第3話「無くしものってかなりショックですよね」
無事に新聞部に入部した、幼なじみの芽愛。そんな芽愛と共に、生徒会での取材を行うことになる。生徒会には、高嶺の花である初台立英が所属していて……
通学路。
「最近涼しいね、本当」
「……そうだな」
いつものように、幼なじみの芽愛と共に、学校までの道のりを歩む。
「もう、九月だもんねえ」
「……ふわぁ」
「随分と眠そうだね」
「……まあな」
「昨日、夜更かしでもしたの?」
「……ちょっとな」
「何してたの?」
「……いや、別に」
「まあ、答えたくないならいいけど」
「……レスバだよ」
「……なにそれ?」
「……知らないなら良いよ」
「えー、教えてくれてもいいでしょ」
「……全てが面倒だ」
「夜更かしなんか、しなければいいのにさ」
「……男には、戦わないといけないこともあるんだよ」
「ごめん、意味がわからない」
「……」
「もういいや、自分で調べるから」
「……いや、やめとけ」
「どうして?」
「……いや、その」
「よし、調べる」
「……うん」
ピッ……ピッ……
「……分かったか?」
「バカなことしてるんだね、高明」
「……いや、バカってな」
「そんなことのために夜更かしをしていたの?」
「……いや、譲れない正しさがあってだな」
「でもさ、睡眠時間勿体なくない?」
「……そんなことは無いぞ、最終的には僕が勝ったし」
「勝ったから何なの?」
「……え?」
「ネット議論に勝ったからって、何が得られるの?」
「……正しさを得られるだろ」
「だから、その正しさに何の意味があるの?」
「それは……」
「実社会で、どういう意味があるの?」
「……うるさいな」
「あ、誤魔化した」
「……良いじゃないか、別にさ」
「まあ、良いんだけど……」
「……」
「費用対効果はどうなのかなあって思ってさ」
「……そんなものは知らない」
「大体正しさなんて、人の数だけあるんだしさ」
「……いや、正しさは一つだろ」
「えー、みんな正しいんだよー」
「……そんなわけ」
「嫌だよ、正しさが一つしかない世界なんて」
「……それが秩序ってもんだろ?」
「息苦しいよ、そんなのさ」
「……そうかな?」
「うん、それって全体主義じゃない?」
「……それは流石に言いすぎだろ」
「全体主義でしょ、一つの考え方に従えだなんて」
「……いや、みんな正しいんじゃ秩序が成り立たないだろ」
「そんなことないよ」
「……なぜ?」
「正しさの前提が違うんだよ」
「……前提?」
「うん、条件次第で正しさが変わるの」
「……それじゃあ、みんな正しくないだろ」
「え、どうして?」
「いや、その……」
「ん?」
「……よく分からなくなってきた」
「簡単な話だと思うんだけどなあ」
「……いや、よく分からないぞ」
「みんな正しくて、前提によって正しさが違うってだけだよ?」
「……ただでさえ寝不足で頭が働かないんだ、頭を使いたくない」
「頭使わないと思うんだよなあ」
「……もういいよ」
「まあ、それならもう言わないけど」
「……」
「あれ以来はどうなの?」
「……何が?」
「言わなきゃ分からない?」
「……いや、分かる」
「じゃあ答えてよ」
「……いや、初台さんから聞いてるんじゃないのか?」
「聞いてないよ?」
「……そういうことだよ」
「どういうこと?」
「……言わせるなよ」
「何も無いから、話してこないんじゃないかってこと?」
「……そうだ」
「電話くらいはしてるでしょ?」
「……してないよ」
「えー、じゃあメールは?」
「……してないよ」
「せっかく、あそこまで計画練ったのに」
「……それはそうだが」
「良いきっかけだと思ったんだけどなあ」
「……仕方ないだろ」
「仕方なくないよ、あれを生かせないでどうするの?」
「……うるさいな」
「高明が悪いんだよ」
「……僕は悪くない」
「いや、高明が悪い」
「……みんな正しいんだろ?」
「都合の良い使い方しないでよ」
「……お前が言い出した理屈だ」
「まあ、それは否定できないな……」
「……」
「うん、それじゃあ高明は悪くない」
「……本当、極端だよな」
「高明は正しいよ」
「……知ってる」
「でも前提次第だね」
「……どういう前提だよ」
「高明が、現状維持をしたいなら正しいんだと思うよ」
「……」
「変化を望むなら、保守的すぎるよね」
「……」
「まあ、そこは高明次第だけどね」
「……」
「後者だと思ったんだけどなあ……」
「……そりゃ、後者だよ」
「ほらね」
「……でも、満足しちゃったというか」
「ハードル低くない?」
「……いや、二人きりで遊べたし」
「一回遊んだだけでしょ?」
「……当初の目的は果たせたんだよ」
「向上心ないなあ」
「……向上心の問題なのか?」
「普通の男子高校生なら、もっと欲張るもんだよ」
「……僕は普通じゃないんだよ」
「ほら、デートしたいとか、キスしたいとか、手を繋ぎたいとか」
「……腕なら、引かれたよ」
「どういうこと?」
「……海の時、腕を引いてもらったんだ」
「手を繋いだわけじゃないでしょ?」
「……似たようなもんだよ」
「ほら」
「……え?」
むぎゅっ……
「違うでしょ?」
「……何をしてるんだ」
「手を繋いだんだよ」
「……それは知ってる」
「何が言いたいの?」
「……違いは分かったから離してくれ」
「あ、うん」
手のひらは解放される。
「……ふう」
「どうしたの?」
「……いきなり繋ぐからさ」
「普通でしょ、これくらい」
「……いや、普通じゃないだろ」
「幼なじみ同士だよ、シェイクハンドくらいは普通」
「……それだとおかしいぞ」
「何が?」
「……僕が初台さんと手を繋ぐのなんて、大した話にならないだろ」
「それは違うよ」
「……何が違うんだ」
「関係性が違うの」
「……関係性?」
「私と高明は幼なじみ同士」
「……ああ」
「高明と立英ちゃんはそうじゃない」
「……まあ、そうだが」
「でしょ?」
「……いや、でも」
「なに?」
「……なんでもない」
「そう、それならいいけど」
……なんだろう、上手く伝わらないな。
「まあとにかく、一回話して終わりってのはどうかと思うよ」
「……そんなことないだろ」
「普通の男子高校生なら、もっと凄いこと考えてると思うけど」
「……なんだよ、それ」
「朝から言うようなことじゃないよ」
「……じゃあ、そんな話をするなよ」
「例え話として必要だったんだよ」
「……そうか」
「あ、でもダメだよ高明」
「……何がダメなんだよ」
「高校生とか、まだ早いからね」
「……なんの話だよ」
「分かるでしょ?」
「……分からない」
「本当に分からないの?」
「……ああ」
「嘘だよ」
「……いや、嘘じゃない」
「あ、私に言わせようとしてるんでしょ」
「……知らん」
「その反応は嘘じゃないね」
「……だから言ってるだろ」
「私の口から言わなきゃいけないのかあ」
「……だったら最初から言うなよ」
「いや、でも必要なことだし」
「……言ってみろよ」
「婚前交渉だよ」
「……婚前交渉?」
「流石に分かるでしょ?」
「……聞いたことが無い言葉だ」
「絶対嘘」
「……嘘なものか」
「それくらい知ってるでしょ?」
「……いや」
「本当に知らないの?」
「……知らない」
「そっか」
「……ああ」
「でも、これ以上言うのはどうなんだろ」
「……」
「ハッキリ言わないと伝わらないのかなあ」
「……なんとなく分かってきたよ」
「あ、それなら良かった」
「……あれって、避妊しとけばいいんだろ」
「それ最悪」
「……何が?」
「避妊したって、妊娠する時はするんだから」
「……そうなのか?」
「そんなことも知らないわけ?」
「……いや、まあ、うん」
「立英ちゃんに近付くの、ブロックした方が良いかな」
「……そこまでするか?」
「そこまでのことだよ」
「……そうなのか」
「男は出して終わりかも知れないけど、女の子はそうじゃないんだよ」
「……生々しい表現だな」
「でもそうでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「それで人生設計が狂っちゃう女の子、沢山いるんだよ?」
「……そうなのか?」
「呆れた、立英ちゃんを守るためには仕方ないか……」
「……いや、ちょっと待ってくれ」
「だって高明、何も知らなすぎだし」
「……まあ、うん。それは僕が悪い」
「でしょ?」
「……でも、反省をすればなんとかなるだろ?」
「反省?」
「……話を最後まで聞かせてくれ」
「まあ、それならいっか……」
「……」
「分かった、最後まで話してから判断するよ」
「……ありがたい」
「望まない妊娠って言ってね、学生の間に子供ができちゃう女の子が沢山いて、社会問題になってるの」
「……ああ」
「そういう娘、どうなっちゃうと思う?」
「……育てないといけないよな、子供を」
「育てられると思う?」
「……学生だろ?」
「そう」
「……普通は、難しいだろうな」
「そうなの、育てるにはハードルが多いんだよ」
「……でもさ」
「なに?」
「……一人で育てるわけじゃないだろ?」
「逃げちゃう男も多いんだよ」
「……なるほど」
「子供を育てるつもりで付き合ってるわけじゃないから、妊娠した途端に逃げるのなんて珍しくないんだよ」
「……それは酷い話だ」
「酷いでしょ」
「……ああ、酷いな」
「まあ、逃げない人もいるんだろうけどね」
「……そうだよな」
「でも、ギャンブルじゃない?」
「……確かに、逃げない前提で考えるのは危ないもんな」
「そう、仮に逃げない人がいたとしても、それは運が良いだけなの」
「……そうだな」
「基本的には、逃げると思ってるくらいがちょうどいい」
「……まあ、そうかもしれないな」
「だから私は、結婚するまではしないって決めてるの」
「……今時珍しいな」
「世間がおかしいんだよ」
「……世間?」
「そう、人生を左右するような決断を、軽々しく煽るなんて無責任だよ」
「……一理あるな」
「まあでも、強制はできないか。避妊が絶対に上手くいかないわけでもないし」
「……」
「ごめん、今の話忘れて」
「……忘れられないよ、大事な話だろ」
「まあ、それならいいか……」
「……ああ」
「あくまでも、私はそう考えているという話」
「……うん」
「そうじゃない価値観もあるんだと思う」
「……そうだな」
「でも私は、自分の人生を考えた時、この考えが大事だと思ってる」
「……正しいと思うよ」
「そう?」
「……ああ、理は通ってるよ」
「私もそう思う」
「……」
「だから私としては、高明がそういうつもりで立英ちゃんに近付くなら、友達としてそれをブロックする」
「……」
「立英ちゃんに、つらい思いをさせたくないからね」
「……うん、それがいいだろうな」
「え、そういうつもりなの?」
「……いや、芽愛の対応としては正しいって話だ」
「ああ、そういうことね」
「……話せて満足してるんだぞ、考えたこともなかったよ」
「まあ、それもそうだね」
「……そうだ」
「それなら、高明は心配無さそうだね」
「……ああ」
「むしろ、一回話したくらいで満足してるのが問題か」
「……健全だろ、良いことじゃないか」
「まあ、そうなんだけど……」
「……どっちだよ」
「分からなくなってきたよ……」
「……良いじゃないか、初台さんがリスクを背負うこともないんだし」
「……それもそうなんだよねえ」
「……そうだろ?」
「でも、一回話せたくらいで満足ってのは極端すぎるような……」
「……良いじゃないか、本人が満足してるんだから」
「まあ、それはそうなのかなあ……」
「……そうじゃないのか?」
「そっか……」
「……」
「分かった、もう無理強いはしないよ」
「……了解した」
「そのうち、気が変わるかもしれないしね」
「……気が変わる?」
「何かのきっかけ次第では、もっと仲良くなりたくなるかもよ?」
「……そんな都合良いことは無いだろ」
「まあ、そうだけど……」
「……とにかく、今の僕は満足している」
「とりあえず、それでいいか……」
「……ああ」
「あ、もう学校だね」
「……朝から疲れたよ」
「割と込み入った話になっちゃったね、ごめん」
「……いや、むしろありがとう」
「え?」
「……今後どうなるにせよ、必要な話だったと思うし」
「まあ、それならいっか」
「……一限目、集中できないかも知れないが」
「それはそれで困るなあ」
「……まあ、仕方ない」
「居眠りはダメだよ?」
「……努力はするよ」
「まあいいか、寝そうになったら叩き起こせばいいし」
「……叩き起こすって、お前な」
「比喩表現だよ?」
「……寝ないようにするよ」
「うん、それが一番助かる」
「……じゃあ、行くか」
「うん」
……今日一日、この睡魔と戦わなくちゃいけないのか。
※ ※ ※
教室。
「おはよう! 二人とも」
「あ、市ヶ谷さん、おはよう」
「おはよう神楽坂さん」
彼女は市ヶ谷翼。『つばさ』ではなく、『つよく』と読む。クラスメイトの女子の一人だ。
「神楽坂さんたちって、相変わらず仲が良いね」
「……そんなことないよ、普通」
「そうかなあ?」
「……うん、そうだよ」
「西ヶ原君はどう思う?」
「え?」
「神楽坂さんと仲良いと思う?」
「どうだろうね……」
「幼なじみだからって、普通、一緒に通学する?」
「……さあ?」
「私はしないよ」
「……え?」
「小村井と通学なんてしたことないし」
「……小村井?」
「そう、通学なんて……」
「……二人、幼なじみだったの?」
「そうだよ、知らなかった?」
「……うん、知らなかった」
「あれ、言ってなかったかなあ」
「……言ってなかったと思うよ」
「へえ、そっかあ」
「……うん」
「ねえ! 小村井!」
「……みんなと話してるみたいだけど」
「そんなの私には関係ないよ」
「……ああ、そう」
……芽愛だって、割り込みまではしないよなあ。
「お・む・ら・い!」
「……来ないね」
「もういい、連れて来るから」
「あ、うん……」
トコ……トコ……トコ……
「……随分と大人しいな、芽愛」
「なにが?」
「……いや、その」
「ん?」
「……まあ、いいや」
「うん」
「離せよ、市ヶ谷」
「うるさい、呼んだらさっさと来なさいよ」
「……話してる最中に邪魔するなよ」
「私が呼んだら来る決まりでしょ?」
「……そんな決まり、交わした記憶がないぞ」
凄い、小村井が好き勝手やられている。
「そんなことはどうでもいいのよ」
「……いや、どうでも良くないだろ」
「どうでもいいよ」
「……おい、高明」
「……」
「聞こえてるだろ、高明」
「……ごめん、考え事をしてた」
「いや、絶対に聞こえてたろ」
だって、巻き込まれたくないじゃん。
「……本当に、聞こえてなかったんだ」
「マジかよ……」
「こら小村井、私と話してるんでしょ?」
「……ああ、もう。何の話だよ」
「あれ、何の話だっけ?」
「……あのなあ」
「ねえ西ヶ原君、何の話してたっけ?」
「……何だったかなあ」
もう、面倒くさいしな。
「二人が幼なじみだったって話でしょ……」
芽愛、ちゃんと聞いてたんだな。
「ああ、それそれ」
「……それがなんだって言うんだよ」
「二人に話してなかったみたいで」
「……それだけ?」
「それだけだよ」
「……そんなことでいちいち呼ぶんじゃねえよ」
「そんなことって何よ」
「……そんなことはそんなことだろ」
「小村井、生意気」
「……いや、理不尽だろ」
「私こそが理屈なのよ」
「……滅茶苦茶言うね、お前」
「だって事実だわ」
「……いや、事実じゃないだろ」
「いちいち口答えするんじゃないわよ」
「……正当な反論だよ」
「私だけが正当なのよ」
「……んなわけないだろ」
「……なあ芽愛」
「どうかした、高明?」
「……お前の言ってることの意味が、少し分かった気がしたよ」
「……みんな正しいってやつ?」
「……ああ」
「……二人の前では、言わない方が良いと思うよ」
「……え、ああ、うん」
「……」
……何なんだろうな、この感じ。
「本当、小村井って生意気」
「……お前のがよっぽど生意気だよ」
「なんですって!」
ピーンポーン……パーンポーン……
「……ほら二人とも、予令だよ」
「……市ヶ谷のせいで貴重な時間がなくなっちまったわ」
「あんたが悪いんでしょ!」
「……もういいわ」
「それはこっちの台詞よ!」
トコ……トコ……トコ……
「……行ったか」
「……お疲れ様、小村井」
「……本当に羨ましいぞ、高明」
「……何が?」
「……俺も、神楽坂さんみたいな幼なじみが欲しかったぜ」
「……そうか?」
「……神楽坂さんは、あいつみたいに理不尽じゃないだろ?」
「……いや、ある意味理不尽というか」
「酷いよ、高明」
「……いやその、悪意はないんだ」
「じゃあどういうこと?」
「……僕も、お前で良かったと思ってるよ」
「それ、本当?」
「……本当だよ」
「高明にしては意外な感じ」
「……え?」
「やけに素直だなあってね」
「……いやまあ、僕は恵まれてるんだなあって」
「……それ、俺が恵まれてないってことか?」
「……他意はないよ、他意は」
「……ああ、勝ち組の余裕ってやつだな」
「……そんな、勝ち組って」
「……勝ち組だろ」
「……そこまでじゃないだろ」
「私、そこまでじゃないの?」
「……いや、そういう意味じゃなくてだな」
「じゃあ、どういう意味?」
「……勝ちとか負けとかいう話ではないだろ」
「ああ、そういうことね」
「……大体、市ヶ谷さんに対して失礼だろ」
「そうかな……?」
「……芽愛?」
「あ、ごめん。なんでもない」
「……あ、うん」
この違和感は、突き詰めない方がいいやつな気がする。
「そろそろ終わりにしよっか」
「……そうだな」
「……ああ、俺はどうせ負け組だよ」
「……放っておこう」
ガラガラガラ……
「おはようございます、皆さん」
担任の中神先生が入ってくる。
「ホームルーム、始めますね」
……ああ、それにしても眠いな。
「出欠確認を行います」
……元はと言えば、向こうから絡んできたんだよな。おかげで寝不足だ。
「|秋川> あきがわ》君」
「……ふわぁ」
「秋川君?」
「あ、はい……」
……秋川も眠いのか、ゲームでもやってたのかな。
「市ヶ谷さん」
「はい!」
「ふふっ、今日も元気ですね」
「元気だけが取り柄です!」
……レスバの相手も、今頃は寝不足なのかな。
「それは良かったです」
……いや、高等遊民である可能性もあるよな。
「小村井君」
「……はい」
「あれ、今日は珍しく元気無いですね?」
……ん?
「……どうせ、俺は負け組なんですよ」
「……悩みがあったら、相談に乗るからね?」
「先生、小村井なんかを気にしても仕方ないですよ」
「……市ヶ谷さん、そういう訳にはいかないわよ」
「どうせ、昼頃には直ってますよ」
……これは凄いな。
「……でもなぁ」
「……はぁ」
……相当気落ちしてるね、これ。
「……まあ、それじゃあ次に行きましょう」
……小村井も大変なんだな。
※ ※ ※
「出欠確認は以上です、続いて……」
……ああ、レスバなんてするんじゃなかったな。眠たくて仕方がない。
「修学旅行について、お話があります」
……ん、修学旅行?
わぁー!!!
急に騒がしくなったな、教室。
「あ、お静かにお願いしますね」
シーン……
みんな、聞き分けが良いな。
「えっと、今年の修学旅行は……」
時間割、一限目がロングホームルームになってたのか。気が付かなかった。
「千葉県で済ませることになりました……」
えー!!!
「お静かにお願いします」
シーン……
反応、極端だな。
「ご不満の方もいるでしょうが、そのように決定されました」
場所なんかどこでもいいなあ、行くつもりないし。
「先生、質問良いですかー?」
「市ヶ谷さん、どうぞ」
……やたら今日は、市ヶ谷さんが目に入ってくる日だな。
「なんで、千葉県で済ませることになったんですか?」
「……大人の事情です」
「大人の事情ってなんですか?」
「……言えないから、大人の事情なんです」
「良くわかりません」
「……私も良くわかりません」
……何があったんだよ、一体。
「千葉のどこに行くんですか?」
「永井山新並寺と、ラパンリゾートです」
……へえ、あの浦安の夢の国に行くのか。
「え! ラパンリゾートですか?」
「はい、そうです」
「やったー!」
ガヤガヤ……ガヤガヤ……
「……市ヶ谷さん、後は大丈夫ですか?」
「はい、異論はありません!」
……単純だな。
「あ、お静かにお願いします」
シーン……
……軍隊かよ。
「まず、しおりを配りたいと思います。いつものように、後ろに回して下さい」
中神先生は、各列の一番前の席に、人数分のしおりを置いていく。
「……はいよ、高明」
「……ありがとう」
逆に面白いな、落ち込んだ小村井も。
「全員、回ったでしょうか?」
僕は最後尾なので、後ろに回す必要はない。
「それではしおりの裏に、クラスと氏名の記入をお願いします」
カリカリ……カリカリ……
……よし、これでオッケー。
「では、説明に入りますね」
どうせ仮病使うつもりだし、聞かなくても良いか。
「まず、一ページを開いて下さい」
一応、開くポーズはしておこう。
「えっと、ここは目次になってます」
……しかし眠いな。
「次のページを開いて下さい」
……レスバってなんだよ、本当に。
「概要ですね。まず、修学旅行の本義については……」
……芽愛の言う通りだな、バカなことをしたもんだ……ふわぁ……
「……ということになります」
……あれ、もう説明が終わってる。
「行き先は先ほど言った通り、千葉県です」
……ほんと、なんで千葉だったんだろう。
「バスで向かいます」
……ガソリンの値段でも、高かったのかな。千葉に決まるトリガーなんて、それくらいしか想像できないな。
「バスはクラス毎に分かれて乗ります」
……いや、それなら新幹線使えば良いし、千葉にする必要ないよな。
「一日目は永井山新並寺、二日目がラパンランド、三日目がラパンオーシャンです」
……ランドとオーシャンの違いが未だに分からない。
「一日目は班行動で、残り二日は自由行動になります」
……一日目だけか、班行動。
「えっと、まだ説明は残っていますが……」
……ん?
「これ以降の説明は、一日目の班を決めてから行います」
……班決め、嫌いなんだよなあ。溢れると気まずいし。まあ、最初から行くつもりはないけど。
「クラスの人数が二十八人なので、四人の班を七つ設けます」
……ああ、溢れる人はいないんだな。
「男女比率も半々なので、男女それぞれ二人で一班とします」
……気にしたことなかったけど、地味に凄いね。
「こちらで決めても良いのですが、どうしてもと言うことであれば、自由に決めるのもやぶさかではありません」
……いや、決めて貰った方が楽なんだよな。
「自由に決めたいという方は挙手をお願いします」
……よし、絶対に挙手しない。
バッ……
「……ん?」
「えっと……西ヶ原君以外は自由に決めたいみたいですね」
……なんなのこのクラス、コミュ力お化けしかいないのかよ。
「……西ヶ原君、どうしますか?」
「……良いですよ、自由で」
「ではすみませんが、自由に決めることとします」
「……はい」
……全く、恥かいたぜ。
「では各自、班決めをお願いします」
……面倒だし、余った人たちと組めばいいや。
ガヤガヤ……ガヤガヤ……
「……」
「高明、一緒に組もうよ」
「……他のやつと組めば良いだろ」
「私と組みたくないの?」
「……いや、僕なんかより組みたい奴いるだろ?」
「いないよ?」
……いやいや、コミュ力お化けのあなたがそんなわけないでしょ。
「嫌ではないわけ?」
「……嫌ではないよ」
「じゃあ、組もうよ」
「……いいのか?」
「何が?」
「……せっかくの修学旅行、僕なんかと組んで」
「うん、私は高明と一緒に回りたい」
「……そうか」
……普通なら勘違いするぞ、これ。
「どうする?」
「……僕、仮病を使うつもりなんだ」
「それ、どういうこと?」
「……集団行動したくないし、行くつもりが無いんだよ」
「高明、病んでるの?」
「……いやいや」
「そんなに行きたくないの?」
「……だって疲れるだろ?」
「まあ、少しは分かるけど……」
「……コミュ力お化けのお前にも分かるのか」
「失礼な言い方だよね、それ」
よし、謝っておこう。
「……まあ、その、ごめん」
「まあ、いいけどさ……」
「……ともあれ、僕は最初行くつもりはないんだ」
「えー、行こうよー」
「……嫌だ」
「私、高明と回りたい」
「……大声で言うなよ、ますます勘違いされるだろ」
「勘違いって?」
「……それ、わざとなのか?」
「何が?」
「……大体、一緒に回ると行っても一日目だけだぞ」
「うん、知ってるよ」
「……とにかく、行くつもりはない」
「……分かった」
よし、折れたか。
「改めて、説得の方法を考えてみる」
……そっちかよ。
「……うーん」
芽愛はしおりを読み込む。
「……」
「これだ!」
嫌な予感。
「一日目以外は自由行動なんだよ」
「……それがなんなんだよ」
「立英ちゃんと回れば良いんだよ!」
「……そんなことだろうと思ったよ」
「悪くない条件でしょ?」
「……いや、行かないぞ」
「ラパンデートだよ、きっと思い出になるよ」
「……」
「あ、揺れ動いた」
「……揺れ動いてない」
「一度きりなんだよ、修学旅行なんて」
「……ラパンリゾートなんていつでも行けるだろ」
「高明、ラパンリゾート自体行かない人でしょ?」
「……まあな」
「じゃあ尚更、行った方が良いよ」
「……行かない」
「立英ちゃんも高明と回りたいんじゃないかな」
「……そんなわけないだろ」
「立英ちゃん、高明のこと嫌いじゃないと思うけど」
「……それはそうかもしれないが」
「あれ、否定しないんだね」
「それは、まあ……」
「だったら行こうよ」
「……いや、社交辞令かもしれないし」
「立英ちゃんって、裏表ないと思うけど」
「……それは、そうだな」
「……へえ、そう思うんだね」
「……まあ、そういう娘だとは思ってるよ」
「じゃあ……」
「……でもなあ」
「確証があるなら行く?」
「……確証?」
「一緒に回ってくれるという確証」
「……いや、そんなものはないだろ」
「私がどうにかする」
「……お前らしくもないな」
「何が?」
「……お前、サポートはするけど、それ以上のことはしないんじゃなかったのか?」
「今回は話が違う」
「……どう違うんだ?」
「私は自分のためにやってるの」
「……自分のため?」
「高明と回るために、立英ちゃんを利用してるだけ」
「……ぶっちゃけるね」
「事実だもん」
それ、二重の意味があるんだが、分かってるんだろうか。
「高明と立英ちゃんのことは副作用みたいなものだよ」
「……副作用、なあ」
「そう、だから私は高明のために動いてるわけじゃない」
「……うーん」
「結果的に二人がどうなるかはどうでも良いの」
「……そうか」
「うん、だから整合性は取れるよ」
「……大体、どうしてそこまで僕と行きたいんだよ」
「他に友達がいないからだよ」
「……嘘つけ」
「本当だよ」
「……信じがたいな」
「高明と回れないと、余りものになっちゃうよ」
「……お前人気あるし、引っ張りだこだろ」
「そんなことないって」
「……いやいや」
「気の置けない相手以外との集団行動は、できるだけ避けたいの」
「……僕じゃなくて良いだろ」
「高明が一番、気の置けない相手なんだよ」
マジでさ、これ……いや、なんでもない。
「……だったら反対すれば良かっただろ」
「何が?」
「……班決め、自由形式に賛同しなければ良かったじゃないか」
「うーん……」
「……それなら、余りものも何もないだろ」
「気の置けない相手以外と回ることになるでしょ、だからダメだよ」
「……うーむ」
「どうする?」
「……どうやって、初台さんに確証貰うんだよ」
「普通にお願いする」
「……ダメだったらどうするんだよ」
「その時は、サボって貰って構わない」
「……」
「だから、一旦は一緒の班になってよ。それで確証が貰えないなら、サボっていいから」
「……なるほど」
「確証が取れたら立英ちゃんとデートできるし、確証がないなら高明はサボれる」
「……」
「どっちに転んでも、高明に利益しかないと思うけど……」
「確かにな……」
「行く?」
「……確証がないなら、休むぞ?」
「今はそれで良い」
「……じゃあ、良いよ」
「よし、交渉成立だね」
「……ああ」
スッ……
「……なんだよ」
「交渉成立のシェイクハンドだよ」
「……必要無いだろ」
「いや、必要」
「……分かったよ」
むぎゅっ……
……やっぱり、温かい手だな。
「良い交渉をありがとうございました」
「……どうも」
スッ……
「さて、あと二人だね」
「……そうだな」
「……本当、仲良さそうだな」
「小村井君?」
「……マジで高明、勝ち組だよな」
「……いつまで引きずってるんだよ」
「……何話してるのか良くわからなかったけど、めっちゃ楽しそうじゃん」
「……そんなことないって」
「……なんだよ、握手までしておいて」
「……いや、それは」
「交渉が成立したから握手したんだよ?」
「……交渉?」
「あ、こっちの話」
「……まあ、いいや」
「小村井君、班決めどうするの?」
「……そんなものは知らん」
「だいぶ重症だね」
「……絶望しているのさ、人生にな」
「おかしいね、小村井君って男子に人気なのに」
「……何が?」
「誰も誘ってこないじゃん」
「……基本的に、いつも俺が誘う側だしな」
「ああ、なるほど」
「……俺が誘わないなら、向こうからは来ないよ」
「それだとみんな、困るんじゃないの?」
「……そんなことは俺には関係ない、勝手にどうにかするだろ」
「まあ、そうなのかな」
「……ああ、大体男子二人だし、俺が誰かを誘って特別扱いするのも気が引ける」
「そうなんだね」
「……だから、どうでもいいんだよ」
「ねえ小村井君」
「……何?」
「私たちと一緒に行かない?」
「……神楽坂さんたちと?」
「そう、どこかの班に入る予定もないわけだし、都合良くない?」
「……お二人さんの世界を邪魔することはできないよ」
「そんなんじゃないよ、単なる数合わせ」
……僕は数合わせだったのか。
「……そんなわけ」
「他の人と行くくらいなら高明かなあって」
「……よくわからない」
「とにかく、お邪魔にはならないんだよ。ねっ、高明」
「……ああ、そうだな」
……うーん、なんだろうな。
「ほら、高明もそう言ってるし」
「……高明、本当に邪魔じゃないのか?」
「……邪魔じゃないよ、気にするな」
「……じゃあ、入るよ」
「良いんだね?」
「……ああ、全てがどうでも良いしな」
……やけくそすぎるだろ。
「まあともあれ、これで三人だね」
「……あと一人、どうするんだ?」
「それが難所だよねえ」
「……いくらでもいるんじゃないのか」
「特別仲が良い人がいないんだよ」
「……なるほどな」
「どうしようかなあ……」
……こいつの本心がわからない。
「……お……小村井!」
この声は……
「あっ……あんたは班決め……どうするのよ?」
「……」
「ちょっと、聞いてるの?」
「……知らん」
「何よ、その態度」
……芽愛は何故だか、明後日の方向を向いているし、ここは僕の出番か。
「……市ヶ谷さん、小村井は僕たちと一緒に回ることになったんだよ」
「あ、そうなの?」
「……うん」
「今何人?」
「……ここにいる三人だよ」
「じゃあ、都合が良いわね」
「……え?」
「小村井、仕方ないから私が一緒に回ってあげるわよ」
「……嫌だ」
「あんたに拒否権なんかはないのよ」
「……横暴だ」
「ほら、首を縦に振りなさい」
「……いやだ」
「……まあまあ、市ヶ谷さん落ち着いて」
「私は落ち着いているわよ?」
「……そうですか」
「二人は大丈夫?」
「……市ヶ谷さんが班に入るって話?」
「うん、それ」
「……僕は大丈夫だけど、芽愛は?」
「……」
「芽愛?」
「……まあ、良いんじゃない」
いや、なんか恐いから止めてよ。声低いしさ。
「じゃあ、二人は問題ないわけね」
「……そうなるね」
「さあ、後は小村井だけよ」
「……高明、どうにかしてくれよ」
「……すまん」
「……ああ、酷いぜ」
「早く楽になっちゃいなさいよ」
「……いやだ」
「ほら、イエスでしょ」
「……ノーだ」
「小村井は頑固よねえ」
……うーん、どっちが頑固なんだろうか。
「西ヶ原君、どうにかしてよ」
「……僕ですか?」
「うん、西ヶ原君からお願いしたら、考えを変えるかも知れないわ」
「……そうかな?」
「うん、きっとそうよ」
「……でもなあ」
「さあ、早く」
「……はい」
……芽愛って、優しいやつなんだな。
「……小村井、ここは折れてくれ」
「……いやだ」
「……頼むよ」
「……いやなものはいやだ」
「高明、そんなにお願いしたって無理だよ」
「……いや、でもさ」
「嫌なものは嫌なんでしょ、仕方ないよ」
「それじゃあ私が困るわ」
「……でも小村井君、嫌がってるよ?」
「そんなのは関係ない」
「いや、でもさ……」
「芽愛」
「何よ……」
「止めておけ……」
「でも……」
「ほら、仲良く行こう」
「……仲良く、か」
「ああ……」
「分かった」
「……うん」
「……ありがとうね、高明」
「……礼を言われることはしてない」
「……ううん、ありがとう」
「……ああ」
「市ヶ谷さん、なんかごめん」
「え、なんで神楽坂さんが謝るの?」
「……それなら、まあいいや」
「神楽坂さん、変なの」
……芽愛も大変だな。
「まあとにかく、小村井をどうするかが問題ね」
「ねえ、小村井君……」
「……神楽坂さん」
「……無理なお願いだとは分かるけど、受け入れてくれないかな?」
「……でもさ」
「うん、そうだよね。断るのが当たり前だと思う……」
「……そうだよな」
「うん、そりゃそうだよ、嫌なものは嫌でしょ……」
「ちょっと神楽坂さん、それじゃあ逆効果でしょ?」
「……落ち着いて、別に説得を諦めてるわけじゃない」
「でも……」
「……まずは小村井君自身の気持ちに向き合わないと、説得もなにもないんだよ」
「うーん……」
「……決めるのは小村井君なんだし、まずは小村井君の気持ちに寄り添わなきゃいけないよ」
「でもなあ……」
「……神楽坂さん」
「……小村井君?」
「……気持ちだけで十分だよ」
「……え?」
「……寄り添おうとしてくれるだけで、俺は満足だ」
「でも……」
「……俺らしくないよな、こんなの」
「小村井君……」
「……俺も意固地になりすぎていたよ、市ヶ谷も班に入れようぜ」
「ちょっと小村井、その言い方……」
「……市ヶ谷さん、これで勘弁してあげて?」
「でも……」
「……ここらへんが、お互いにとっての妥協点じゃない?」
「でも、態度が……」
「……小村井君だって人間なんだしさ、そんな完璧にはできないよ」
「……神楽坂さん」
「……分かった。今回はここで引かせてもらう」
「……ありがとう、市ヶ谷さん」
「別にお礼まで言うことないでしょ、大した話じゃないんだから……」
「それでも、ありがとう」
「どういたしまして……」
「小村井君もありがとうね」
「……いや、逆に申し訳なくなってきたよ」
「小村井君は何もしてないでしょ?」
「……そういうところだぜ、神楽坂さん」
「……え?」
「よし、復活」
「……うん」
「この四人が、修学旅行の班だ」
「小村井が仕切るんじゃないわよ」
「最後くらい締めさせろよ」
「はあ、仕方ないわね……」
「……芽愛、お疲れ様」
「……私は何もしてないよ」
「……いや、しただろ」
「……してない」
「……じゃあ、それでいいよ」
「……うん」
「西ヶ原君、そろそろ良いかしら?」
「……先生?」
「みんなもう決まってて、あとはあなたたちだけなの」
「……申し訳ありません」
「なんか込み入ってたから入るに入れなかったけど、この四人で良いのよね?」
「……みんな、良いよな?」
「おう」
「大丈夫よ」
「……うん、大丈夫」
「……はい、大丈夫です。先生」
「ありがとう。じゃあ、西ヶ原君、小村井君、神楽坂さん、市ヶ谷さんで一班ね」
「……はい、お願いします」
「じゃあ、一旦席に戻ってくれる?」
トコ……トコ……
市ヶ谷さんが自席に戻る。
「さあ、これで一日目の班は決定です。班ごとの作業は後日になるから、さっきの説明に戻りますね」
……なんだろう。ただ班を決めるだけで、かなり疲れた。
※ ※ ※
昼休み。
「……やっと休憩か」
「お疲れ、高明」
「……眠い」
「お昼どうする?」
「……寝る」
「いやいや、ご飯食べようよ」
「……我慢できない」
「ほら、行くよ」
「……横暴だ」
「私はそこまでじゃないんでしょ?」
「……やめておけ」
「だって……」
「……せめて、教室出てからにしよう」
「あ、うん……」
「……さて、何喰うか」
「結局食べるんだね」
「……栄養補給も大切だ」
「食堂行く?」
「……人が多いのはちょっとなあ」
「じゃあ購買?」
「……うん、それでいいや。食えれば何でもいい」
「じゃあ行こう」
「……ああ」
小村井、いつの間にいなくなったんだろう。気が付かなかった。
※ ※ ※
屋上。
「ご馳走様」
「……ご馳走様」
「よし、あとはしっかり休もう」
「……寝る」
「食べた後に寝るのは良くないよ?」
「……ちょっとだけだよ」
「もう……」
「……珍しく感情的だったな」
「何が?」
「……朝、市ヶ谷さんの前で」
「……本当、ありがとうね」
「……止めて良かったのか?」
「高明が止めてくれなかったら、どうなってたか分からないよ」
「どうしてそこまで……」
「なんだろう、相性が良くない……」
「……よく、班に入れるのを認めたな」
「断る方が面倒でしょ?」
「……なるほどな」
「良くないよね、ああいうの……」
「……いや、感情出す前の段階だっただろ」
「うん、高明が止めてくれたから」
「……それなら、問題ないだろ」
「そうかな?」
「……僕は、芽愛が正しいと思ったよ」
「正しさなんて、人によって違うんだよ」
「……それでも、僕は正しいと思うよ」
「市ヶ谷さんには、市ヶ谷さんの正しさがあるんだよ」
「……そうだろうか?」
「私の正しさなんて、大したこと無いよ」
「……いやまあ、そうなのかもしれないが」
「だから、正しさなんて要らないの」
「……そうか」
「うん、私がしたいことをするだけ、それは正しくなくてもいい」
「……なるほどな」
「意味、分かってる?」
「……半分くらいは」
「半分は分からないんだね……」
「……仕方ないだろ」
「まあ、いいか」
「……ああ」
「寝なくていいの?」
「……眠くなくなった」
「嘘」
「……まあ、嘘だが」
「起こしてあげるから、寝てなよ」
「……じゃあ、そうするかな」
「うん、おやすみなさい」
「……ああ」
※ ※ ※
「ありがとう、それじゃあ切るね」
プー……プー……プー……プー……
「……ふわぁ」
「あ、起きた」
「……まだ昼休みか?」
「あと少ししたら、戻った方が良いかもね」
「……電話、してたのか」
「うん、立英ちゃんと話してたの」
「……例の件か?」
「そうだよ」
「……どうなった?」
「良いって」
「……本当か?」
「うん、二つ返事だったよ」
「……意外だな」
「断られると思った?」
「……まあな」
「条件付きだけどね」
「……条件?」
「私含めた三人で回るってこと」
「……なるほどな」
「ダメかな?」
「……良いよ、それで」
「そろそろ戻ろうか」
「……うん」
「あ、来るよね?」
「……条件が満たされたからな、行くよ」
「それなら良かった」
「……ありがとうな」
「私は、数合わせに高明を使いたかっただけ」
こいつからは、感情というやつが見えてこない。
「……そうか、わかったよ」
「うん」
その割には、感情豊かなんだよな。
「じゃあ、戻ろうか」
「……そうしよう」
※ ※ ※
放課後、新聞部室。
「お疲れ様です、朱苑先輩」
「お疲れ、芽愛ちゃん」
「……お疲れ様です、先輩」
「高明君、お疲れ。随分と眠そうね」
「……昨晩、夜更かししてしまって」
「ゲームでもしていたの?」
「……いや、その」
「レスバしていたみたいです」
「ああ、なるほど」
「レスバ、知ってるんですか?」
「レスバトルでしょ、知ってるわよ」
……略さずにレスバトルって言うと、くだらなさが増幅する気がする。
「高明君もレスバするのね」
「あれっ、朱苑先輩もするんですか?」
「たまにするわよ」
……マジかよ。
「そうなんですね……」
「あれは中々良いものよ」
「……そうなんですか?」
「ええ、知らない観点を発見できるし」
「イライラとかしませんか?」
「そりゃするわよ」
「よくやりますね」
「まあ、途中で返事が来なくなることが多いかな」
「……なるほど」
「呆れられちゃうのよ、多分」
「呆れる?」
「うん、人間は感情の生き物だし、理詰めされると嫌になるものなのよ」
「まあ、それはそうですね」
「まあ、それでもやるんだけどね」
「それって、正しさのためですか?」
「正しさ?」
「高明はそうみたいなんですが」
「……」
「正しさなんて要らないわ、如何に視点を広げるかでしょ」
「流石先輩ですね、言うことが違います」
「無意味でしょ、ネット上での正しさなんて」
「私もそう思います」
……まあ、そうなのかもしれないな。
「高明、先輩もこう言ってるよ」
「……市ヶ谷さんのおかげで、重々分かってるよ」
「市ヶ谷さんって?」
「クラスメイトの女の子です」
「……その娘がどうかしたの?」
……ん、なんだろう、この感じは。
「陰口みたいになるので、あまり言いたくないです」
「まあとにかく、正しさの無意味さについて、高明君も分かったってことね」
……いや、考えすぎか。
「そういうことです」
「まあ、正しさ自体が悪いわけじゃないんだけどねえ」
「私もそう思います」
「要は、正しさの暴走がいけないのよ」
「全くの同感です」
「……」
「正しさ自体は必要だと思うわ」
「そうですね、正しさが全く無い世界も恐いです」
「そうね、正しさは毒にも薬にもなるわ」
「薬みたいなものですね」
「上手いこと言うわね、私もそう思うわ」
「……あの」
「なに、高明君?」
「……そろそろ部活、始めませんか」
「ああ、そうね」
「朱苑先輩と話してると、いつもこうなっちゃいます」
「楽しいものね」
……この二人、相当変わってるよなあ。
「……あ、吉祥寺さん、お疲れ様」
「……お疲れ様です、西ヶ原先輩」
……いかんいかん、すっかり気を取られていて、挨拶を忘れていた。
「あ、吉祥寺さん、お疲れ様」
「……お疲れ様です、神楽坂先輩」
この娘、最近は以前以上に大人しいんだよな。海以来迫ってくることが無いし。
「さあ、部活を始めましょうか」
あれは、夏の幻影だったのかなあ。
「いや、部活を始めるのであーる」
『であーる』って、なんなんだろうな。
※ ※ ※
「では、これで終わります」
一瞬と感じるくらいに、今日の部活動も楽しかった。
「じゃあ私、帰ります」
「あれ、高明君と一緒に帰らないの?」
「立英ちゃんと約束入れてるんです。一緒に帰ろうって」
「ふふっ……高明君、振られちゃったわね」
「……そんなんじゃありませんよ」
「でも今日、一人で帰るんでしょ?」
「……そうなりますね」
「寂しくない?」
「いえ、全く……」
「まあ、それならそれでも良いんだけど……」
「……?」
「今日一緒に帰ろうか、高明君」
「……先輩と一緒に帰るってことですか?」
「そうよ」
「……どうしましょうかね」
「嫌かしら?」
「……嫌ではないですが」
「なに?」
まさか今になって、願いが実現するとは……
「……いえ、一緒に帰りましょうか」
「うん、そうしましょう」
「じゃあ私、お先に失礼します」
「お疲れ様、芽愛ちゃん」
「お疲れ様です」
「……お疲れ様」
「お疲れ様、高明」
「……ああ」
「吉祥寺さんも、お疲れ様」
「……お疲れ様です」
「では、失礼します」
ガラガラガラ……
「鍵、戻して来なきゃね……」
「あ、はい」
「あ、恵蘭ちゃんはどうする?」
「……私、ですか?」
「一緒にどう?」
「……いえ、その、一人で帰ります」
「分かったわ」
「……お先、失礼します」
「あ、うん。お疲れ様」
「……」
「……お疲れ様」
「……」
ガラガラガラ……
……やっぱり、こんな感じなんだよな、吉祥寺さん。
「高明君、どうかした?」
「……いえ、なんでもありません」
「そう、じゃあ私たちも帰りましょう」
「……そうですね」
「高明君、悪いけど窓を閉めてくれる?」
「分かりました」
ガララララ……
「……よし」
「鍵は閉めた?」
「あ、今から閉めます……」
「うん、お願い」
ガチャ……
「窓、オーケーです……」
「ありがとう、それじゃあ電気消すわね」
「はい……」
パッ……
「さあ、行きましょう」
「……ええ」
ガラガラガラ……
「高明君、どうする?」
「……何がですか?」
「私、鍵戻してくるけど、一緒に行く?」
「……そうですね」
「鍵の戻しかたとか、教えてなかったわよね」
「はい……」
ガチャ……
「じゃあ、一緒に行きましょう」
「……はい」
※ ※ ※
職員室。
「ここから持っていって、戻すだけよ」
「……分かりました」
「あ、王子さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です。中神先生」
「部活、終わったのね」
「はい、終わりました」
「あんまり、部に顔出せなくて悪いわね」
「いえ、大丈夫です」
中神先生、うちの部の顧問なんだよな。影薄いけど。
「西ヶ原君も、お疲れ様」
「……お疲れ様です」
「今朝、ロングホームルームで話聞いてなかったでしょ?」
「……いや、そんな」
「ちゃんと聞いてもらわないと、困りますよ」
「……すみません」
「徹夜をしていたみたいなので、許してあげてください」
……え?
「徹夜?」
「はい、社会勉強していたら徹夜になっちゃったみたいで」
「社会勉強?」
「はい、視野を広げるために、色々頑張っていたみたいです」
……物は言い様だな。
「そうですか」
「はい、だから大目に見てあげてください」
「……そういうことなら、仕方ありませんね」
「ありがとうございます」
「王子さんが言うんだから、間違いないんでしょう」
……先輩への信頼度高いな。
「……あの」
「西ヶ原君、どうかしましたか?」
「お二人って、やけに仲良いというか、信頼関係があるというか、そんな感じですよね」
「そりゃまあ、顧問ですから」
「……それだけとは思えないって言うか」
「ああ、それは簡単。中神先生は、一年生の時の私の担任だったのよ」
「……そうだったんですね」
「初めての担任だったんだけど、王子さんが色々手伝ってくれてね、本当に助かったわ」
「……なるほど」
「それでまあ、部活動の顧問をお願いされて、名前くらいなら良いかなって」
「……そういう過去があったんですね」
「今思えば、どれも懐かしい思い出です」
「そんなに前のことじゃないですよね?」
「教員生活の一年目だったし、思い出深いのよ」
「ふふっ、まあ私もそうですが」
「……」
「あ、引き留めてごめんなさいね、お疲れ様」
「はい、お疲れ様です!」
「……お疲れ様です」
「では、お先に失礼します」
「はい、お疲れ様」
「……お先、失礼します」
「お疲れ様、西ヶ原君」
ガラガラガラ……
「さあ、帰りましょうか」
「僕の知らないことって多いんですね……」
「いきなりどうしたの?」
「いや僕、先輩のことそこまで知らないんだなあって……」
「そりゃ高明君、あんまり話すタイプじゃないし」
「はは、そうですね……」
……まあ、そう思われて当たり前か。
※ ※ ※
帰路。
「あれ、高明君の家ってどこだっけ?」
「……岡田駅の先の方です」
「ああ、それなら方向が同じなのね」
「……近いんですか?」
「ええ、大体その辺よ」
「……そうですか」
「方向同じで良かったわ、話がちゃんとできるから」
「そうですね……」
「そろそろ修学旅行の季節ね」
「……そうですね」
「今年はどこに行くの?」
「……千葉です」
「随分と近場ね」
「……大人の事情らしいです」
「大人の事情、ねえ」
「……はい」
「千葉のどこに行くの?」
「……えっと、永井山新並寺と、ラパンリゾートです」
「へえ、ラパンリゾートか。羨ましいなあ」
「……先輩の時は、どこ行かれたんですか?」
「え、知らないの?」
「はい……」
「京都よ」
「へえ……」
「まあ、私は行ってないんだけとね」
「……そうなんですか?」
「去年、私が部活動を休んでる時期あったでしょ。ちょうど一年前くらい」
「ああ……謹慎とかなんとか」
「あれって修学旅行の時期に重なっててね」
「なるほど……」
「……そういえば、謹慎になった理由ってなんだったんですか?」
「京都に行こうとしたからよ」
「……どういうことですか?」
「だから、京都に行こうとしたのよ」
「……いや、分かりません」
「修学旅行の一週間前に、学校をサボって、京都に行こうとしたのがバレたのよ」
「……どうして、京都に行こうとしたんですか?」
「急に行きたくなっちゃって」
「……修学旅行で行けたじゃないですか」
「そんな学校の都合じゃなくて、自分の都合で行きたかったの」
「……休日に行ったら良かったじゃないですか」
「平日に行ってみたくなったのよ」
「……でも、そんなんで謹慎になるんですか?」
「それはきっかけね」
「……きっかけ?」
「それで先生に口答えしたのが問題になってね」
「……なんで口答えしたんですか?」
「気に食わなかったのよ」
「……凄いことやってたんですね」
「今思えば、バカなことしたと思うわ」
「……そうですか」
「でも、今更この話をするなんて思わなかったわね」
「……え?」
「普通、謹慎だって言われた時に理由を聞くでしょ」
「そこはまあ、プライバシーかなあって……」
「聞いても良かったのに」
「まあ、そうですね……」
「修学旅行、班行動なの?」
「一日目の永井山は班行動で、残り二日のラパンリゾートは自由行動です……」
「班って、誰と回ることになったの?」
「……えっと」
「分かった、芽愛ちゃんね」
「……まだ言ってないじゃないですか」
「態度見てれば分かるわよ」
「そうですか……」
「分かりやす過ぎるわ」
「でも、芽愛と二人きりってわけじゃないですよ?」
「そりゃそうでしょ、班行動なんだし」
「……まあ、そうですね」
「何人の班なの?」
「はい、四人です」
「あと二人は……いや、聞いても分からないわね」
「ふふっ、そうですね」
「まあともあれ、芽愛ちゃんを含む四人の班なわけね」
「はい、そうなります」
「でも意外ね」
「……何がですか?」
「高明君から誘ったの?」
「……いや、芽愛からですよ」
「好かれてるわね」
「……数合わせ、って言ってましたよ」
「なんだつまんない」
「……何を期待していたんですか?」
「高明君と芽愛ちゃんがくっ付けば良いなあって……」
「……何言ってるんですか?」
「真面目に言ってるのよ」
「……そんなの、あり得ないですよ」
「芽愛ちゃんのこと、嫌いじゃないでしょ?」
「……だから付き合うってのは、飛躍しすぎです」
「うーん、そうかなあ」
「……そうですよ」
「でも、あながちでもない感じの言い回しよね」
「……え?」
「まるで、それも有り得るような言い回し」
「……いや、言葉のアヤじゃないですか?」
「そうかなあ」
「……そうですよ」
「じゃあ、いっか」
「……ええ」
……まあ、絶対に有り得ない話だしな、
「でも、一緒に回ることにしたのよね?」
「それはですね……」
「何か取引でもしたの?」
「……なぜ分かるんですか?」
「なんとなく」
「……なんとなくで分かるんですね」
「何の取引?」
「……うーむ」
「あ、初台さん絡みね」
「……言ってないですよ」
「聞かなくても分かるわよ」
「……超能力でもあるんですか?」
「高明君って言ったら、芽愛ちゃんか初台さんかのどちらかしかないわ」
「……僕って、そんなに単純なんですか?」
「単純だと思うわよ」
「……そうですか」
「うん」
「……いや、でも」
「高明君の周りって、女の子しかいないわよね」
「……何を言っているんですか?」
「まるでラノベ主人公ね」
「……いやいや」
「違う?」
「……まあ、あながち外れてもないんですかね」
「高明君から、男子の話題を聞いたことが全くないわ」
「……そうですか?」
「自分で覚えある?」
「……ありません」
「でしょ」
「……男子の友達だっていますよ」
「……さて、どうかしらねえ」
「班で同じ男子、友達ですよ」
「なんていう名前?」
「……小村井です」
「……ああ、彼か」
「……ええ」
「他には友達いないの?」
「……話をする相手くらいはいますよ」
「それ、友達って言えるの?」
「……友達の友達ってところですかね」
「友達の友達は友達とは言わないのよ」
「……そうですか?」
「ええ、他人と変わらないわ」
「……なるほど」
「その小村井君だけなの?」
「……まあ、そうですね」
「ラノベの親友ポジションよね、それ」
「……はい?」
「ラノベ主人公にだって一人いるでしょ、男友達」
「……そうですね」
「物語を回すために必要な捨て駒というか」
「……それ、酷くないですか?」
「間違ってる?」
「……いや、間違ってません」
「高明君はラノベ主人公だったのね」
「……否定はできないですね」
「あ、ごめん。悪く言いたい訳じゃないの」
「……あ、はい、分かってます」
……まあ、悪意はないんだろうな。意見というよりは、分析なんだろうし。
「あ……落ち込ませちゃった? ごめんなさい」
「……いえ、大丈夫です」
「それならいいけど……」
「はい……」
別に、謝らなくても良いんだけどな。
「でも良いじゃない、ラノベ主人公」
「……え?」
「ラノベ主人公って幸せ者でしょ?」
「……そうですか?」
「うん、周りに勝手に女の子が集まってくるし、余計な友達付き合いもないし」
「……なるほど」
「あ、これじゃあ追い討ちになっちゃう?」
「……まあ、はい」
「この話題は止めましょう」
「……ありがとうございます」
……まあ、別に続けても良かった気がするが。
「で、初台さん絡みでどういう取引をしたの?」
「……言わなきゃダメですか?」
「私は聞きたいな」
「……じゃあ、言いますよ」
「悪いわね」
「……ラパンリゾートで、初台さんと一緒に回れる確約を貰ったんです」
「芽愛ちゃんから?」
「はい、それを条件に、芽愛のお願いを受け入れました……」
「確約なんて、そう簡単に貰えるの?」
「……昼休み、早速確約貰ってきましたよ」
「芽愛ちゃんって、仕事できる娘よねえ」
「……まあ、そうなんですかね」
「それにしても高明君、初台さんに嫌われてはいないみたいね」
「……え?」
「嫌いな相手と一緒に回ろうとはしないでしょ?」
「まあ、そうなるんですかね……」
「努力の賜物じゃない?」
「……僕は何もしてませんよ」
「夏も頑張ってたじゃない」
「……いや、別にそういうわけじゃ」
「わざわざ仮病使った甲斐があったわ」
「……あれ、仮病だったんですね」
「そうよ、高明君に配慮したの」
「……なるほど」
全く、この人には敵わないな。
「私がいたら、私が中心になっちゃうからね、年長者だし」
「……そういうことですか」
「うん、いなくて正解だったでしょ?」
「まあ、はい……」
「でも、いきなり二人きりで回るの?」
「……いや、芽愛を含めて三人です」
「まあ、そりゃそうよね」
「……はい」
「良い気なものよね」
「……え?」
「女の子を二人も侍らせて」
「……いや」
「そうでしょ?」
「……そうですね」
「どっちを選ぶの?」
「……どういうことですか?」
「どうせ口実付けて、どっちかと二人きりになるつもりでしょ?」
「……いや、そんな」
「違うの?」
「……違いません」
「芽愛ちゃんか初台さんか、どっちにするの?」
「……芽愛を選ぶのはおかしいと思いますよ?」
「なぜ?」
「いや、なぜって……」
「別に、芽愛ちゃんと二人きりになっても良くない?」
「……芽愛と一緒に回るために、話を受けたわけじゃないですよ」
「まあ、それもそうなんだけど……」
「……はい」
「ごめん、なんでもないわ」
「……いえ」
何が引っかかるのかな、朱苑先輩。
「じゃあ初台さん狙いね」
「……まあ、はい」
「残念だなあ、芽愛ちゃんを選んでほしかったんだけど」
「……それじゃあ、最初から初台さんを入れる必要ないじゃないですか」
「まあ、そうね」
「……芽愛と二人きりで回りたいなら、最初からそうしますよ」
「確かに、そうよね」
「……はい」
「じゃあ、初台さん狙いで頑張ってね」
「……分かりました」
「あ、私はここ曲がるから」
「……もうこんなところまで来てたんですね」
「早かったわね、楽しかったわ」
「……それなら良かったです」
「ふふっ、高明君は楽しくなかったかもしれないけど」
「……そんなことはないですよ?」
「そう、それなら良かったわ」
「……はい」
「それじゃあね、ありがとう」
「……はい、また明日」
トコ……トコ……トコ……
「……さて、帰ろう」
※ ※ ※
自分の部屋。
「……満腹だ」
今日の夕飯も美味しかった。
「よし、寝るか」
……流石に眠すぎる。何も手に付きそうもない。
プルルルル……プルルルル……
「……誰だろう」
ピッ……
「……え、初台さん?」
僕に何の用があるんだろう、なんで僕なんかに、いや、修学旅行の件だよな。うん、分かってる。
「……とにかく、出ないとな」
ピッ……
「……もしもし」
「あ、もしもし、西ヶ原君ですか?」
「……はい、西ヶ原君です」
「ふふっ」
「……え?」
「ふふっ……自分で西ヶ原君ですなんて、おかしいですよ」
「……あ、ごめんなさい」
「謝る必要、無いじゃないですか」
「……はは、そうですね」
「声、少し小さくないですか?」
「……え、そうですか?」
「はい、音量を最大にしてるんですが、ちょっと聞こえづらいです」
……緊張と、寝不足のせいだな。
「これで、どうですか?」
「はい、聞こえます。西ヶ原君の声」
「それなら良かったです……」
「はい」
「もしかして、修学旅行の件ですか?」
「はい、そうです」
「本当に、大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「僕なんかと回って、初台さんの名に傷が……」
「ふふっ、なんですか、それ?」
「僕って愛想良い方じゃないので、初台さんの評判に影響があるんじゃないかと……」
「そんなの、無いと思いますよ?」
「そうですかね?」
「大体、私にそんな評判なんてありませんよ」
「いやその、生徒会長選挙も控えているじゃないですか……」
「ああ、選挙の心配をしてくれてるんですね」
「はい……」
「大丈夫です、気にしないでください」
「そうですか?」
「西ヶ原君と回ったからって、評判落ちたりはしませんよ」
「ですかね?」
「仮に落ちるにしても、そんなことで落ちる評判なんて不要です」
「……それ、どういう意味ですか?」
「言葉通りですよ?」
「……そうですか」
「はい」
……まあ、深い意味は無いよな。
「それなら、良いんですが……」
「ふふっ」
「……?」
「考えすぎですよ、西ヶ原君」
「……そうですかね?」
「はい、なんでそんなに卑屈なんですか?」
「僕じゃ、初台さんには釣り合わないかなあって……」
「ふふっ……」
「……?」
「私を過大評価しすぎです」
「……ですかね?」
「逆にどうして、そこまで評価してくれるんですか?」
「……愛想良いですし、優等生ですし、生徒会ですし」
「全部、私そのものじゃないですよ」
「……え?」
「全部、外面の部分です」
「外面?」
「はい、取り繕ってるだけで、大したことは無いんですよ」
「……いや、凄いと思いますよ?」
「これくらい、誰だってできると思います」
「そうなんですかね……」
「はい、やるかやらないかの違いです」
「普通は、やれないんじゃないですか?」
「まあ、それはあるかもしれません」
「謙虚、なんですね……」
「……謙虚?」
「はい、謙虚だなあって……」
「……いや、そんな」
「そういう部分含めて、凄いなあって思います……」
「……評価して頂いているのは、素直に喜びます」
「はい……」
「でも、釣り合わないなんてことはありませんよ」
「……そうですか?」
「西ヶ原君だって、凄い人ですよ?」
「……いや、僕なんて」
「どうしてそう思うんですか?」
「……だって僕、生産的な人生を送っていないというか」
「生産性が全てではないと思います」
「……そうですか?」
「はい、生産性ももちろん大事ですけど、そればかりじゃ冷たい感じがします」
「……冷たい?」
「人って、生産性のために生きてるわけじゃないですよ」
「……なるほど」
「生産性は手段なんですから、そこに拘っても息苦しいですよ?」
「芽愛みたいなこと言いますね……」
「ふふっ」
「……?」
「実は受け売りです」
「受け売り?」
「以前、悩みを相談したときに、同じこと言われたんです」
「……そうだったんですね」
「はい、だから自信持ってください」
「……自信、ですか」
「はい、そこまで卑屈になる必要はないんですから」
「……僕には、何もありませんよ?」
「あるじゃないですか」
「……何がですか?」
「優しさです」
「……優しくなんて、ありませんよ」
「優しいと思いますよ?」
「……どのあたりがですか?」
「さっきだって、選挙の心配をしてくれました」
「……それだって、初台さんに嫌われたくはないからで」
「え?」
「……いやその、それで初台さんの評判に影響があったら、嫌われてしまうんじゃないかって」
「嫌いませんよ?」
「……本当ですか?」
「むしろ、それで私の評価を変えちゃう人を嫌いになります」
「……なるほど」
「まあとにかく、誘っていただいてありがとうございます」
「……いえ」
「それをお伝えしたくて、連絡させて頂きました」
「……はい」
「当日、楽しみにしていますね」
「……僕も、楽しみにしています」
「またです」
「……え?」
「段々、声が小さくなっていってます」
「……あ、すみません」
「まあ、大目に見てあげます」
「……はい」
「それでは、失礼しますね」
「はい、ありがとうございました」
「いえ……」
プー……プー……プー……プー……
「……やっぱ、好きだなあ」
もう誤魔化せない。僕は初台さんのことが好きだ。
「……なんで、こんなに可愛いんだろう」
可愛さに相まって、理性的な振る舞い、これは胸に刺さる。
「……当日まで、何も手に付く気がしないわ」
※ ※ ※
「……ふぅ」
……
「……少し、積極的すぎたかな?」