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第7話「やはり、高望みはいけない」

作戦スタート! 初台立英の連絡先を入手するための計画が、今始まる! 主人公の高明は無事、連絡先を手にすることができるのか?

「おはよう! 高明(こうめい)!」

「おはよう、芽愛(めい)

「ん?」

「……どうかしたか?」

「ごめん、なんでもない」

 ……何か、気になることでもあったのかな。

「芽愛ちゃんおはよう」

「おはよう、(あん)ちゃん」

 妹の杏が玄関に来る。

「毎日お疲れ様―」

「疲れるようなことはしてないよ」

「そんなことないよー。お兄ちゃん面倒だし、いつもありがとうね」

「ははっ、言われてるよ? 高明」

「……いつものことだ」

「芽愛ちゃん、今日もよろしくね」

「分かった、任された」

 杏は、傘を持たずに玄関のドアを開ける。

「……今日は雨降りじゃないのか」

「うん。今日は一日中、曇りだよ」

「そうか」

「ふふっ、やっぱり天気予報は見てないんだね」

「そう、だな……」

 ……うーん。

「それじゃあ、行こうか」

「……うん」

 ……やはり、なにかが物足りない。

 玄関を出て、学校に向かう。

「昨日の作戦通りに、頑張ってね」

「……ああ、上手くやるよ」

「自信のほどは?」

「……そこそこかな」

「高明にしては強気だね」

「仕事の延長ってことなら大得意だ、問題ない」

「……逆に心配になるなあ」

「なんか言ったか?」

「いや、なんでもないよ」

 絶対になんか言った。

「……それで、杏には言ったのか?」

「なにを?」

「いや、昨日の件」

「……ああ、あの後連絡入れたよ。特に何も言われなかったでしょ?」

「そういえば、そうだな……」

「……本当に気にしてないのか?」

「何を?」

「いや、気にしてないならいいんだ……」

「『恵蘭(けいらん)ちゃん』のこと?」

「……そうなるな」

「気にしてないよ。そもそも高明の交友関係は高明の自由でしょ、私や杏ちゃんがみだりに干渉するものじゃない」

「……芽愛とは思えないな」

「なんか言った?」

「……いや、なんでもない」

「ならいいけど。どのみち私は、そこまで干渉はしないよ」

「……それならそれで構わない」

「分かった。じゃあ、継続するね」

「……継続?」

「いやなんでもない、こっちの話」

「……それならいい」

「まあ、高明が話したいならその限りではないけどね」

「……別に話したいわけじゃない」

 バラしたらどうなるか、分からないしな。

「ならいいや、話したくなったらいつでも聞くからね」

「……分かったよ」

 やはり、調子が狂う。

「高明、今日の朝食はなんだったの?」

「……なんだいきなり」

「いや、深い意味はないけど」

「……納豆ご飯と、漬物だな」

「うん、健康的だね」

「ちゃんと食べないと、誰かさんがうるさいからな……」

「そんなに言わないよ」

「……そんなわけ」

「言わないよ」

 おかしい。

「……じゃあ、朝食抜こうかな」

「それも良いと思うよ」

「……」

「どうかした?」

「いや……」

「食べたいなら、食べてもいいと思うけど」

「……抜くのも面倒だし、食べるよ」

「それならそれで、いいと思うよ」

 違和感。

「……分かった、好きにする」

「それがいいと思う」

「……ああ」

 本当、なんなんだろうか。


       ※ ※ ※


「もうすぐ学校だね」

 あれからしばらく、通学路を歩いた。

「……そうだな」

「今日は頑張ろうね」

「……ああ」

 物足りない。

「……どうかした?」

「なんでもない」

「……分かった。じゃあ、もう一歩きと行こう」

「うん」

 他の生徒達のおしゃべりの中、学校への道のりを歩いた。


       ※ ※ ※


「良いネタが見つかったわよー」

「本当ですか?」

 放課後の新聞部室。恒例のお茶を飲み終わった後、椅子には僕含めて四人が座っている。

「そう、生徒会長選挙よ」

「選挙ですか」

「そうよ、十月に生徒会長選挙があるから、その取材をすることにしたわ」

「確か、立英(たかえ)ちゃん出るんですよね」

「そうそう、そこがまさにチャンスでしょ」

朱苑(しゅおん)先輩、頭いいですね!」

「そうなのよ、私は頭が良いの」

 全く嫌味には聞こえないんだよな。むしろ好感が持てる。

「でも一応部活動だから、取材自体はちゃんとやってね。そのうえでどうするかは自由だけど」

「高明は、ちゃんと仕事するもんね」

「……あ、ああ」

「ふふっ、高明君、信頼されてるじゃない」

「あ、いや、信頼とかではないですよ。むしろ不信ですね」

 そういうことだろうと思った。

「不信?」

「はい、高明が仕事以上のことをするわけがないですよ」

「ふふ、高明君、言われてるわよ?」

「……いつものことですよ」

「さて、作戦開始だよ、高明」

「ああ、そうだな……」

「おっ、何か作戦を考えてきたのね?」

「はい、素晴らしい作戦を考えてきました!」

「具体的にはどうするの?」

「その点は、高明からの説明があります」

「……そこまで話したなら、最後まで言ってくれたらいいじゃないか」

「いやいや、これは高明の問題。だったら当然、高明からの方が良いでしょ」

「……これくらい、どっちから話しても同じじゃないか?」

「練習だよ、練習」

「……なんの?」

「まあ、いいから、ほら……」

 ……朱苑先輩を待たせるのは忍びないな。

「……先輩、新聞部の次の部長って、誰を考えていますか?」

「……それがこの話に関係あるの?」

「はい、お願いします……」

「……考えたこともなかったわ」

「……そうですか」

「まあ順当に考えたら高明君じゃない? 年功序列で」

「ほら、やっぱり高明だよ」

「……そうだな」

「……どういうこと?」

「……ほら、高明」

 ……なんで、僕に言わせようとするんだ。

「……連絡先交換のために、それが使えるかと思いまして」

「やっぱりね……」

「……やっぱり?」

「ううん、なんでもない」

「はい……」

 まあ、聞き違いだよな。

「次期部長であることを口実に、連絡先交換しようって算段ね」

 話が早くて助かるが、言葉にされると何とも言えない気持ちになる。

「はい、そうです」

「いいわよ、高明君を次期部長として……」

「……どうかしましたか?」

「いや、私って年功序列が嫌いなのよ」

「……嫌いなんですか」

「うん。そもそも、私が今部長やっているのも謎ね」

「……そうですかね?」

 言っていることがよく分からない。

「私が部長をやってるのはおかしいわ!」

「朱苑先輩、どういうことですか?」

「芽愛ちゃん、私は部長である資格がないのよ……」

「えー、そんなことないと思いますよー」

「いや、なんか流れで部長やってるけど、私は生徒会のように選挙を経ていないわ」

「選挙、ですか……」

「英国に暮らしてた芽愛ちゃんなら、分かるんじゃない? あそこ民主主義の元祖でしょ」

「確かに。よく考えたら、部活動の部長を選挙で決めないのは、民主的とは言えないですね」

 ……そんなもんかな。

「そうよね! こんな大事なことに今まで気付かなかったなんて! 不覚だわ!」

 そこまで大それたことだろうか……

「ということで、第一次新聞部部長選挙を実施します」

「……選挙、ですか?」

「ええ、新聞部としても、公明正大な民主的プロセスで、部長を決めることにするわ。ということで私は新聞部部長を辞任します」

「……いや、え」

「面白くなってきました! 朱苑先輩が辞任!」

「残念だけど、辞任するしかないわね……」

「そうですね……仕方ありません」

「……いや、辞めちゃダメなんじゃ……」

「大丈夫だよ、高明」

「……何が大丈夫なんだ?」

「これから、後任の部長を選挙で決めるんだよ」

「……え?」

「だから、これから新しい部長を決めるんだよ」

 ごめん、全く意味が分からない。

「じゃあ朱苑先輩、立候補者を募集しましょうか」

「いや待って、その前に任期を決めましょう」

「確かに、それは重要でしたね」

 ……話についていけない。ちなみに、吉……恵蘭ちゃんもさっきから唖然としている。

「任期は今年度の十二月末日まで」

「あれ、朱苑先輩、引退十二月なんですね」

「そうよ。聖夜祭があるから、そこまでは形式的に部長でいるつもりだけど」

 聖夜祭、他校の文化祭に相当する催しだ。

「よく考えたら、意外と時間ないんですね」

「そうよー、だから残りの時間は貴重なのよ」

 ……そうか、残り半年くらいしかないのか。今まで考えもしなかった。

「一日一日を噛み締めようと思います!」

「うん、よろしくね」

「はい!」

「徐々に忙しくなると思うから、少しずつ新部長に徐々に引き継ぐ感じになると思うわ」

「承知です!」

 ……案外、これから忙しいのかもな。

「それじゃあ、今年の十二月末までの新聞部部長を決めるってことで、認識は合ったわね」

「はい!」

「……問題ありません」

「恵蘭ちゃんもいい?」

「……はい、大丈夫です」

「それでは、立候補者を募集します!」

「はい!」

「後任の新聞部部長選挙に立候補する人は、手を上げてちょうだい」

 朱苑先輩だけが手を上げる。

「他に立候補者はいない? 大丈夫?」

「私は大丈夫です!」

「高明君は?」

「……今年の十二月までの部長という話ですよね?」

「そうよ!」

「……それなら、大丈夫です」

「恵蘭ちゃん!」

「……大丈夫、です」

「よし、決まり。選挙の立候補者は私、王子(おうじ)朱苑だけね」

「そうなりますね。信任投票という形になりますかね」

「そうね。立候補者が一名なので、信任投票を行います」

「はい!」

「では投票の前に、立候補者による演説を行います」

「王子朱苑さん!」

「……はい!」

 ……演説までやるのか。


『立候補者の王子朱苑、三年生です。これまでの経験を生かして、今期の部長も務めたいと思っています。信任いただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします、のであーる』


 本当、『であーる』ってなんなんだろう。たまに出てくるけど。


パチパチ……


 一人分の拍手音が聞こえる。

「ほら、高明も!」

「ああ……」

吉祥寺(きちじょうじ)さんも!」

「……はい」


パチパチパチパチパチパチ……


 三人分の拍手音が部室に鳴り響く。

「よしオッケー、じゃあ投票ですね」

「ええ、いよいよ投票ね!」

「投票方式はどうしますか? 記名ですか? 無記名ですか?」

「そうね……無記名投票と行きましょうか」

「確かに、そのほうがいいですね」

 普通に挙手制ではダメなんだろうか……四人しかいないし。

「ふふっ、早稲田手帳の出番が来たようね」

「早稲田手帳?」

「フリマで買ったのよ、この手帳」

「早稲田って、あの早稲田ですか?」

「そう、あの早稲田の学生に配布される手帳よ」

「わざわざ、どうして?」

「特に理由は無いわ、なんとなくよ」

「そうですか……」

 そう言えば、あの大学の創設者って誰だったっけ……


ビリッ……ビリッ……


「さて、ここに信任するかどうかを書いてちょうだい。信任なら〇、不信任なら×」

 朱苑先輩は、手帳からちぎった四枚のページを、それぞれの机に置いていく。

「筆記用具はこれを使って」

 四人分の鉛筆を、ペン立てから配っていく。

「周りが書いてるのは見ちゃダメよ」

「はい!」

 すぐに書き終えた。

「書き終えたなら、その紙を半分に折ってちょうだい」

 四人とも折り終える。

「流石に投票箱はないから、ここに置いてちょうだい」

 四つの机の角が重なった、中央部分を指し示す。各々、そこに折った紙を置いていく。

「機密性を担保するために、一旦混ぜたほうがいいわね」

「あ、私が混ぜますよ!」

 かき回される投票用紙たち。

「完了です。ここにある用紙は全部で四枚、有権者数も四名。投票の漏れがないことを確認しました!」

 ……本当、ノリノリだなあ。

「はい、分かりました」

「開票も私で良いですか?」

「ええ、お願い」

「では、開票行きます」

「……」

「信任四票、不信任ゼロ票、無効票ゼロ票……結果として、新聞部の後任は王子朱苑さんに決定しました!」

「ありがとうございます。私が引き続き、新聞部の部長を務めたいと思います。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします! 朱苑先輩!」

「よろしくー」

「……おめでとうございます」

「ありがとう、高明君」

 わざわざ、場の空気を壊すこともあるまい。

「……おめでとうございます。王子先輩」

「ありがとー、恵蘭ちゃん」

「さて、次は次期部長の選挙になりますね!」

「……僕もやるのか?」

「そりゃそうでしょ。次期部長についても、民主的に決める必要があると思う。それは高明も例外ではないよ」

「……そうか」

「部長になれるといいね!」

 やらなくても、部長になれると思うのだが。

「では、立候補者を募るわ。高明君以外で、次期の部長になりたい人はいるかしら?」

 まあ、僕の信任投票ということに……

「ふふっ……恵蘭ちゃん、立候補するのね?」

 恵蘭ちゃんが手を挙げている。

「……はい」

 ……うーむ。

「……やっぱり、ダメでしょうか?」

「いいえ、もちろん大歓迎よ。喜ばしいことね」

 ……いよいよ、分からなくなってきた。

「他に出馬したい人はいるかしら?」

 他には芽愛しかいないのだが、気にしたら負けか。

「……」

 芽愛は当然、挙手をしない。

「よし、高明君と恵蘭ちゃんで次期部長の選挙を行うことにするわ」

「それじゃあ、演説ですね」

「ええ、高明君からでいいかしら」

「いや、吉祥寺さんからですよ、朱苑先輩!」

「どうして?」

「それは……」

「あ、言わなくてもいいわ、あいうえお順ね。確かに恵蘭ちゃんの方が先になるわね」

 そこまで拘る必要があるのだろうか……

「では、恵蘭ちゃんからお願いできる?」

「……はい、分かりました」

 ……僕は、全く分からないな。


『……吉祥寺恵蘭です。一年生です。部員になってから日も浅いですが、良い機会ですので、選挙に出てみようと思いました。その、よろしくお願いします』


パチパチパチパチ……


「じゃあ、次は高明君ね」

「あ、はい……」

 まあ、適当にやってみるか。

西ヶ原(にしがはら)高明、二年生です……」

 いや、待て……動機が動機なだけに、何を言っても嘘になってしまうんじゃないか。

「どうかした、高明?」

「……いや、なんでもない」

 しかしどうしたものか、本音を言っても締まりが悪い……うーむ。

「高明?」

「……いま言うよ」

 ……よし、これしかない。


『……西ヶ原高明、二年です。いよいよ高校生活も半ばということもありますので、世界を少し広げたいと思い、部長になりたいと思いました。これまでの経験を活かして、職務を全うしたいと思います。以上です。よろしくお願いします』


パチパチパチパチパチパチ……


「なるほど、考えたわね。ヨコシマな動機をオブラートに包んだ、上手い表現になっているわ」

 ……下手な小細工は見透かされるか。

「でも、良い感じでしたよ。未来志向の雰囲気が伝わってきました!」

「まあ、それもそうね」

「高明、良かったと思うよ」

「……そりゃ、どうも」

 ……僕としては、褒められるような内容を話したつもりはない。

「じゃあ、いよいよ投票ですね」

「そうね」

 朱苑先輩は、先ほどと同じく、手帳からちぎった紙を四人分配っていく。

「うーん。今回は信任投票じゃないものね」

「名前書いたらいいじゃないですか?」

「筆跡で分かるのはどうかなあって」

「ああ、それもそうですね」

「……うーん、何か良いアイデアはないかなあ」

「番号とかにしたらどうですか?」

「番号ね、確かにそれなら、筆跡も目立ちにくいわね。芽愛ちゃんの提案通り、番号にしましょう」

「番号はどうやって割り振りますか?」

「そうね。あいうえお順に倣って、恵蘭ちゃんの場合は『一』を、高明君の場合は『二』を書くようにしましょう」

「漢数字ですか? ローマ数字ですか?」

「可能な限り筆跡は分かりにくくしたいし、漢数字の『一』と『二』にしましょう」

「分かりました!」

「二人もそれでいいかしら?」

「……はい、了解です。王子先輩」

「はい、大丈夫です」

 まあ確かに、漢数字ならば秘匿性は高いが、そもそも秘匿性を確保する意味があるのかは気にしないでおこう。

「では各々、抜かりなく」

 ……朱苑先輩も、あの大河ドラマ見ていたのか。

「どうしようかしら、悩みどころねえ」

 ……あれ、僕とは限らないのだろうか?

「よし、決めたわ」

 朱苑先輩が紙を折る。

「私も書きました!」

 芽愛とは対照的に、恵蘭ちゃんは黙々と紙を折る。

「高明君も書けたみたいね」

「はい」

 僕も紙を折る。

「じゃあ、真ん中に置いてちょうだい」

 朱苑先輩に続いて、折り込んだ紙を、各々が机の中央に置いていく。

「じゃあ、混ぜますね」

「お願い」

 またも、芽愛が混ぜる係。瞳を閉じて、紙をかき回す。

「できました!」

「ありがとう。では、開票と行きましょう」

「はい、それじゃあ開きますね」

 まあ僕で……

「『一』の吉祥寺さんが二票、『二』の高明が二票。うーん、引き分けになりますね」

 ……なん、だと?

「朱苑先輩、どうします?」

「ふふっ、悩みどころねえ」

 ……これは、悪いことをした人の笑みだ。

「……引き分け」

 ……恵蘭ちゃん自身が驚いているということは、勝てる目算はなかったのか。しかしそうなると、出馬した動機が分からない。

「今の、実質的には決選投票だものね、やり直しても意味はないわね」

「となると、じゃんけんでしょうか?」

「結局じゃんけんじゃ、なんかつまらなくない?」

「まあ、それはありますね」

「どうにか、選挙の体裁で決めたいわね」

 ……選挙という形に拘る意味はあるのだろうか。

「分かったわ」

「どうするんですか」

「部長は一人しかダメというのが、まさに固定観念なのよ」

 ……どういうことだろう。

「ああ、分かりました。共同代表ならぬ、共同部長という感じですね」

「お見事」

「……どういうことでしょうか?」

「読んで字のごとく、部長を二人置くということよ」

「……そんなことが可能なんですか?」

「まあ、できるんじゃない?」

「……そうでしょうか?」

「ええ、部長って基本的には先生や生徒会との窓口みたいな感じだし、そこらへんの人たちに納得してもらえば可能だと思うわよ」

「でも、聞いたことがないですよ」

「私も初めて聞いたわ」

 ええ……

「必要なら、私も説得するわよ。来年までは時間あるし、十分に理解は得られるんじゃないかしら」

「……そういうことであれば、良いんじゃないですかね」

 いまいち釈然としないが、仕方が無さそうだ。

「よし、恵蘭ちゃんもそれでいい?」

「……あ、はい。それで構いません」

 心なしか、嬉しそうな……

「じゃあ、共同部長ということで、来年はお願いするわね」

「……はい。西ヶ原先輩、よろしくお願いしますね」

「うん……吉祥寺さん。よろしく」

 いや、流石に考えすぎだよな。

「じゃあ、これで決まりだね! 高明も晴れて、正式な部長候補だね!」

 ……なんだろう、思っていたのと違う。

「これで作戦実行の準備はできたわね」

「あ、はい。そうですね」

 これで良いのだろうか……

「じゃあ早速、作戦実行と行きましょう。高明君と芽愛ちゃんは生徒会室に行ってちょうだい」

「了解です!」

「……承知しました」

 ……まあ、次期部長は次期部長か。

「じゃあ行こうか、高明」

「うん、行こう」

「行ってらっしゃい、戦果に期待しているわ」

「……行って、らっしゃい……ませ」

「あ、吉祥寺さん。行ってきます」

 うーむ……

「高明?」

「……あ、行ってきます」

「……ん?」

 芽愛は不思議そうにこちらを見つめていたが、気にしないことにした。


ガラガラガラガラ……


「さて、行こうか」

 部室前の廊下。

「……ああ」

「珍しかったね、吉祥寺さんもだなんて」

「……なにがだ?」

「だから……いや、なんでもない」

「……それならいいけど」

「しかし共同部長か、面白いことになったね」

「……まさか票が割れるなんて」

「ああ、あれは読めなかったね。そもそも、吉祥寺さんが立候補するとは思わなかったよ」

 ……芽愛も意外だったとは。

「投票したの、朱苑先輩かなあ」

「……ということは」

「うん、私は高明に投票したよ」

「……芽愛は僕に入れたのか」

「そりゃそうでしょ、作戦の為にも」

 嫌に律儀というか、真面目というか。

「……となると」

「ふふっ、朱苑先輩だろうね」

 どういう意図だったのだろう。

「そもそも、なんで吉祥寺さん出馬したのかなあ。いや、出ないでほしかったわけじゃないけど」

「……分からない」

「うーん、よく分からないことばかりだなあ」

 芽愛はこれでいて素直なので、言葉に偽りはないのだろう。

「まあ、どうでもいいや。とりあえず、連絡先ゲットが第一だね」

「……そうだな」

 いかん、余計なことに気を取られていて、すっかり忘れていた。

「それじゃあ行こうか」

「……ああ」

 芽愛と共に、生徒会室への道を歩む。


       ※ ※ ※


「よーし、到着」

 生徒会室の目の前。途上では特に会話もなく、気が付けば到着していた。

「準備はOK?」

「……ちょっと待ってくれ」

 別のことを考えていたので気が付かなかったが、なんでさっきまでの僕は、あんなに自信に満ち溢れていたのだろう。

「もしかして、緊張してる?」

「……まあな」

 ……どうして僕は、こんなことをしようとしているのだろう。

「大丈夫?」

「……大丈夫じゃない」

 なんだろう、帰りたくなってきた。

「分かった。じゃあ待つよ」

「……待ってくれるんだな」

「そりゃまあね」

「……待ってくれないかと思った」

「どうして?」

「……いや、なんとなく」

「待たない理由がないよ」

「……あれ、時間の約束ってしてるんだっけ」

「そう言えば聞いてないね。でも多分、決めていたとしてもアバウトだと思うよ」

「……そうかなあ」

「まあ十分くらいなら、大丈夫じゃない?」

 まあ、確かにそれくらいのロスは問題なさそうだ。

「ここで待つのもなんか怪しいし、別のとこで待とうか」

「……そうだな」

「あそこのベンチで待とうか」

 ここから廊下を少し進んだところに、広いスペースがある。そこには備え付けのベンチも設置されている。昼休みには、ここで食事を摂る生徒もよく見かける。ちなみに僕は、ここで食べたことは一度も無い。

「……分かった」

 芽愛の後ろをついて歩く。

「誰もいないね」

「……そうだな」

 昼食時とは異なり、静寂に包まれている。

「そうだ。飲み物、要る?」

 ここには自販機もある。

「……いや」

「要らないの?」

「……いま、金を持っていない」

「飲み物代くらい、奢るよ」

「……わかった、後で返すよ」

「いいよ、返さないで。奢るって言ってるんだから、素直に貰っておいて」

「……じゃあ、頂きます」

「なにが良い?」

「……メロンソーダ」

「確か、メロンソーダはなかったはずだよ」

「……メロンソーダも置いてないのか、センスがない自販機だな」

「メロンソーダを置いている自販機の方が珍しいよ」

 それもそうか。

「……じゃあ適当でいい、任せる」

「本当に適当で良いんだね?」

「……いいよ。メロンソーダ以外はドングリの背比べだ」

「どれだけメロンソーダ好きなのよ」

「……メロンソーダ以上の飲み物は存在しない」

「はいはい。じゃあ、買ってくるからそこで座って待ってて」

 くっ……適当に流された。

「……ふう」

 しかし、よく考えたら、とんでもないことをしている、初台(はつだい)さんの連絡先を貰うためだけに、わざわざ取材をかこつけている。

「ほら、高明。買ってきたよ」

「……カフェオレか」

「ん、嫌だった?」

「……いや、これでいい」

「ならいいけど」

「……芽愛も同じなのか」

「まあね」

「……どうしてカフェオレにしたんだ?」

「やっぱり嫌だったんでしょ」

「……いや、他意はない。単純に気になっただけだ」

「本当?」

 芽愛の碧眼と目が合う。

「……本当だ」

「分かった。とりあえず信じることにするよ」

 ……とりあえず、なのか。

「苦くもないし、甘くもないから、かな。カフェオレにしたのは」

「……どういうことだ?」

「苦くもあるし、甘くもある、ということでもあるかな」

「……ますます分からないぞ」

「……まあ、そんなに深い意味はないよ」

「……そうか」

「うん」


       ※ ※ ※


 そこから数分、無言が続いた。

「そろそろ行けそう?」

 まあ、先ほどよりは気分は落ち着いてきたが。

「……もうちょっと……」

「やっぱり嫌なら、別にいいんだよ?」

 ……まーたこれだ。

「……大丈夫だ、あと一分したら行こう」

「そう、分かった」

 今更、引き下がるつもりはない。


       ※ ※ ※


「じゃあ、行こうか」

「ああ……」

 自販機の前。飲み終わったカフェオレの缶をゴミ箱に捨てる。

「あ、そうだ」

「……ん?」

「お守り、要る?」

「……お守り?」

「うん、お守り」

「……持ってるのか?」

「まあ、一応は神社の娘だし」

「……なんのお守りがあるんだ?」

「全種類持ってるよ」

「……それは罰当たりなんじゃないか?」

「そんなことないよ、そもそもお守りなんて意味ないし」

「……神社の娘がそれを言うのか」

「たかがプラシーボ効果だよ、お守りなんて」

「……じゃあ、意味がないんじゃないか」

「されどプラシーボ効果でもあるよ。プラシーボ効果くらいは期待できるってこと」

「……そういうものか」

「そういうものだよ。要る?」

「……お守りの種類に詳しくないんだ」

「そうだなあ、ベタだけど縁結びがいいかなあ」

「……縁結びか」

「うん。嫌?」

「……嫌じゃないが」

「縁結びって、別に恋愛用ではないんだよ。世間的には恋愛ばかりがピックアップされてるけど」

「……なんでその話をしたんだ」

「恋愛イメージが嫌なのかなあって思って」

 ……清々しいくらいに的確だな。

「違った?」

「……いや、合ってる」

「まあ、要らないなら要らないで良いよ。別にそこまで意味はないし」

「いや、一応貰っておくよ……」

「そう? 分かった」

 芽愛は鞄からお守りを取り出す。

「ほら、これ持っておいて」

「……芽愛の分は無くならないのか?」

「帰ったら補充しておくから大丈夫」

「……扱いが軽いな」

「一応、大事には取り扱ってるよ。粗末に扱うことってまず無いし」

「……まあ、そういうことなら構わない」

 話が微妙に噛み合っていない気がするが、まあいいや。

「高明も、粗末に扱ったらダメだよ」

「……お守りは意味ないんだろ?」

「うん、意味はないよ」

「じゃあ……」

「大事に扱った方が、プラシーボ効果も高まるってことだよ」

「……偉く俗っぽい理由だな」

「まあ私、神様をそこまで信じてないし」

「……神社の娘がそれでいいのか」

「信仰の自由は憲法で保障されてるから、良いんだよ」

「……憲法と来たか」

「他の人が神様を信じること自体は、私否定してないもん」

「……そうなのか?」

「うん。あくまでも私が信じてないって話で、神様を信じることが無意味とは思わない」

「……よく分からなくなってきたな」

「うーん、単純な話だと思うけどなあ」

 やはり、いまいち理解が及ばない。

「まあ、こんな話は良いんだよ。生徒会室行こう」

「……そうだな」

 ……生徒会室に行くんだったな。


       ※ ※ ※


 生徒会室の扉の目の前に戻ってくるなり、芽愛はこちらに目を向ける。

「……僕が開けるよ」

「うん、分かった」

 うーん……


コン……コン……


「……すみません、新聞部の者ですが」


……


「声が小さいんじゃない?」

「……そうだな」


コンコン……


「すみません、新聞部の者ですが!」

「あ、はーい! すみませーん」

 清涼な声色が耳に入ってくる。


ガラガラガラ……


 ドアが内側から開かれる。

「あ、こんにちは!」

「……どうも、こんにちは」

「芽愛ちゃんもこんにちは!」

「こんにちはー、立英ちゃん」

「……」

「ほら、高明」

「……ああ」

 ええっと、名目は……

「……生徒会長選挙に関する取材で参りました」

「あ、はい! お待ちしておりました! よろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」

「こちらへ、どうぞ!」

 初台さんに手招きを受ける。

「……どうも」

「ありがとう! 立英ちゃん」

 芽愛が真っ先に腰かける。

「高明、座らないの?」

「……座るよ」

 椅子を手前に引く。

「……ふう」

 初台さんが最後に腰かける。

「今日はよろしくね、立英ちゃん」

「よろしくー、芽愛ちゃん」

 ……本当に仲が良いんだな。

「今日は部活動だから、真面目にやるよー」

「芽愛ちゃん、なんだかんだでいつも真面目じゃない?」

「そうかなあ、そんなつもりはないんだけど」

 ……さて、どのタイミングで切り出せばよいだろうか。

「あ、ごめん高明、取材始めて」

「……そうだな」

 ……なんだろう、悔しいな。先を越されている感じがする。

「……今回は初台さんに、生徒会長選挙に出るにあたっての、思いの丈を伺いたいと思います」

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 ……ここでさらっと行くか。

「改めまして、新聞部次期部長の西ヶ原高明です。よろしくお願いします」

「……あ」

「どうかしましたか?」

「……西ヶ原君って、次期部長さんだったんですね」

 ……西ヶ原君って呼び方、やっぱり良いな。

「……西ヶ原君?」

「……え、あ、はい。選挙で次期部長に決まりました」

「選挙、ですか……」

「……はい、新聞部の中で選挙で決めたんです」

「面白いですね、部活動でも選挙だなんて」

「……まあ、生徒会にあやかってというか、そんな感じですよ」

「なるほどです」

「生徒会は民主的に会長を決めるのに、部活動で民主的に部長を決めないのはおかしいだとかで……」

「……言われてみれば、確かにそうですよね。今まで、考えたこともなかったですけど」

「ですよね、実は部……」

「部長選挙、高明のアイデアなんだよ!」

「……おい、芽愛」

「……いいからいいから」

 ……芽愛の吐息が、耳たぶを通して伝わってくる。

「……なんで嘘を言うんだ」

 初台さんには聞こえないように、声のボリュームを抑える。

「……脚色だよ、脚色」

「どうかしました?」

 いけない。ここで内緒話をする方が厄介だ。

「……いや、何でもありません」

「高明のアイデア、何回考えてもナイスだねって、伝えただけだよ」

 ……全く、どういうつもりなんだ。

「……そう、それならいいけど」

 変に覆す方が面倒なまである。

「……何回も褒めてくるんで、もうやめてくれって言っただけですよ」

「ふふっ、そうなんですね。芽愛ちゃん、そういうところありますもんね」

「……はは、そうなんですよ、困ったものです」

 うーむ……

「……ふふ、やればできるじゃん」

 初台さんには聞こえない程度の小声が、横から聞こえてくる。

「……すみません、本題に戻りましょうか」

「はい」

 全く、芽愛のせいで余計な手数が増えてしまった。

「というわけで、次期部長の僕と、部員の神楽坂(かぐらざか)さんで、取材をさせていただこうと思います」

「神楽坂さん……」

「……初台さん、どうかしましたか?」

「いえその、なんで名前で呼ばないのかなあと……」

「えっと、それは……」

「立英ちゃん、それは仕事の場だからだよ」

「仕事の場?」

「そう、高明はその点のオンオフが切り替えられる人だから」

 ……呼び方について、芽愛と話を合わせたつもりはないんだけどな。

「なるほど、そういうことなんですねー」

「はい……」

「でも芽愛ちゃんは、私を名前で呼んでいるよね?」

「私と違って、高明は真面目に働くということです!」

「私も、芽愛ちゃんを名前で呼ばない方が良いのかな……」

「そこまでしなくても良いんじゃない?」

「でも、それじゃあ……」

「高明が、そういう人だってことを言いたかっただけだよ」

「そういう、ものかなあ……」

「私も、名字で呼ぶまではやりすぎだと思ったけど、まあ別に、それは各々の考えだしさ」

「じゃあ、私は良いか……」

「うん、立英ちゃんが高明に合わせることもないと思うよ」

「それじゃあ、名前のままで……」

「はい、ではよろしく!」

「うん……」

「ほら高明、続けて」

「ああ、そうだな……」

 いかんいかん、芽愛のペースに飲み込まれてしまった。

「……ではまず、どういう経緯で生徒会長になろうと思ったのか、お聞かせ願えますか?」

「あ、はい……以前にもお話ししたかもしれませんが、現生徒会長の谷在家(やざいけ)先輩のような存在になりたいなあって思って、立候補したいと思いました」

「……なるほど」

「それ以外だと、より良い学校を作るために、少しでも貢献できたらという思いもありますね」

「……そうですか。具体的にどういう方法で、思いを実現しようと思っていますか?」

「……うーん」

 いけない、仕事モードがすぎただろうか。

「そうですね、地味ではあるんでしょうけど、基本的なことを地道に積み重ねていくことが大事かなって思っています」

「……基本的なこと、ですか」

「はい。奇をてらったことよりも、日々の活動を地道に継続していくことが、重要かなあって思います」

 ……アニメに出てくる生徒会長たちに聞かせたい台詞だな。

「もちろん、ただルーティンをこなすわけではなく、色々な発想を使って、常識にはとらわれないアプローチは欠かせないと思います。そういう点も含めて、『継続』かなあって思います」

 思っていた以上だな……

「……あれ、私、変なこと言ったでしょうか?」

「……あ、すみません。かなりしっかりされていたので、凄いなあって思ったんですよ」

「凄い、ですか?」

「……はい、かなりしっかり考えておられるんだなあって、素直に感心してしまいした」

「ありがとうございます。でも、そんなことありませんよ。普通に考えたら、こんな感じかなあって思います」

「いや、なかなかできることではないと思います」

「……そうですか。素直に受け止めさせていただきます」

「ねえ立英ちゃん、そもそも生徒会にはなんで入ったの? そう言えば聞いたことなかった」

「うーん、そうだなあ。中学の時も生徒会で、小学校の時も児童会入ってたし、流れ、かな」

「凄いね、昔からなんだ」

「うん、気が付けば、こういう感じだったかな」

「生徒会長はこれが初めてなの?」

「そうだね、生徒会長になったことはこれまでに無いよ」

「そこで、さっきの話に繋がるんだね」

「うん。これまでも生徒会には入っていたけど、生徒会長になりたいって思ったのは、谷在家会長の存在が大きいかな」

「ということだそうです、西ヶ原次期部長」

「……ああ、ありがとう」

 ……なんだかなあ。

「ねえ、芽愛ちゃん」

「立英ちゃん、どうかした?」

「今、名字で呼んでいたけど……」

「そういう気分になることもあるよ、深い意味はない」

「まあ、いいか……」

「うん、続けて続けて」

「うん……」

 全く、初台さんも困惑しているじゃないか。

「……谷在家会長のどんな点を尊敬されているんですか?」

「そうですねえ、実務家なところです」

「……実務家」

「ええ、実のところ、さきほどの『継続』の話にしても会長の受け売りなんですよ」

「……受け売り、ですか」

「はい。気をてらうな、地道に頑張れって、会長の口癖なんですよ」

「……なるほど」

「実際、会長に出会うまでは、特にこれといった考えもなく、なんとなく生徒会活動をしてきました。中学とかで生徒会長やらなかったのはそのためです。お恥ずかしい話ではありますが……」

「……」

「……あれ、変なこと言ってないですよね?」

「……あ、何度もすみません。やっぱり初台さん、凄いなあって思いまして」

「ふふっ、それじゃあ芽愛ちゃんと同じですよ?」

「……え?」

「西ヶ原君も、何度も褒めるじゃないですか」

 ……しまった。脊髄反射で反応しすぎた。

「……あ、いや、その、なんかすみません」

「ふふっ、励みになるので私は良いんですけどね」

「高明、普通はこういう反応するんだよ。何度も褒められたくないだなんて、高明ぐらいなものだよ?」

 ……色々と思うところはあるが、場の雰囲気を壊すわけにはいかない。

「……僕としても、初台さんを見習いたいと思います」

「ふふっ、頑張ってください」

「頑張れー、高明」

 ……そもそも、事実無根だけどな。しかし、なんだろう。そこまで悪い気はしない。

「……さて」

 ん?

「私、お手洗いに行ってくるね!」

「いってらっしゃい、芽愛ちゃん」

「行ってきまーす」

 ……なんで、このタイミングなんだ。

「……あとは一人で頑張って」

「……ああ」

 芽愛は生徒会室から出て行った。

「……」

「……あはは、行っちゃいましたね。芽愛ちゃん」

 生徒会室。正真正銘の二人きりである。

「はは、そうですね……」


……

…………

…………………


 ……何とかして、場を取り持たねばならない。

「あれ、それって……」

「……えっ」

 初台さんは、僕の手の方を眺めながら、声を発する。

「お守り、ですね」

「……お守り?」

 気が付けば僕は、芽愛から貰ったお守りを手に握っていた。

「……あ、はい。芽愛から貰ったんですよ」

「あ、奇遇ですね。私も芽愛ちゃんから貰いました」

 初台さんは、鞄をこちらに向けてくる。

「……本当ですね」

「はい。以前一緒に遊びに行ったんですけど、その時にくれました」

「……沢山、持ち歩いてますもんね」

「ふふっ、そうなんですよ」

 初台さんは、柔らかに微笑みを見せる。

「……」

「どうかしました?」

「……いえ、すみません。なんでもないです」

 ダメだ。可愛すぎる。

「なんのお守りですか?」

 ……あまり口にしたくはないが。

「……縁結び、みたいですね」

「あ、私も縁結びです」

 ……なにか巨大な陰謀を感じる。

「……ははっ、これまた奇遇ですね」

「本当ですね。私は生徒会長選挙に出るってことで、貰ったんですよ。人との繋がりが大事だってことで」

「……確かに、選挙って人との交流ですもんね」

「はい、そうなんですよ。西ヶ原君は、どういう理由で貰ったんですか?」

 ……真実を明かすわけにはいかない。

「……新聞部の次期部長になるのに因んで、貰った感じですかね」

「ああ、なるほどです」

 ……嘘は、ついてないはずだ。

「……でも、効果あるんですかね?」

「芽愛ちゃんは効果ないって言ってました」

「……ああ、僕もそう言われました」

「ふふっ、面白いですよね。神社の娘さんなのに、気取ってないというか」

「昔からその傾向はありましたが、再会してからは更に、その傾向が強くなった気がします……」

「昔からなんですね」

「はい、なんだか捉えどころがないというか……」

「ふふっ、それが英国で増幅されたんですね」

「はは、多分そうですね……」

 ……おかしい、普通に世間話ができている。

「でも、筋が通っているなって思うこともあるんですよ」

「……筋、ですか?」

「はい、上手くは言えないんですが……」

 うーむ……

「分かりません?」

 ……分からないな。

「……まあ、確かに、そういう見方はできるかもしれません」

「ふふっ、ですよね」

 支離滅裂であるということには、真剣に向き合っている気がする。

「でも、いつも本当にありがたいんです。私、友達があまりいないので」

「……意外です。たまに、他の生徒と話をしているのを目にするので」

「……えっ」

 ……あ、これは、まずかったかな。

「ああ、それはですね……」

 ……杞憂か。

「挨拶する子は沢山いるんですよ。でも、遊びに行くような子はあまりいなくて」

「……そうなんですね」

「案外、芽愛ちゃんが初めてかもしれません」

「……中学とかでもそうだったんですか?」

「……うーん、そうですね」

「……あ、なんかごめんなさい」

「いえ、昔からこんな感じだったんで、そこまで気にしてはいないです」

「……それならよかったです」

「……嘘です。ちょっと傷付きました」

「……あ、いや、その……」

「ふふっ、冗談です」

「……初台さんも、冗談とか言うんですね」

「えー、言いますよー」

「……すみません、言わなそうなイメージだったんで」

「それは偏見だと思いますよー」

「……あ、すみません」

「もう、本気で謝らないでくださいよー」

「……すみません」

「もう!」

 ん? この雰囲気、チャンスなんじゃないか?

「……あ、初台さん」

「はい?」

「連絡先、交換しませんか?」

 ……よし。

「……連絡先、ですか?」

「……あ、はい。新聞部の次期部長ということもあるので、次期会長の最有力候補の初台さんと、交換しておきたいなあと」

 ……予定通り。

「……うーん」

 ……え?

「……ダメ、ですか」

「……あ、ごめんなさい」

 ……

「やっぱり、ダメですよね……」

「いや……その……」

 ……人生、そんなにうまくいくわけはないか。

「ごめんなさい! 失礼しました」

「え……いや……」

 気が付けば僕は、生徒会室を飛び出していた。


       ※ ※ ※


「あれ、高明は?」

「……あ、芽愛ちゃん」

「どっか行ったの?」

「……うん、どっか行っちゃった」

「……なんかあった?」

「いや、無かったと思うけど……」

「……本当?」

「あ、お話ししてる中で、連絡先交換をお願いされたの。次期部長だからってことで」

「……なるほど。それでどっか行っちゃったのね」

「うん、なんでかなあ」

「……ちなみに、どう回答したの?」

「ああ、それは……」

「……ん?」

「これ見て」

「うん」

「昨日、忘れちゃってさ」

「ああ、そういうこと……」

「うん、タイミング悪かったなあ」

「……理由は分かった」

「え? どういうこと?」

「ごめんね、立英ちゃん。私も帰る」

「……え、あ、うん」

「取材の内容は、さっき話した分で十分だと思うから、それ使うね」

「……うん」

「取材のご協力、ありがとうございました」

「……い、いえ……」

「それじゃあね」

「……うん、バイバイ」


ガラガラガラ……


「……はぁ。まあ、高明らしいか」


       ※ ※ ※


 家の最寄の公園。ベンチに座り込む。

「……」

 勢いでひた走り、家に帰ろうとしたが、玄関の前で鞄がないことに気付いた。

「……嫌われたよな、あれ」

 空気を読みきれずに、連絡先交換を持ち掛けた挙句、職務を放棄して部室を後にしてしまった。

「……明日は学校、行けないな」

 部活動も、途中で抜け出してしまった形。どうしていいのか分からない。

「はあ……」

 流石に後悔、後悔……

「……」

 ポケットの中に入れた、お守りの感触が伝わってくる。

「……」

 こんな自分が情けなくて、仕方がない。


       ※ ※ ※


 気が付けば、辺りが暗くなってきた。公園の遊具で遊でいた子供の姿も、すでに消えている。

「……はあ」

「……はぁ、はぁ、こんなところにいたか。灯台下暗しだね」

「……」

「ほら、これ……」

 芽愛は僕の鞄を突き付けてくる。

「……」

「高明、聞いてる?」

「……」

「はあ、もう」

 芽愛は、僕の鞄をベンチに置いて、どっかに向かっていく。

「えい!」

「わあ!」

 突如、顔面に、冷たい何かを浴びせられる。

「うん、生きてるね」

「……なにするんだ」

「水道水を汲んできて、浴びせたんだよ」

「……そういうことを聞いてるわけじゃない」

「どういうこと?」

「……」

 いけない、手中に嵌ってしまった。

「断られたんだってね」

「……」

「まあ、そういうこともあるよ」

「……」

「可能性に賭けたのは、良かったと思うよ」

 ……分かったようなことを言うな。

「……鞄は、届けたからね。鍵もその中でしょ」

「……」

「じゃあ、また明日」

 ……行くのか。


       ※ ※ ※


 気が付けば、辺りは暗闇、

「……帰るか」


       ※ ※ ※


「お兄ちゃん、おかえり。ちょっと遅かったね」

「……そうだな」

「もうすぐ、夕飯だよ」

「……芽愛から聞いてないのか?」

「芽愛ちゃん? 何を?」

「……今日は、食欲無いからいい」

「あ、うん……お兄ちゃんの分のお刺身、私が貰ってもいい?」

「……好きにしろ」

「分かった。食欲が無いことは私から伝えておくよ」

「……」

 靴を脱ぎ、自分の部屋へ直行する。

 

       ※ ※ ※


 自分の部屋。暗闇の中、時計の秒針が動く音だけが聞こえてくる。


……

…………

………………


ピコピコッ!


「ちょこみんと……」

 ……昨日、連絡すると言っていたな。

「……本当に来るとは」

 ……寝よう。


……

…………


「……はあ。仕方、ないか」


 DM画面を開く。


『高明先輩、お疲れ様です。……いま、大丈夫でしょうか?』


「……大丈夫じゃないな」

 なんで今、メッセージのやり取りをしないといけないのだろう。

「……」

 多分、ここで断ると、更に学校に行きにくくなる。いや、どのみち明日は学校に行くつもりがないが、障害は必要以上に増やしたくはない。


『……少しだけなら大丈夫』


 ……まあ、これが良いだろう。損切りというやつだ。

「……送信」

 どうせすぐに……

「やっぱりな」

 全く、どんだけ文字打つの早いんだ……


『……ありがとうございます。初台先輩の件、上手くいかなかったと聞いて、心配していたんです……』


 ……芽愛ルートで伝わったのだろう。

 まあ、特に深い意味などは無いのだろうが、ここで雑な返答を送るわけにはいかない。


『ありがとう、多分大丈夫だと思う』


 ……こんな感じか……送信。

「……来たか」


『……本当、ですか? 落ち込んでないですか?』


 ……なんだろう、この感情。断じて、深い意味などは無いのだと思うが。


『……大丈夫だよ、本当にありがとう』


 まあ、これで……


『……本当に……本当ですか?』


 ……いやまあ、大丈夫ではないが。明日、学校行く気ないし。


『まあ、少しは落ち込んでいるけど……』

 ……これくらいなら大丈夫だろう。


『やっぱり、落ち込んでいるんですね。高明先輩がそんなだと、私も悲しくなります泣』


 ……安易な考えになってはいけない。そんな深い意味はないはずだ。


『……本当?』


 ……送信。


『……はい、自分のことみたいに悲しいです』


ドクッ……ドクッ……


 ……急に脈動が激しくなった気がするが、気のせいだろう。そんな深い意味は……いや……


『恵蘭ちゃんが、そんなに悲しむことないんだよ?』


 ……変なことは言ってないはず。


『心配なんです。でも、大丈夫です。高明先輩には私がついてますから』


 これってさ、もしかしてさ……


『それ、どういう意味?』


 深い意味はない……深い意味はないはずだ。


『……言葉通り、ですよ』


 ……いや待て、冷静になれ、自分。初台さんに断られたショックで、正常な思考ができていないんだ。


『……ありがとう。でも、言い回しには気を付けた方が良いと思うよ。ほら、勘違いする人もいるだろうし』


 ……彼女は、人との距離の詰め方が苦手なだけなんだろう。先輩として指導しないとな……


『……勘違い、じゃないですよ?』


……

……

……


「……疲れているんだな、きっと。これはきっと夢に違いない」


……

……

……


「……いや、そんなわけはない」

 言葉通り? 勘違いしてもいい?


『ありがとう、心配してくれていることはよく分かったよ』


 ……まあ、保険は大事だよな。


『……とんでもありません。私ならいつでも、高明先輩のお力になりますから、遠慮なく、私を使ってください』


 ……やっぱり、深い意味は無いよな? いつでも相談してくれって意味だよな?


『ありがとう……頼らせてもらうよ』


 さて……


『よろしくお願いします……』


 ……寝ようかな。


『高明先輩。一つ、お願いごとがあるんですけど、よろしいですか?』



『何かな?』


 何もあるはずがない、あるはずがないんだ。


『声、聴きたくなっちゃいました』


 あるじゃん……


『……声って、僕の声?』


 いや、他の誰かの声であるわけもないんだけどね。


『……はい、少しだけ……で大丈夫なので』


 良いのか? 良いのか?


『……今から?』


 ……いや、そうじゃない、僕はどうしてしまったんだ?


『……はい。ダメ……ですか?』


 ……ダメじゃないよ。


『……電話番号教えたらいい?』


 深い意味は無いから、電話するだけだし。


『はい……お願いします……』


『……これ、電話番号』

 電話番号を添付する。


『……ありがとうございます。それでは、連絡……させていただきますね……』


ドクッ……ドクッ……ドクッ……ドクッ……


「……まだか」


プルルルルッ……プルルルルッ……


「……来た」


ドクッ……ドクッ……ドクッ……ドクッ……ドクッ……ドクッ……


「……もしもし」

「あ、高明?」

「……」

「高明、今大丈夫?」

「……なんで?」

「……ん?」

 ……いや、さっきのやり取りがバレるのは、極めてマズい。

「……何の用だ?」

「あ、ごめんね。大丈夫かなあって思って」

「……何が」

「何がって……いや、まあいいや。明日学校行ける?」

「……行かない」

 ……無理やり、連れ出そうというのか。

「そっか、分かった」

 ……ん?

「朱苑先輩には、もう伝えてあるから」

「……何を」

「明日高明、学校来ないかもって」

「……行かないなんて言ってないぞ」

「でも行かないでしょ?」

「……行かない」

「うん、無理に行くことないよ」

「……連れ出さないんだな」

「え?」

「……なんで、行かせようとしないんだ」

「行けって言っても、行かないと思って」

「……そうか」

「うん」

「……」

「そこで、私も休もうと思って」

「……いや、なんでそうなる?」

「だって、高明だけサボるのはズルいし」

「……そういう問題か?」

「うん、たまにはいいでしょ。これまでサボったことなんてないし」

「いや……行った方が良いだろ」

「いいよ、一日くらい」

「……いや、でも」

「サボるって言ったらサボるんだよ」

「……好きにしろ」

「だから、高明の家行くね」

「……どうしてそうなる」

「いや、どっか出かけるわけにもいかないし」

「……自分の家いたらいいだろ」

「高明の家にいるねって、言っちゃったし」

「……そもそも休む許可を貰えたのか」

「うん。真剣にお願いしたら、良いよって。サボる許可は貰ってるから、後は高明だけだよ」

 ……サボる許可を貰える家庭があるんだな。僕なんか、腹痛にするか頭痛にするかで悩んでいたのに。

「ダメ?」

「……いや、うちの母さんが許さないんじゃないか?」

「それも大丈夫。今さっき、杏ちゃん経由で許可貰ったから」

「そんなわけ……」

「私と一緒なら良いよって」

「……信頼されすぎだろ……」

 いや、むしろ僕が信用されていない可能性が……

「とにかく、そこの面は大丈夫だよ」

 ……僕の知らないところで、既に僕は休むことになっているのか。全く、どういうことだ。

「正真正銘、高明以外の障壁はないよ」

「なんでそこまで……」

「たまにはそういうのも良いかなあってだけだよ、深い意味はない」

「……そうか」

「うん、ダメ?」

「……そこまで囲い込まれたなら、仕方ないな」

 ……まあ、どうせ抗っても無駄だし……全く以て、他意は無い。

「分かった。じゃあ明日行くからね」

「……ああ」

「それじゃあね」

「……」


プー……プー……プー……プー……


「ふう……」

 全く、意味の分からないことになった。

「さて、寝るか」

 布団に潜り込む。


プルルルルッ……プルルルルッ……


「あ……」

 見慣れない電話番号からの電話に出る。

「……もしもし」

「あ、高明先輩の電話で合ってますか?」

「……うん、合ってるよ」

「……もしかして、通話中でしたか?」

「あ、うん。ごめんね。なんか先に、芽愛から電話がかかってきちゃって……」

「……神楽坂先輩からですか」

「うん、ごめんね。切るに切れなくて……」

「……そうですか」

「本当にごめん……」

「……いえ、それなら仕方ないです」

「……」

「……あれ、思ったよりも、元気そうですね……」

「そんなことないと思うけど……」

「……そうですか」

「うん……」

「あ、お電話、ありがとうございました。声が聴けて良かったです」

「……それは良かった」

「……それでは、失礼しますね」

「……ああ、うん」


プー……プー……プー……プー……


「……本当に、声が聴きたかっただけなんだな」

 まあ、年頃が年頃だし、ふとそんなことを感じることもあるのだろう。高校生とは言っても、数か月前までは中学生やっていたわけだし。先輩としての責務は果たせたのだろう。

「……さて、寝よう」

 明日は学校に行かなくても良いらしいので、この時間から眠れば、たっぷり眠ることができるはず。


……

…………

………………

……………………





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