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第4話「交番の人ってかなり親切なんですよ、感動しました」

取材のために、生徒会室で消えた物を探し始める高明たち。初の初台との共同作業、高明は無事、仕事を全うすることができるのか?

「………………」

「…………」

「……」

「ん……朝か……」

 ベッドの横の台に置いてあるスマホを手に取り、電源ボタンを押す。

「五時……随分と早いな……」

 窓の外を眺めてみると、まだ少し暗い感じがする。

「二度寝するか……」

「………………」

「…………」

「………………」

 ダメだ、眠れない。頭が冴えきってしまっている。それに、体が睡眠を欲していないような気もする。

「一体、昨日は何時に寝たんだ……」

 入浴後すぐに床に就いた記憶はあるのだが、何時に寝たかまでは全く覚えていない。

「……いいや、起きよう」

 とは言っても、起きて何をすれば良いだろう。数年間、こんな早朝に起きていないので、何をして良いのか分からない。

「……とりあえず、顔を洗うか」

 ベッドから起きて、洗面台に向かう。


トコ……トコ……トコ……


 まだ誰も起きていないみたいで、家中、電気はついていない。

「……」

 洗顔と歯磨きを済ませると、何をしていいのか分からなくなる。学校は数時間後、制服に着替える必要はまだない。

「朝食でも、摂るかな……」

 断じて、芽愛(めい)に言われたからではない。『あーん』という子ども扱いが心底嫌なだけだ。

「さて……」

 まだ誰も起きていないので、自分で用意することになる。

「納豆でいいか」

 納豆に関しては、いつも冷蔵庫にストックしてあるので、それを取り出す。

「あとは……」

 冷凍庫にいつも入っている冷凍ご飯を取り出す。母は、ご飯が余るとラップに包んで冷凍するので、たまに自分で作る時はこれを使っている。


ピッ……!


 電子レンジに入れて、『解凍』ボタンを押す。

「……」


チン!


「……よし」


ガサ……ゴソ……


「……やっぱ、まだ冷たいか」

 うちのレンジは安物なので、一度解凍したくらいでは完全には溶けない。


ピッ……!


 そこそこ溶けてはいたので、次は『あたため』ボタンを押す。

「……味噌汁も、欲しいな」

 一から味噌汁を作るのは面倒なので、キッチンにストックしてあるインスタント味噌汁を取り出す。

「文明の利器、だな……」

 具と味噌をお椀の中に流し込む。あとはご飯が温まり次第、ポットに入っているお湯を注ぐだけ。


チン!


「……よし」

 ご飯が温まっていることを確認したので、お茶碗に投入。


まぜ……まぜ……


 冷凍ご飯は形が少し角っぽいので、スプーンを取り出してそれなりにほぐす。


ジャー……


 次いで、味噌汁のお椀にお湯を入れる。

「……いただきます」

 誰もいないリビングの机の上、食事を開始する。

「これが、重要なんだ……」

 納豆とご飯は別々に食べたいので、ご飯の上には乗っけたりはしない。付属の出汁と、からしを投入して、適当にかき混ぜた後に、口の中に啜りこむ。

「……旨いな」

 朝に食べる納豆の味は格別な気がした。

「いつも以上……だな」

 ……口の中に納豆の味が残っているうちに、ご飯をかき込む。


もぐ……もぐ……


 ……次は、味噌汁か。


ジャブ……ジャブ……


 箸で少しかき混ぜて、味をお湯に馴染ませる。


ゴク……ゴク……


 朝に飲む味噌汁の味も、いつもより美味しく感じた。

「……さて、TKGにするか」

 TKGとは、卵かけご飯のことだ。Tが『卵』、Kが『かけ』、Gが『ご飯』である。

「えっと……」

 冷蔵庫からは生卵、キッチンからは醤油を持ってくる。


コン……コン……


 生卵を割り、お茶碗にそのまま流す。その上から醤油を少々垂らし、ご飯に混ぜ込んでいく。

「……旨そうだな」


ジュルッ……ジュルッ……ジュル……


 卵のまろみと醤油の塩味が上手く組み合わさった、絶妙な感覚が舌に伝わる。次いで納豆、次いでTKGと、しばらく無限ループのように、交互に流し込んでいく。

「……なくなったか」


ゴク……ゴク……ゴク……


 味噌汁によって、口内に残るTKGと納豆の味が洗い流されていく。この感覚、この上なく気持ちが良い。

「ふう、ご馳走様」

 お椀と箸を重ねて、洗い場に持っていく。

「分別……」

 卵の殻は生ごみなので、洗い場に行く途中の生ごみ用のごみ箱に入れる。生卵を入れておいた納豆のカップは、燃えるごみとして捨てる。


ジャー……


 ぬめりが残っているので、お椀を軽くゆすぐ。


ゴシ……ゴシ……


 そのうえで、全ての食器に泡を付けていく。

「さて、流すか……」


ジャー……ジャー……


「……よし、終了」


キュッ……キュッ……


 水で流した後の食器の音、大好きなんだよな。

「……よし」

 乾いた布で食器から水気を抜いたので、食器棚に戻してゆく。

「あれ? お兄ちゃん?」

 妹の(あん)が起きてきた。まだパジャマ姿、洗面台に向かうところなんだろう。

「……おはよう」

「おはよう、お兄ちゃん。珍しいね、こんな早くに」

「……たまたま目が覚めたんだ」

「そうなんだ、あれ、ご飯食べたの?」

「……納豆と冷凍ご飯で済ませた」

「私、感動したよ!」

「……え?」

「久々の、マトモな朝ごはんだね!」

「……芽愛に『あーん』をされたくなかっただけだ」

「ああ……そういう」

 杏の表情に落差が生まれる。

「……そうだ」

「まあ、理由は何でもいいか、私は嬉しいよ」

「……そんなに喜ぶことか?」

「うん。だってこのまま朝食食べなかったら、お兄ちゃんダメな大人になっちゃうし」

「……大げさだろ」

「そんなことないよ、朝食は大事なんだよ」

「……明日は食べるか分からないぞ」

「だったら芽愛ちゃんを使うだけだよ」

 全く、すぐにこれだもんな……

「……部屋に戻るよ」

「まさか、二度寝しないよね?」

 僕はそこまで、ダメ人間じゃない。

「……しない、というか目が冴えて眠れないよ」

「そっか、ならいいけど」

「……杏は顔洗いに来たんだろ、僕と話してないで洗いに行ったらどうだ」

「あ、そうだね」


トコ……トコ……トコ……


 なんとなく杏を見送ってから、自分の部屋に戻る。

「……あと、三時間ほどあるのか」

 さて、何をしていようかな。


       ※ ※ ※


 七時半。結局、二時間半ほどは浪費。なんとなくスマホをいじっているうちに、いつの間にやらこんな時間。あと少しで学校なので、既に制服には着替えている。


ピンポーン!


 何となく、嫌な予感がした。

「お兄ちゃーん、芽愛ちゃん来たよ」

 予感的中。とりあえず、癪だから返事はしない。


コンコン……


 ……やはり来てしまったか。

「こうめーい、入るよ」

 なんとなく嫌だから、返事はしない。

「返事しなくても入るからー」

 じゃあ、最初から聞かなくてもいいだろうに。


バンッ……!


「おはよう! 高明(こうめい)

「……おはよう」

「全く、なんで返事しないのよ」

「……特に理由はない」

「理由がないなら返事しないの?」

「……そういうこともあるだろ」

「いや、無いと思うよ」

 そうだろうか、割と普通にやるんだけど。

「あ、高明、早起きしたんだってね」

 ……杏か。

「……なんとなく目が覚めたんだ」

「朝ご飯も食べたんだってね」

「……ああ」

「何食べたの?」

「……そこは聞いていないのか」

「うん」

「……納豆と、ご飯だ」

「納豆ご飯か」

「……違う。納豆と、ご飯だ」

「ん? 同じじゃない?」

「……全然違う」

「何が違うの?」

「……ご飯の上には納豆は乗せないから、納豆ご飯ではない」

 これは案外重要。納豆を乗っけたご飯と、別食べのご飯では意味合いが違う。牛丼と牛皿みたいなものだ。

「そんなもんかな」

「……そうだ、味わいが全く違う」

 ここだけは譲れない。

「そこまで言うなら、今度やってみようかな」

「……是非」

 よし、一矢報いたぞ。いつものように好き勝手にされる僕ではない。

「納豆の食べ方に、高明がそこまで拘りがあるとは思わなかったよ」

「……拘りじゃない、事実の話をしている」

「はいはい、分かった分かった」

 よしよし、今日は僕のペースで行けそうだな。

「でも偉いね、高明。ちゃんと朝ごはん食べたんだもんね」

「あー……」

「『あーん』が嫌だっただけ、でしょ」

 ちっ、先回りされた。

「高明の考えていることくらいは分かってるよ、大抵」

「そんなわけ……」

「高明って案外、単純だし」

「……僕は色々考えている」

「『色々考えている』って辺りが、既に分かりやすいんだよ」

「くっ……」

「ふふっ、まあいいや。そろそろ学校行こうか」

「……」

「『当たり前になってやがる』とか考えてるでしょ」

「……ノーコメントだ」

「ほら、分かりやすい」

「……さっさと行くぞ」

「ふふっ、はーい」

 小悪魔的な微笑が、背中の後ろの方から聞こえた。


       ※ ※ ※


「高明、何か思いついた?」

 通学路、芽愛が静寂を打ち破る。

「……何のことだ?」

「えー、生徒会室の物が消えるってことだよ」

 しまった、ろくすっぽ考えていなかった。

「……妖精さんが、持って行ったんじゃないのか」

 適当ながらも、それなりに考えていた感を出せる完璧な回答だな。我ながら素晴らしい。

「高明どうしたの、熱でもあるの」

「……なるほど、そういう反応をされるのか」

「ん?」

「……なんでもない」

「そう。まあ、あながち間違っていないかもね」

 本気にされても困るところだ。

「……流石に、妖精さんはあり得ないだろ」

「えー、高明が言ったんでしょー」

「……さっきのは冗談だ」

「私は真面目に聞いてるんだよー」

「……ところで、芽愛は何か考えてきたのか?」

 よし、話を上手くすり替えた。

「もう……そうだなあ、扉だけが出入りの手段じゃないかもなあ、とは考えていたけど」

「……扉以外の出入り口か」

「うん。窓とか、隠し扉とか、抜け穴とか」

「……最後の二つはともかく、窓は怪しいかもしれないな」

「そうだね。生徒会室は一階だし、割と入りやすいかもしれないよ」

 そう、生徒会室は学校の一階にある。仮に窓が開いていたならば、確かに出入りは容易である。

「……問題は、誰がって話になるが」

「ふふっ、妖精さんなんじゃない?」

「……僕は真面目に話しているんだ」

「私だって真面目に話してたもん」

「くっ……」

「まあ、でも案外悪くない見方だとは思うよ」

「……そうか?」

「うん、妖精さんと、窓からの出入り、これを組み合わせると何か分かる気がする」

「……そもそも、窓が開いていない可能性もあるけどな」

「まあ、そこは生徒会室に行った時に確かめてみようよ」

「……そう、だな」

 なんだかんだで、昨日よりも話が進んでいる感じはある。少しずつだが、解決に繋がっているのだろうか。

「それにしても高明、相変わらずだよね」

「……と言うと?」

「昔、外で遊んだ時に、私がオモチャのピアスを無くしたことがあったじゃん」

「……よく覚えてない」

「えー、私は凄い覚えてるんだけどな」

「……記憶にない。それで、その話がどう関係してくるんだ」

「高明、あの時も一生懸命探してくれたなーって思って」

「……そうなのか」

「うん。昨日、高明が真剣に解決しようとしてるの見てさ、記憶がフラッシュバックしたんだよ」

 やはり、あまり記憶には無い。

「日が落ちた後も探そうとしててさ、私が止めても探そうとしてたもの」

「……それは、結局見つかったのか?」

「当事者の高明に答えるのも変な話だけど、なんだかんだで見つかったよ」

「……そうか」

「うん。灯台下暗しって感じで、遊んでいた公園の砂場に落ちていたのを、高明が見つけたんだよ。多分、今でも家のどっかにあるとは思う」

「……それは良かった」

「なんか他人事」

「……仕方ないだろ、覚えていないんだから」

「まあ、覚えてないなら仕方ないか」

「……ああ」

「でも、凄く嬉しかったんだよ、見つかった時」

「……お気に入りだったなら、見つかったら嬉しいだろうな」

「そういうことじゃないよ」

「……どういうことだ?」

「ふふっ、秘密だよ」

「……秘密にする意味が分からない」

「あ、近いうちに分かるかもしれないね」

 芽愛は意味深な微笑みを見せるが、本気で意図が分からない。

「まあ、お楽しみは放課後かな」

「……お楽しみ?」

「うん、とりあえず授業頑張ろ」

 全く、つかみどころのない話だ。

「ほら、学校着いたよ」

 いつの間にか校門。

「じゃあ、今日も一日がんばろー! おー!」

 周囲の視線がこっちに向くから、こういうのは本当にやめてほしい。何のためにやる必要があるのか分からない。

「ほら高明も、おー!」

「……やらないぞ」

「やらないなら問答無用で『あーん』するから」

 随分と節操がない恫喝だな。

「おー……」

「声が小さい!」

「おー!」

「よし、合格」

 周囲からの何とも言えない視線に晒されながら、僕たちは教室に向かった。

 

       ※ ※ ※


「お疲れ様です! 朱苑(しゅおん)先輩!」

 全授業が終わり、放課後の新聞部室。勢いよく開く引き戸。

「お疲れ様、芽愛ちゃん」

「お疲れ様でーす、あれ……?」

「ああ、この娘は前にも話した恵蘭(けいらん)ちゃんよ。今日は調子良いみたいで、部活動に参加してくれるわ」

 朱苑先輩は、向かいの席に座る吉祥寺(きちじょうじ)さんを紹介する。

「あ……よろしくお願いします。吉祥寺恵蘭です」

「よろしくお願いします、吉祥寺さん。私は神楽坂(かぐらざか)・アースキン・芽愛です」

「……アースキン?」

「はい、英国人の母と、日本人の父のハーフなんです」

「……そうなんですね。よろしくお願いします、神楽坂先輩」

「よろしくお願いします!」

「高明君は幼なじみなのよ」

「なるほど……そういうことだったんですね……」

「ん? 恵蘭ちゃん?」

「いえ……何でもありません、王子(おうじ)先輩」

「そう? ならいいけど」

 『そういうこと』とは、昨日のことだな。あの時、僕たちのことを見ていたようだからな。

「まあ、学年的には芽愛ちゃんの方が先輩だけど、新聞部的には一か月くらいは恵蘭ちゃんが先輩だから、なにかあったら恵蘭ちゃんにも聞いてちょうだい」

「分かりました! 吉祥寺さん、よろしくお願いします!」

「あ……はい、お役に立てることがあれば……」

「よし、じゃあ部活を始めるわよ」

「はい!」

「じゃあ……」

「取材ですね!」

「まずはお茶と行きましょう!」

「あはは、そうでしたね。お茶しましょう!」

「じゃあ、お茶を用意するわ」

「……あ、王子先輩……今日は私が入れますよ」

「恵蘭ちゃん?」

「……はい、今日は私がお入れしますよ」

 珍しいな。吉祥寺さんからお茶出しを言い出すなんて、初めて見たかもしれない。まあ、そんなに気にするようなことでもないが。

「うーん……じゃあお願いできる?」

「……はい、ではご用意しますね」

 吉祥寺さんは席を立つ。

「珍しいわよね、高明君」

「そうですね……」

「朱苑先輩、なにが珍しいんですか?」

「恵蘭ちゃんがお茶汲みするって言い出すことよ」

「いつもは違うんですか?」

「ええ、たまに気分で、私からお願いすることは有るけどね」

 そんな話をしている間に、吉祥寺さんがお茶を持ってくる。

「ご用意できました。王子先輩、どうぞ……」

「ありがとう、恵蘭ちゃん」

「どうぞ……西ヶ原(にしがはら)先輩……」

「ありがとう、吉祥寺さん」

「どうぞ……」

「ありがとうございます、吉祥寺さん!」

「いえ……」

 吉祥寺さんは、さっきまで自身が座っていた席に着く。

「朱苑先輩! 高明、今日朝食を食べたんですよ!」

「あら、本当?」

 こうやって、いちいち情報共有されるのか。これではプライバシーも何もないよな。

「納豆とご飯を食べたらしいです」

「納豆ご飯?」

「納豆と、ご飯らしいです」

「なにが違うの?」

「別に食べると味わいが違うって、高明が」

「ふふっ、高明君、変な拘りがあるのね」

「ははっ、そうですね……」

「私も今度やってみようかしら」

「是非……」

「ちなみに納豆って、健康に良いらしいわね。血流改善に効くみたいよ」

「そうだったんですね!」

「芽愛ちゃんは納豆好き?」

「はい、帰国してからは毎日のように食べてます!」

「英国ではどうしていたの?」

「シリアルが多かったですね」

「あいつも、今頃はシリアルでも食べてるのかなあ……」

 ……あの人のことか。

「え?」

「いや、なんでもないわ」

「あ、はい……」

 絶対に、今でも好きなんだよなあ……

「あとは、トーストとかサラダですかね」

「ふーん、そんな感じなのね」

「はい! 帰国して納豆を食べた時には感動しました。母国の朝食だーって感じで」

「あれ……そういえば、帰国した理由を聞いていなかった気がするわ」

「母の仕事の都合です」

 知らなかった。というかそこまで気にしていなかった。

「そうだったのね」

「はい、母と二人で暮らしていたんですが、母の帰国と一緒に戻ってきました」

「あれ? お父様は?」

「父はずっと日本暮らしです。神社で神主やってるので」

「神社かあ、ここの近く?」

「高橋神社です。ご存じですか?」

「なるほどー、そうだったのね。じゃあ今は神社で暮らしているのね」

「そういうことになります」

「へえ……お参りに行く時はよろしくね」

「はい、お待ちしています」

「でも、ちょっと失礼かもしれないけど、神主のお父様と、英国出身のお母様って凄いわね。一見、対極に位置する感じだし」

「母が一目惚れしたらしいですよ。たまたまお参りした時に、恋に落ちたみたいです」

「なんだかロマンチックねー」

「今でもラブラブですよー」

 へえ、あの堅物なおじさんがな。というか、最近殆ど会ってないな。

「素敵ねー、でも日本と英国じゃ距離があったんじゃない?」

「そこはプラトニックで補えているそうですよ。やり取り自体はメールやテレビ電話でしてましたし」

「ますます惚れ惚れするわね。それができるって、かなりの信頼関係がある証拠だもの」

「はい! 自慢の両親です!」

「素晴らしいわ。なんとなくだけど、芽愛ちゃんのバックボーンが見えた気がする」

「それは、確かにあるかもしれませんね」

 しかし、プラトニックやらバックボーンやら、かなり意識の高そうな会話だな。というか、プラトニックってなんだろう。

「ねえ、吉祥寺さん」

 僕はひそひそ声で、隣に座る吉祥寺さんに声をかける。

「……なんですか? 西ヶ原先輩」

「プラトニックって、なにか知ってる?」

「えーっと、精神的な繋がり……ですかね」

「なるほど、ありがとう」

「いえ……どういたしまして……」

 吉祥寺さん、物知りだな。いや、この場で知らないのは僕だけだったから、僕が無知だったのかもしれない。

「それにしても良い話を聞けたわ、ありがとう」

「いえいえー、とんでもありません」

 あちらの話も終わったようだ。

「さて、そろそろ部活と行きましょうか」

「はい!」


ガチャン……ガチャン……


 吉祥寺さんは無言で、全員分の湯飲みをお盆の上に乗せていく。

「私と恵蘭ちゃんは部室で作業するわ。二人は昨日の続きをお願いね」

「分かりました!」

「片付けを待たずに行って大丈夫よ」

「はい! 高明、行こうか」

「……ああ、てか腕を引っ張るな」

「よし、取材だ!」

「……聞いちゃいない」

 僕は、芽愛に引きずられながら部室を後にした。

「……」

「恵蘭ちゃん、やっぱ具合悪い?」

「いえ、大丈夫です……すみません」

「そう、ならいいけど」

 

       ※ ※ ※


「ねえ、高明」

 生徒会室に向かう廊下。

「……なんだよ」

「吉祥寺さんと、何話してたの?」

 何故に気が付いたんだ。

「……芽愛には関係ないだろ」

「まあ、関係ないけど」

「……」

「……」

「……『プラトニック』の意味を聞いていたんだよ、意味を知らなかったから」

「なるほど、そういうことね」

「……そうだ」

「変わった娘だよね、吉祥寺さんって」

 芽愛のがよほど変わり者だと思うが。

「初対面で、いきなりその感想はどうなんだ」

「全く悪意はないよ、単純にそう思ったの」

「……まあ、否定はしないけどさ」

「高明のことをじろじろ見てたし」

「……嘘だろ?」

「ホントだよ、もしかして気付いてなかったの?」

「……ああ」

「気付くと高明のこと見てるなあと」

「……そう言うお前も、こっちを見てるってことじゃないか」

「高明だけ見てるわけじゃないよ、場の全体を見てるの」

「……物は言いようだな」

「でも、ホントにいままで気付いてなかったの?」

「……うん」

 そんなの、発想すらなかった。

「まあ、もしかしたら私の気のせいかもしれないから、そこまで気にしないで」

「ああ……」

 まあ、にわかには信じがたい。僕をじろじろ見る理由も分からないし。

「生徒会室、着いたよ」

「……知ってる」

「ノックする?」

「……なんで聞くんだ」

「ノックしたいかなあと」

「……したくない」

「じゃあ、私がするね」


コンコン……


「すみませーん」

「はーい、少々お待ちください」

 透き通った声が、生徒会室の中から聞こえる。


ガラガラ……ガラガラ


 内側から扉が開く。

「あ、こんにちはー。えっと、西ヶ原君と神楽坂さんですね」

「……こんにちは」

「こんにちはー、初台(はつだい)さん。今日もお邪魔します」

「いえいえ、どうぞお入りください」

 僕らは揃って、部室に入り込む。

「会長、新聞部の方々です」

「いらっしゃいませ。西ヶ原君、神楽坂さん」

「お邪魔します」

「あー、えーっと……」

「ごめんなさい、神楽坂さんとは初めてでしたね。生徒会長の谷在家(やざいけ)有野(ありの)です。よろしくお願いしますね」

「失礼しました! 新聞部の神楽坂・アースキン・芽愛です。よろしくお願いします、谷在家会長」

「はい、よろしくお願いします」

「えーっと……朱苑先輩が、よろしくとおっしゃっていました」

「ふふっ、お伝えいただきまして、ありがとうございます」

「はい!」

「初台から話は聞いています。昨日の取材の続きでしたね」

「はい!」

「私は少ししたら下校するので、本日も初台が対応させていただきますね」

「分かりました!」

立英(たかえ)、後は頼んだわね」

「はい、お任せください」

 谷在家会長は、部屋の奥の会長席に戻る。

「では、今日も私が対応させていただきます」

「はい! よろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」

「はい、他の生徒会メンバーは今日もいませんので、ひとまずお掛けください」

「それでは失礼します!」

「失礼します……」

「はい、どうぞ!」

 さて、再開だ。とりあえずメモ用にスマホを出そう。

「今日はどうでしたか? あれから何かなくなりましたか?」

 今日も芽愛が聞き役。

「いえ、今のところ、何もなくなっていません」

「そうですかー」

「何も情報がなくてすみません」

「いえ、大丈夫です。今日は少し当てがあるので」

「当て、ですか?」

「はい、少し気になることがあるんですよ」

「それは何でしょうか?」

「ズバリですね」

「はい」

「妖精の仕業、なのかなあと」

「……えーっと、妖精、ですか?」

 おい、初台さんが困った顔をしているぞ。

「はい、妖精さんです」

「……えっと、つまりどういうことでしょうか?」

 当然の疑問だな。

「妖精に近い存在の犯行かなあと」

「……妖精に近い存在、ですか?」

「はい。生徒会室の鍵は閉まっているわけでして、人間による犯行の線は、切り捨てて良いんじゃないかなあと」

「……なるほど、そういうことですか。でも、なぜ妖精なんですか?」

「すみません、そこは一つの例えです。人間以外ということを言いたかったんです」

「……なるほど、そういう話であれば……分かります」

「ねえ高明」

「……なぜここで、僕に声をかけるんだ」

「『最初から、人間以外って言えば良いじゃないか』って思ったでしょ」

「……何故分かった」

「そういう顔してたもん」

「……今は僕のことはいいだろ」

「良くないよ」

「……どう良くないんだ?」

「『妖精』って言われたらこういう反応になるんだよ、普通は」

「……芽愛以外には言ってないだろ」

「私は言われたんだよ」

「……どういうことだ?」

「あの時の私の気持ちを分かってほしかったんだよ」

「……朝は、そんなこと気にしてなかったじゃないか」

「まあ、そうだけどさ」

「……なら良いじゃないか」

「顔見てたら、なんとなく言いたくなったの」

「……そうか」

「うん」

 ……まあ、気を付けるかな。

「あ、えーっと……」

「あ、ごめんなさい、初台さん。話が脱線しちゃって」

「あ、いえ、大丈夫ですよー」

「……えっと、僕もごめんなさい」

「ふふっ、大丈夫ですよ。西ヶ原君」

 初台さんに迷惑をかけてしまった。原因は明らかに芽愛にあるが、僕も気を付けよう。

「立英、私帰るわね」

 鞄を持った谷在家会長が、初台さんに声をかける。

「あ、会長、お疲れ様です」

「お疲れ様。西ヶ原君と神楽坂さんも、お疲れ様です。私は下校させていただきますね。よろしくお願いします」

「はい、お疲れ様です……」

「お疲れ様です!」


ガラガラガラ……


「カッコイイ方ですねー、谷在家会長って。なんかクールな感じが」

「あ、分かりますか?」

「はい!」

「実は、会長は私にとって憧れなんですよ」

「なるほど、そうなんですね」

「会長のような生徒会長になりたいと思ってます」

 ……生徒会長か。

「初台さん、生徒会長になるんですか?」

「なりたいなあ、って思ってます。今年の秋の生徒会長選挙に出るつもりです」

「秋にあるんですね、選挙」

「はい、神楽坂さんは今年初めてになりますね」

「芽愛でいいですよ」

「えっ?」

 ん?

「やっぱり、名字は堅苦しいなあと、ダメなら大丈夫ですけど」

「いえ、それじゃあ……芽愛ちゃんで大丈夫ですか?」

「芽愛ちゃん……」

「あ! ちゃん付けは……まずかったですか?」

「あ、ごめんなさい! ちゃん付けで大丈夫ですよ!」

「ふぅ、良かったですー。一瞬、ダメなのかなあって思っちゃいました」

「ふふっ、ごめんなさい。初台さんが、ちゃん付けで呼んでくるとは思わなかったもので」

「えー、それってどういうことですかー?」

「初台さんってなんというか、真面目な感じするんで、さん付けで来るのかなあって」

「私、そんなに固く見えますかー?」

「ふふっ、ごめんなさい、見えます」

「もう、芽愛ちゃんったらー」

 なんだろう、凄く居づらい雰囲気に様変わりした。さっきまでの緊張感ある雰囲気はどこに行ったんだ。というか初台さんかわ……いや何でもない。

「じゃあ、私は立英ちゃんって呼びますね」

「はい!」

「じゃあそろそろ再か……高明、どうかした?」

「……いや、なんでもない、続けよう」

「あ、うん」

 この雰囲気の中での立ち回り方が分からない。

「えーっと、人間以外って話をしてたんでしたね」

「はい、そうでしたね。人間以外が犯人の可能性が高いって」

「まあ、人間以外の何かはまだ分からないんですが」

「人間以外、ですか。なにかありますかね」

「うーん……高明、何か思い浮かぶ?」

「いや……全く」

「そう」

「あり得るのは、動物とかですかね?」

「動物ですか」

「はい」

「動物!」

「え?」

「立英ちゃん! 多分それです。確かに、人間以外と言ったら動物くらいです」

「まあ、そうですよね。でも、何の動物なんでしょうかね」

「学校の辺りにいる動物と言ったら、鳥とか、野良犬とか、猫……ん、猫?」

「猫、ですか?」

 ん? 猫と言えば……

「うーん……」

「……」

「繋がった!」

「え?」

「多分猫です!」

「そうなんですか?」

「先日、首輪を拾ってもらったじゃないですか」

「はい、それがどう関係するんですか?」

「あれって、猫の首輪だったんですよ」

「猫の首輪……」

「あの時、猫を探してて、その猫に付けようと思っていた首輪が、あの首輪だったんですよ」

「ああ、そうだったんですね」

「はい」

「それで、その猫は見つかったんですか?」

「見つかりました。この白い猫です」

 芽愛は、自分のスマホ画面を初台さんに見せる。

「この猫の仕業ってことなんですか?」

「その可能性は高いと思います。この学校に住み着いている動物なんて、そんなに沢山はいないでしょうし」

「なるほど、確かに理屈は通ってますね」

「はい。確実ではないですが、ここを探るのが良いかなあと」

「うーん、ちょっと待ってください。確かに、その猫の仕業である可能性は高いと思うんですが、どうやって部屋に入り込んだんですかね?」

 ああ、なるほどな。そういうことか。

「それは簡単です。ここ、一階ですから」

「一階……」

 そう、一階。

「そこの窓って、いつも閉まってますか?」

「いえ、風を通すために、たまに開けます」

「窓の閉め忘れって、毎回確認していますか?」

「いえ、窓の鍵の閉め忘れまでは徹底できていないかもしれません。扉の鍵なら絶対に締めていると断言できますが、窓はと言われると、そうでもありませんね」

「それじゃあ、開いている時に入り込んだ可能性が高いですね」

「そうかもしれませんね」

「では、猫探しと行きましょうか」

「あれ、場所はお分かりではないんですか?」

「すみません、住処までは分かりません。たまたま見つかった、という感じだったので」

「なるほど」

 今思えば、住処まで探しておけば良かったかも知れないな。まあ、この仮定に意味はないが。

「まあただ、さっき話した鈴の首輪が目印になるのかなって思ってます」

「そうですね、鈴の音が頼りになるかも」

「とりあえずは、昨日見つけた場所に行ってみましょう。住処は近いかもしれませんので」

「それが良いですね、それでは行きましょうか」

「窓の鍵は大丈夫ですか?」

「確認します!」

 初台さんは窓の方に確認しに行く。

「大丈夫です!」

「よし、守りは万全ですね! では参りましょう!」

「はい!」

「ほら、行くよ高明!」

「……分かってるよ」

 三人揃って生徒会室を出る。

「あ、鍵閉めますね」

「はい!」


ガチャッ……


 生徒会室の鍵も、新聞部の部室の鍵と同じ感じなんだな。同じ建物なんだから当たり前だが。

「よし、これで問題ありません。行きましょうか」

「はい、行きましょう!」


       ※ ※ ※


「ここらへんです!」

 一昨日、白い猫に首輪を付けた場所。

「ここらへんが住処なんですかね」

「それはわかりません、ただ……」

「ただ?」

「一昨日、ここで鳴き真似をしたら、あの茂みから猫が出て来たんですよ」

「鳴き真似ですか」

「はい、試しに鳴いてみたら、出て来ました」

「それじゃあ、もう一回それをやれば、出てくるかもしれないですね」

「そういうことになりますね」

 おいおい、まさか……

「みんなで一緒に鳴いてみましょう!」

「……ちょっと待て」

「どうしたの? 高明」

「……初台さんにも鳴かせる気か?」

「うん。立英ちゃん、ダメですかね?」

「うーん、ちょっと恥ずかしいですね」

 そうに決まっている。

「そうですかー」

「あ、でも、これで消えた物が見つかるなら……私、鳴いてもいいですよ」

「本当ですか!」

 おい、ちょっと待て。

「立英ちゃん、鳴いてくれるって」

「……そうだな」

 ……本人がやるって言ってるなら、僕が止める義理もないが。

「高明もいいよね?」

「……断るという手はあるのか?」

「一人だけ鳴かないのもなんか変じゃない?」

「……分かった、鳴けばいいんだろ」

「諦めが早いね」

「……断らせないという意思を感じたからな」

「そんなことはないよ、強制はしない」

「……もういい、鳴くよ」

「そう? それならいいけど」

 どうせ、最後まで説得を諦めないに決まっている。

「では……みんなで鳴きましょうか……」

 少し赤面しながらも、初台さんから申し出る。

「はい! そろえて鳴きましょう!」

「……はい!」

「高明、いい?」

「……ああ」

「いっせー……」

「にゃー!」

 ……ん?

「あ! す、すみません!」

 一瞬で凍り付く場の空気。初台さんがまさかのフライング。

「あ、大丈夫ですよ!」

「ほんとすみません! なんか緊張してしまって……」

 やばい、かわ……いや、緊張していたなら仕方がないな。うん、誰にでも失敗はあることだ。

「……大丈夫です。お気になさらないでください」

 ここは、僕からもフォローを入れておこう。

「本当にすみません……」

「……いえ、本当に大丈夫です。緊張は誰にでもあると思いますし」

 初台さん、かなりの赤面。やはりかわ……いや、なんでもない。

「立英ちゃん、やっぱりやめますか?」

「い、いえ……だ、大丈夫ですよー。消えた物を探すためですからー」

 これは、責任感……なのか? そこまでして鳴く理由もないと思うのだが。

「そういうことであれば、もう一度合わせましょうか」

「……は、はい!」

 既にこの状態。本当に大丈夫なのか。

「いっせーの!」

 ……よし、今度はフライング無しだ。

「「「にゃーー」」」

「……何も出てこないな」

「そうだね」

「……」

「……立英ちゃん?」

「あ……いえ……なんでもありません……」

 いつものキリっとした感じの初台さんは、そこにはいなかった。

「ごめん、立英ちゃん。やっぱり私が止めていれば……」

「芽愛ちゃん、気にしないでください……最後には、私がやるって言ったんですから……」

「それはそうだけど……」

「いいんです……大丈夫です……次の方法を考えましょう……」

 ……やはり、無理をしていたんだな。

「わかりました……」

 でもやっぱり、かわいい。

「さて、どうしよっか、高明」

「……そう言われてもな、鈴の音を頼りにするしかないだろう」

「まあ、そうだね。でも場所を絞らないと、大変な作業だよ」

「それは、そうだが……」

「そもそも、猫の住処って、どういうところなんだろう」

「……さあ?」

 生憎、猫の生態には全く詳しくない。

「……暗い、場所……」

「え?」

「狭くて、暗いところを住処にしているみたいです……このサイトによると……」

 初台さんが、僕にスマホの画面を見せてくる。

「……なるほど、狭くて暗い場所ですか」

「……はい、これなら割と、場所は限定できると思います」

「私にも見せてください!」

 芽愛が初台さんのスマホを覗き見る。

「なるほど、猫にとっては安全地帯なんですね、こういう場所って」

「そのようですね」

 心なしか、いつもの初台さんに戻っている気がした。

「学校で、狭くて暗い場所かー」

「割とありそうですね……」

 狭くて暗い……あそこくらいしか思い浮かばないな……

「……えっと、僕に少し心当たりがあります」

「本当ですか? 西ヶ原君」

「……はい、あながち悪い見立てじゃないと思います」

「高明、どこなの?」

「……小屋だ」

「小屋? そんなものが学校の中にあるの?」

「……ある」

「立英ちゃんは知ってます?」

「はい、ちょっと校舎から離れたところに、ポツンと空き小屋が建ってるんですよ。普通に過ごしていると、まず見かけることは無いと思いますが」

「空き小屋ってことは、今は使っていないんですか?」

「ええ、なんでも、昔は物置に使っていたみたいです」

「使わなくなった理由って、分かりますか?」

「鍵が壊れてしまったのが理由らしいです。古い建物なので、直すくらいなら新しい物置を用意しよう、ってなったみたいです」

 へえ、それは知らなかったな。

「十年くらい前の話らしいですけどね。壊すのもお金がかかるので、そのまま放置されたようです」

「ありがとうございます。でも確かに、如何にも怪しい場所ですねー」

「そうですね、行ってみる価値はあるかもしれません」

「高明、お手柄じゃん」

「……まだ見つかってないぞ」

「見つかったようなものだよ、かなり怪しいし」

「……ともあれ、行ってみようか」

「うん、行ってみよ。立英ちゃんもそれで大丈夫ですか?」

「はい、行きましょう。他に目ぼしいところも絞れませんし」

「分かりました! では、しゅっぱーつ!」

 全く、毎度のことだが無駄にテンション高いよな。


       ※ ※ ※


「……ここだ」

「へえ、こんなところにあったんだ、全く気が付かなかった」

「周りに木がありますもんね。気が付かなくてもおかしくないと思います」

「……それじゃあ、入りましょうか」

 古い木造の小屋。電気も通っていないようので、割と暗い。

「いそうだね、なんとなく」

「そう……だな」

 ん? この音は……

「鈴の音!」

「奥の方から聞こえましたね」

「行ってみましょう!」

「……芽愛、ここからは静かに行った方が良いんじゃないか」

「あ、うん。そうだね」

「どういうことですか?」

「例の猫、割と警戒心強いんですよー」

「……なるほど、そういうことですね」

「……はい、静かに近付いてみましょう」

「……分かりました」

 しかし、道が狭いな。昔の段ボールがそのまま放置されていて、一人が通れる程度の幅しかない。

「……気を付けてね、立英ちゃん」

「……分かりました」

 芽愛が先頭になって道を進む。

「きゃっ!」

 初台さんが急に立ち止まったので、一瞬、彼女の身体が僕に触れた。

「……どうかしましたか?」

 ……こういう時こそ、冷静に振舞わないといけない。

「……あ、ごめんなさい。少し躓いてしまって……」

「……いえ、大丈夫ですよ……」

「……すみません」

「……立英ちゃん、大丈夫?」

「……はい、大丈夫です。ありがとう、芽愛ちゃん」

「……それなら良かった」

 ……僕も気を付けないとな。

「……あ、いた……!」

「……本当ですか?」

「……うん、そこに……」

 狭い道を抜け、少し広い場所に出る。その角の方で、首輪を付けた白猫が仰向けになっている。

「……真っ白、綺麗ですね……」

「……そうだね」

「……品を感じますね、眠っているんでしょうか?」

「……みたいだね」

 そういえば芽愛、さっきから……いや、今気にすることじゃないな。

「……どうしますか?」

「……寝てる以上、このまま寝かしておいた方がいいかもね。この近くに消えた物があるかもしれないし」

「……そうですね」

 まあ、わざわざ起こしたりする必要もないよな。目的は猫じゃない。

「……いや、ちょっと待って」

「……どうしましたか?」

「……猫の後ろに置いてある段ボール、なにか入ってない?」

「……段ボールですか」

 確かに、何か入っているように見える。

「……生徒会室から無くなったものかな?」

「……中身を見てみないと分かりませんが、その可能性はありますね」

「……よし、見てみよっか」

「……あの距離だと、猫が起きちゃうかもしれませんね」

「……それなら私の方が良いよね、高明」

「……そうだな」

「……どういうことですか?」

「……芽愛はなぜだか、あの猫に好かれてるんですよ」

「……ああ、それなら芽愛ちゃんが良いですね」

「……はい」

 恐る恐る、芽愛は白猫に近付く。

「……」


ゴソッ……ゴソッ…… 


「……この日記帳、立英ちゃんの物かな? 確か、黒地の桜柄、だったよね」

 芽愛は、段ボールの中から取り出した日記帳を初台さんに見せてくる。

「……あ、はい。恐らく、私の物です……」

 初台さんは、少し驚いているように見えた。

「……それなら、他の物も消えたやつかもね。それと思しきものがいくつかあるし」

「……そうですね」

「よし、じゃあ……」


チャリン……チャリン……


「わ! 起きちゃった?」


にゃー……


「……なんだか眠そうですね」

「……そうだね」


にゃー……にゃー……


 しゃがんでいる芽愛に甘える猫。

「猫ちゃん、おはよう」


にゃー


「寝起きで悪いんだけど、ここに入ってる物、皆の大事な物だから、返してね」


んにゃ


「箱ごと持っていくよ?」


んにゃ


「……お利口さんですね、会釈してるように見えます」

「……そうですね」

「……ほら、高明、これ」

「あ、ああ」

 芽愛が段ボールを滑らせてくる。

「……間違いありません、これ私の日記帳です」

「……それは、良かったです」

「……ふふっ、本当に……良かった」

 初台さんは、日記帳を胸に抱える。

「立英ちゃん、他の物はどう?」

 芽愛は、猫を抱きながら確認してくる。

「……あ、はい!」

 初台さんは、日記帳を自身の制服の胸ポケットにしまう。


ゴソゴソ……


「多分、殆どが生徒会室から消えた物です」

「殆どってことは、違うものも入ってるってこと?」

「そうですね、恐らくは他の場所からも持って行っちゃったんでしょう」

「猫ちゃん、人の物勝手に持って行っちゃダメなんだよ」


にゃー……


 申し訳なさそうに聞こえるが、気のせいだろうか。

「まあ、見つかったからいいんだけどさ、もう持って行っちゃダメだよ」


んにゃ……


「ふふっ、やっぱり賢いですね」

「そうだねー」


にゃーにゃーにゃーん


 芽愛に甘える白猫。

「私もう少し面倒見てから戻るからさ、二人は先に戻っててよ」

「分かりました、よろしくお願いします。先に生徒会室に戻ります」

「さて、よいしょっと……」

 大した量は入ってないから、そこまで重くはないな。

「あ、お先出てください……」

「あ、はい。すみません」

 初台さんがまず、狭い道を抜ける。僕はその後に続く。

「戻りましょうか……」

 小屋の外、初台さんと二人。

「あ、はい!」

「さて……」

「あ、西ヶ原君!」

「……え? なんですか」

「あの、その……これ、ありがとうございます」

 彼女は胸ポケットから、桜柄の日記帳を取り出す。

「……いえ、とんでもありません。取材の一環ですよ」

「実は、心の中では諦めていたんです。もう戻ってこないんだろうなあって……」

「……そうだったんですね」

「はい、だから凄く嬉しいです」

「……それは良かったです」

「はい! 探してくださって、ありがとうございました」

 今朝の芽愛の言っていたこと、なんとなく分かったような、分からないような、そんな感覚を覚えた。

「……恐縮です。では、戻りましょうか」

「はい!」

 初台さんと歩幅を合わせて、生徒会室までの道を歩む。終始、初台さんの手の中には、日記帳が握られていた。


トコ……トコ……トコ……


 歩きながら、なにか世間話をしたはずなんだが、なぜだか内容は覚えていない。


       ※ ※ ※


「改めて、今日はありがとうございました」

 生徒会室。芽愛が戻ってきたので、まとめに入る。

「ううん、見つかって良かったね」

「生徒会室以外から持って来られたであろう物については、こちらで調べて、当てが見つかれば返しておきます」

「分かった。よろしくね、立英ちゃん」

「はい、お任せください」

「今回の件、記事にするけど大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「分かった。ありがとう」

「……それじゃあ行こうか、芽愛」

「うん、そうだね」

「……失礼しました、初台さん」

「いえ、今日はありがとうございました」

「じゃあね、立英ちゃん」

「うん、またね」


ガラガラ……ガラ


……ふふっ……お話、できちゃった……


「じゃあ朱苑先輩に報告だね」

「……そうだな」

「でも、見つかってちょっと残念だなー」

「……どうしてだ? 良いことじゃないか」

「いや、そうなんだけどさ。うまく言えないんだけど、立英ちゃんと一緒に探すのが楽しかったって言うか」

 それを否定できない自分がいた。

「……そうか、よく分からないな」

「もう、高明も楽しかったんじゃないの?」

「……そんなことはない、ただの部活だ」

「そっか」

「……あ、ああ」

「でもやっぱり、私の思った通りだったね」

「……何がだ?」

 芽愛は突然、僕よりも先行する。

「ふふっ、それは自分で考えてみて」

 芽愛はこちらを振り向いて、またもこの小悪魔的な表情を見せてくる。

「……着いたな」

「うん」

 芽愛は手をグーにして、ノックをする素振り。

「……僕に聞かないんだな」

「え? うん。それはそうだよ」

 それはそうだよ、か。


コンコン……


「お疲れ様でーす」

「はい、どうぞ」

 部室の中から、少し艶のある声が聞こえた。

「あら、お疲れ様。芽愛ちゃん、高明君」

「お疲れ様です」

「中に入って」

「はい!」

「……あ、お疲れ様です」

「お疲れ様です! 吉祥寺さん」

「……お疲れ様、吉祥寺さん」

「……はい、西ヶ原先輩、お疲れ様です」

「それでどうだった? 生徒会室の件」

「無事解決しました! 高明がメモ残してくれたので、共有します」

「あ、それは来週でもいいわよ」

「……そういうことでしたら、少しまとめてから来週持ってきます」

「それで頼むわ、高明君」

「でもそっか、解決したか」

「はい!」

「期待通りだわ、今後もこの調子でお願いね」

「……朱苑先輩、鈴の首輪ってもしかして」

「ん? なんか言った? 高明君」

「いや、何でもありません」

 いや、気のせいだよな。考えすぎだろう。

「まあともかく、二人ともお疲れ様。今日は上がってもらって大丈夫よ」

「分かりました!」

「恵蘭ちゃんと私はあと少しだけ残るわ、作業がまだ途中だから」

「了解です!」

「……では、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様」

「……お疲れ様、です……」

「じゃあ帰ろう、芽愛……」

「あ、うん……」

 腕を引かれたくないから、僕は先手を打った。


ガラガラガラ……


「……はぁ」

「やっぱ恵蘭ちゃん、今日おかしいわよ」

「……そんなことありません、早く作業を終わらせましょう」

「ああ、うん……」


       ※ ※ ※


 通学路、道は半ばに迫るころ。

「ふふっ……」

「……なんだよ?」

「え? なんでもないよ」

「……なんでもないのに、なんで笑ったんだよ」

「笑うくらいいいじゃん」

「……笑っちゃいけないとは言ってない」

「えー、絶対に今のは否定だよー」

「……違う、純粋に理由が気になっただけだ」

 ……こいつ、僕のことを否定ばかりする人間だと思ってるな。

「理由かあ、ちょっと考えてみるよ」

「……そこまでは求めてない」

「一度考え始めちゃったから、もう止められないよ。ちょっと待ってて」

「……ああ」

「わかった!」

「……なんだよ」

「さっき高明、『帰ろう』って自分から言い出したでしょ」

「……それがどうした?」

「私が転校してきた日にはあんなに抵抗してたじゃん」

「……腕を引っ張られたくなかっただけだ」

「ふふっ、そういうことね」

「ああ、他意はない……」

「そっか」

「……今だって別に、一緒に帰りたいわけじゃない」

「……私だって傷付くことあるんだよ?」

「……え?」

「……」

「いや……その……なんか、ごめん。そこまで嫌なわけじゃ……」

「ふふっ……」

「え?」

「ごめん、冗談」

「……」

「ごめんってば」

「……許さない」

「もう、許してよー」

「……絶対に許さない」

「……本当に、ごめん」

 芽愛は真剣な表情で頭を下げる。

「いや……その、そこまで怒ってないから……」

「……そう?」

「ああ……」

「……本当?」

「ああ……」

「わかった」

 全く、そんなに本気にしなくてもいいじゃないか。

「実は私、ちょっと不安だったんだ……」

「……なにが?」

「転校してきた日、高明と上手く接することができるかなあって、昔みたいに」

「……そうは見えなかったぞ?」

「見た目だけだよ」

 ……なんで急に、こんな真剣な雰囲気になるんだ……

「その……」

「ん? なに?」

「……なんか、芽愛らしくないぞ」

「ふふっ」

「……ん?」

「そうだね、考えすぎだったね」

「……ああ」

「ねえ高明」

「……なんだ?」

「明日は部活ないけど、一緒に帰ってくれる?」

「帰らない……」

「……そっか」

「……と言いたいところだが、どうせ抵抗しても無駄だから……良いよ」

「やったあ! ありがとう!」

「……嫌々だよ」

「嫌々でも、一緒に帰ってくれるんでしょ?」

「……ああ」

「それなら、それでいいよ」

 芽愛は遠くの方に視線を移す。視線の先にはプラネットタワーがそびえ建っていた。

「じゃあ、明日もよろしくね」

「……ああ」

「ほら、行こう」

「……手は繋がない」

「繋ごうとは言ってないよ、そういうモーション」

「……分かった、行こう」

「うん!」

 芽愛は、先行して歩を進める。僕は、その少し後ろから歩んでいく。


トコ……トコ……トコ……


 約束をしてしまったので、明日の下校も一緒に下校することになる。きっとなし崩しで、来週以降も……そうなるような気がする。

「高明、おそいよー」

 一緒に帰りたいとは思わない、これは紛れもない本心だ。今でも、帰れることなら一人で帰りたいと思う。

「……お前が、早すぎるんだよ」

 ただ、共に歩むこの風景だけは、なんとなく悪くはない気がした。



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