがとう、芽愛ちゃん」

「恐縮です」

 ……しかし、余計な手順を踏まされたな。

「じゃあ、お先に失礼します」

「ちょっ……待……」

「?」

「……まだ準備できてない」

「そう、先に廊下行ってるね」


ガラガラ……


「……」

「準備しないの?」

「なんかしましたかね、僕」

「うーん、なにもしてないと思うけど」

「……そうですか」

「まあ、そんなに気にするようなことじゃないわよ、多分ね」

「……そうなんですか?」

「ええ、別に機嫌悪いとかじゃないと思うわよ」

「……そうですかね」

「高明君の方が分かるでしょ、付き合い長いんだし」

「……まあ、そうですかね」

 それがサッパリ、分からない。

「ほら、待たせちゃうわよ」

「……あ、はい」

 帰り支度をまとめる。

「じゃあ、お疲れ様」

「お疲れ様です」


ガラガラ……


「ふう、じゃあ私たちも帰りましょうか」

「……あ、はい」


       ※ ※ ※


「……おまたせ」

「ううん、別に待ってないよ」

「……そうか」

「うん」

「じゃあ行こうか……猫のところ寄るんだったな」

「うん」

「……」

 やりにくい……


       ※ ※ ※


チャリン……チャリン……


「こんばんは、猫ちゃん」


にゃー


 一か月前、生徒会室から色々な物を持って行った白猫。

「すぐ済むから待ってて」

「……はい」


にゃー……にゃー……


「んにゃー」


にゃー


「にゃー」


にゃにゃ!


「にゃにゃ?」

「……」

「よし、これでいいね」

「……終わりか?」

 たまにここに来ると、いつもこんな感じだ。

「うん、OK」

 ただ数分間、じゃれるだけ。

「それじゃあね、猫ちゃん」


にゃー、にゃー


「……名前、付けないのか?」

「名前?」

「……名前」

「うーん。そう言えば、付けてなかったね」

「……」

「どうしよっか、高明」

「……芽愛の好きにしたらいいんじゃないか」

「うーん、そうだなあ」


……

……

……


「よし、決まった」

「……なんだ?」

「めい」

「……え?」

「『めい』にする」

「……どういうことだ?」

「私と同じ名前」

「……どうして?」

「なんとなく」

「……なんとなく」

「うん、なんとなく」

 ……何を考えているんだろう。

「これからはこの子のこと、『めい』って呼んであげて」

「……同じ名前じゃ呼びにくいだろ」

「仕方ないよ、この子も「めい」なんだから」

「……いや」

「じゃあ、一旦保留で」

「……良いのか?」

「うん、今度決めるよ」

「……分かった」

 ……なにがどうして、自分の名前を名付けようと思ったんだろうな。


       ※ ※ ※


 帰路。

「……」

「……」

「……芽愛」

「……どうかした?」

「いや……その」

「……ハッキリ言いなよ」

「……なんで何も言わないんだ?」

「……なにが?」

「……連絡先交換の件」

「……ああ、それ」

「……うん」

「だって、私には関係ないし」

「……まあ、そうなんだが」

「なにか問題?」

「……問題、じゃない」

「じゃあ、いいね」

「……あ、ああ」

「…………はぁ、流石にやりすぎか、これは」

「……?」

「まあ、良かったね。交換できて」

「……そう、だな」

「……話はそれだけ?」

「……あ、その……」

「?」

「……ありがとう」

「私は何もしてないよ?」

「いや、でも……」

「高明が自分で、交換してもらったんでしょ」

 ……あくまでも、それで押し通す気か。

「……」

「……」

「……そこのコンビニ、寄らないか?」

「コンビニ?」

「……うん、コンビニ」

「何か、欲しいものがあるの?」

「……いや、無い」

「じゃあ別に……」

「……」

「はぁ……まあ、いいか」

「……?」

「私ちょうど、喉が渇いていたんだった」

「……そうか、じゃあ、買ってやるよ」

「いいの?」

「……良いよ」

「別に、奢ってもらう理由は無いよ?」

「……理由は無いが、奢るって言ってるんだから、素直に貰っておけ」

「はぁ……じゃあ、奢ってもらおうかな」

「……よし、じゃあ入ろう」

「あ、肉まんも欲しいな」

「……分かった、肉まんも買おう」

「でも夕食近いし、一人じゃ食べきれないかも」

「……半分、貰うよ」

「うん、それならいいかな」

 ……まあ、このコンビニと言えば、肉まんだよな。


       ※ ※ ※


「はい、これ」

「……うん」

 肉まんの半分を手渡される。

「このコンビニの肉まん、好きなんだよね」

「……そうか」

「さて、頂きます」


もぐもぐ……


「うん、昔と変わらない味」

「……肉まんの味なんて、気にしたことなかったな」

「戻ってきて驚いたくらいだよ? 味変わってないなあって」

「……そんなもんか」

「うん、高明も食べてみなよ」

「ああ……」


もぐもぐ……


「……旨いな」

「でしょ?」

 ……まあ、旨いのは知っていたが。

「さて、飲み物も頂こうかな」

「……またカフェオレか」

「まあ、無難なところでしょ」


ゴクゴク……


「うん、美味しいね」

「……なら良かった」

「高明は要らないの?」

「……何を?」

「飲み物」

 すっかり忘れていたな。

「肉まんだけじゃ、ちょっとつらくない?」

「……いや、大丈夫」

 帰ってから水飲もう。

「私の、分けてあげようか?」

「いや、いい……」

「喉、乾かないの?」

「……口付けただろ、もう」

「昔はそれが普通だったでしょ」


ゴクゴク……


「……子供の頃と一緒にするな」

「そんなに気にすることかなあ」

「……」

「たかが間接キスでしょ」

「……たかがって……」

「私が吐いた空気、高明吸ってるでしょ」

「……空気と一緒にするな」

「一緒だよ、やってることは変わらない」

「……うーん」

「はぁ……まあ、いらないなら良いよ」

「……そうしてくれ」

「あ、肉まん、冷めちゃうよ?」

「……分かってるよ」


       ※ ※ ※


「ごちそうさま、高明」

「……はい」

「じゃあ、帰ろうか」

「……ああ」

「それにしても、夕焼けがきれいだね」

「……そうだな」

 我が街の象徴、プラネットタワーが、夕焼けに包まれている。

「この時間だとまた、趣があるよね」

「……うん、そうだな」

「写真に撮りたいくらい、映えてるね」

「……撮ればいいじゃないか」

「いいよ、目に焼き付けるから」

「……最近は、こういう写真をSNSにアップしたりするんだろ」

「私、SNSやってないし」

「……そうだったか」

「うん、悪くは無いと思うけどさ、基本的には顔が見えないし、なんとなくね」

「……なるほどな」

 まあ、その方が良いのかもしれないな。

「でも、写真は撮っておいてもいいか、別にアップとかはしないけど」

「……好きにしたらいいと思う」

「高明、写真に入る?」

「……入らない」

「こういうのって、写真に入って撮るものじゃない?」

「……風景写真なんだから、別に僕が入る必要無いだろ」

「あ、そういえば高明、写真に入るの嫌いだったよね」

「……魂を吸い取られるからな」

「そんな、江戸時代じゃないんだから」

「……とにかく僕は入らないぞ」

「西郷隆盛だっけ、写真嫌いだったの?」

「……聞いてるか?」

「聞いてるよ、入らないんでしょ。風景だけ撮るよ」

「……そうか」

「確か、あの教科書の写真、西郷隆盛の親戚の写真を加工したものなんだよね」

「……西郷従道と、大山巌だな」

「え?」

「その二人を参考にして、肖像にしたんだよ」

「ああ、確かそんな話だった気がする」

「……まあ、どうでもいい話だが」


パシャッ!


「でも高明、歴史得意だっけ」

「九十点未満は取ったことないな」

「そうなんだね。まあ確かに良く考えたら、歴史の授業の時は集中してる気がする」

「……芽愛こそ、英国いたのに、良く知っていたな。というか、英国いた割には授業に普通について行ってるし」

「まあ、日本人学校だしね、勉強内容は、日本とそこまでは変わらないんじゃないかな」

「……そうだったのか」

「うん、というか、今更って感じだよね」

「……え?」

「もう一か月経って、やっとこの話。普通、最初の頃にする話でしょ。高明以外はとっくに知ってるよ?」

「……僕だけ知らなかったのか」

「うん、全く興味を示さないから」

「うーん……」

「まあ、高明って基本、他人に興味ないし、仕方ないか」

「……」

「他人に興味のある高明の方が怖いくらい」

「……僕だって他人への興味ぐらいある」

「最近は、そうなのかもね」

「……」

「まあ、いいや。暗くなるといけないし、帰ろう」

「……そうだな」

 夕日に照らされつつ、いつも通り、共に帰路につく。



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