第2話「ジャーナリズムって、「じゃあなリズム」って聞こえるよね」
幼なじみの芽愛は、主人公の高明が所属している新聞部への入部を申し出る。渋々受け入れる高明だが、そうも簡単にはいかなくて……
「ねえ高明、新聞部入りたい!」
放課後の教室。気が付けば芽愛と二人きり。
「高明、聞いてる?」
教室を出るタイミングを逃したおかげで、芽愛に捕まってしまった。
「……新聞部?」
無視するのもあれなので、返事はする。
「うん、新聞部。高明入ってるでしょ?」
「うん、入ってるけど……なんで入りたいんだ?」
「なんでって? 直感かな」
「……直感?」
「うん、直感」
極めて、抽象的だな……
「……断る理由はないけど」
「じゃあ入る」
「……なるほど」
まあ、止めても入るだろうしな。
「今日、部活あるんでしょ?」
「……これから行こうと思っていたところだ」
「じゃあ案内して」
「……ああ、わかった」
「やけに今日は従順だね」
「……抵抗しても無駄だからな」
「お!」
「なんだよ?」
「高明の本音ゲット!」
「……じゃあ行こうか」
「もう、釣れないなあ」
がっかりする芽愛をよそに、僕は席を立ちあがる。
「あ、そうだ高明」
僕に続いて立ち上がった芽愛は、改まったように話題を切り出す。
「……なんだ?」
「杏ちゃん、可愛くなってたね!」
「……」
「高明?」
「……やっぱ案内しない」
「えー、なんでよー」
昨日の杏との会話がフラッシュバックした。
「……特に理由はない」
「意味わからないよ、高明」
「……色々あるんだよ」
「色々って?」
「……色々は色々だ」
「答えになってない!」
やはり、抗う方が面倒か。
「……昨日、杏にも同じこと言われたんだよ」
「杏ちゃんが?」
「……ああ」
「誰のことを可愛いって言ったの?」
「……芽愛」
「私?」
「……うん」
「そうなんだ」
「……ああ」
「ねえ高明」
「……なんだよ」
「高明はどう思った?」
「……」
「私、可愛くなったかな?」
芽愛は自身の身体を見回しながら、とんでもない質問をぶつけてくる。
「……」
「どうなの?」
「……」
「ねえ!」
芽愛の両手は俺の肩を掴む。芽愛の青い瞳が、真っすぐに僕を見つめてくる。
「えっと……」
揺れる金の髪からは、女の子特有の良い香りもする。
「可愛いん……じゃないか……」
僕は窓の方を向いて答える。
「ふーん、そっか」
「……ああ」
芽愛の手のひらは、僕の身体から離れる。
「ありがとね」
「……ただの客観的感想だよ」
「高明って、そういうとこあるよねー」
「……なにがだ?」
「ううん、何でもない」
いまいち釈然としないが、深堀りするのも面倒だ。
「……じゃあ、部室に案内するよ」
「あれ? 案内してくれるの?」
「……やはり、抵抗したほうが疲れると分かった」
「本日二度目の本音ゲット!」
「……それはよかったな」
「うん!」
芽愛は満面の笑顔を浮かべる。
ガラガラガラ……
僕たちは揃って教室を出た。
「よし……」
教室には他に誰もいなかったので、当然、照明は落とした。
※ ※ ※
「お、高明」
廊下を歩いていると、聞き覚えのある声に足を止められる。
「……小村井」
我がクラスのムードメーカーは、なぜだか一人だった。
「あ、小村井君。今から高明と同じ部活に入るんだー、案内してもらうところ」
「おっす、神楽坂さん。ほお、それは良かったなあ、高明」
小村井は、にやけながら僕の方を凝視する。
「……なんだよ、小村井」
「別になんでもないよ、お幸せにな」
小村井の片手は、僕の左肩を叩く。
「小村井君、私と高明とは、そういう関係じゃないよ? ただの幼なじみって感じだし」
よし芽愛、ナイスアシスト!
「そ……そうだ。ただの幼なじみだ」
芽愛が流れを作ってくれたからありがたい。
「そっか、部活楽しんでな、俺はみんなと遊びに行くからさ」
よく考えると、この場所は男子トイレに近かった。そうか、みんなで遊びに行く前にトイレに行ってたんだな。
「はーい、小村井君。そっちも楽しんできてね!」
「おうよ。じゃあな、高明」
そう言い残して、小村井は去っていった。
「……ふう」
……あっさり、引き下がってくれてよかった。
「高明? どうかした?」
「……いや、なんでもない」
「そっか、ならいいけどさ」
「……じゃあ、行こうか」
「あ、高明」
「……なに?」
「私たちって、ただの幼なじみだよね?」
「……」
「高明?」
「……ああ、そうだと思うよ。間違いない」
「だよね、恋愛とかよくわかんないし」
「……そうか」
芽愛、あっちで恋愛とかしてないのか? ちょっと意外だな。
「高明はどうなの?」
「……なにが?」
「恋愛だよ、好きな娘とかいるの?」
「……」
「よく黙るようになったよね、高明」
「……それは、話題が悪い」
「つまりは、いるんだね」
「……なんでそうなる」
「だって高明、逆のことばかり言うし」
「……なるほど」
なかなか難しいもんだな。芽愛を前にすると誤魔化しがきかない。
「誰が好きなの?」
……好きな女子なんていないが、どうしたものかな。
「どうなのよー」
いないって言っても、誤魔化しだと思われてしまいそうな流れだ。
「……そうだな。好きな女子はいないが、あえて言うなら髪が短い女子が好きだ」
まあ、適当に会話を流そう。僕は損切りが上手いんだ。タイプの話にすり替えたら、何とかなるはずだ。
「ふーん、あんな感じの娘?」
「……え?」
芽愛は僕の後ろの方向を指差したので、僕は脊髄反射で後ろを振り向いた。
「なるほどねえ、ああいう感じの娘が好みなんだね」
振り向いた先には、見覚えのある女子が歩いていた。
「ち、違う!」
「なにが違うの? 髪短いよ、あの娘」
「……タイプの話だ」
「知ってるよ、タイプの話でしょ」
「いや、ああ、うん、そうなんだが……」
「なんかおかしいよ、高明」
「……それは、芽愛が悪い」
「だいぶ、隠さなくなってきたよね。高明の本音、貴重な感じがしなくなってきたよ」
なんだろう、全てが裏目に出ている気がするぞ。
スタ……スタ……スタ……
僕が片手で頭を抱えている間に、横目には片腕に生徒会の腕章を付けた人影が通りすぎた。
「……」
そしてやがて、後ろ姿になった人影は視界から消えた。
「……ふう」
「高明、なんか疲れてるね」
そりゃそうだ。こんな感じのやりとりには免疫がない。
「あの娘、こっち見てたね」
そりゃそうだろう、廊下でこんな風に話していれば目にも付くはずだ。
「ねえ高明」
「……なんだよ」
「あの娘でしょ、好きなの」
「……」
「図星か」
「ち、違う!」
そりゃ確かに、好きな女子を聞かれた時に頭に浮かんだのは、まさに今の女子だったけれども……
「えー、どうかなー」
しかし、本当に好きとかではない。この学年で、等身大の男子が好きそうな女子と言えば、やはり彼女、初台立英なのだ。あくまでも、客観的な話だ。
「腕章付けてたね、あの娘」
「……生徒会に入ってるからな」
「ほう、やっぱり好きなだけあるねえ」
くっ、これ以上、芽愛のペースに乗せられるわけにはいかない……
「……僕たちの学年なら、多分みんな知ってるよ」
よし、冷静な振る舞いができたぞ!
「そうなの?」
「……生徒会入ってて、愛想が良いからな。二年生で知らない生徒はいないんじゃないか?」
「ふーん、そうなんだ」
芽愛がどこまで本気なのかが見えない……
「名前はなんて言うの?」
「……初台……立英」
「たかえ?」
「ああ、立ち上がるの『立』の漢字に、英語の『英』の字で『たかえ』だ」
「変わった読みだね」
「そう……だな」
「まあ、私も人のこと言えないか。『芽』と『愛』で『めい』だし」
「……ああ」
「高明も高明で、ちょっと変わってるかもね。『たかあき』じゃなくて『こうめい』だもの」
僕の父親が、変わったものが好きだからこういう読みになったと、母から聞かされたことがあるが、この会話をこれ以上広げる気もないので話したりはしない。
「まあ、いいや。そろそろ部室行こうか、高明」
元はと言えば、芽愛の話が長話のきっかけになった気もするが、面倒くさいのであえて言わないでおこう。
「……うん、行こう」
ただ部室に向かうだけのはずなのに、必要以上の時間と労力を割いている気がする。
トコ……トコ……トコ……
気にしてもどうにもならないので、部室への案内を再開する。
「さてさて、楽しみだなあ」
いや、待て……もしかしたら、あの初台立英のこと、好きだと勘違いされたままなんじゃないか?
トコ……トコ……トコ……
……まあいいや、行くとしよう。これじゃあ、キリがない。
※ ※ ※
「……ここだ」
しばらく二人で共に歩き、新聞部の部室に着いた。一つしかない入口の扉は閉まっている。
「ふーん、ここかあ」
「……ああ」
「入るよ?」
「……うん」
芽愛は僕に確認を取ると、手のひらをグーの形に固める。
コンコン……
ノックの音が廊下に響く。
「はーい、どうぞー」
部室の中から、少し艶のある声が聞こえた。
「失礼しまーす」
その直後、芽愛は扉の取っ手に手をかける。ドアのタイプは片引き戸、ドアノブではない。
ガラガラガラ……
「いらっしゃいませ、あら……」
部室の奥から、新聞部部長の朱苑先輩が顔を出す。
「こんにちは、朱苑先輩」
「こんにちは、高明君。こちらは確か……芽愛ちゃん……だったかしら?」
朱苑先輩は、芽愛の方に視線を向ける。
「はい、神楽坂・アースキン・芽愛です! 覚えていただいていたとは光栄です!」
芽愛のテンションが、やたらと高い。
「印象深かったもの、忘れるわけはないわ!」
「とても嬉しいです!」
やはり、気持ちが悪いくらいにテンションが高い。
「それで、どんな用なの? 今日も高明君と一緒だけど……」
「ああ、それはですね。新聞部に入りたくて、高明に頼んだんです」
「高……明……」
朱苑先輩は、目を薄めてこちらの方を見てくる。
「高明君、一日で随分と仲良くなったわね! もう呼び捨てだなんて」
「いや、それは……その……」
しまった。いつの間にやら、高明呼びに慣れてしまっていた。確か昨日、三人で会った時には西ヶ原君呼びだったな。
「幼なじみなんですよ、私たち。昨日は隠していてごめんなさい」
簡単にバラしたことは別に気にならない。昨日、クラスメイトたちにバレてしまった以上は、もはや隠し立てする意義は薄いからだ。無駄な抵抗だろう。
「……」
それはともかく、あれは完全に僕の都合だったので、真っ先に芽愛に謝らせてしまったのでは不甲斐ない。
「……ごめんなさい、朱苑先輩。隠していたのは僕が悪いんです。芽愛は全く悪くありません」
「高明……」
「あら、全く気にしてないから大丈夫よ。高明君の性格的に、そういう流れになったんでしょ」
……全然、事情は話していないのに。
「芽愛ちゃん、昨日も呼び捨てしそうになってたでしょ」
そこまで分かっていたとは、やはり朱苑先輩には小細工が通用しないか。
「よく見てますね! 流石は朱苑先輩です! 見る目に狂いはなかったようです!」
「あら、ご評価いただいて光栄だわ」
「朱苑先輩に一目惚れして、新聞部がいいなあって思ったんです!」
「そうだったのね、嬉しいわ!」
なるほど、直感とはそういう意味か。にしても一目惚れって……僕が入ったときと、同じ動機じゃないか。
「あ、変な意味ではないですよ! 人間としてです! なんかビビッと来たんですよ!」
……流石に、僕とは理由が違うみたいだな。まあ、いまや僕もそういう気はないけどな。
「ふふ、芽愛ちゃんはやっぱり面白い娘ね」
「それは嬉しいです! ありがとうございます!」
「どういたしましてー」
まだ会って二日目なのに、互いに意気投合しているようだ。芽愛は本当に、誰とでもすぐに仲良くなれるよな。
「じゃあ、入部を認めていただけますか?」
「うーん……」
「えっ?」
「入部には条件があるわ。誰しも、新聞部に入るにはある試練が必要なのよ……」
「条件、ですか?」
おいおい、そんなものは初耳だぞ……
「……」
ただ、面倒くさそうなので、指摘はしないでおこう。
「そうよ……高明君もそれを乗り越えて、晴れて新聞部員になったのよ……」
朱苑先輩は神妙そうに話すが、そんな事実はない。
「え! そうなの? 高明!」
「えー、あー、うん、まあな……」
まあ、朱苑先輩にもなんかしらの考えはあるのかもしれない。いや、ただ遊んでいるだけの可能性が濃厚だが。
「そうなんだ! 朱苑先輩、どういう試練なんですか?」
それは僕も知りたい。そんな試練の存在は初耳だから。
「それはね……」
「はい……」
芽愛が固唾を飲んで返答を待つ。
「鈴よ……」
「鈴……ですか?」
「うん、鈴よ」
「……鈴をどうしたらいいんですか?」
「猫よ……」
「猫?」
「うん、猫にこの鈴を付けてきてほしいの……」
そう言うと朱苑先輩は、自身の鞄から鈴を持ち出す。何気ない、鈴が付いた猫用の首輪だ。
「これを、つけてきたらいいんですね?」
芽愛は朱苑先輩から、首輪を受け取る。
「うん、お願い」
「わかりました。それで、その猫はどこにいるんですか?」
「分からないのであーる」
「……であーる?」
「あ、ごめん。そっちは気にしなくていいから」
「あ、はい……」
……本当、この口癖にどういう意味があるんだろうな。
「白い野良猫が、この校舎の周りにいるの。とても可愛いんだけど、どこにいるのか分からないのよ」
「なるほど、それで、鈴を付ける必要があるわけですね」
「流石、飲み込みが早いわね。お願いできるかしら?」
「はい、もちろん! 新聞部に入るためなら何でもします!」
「心強いわ、じゃあ頼んだわよ!」
「はい、お任せください!」
そう言うと芽愛は、凄い勢いで部室から出て行った。朱苑先輩と二人、部室に取り残される。
「ふう」
「朱苑先輩、試練って……」
「ああ、あれはね」
「はい」
「単なる暇つぶしよ」
「なるほど……」
まあ、そんなことだろうとは思ったが。
「高明君も助けてあげて!」
「え、僕ですか?」
「うん、一人じゃ探すの大変だろうから」
猫の話は本当なんだな。
「分かりました……」
「よろしくね!」
「あ、首輪を付けるだけでいいんですよね? 連れてくる必要は……」
「うん、それだけで大丈夫よ!」
「承知しました……」
ということで、僕も芽愛に協力して、猫探しをすることになった。
※ ※ ※
「しかし、どうしたものか……」
朱苑先輩の言う通りに部室から出てみたものの、よく考えたら、あまりにヒントが少ない。
「……対象が広すぎる」
単に白い野良猫というだけではあまりにも漠然としている。かといって、改めて聞くのは空気を壊しそうだからやりたくない。暇つぶしと言っていたし、そんな真面目に質問することでもない気がする。
「……まあ、適当に探してみるかな」
考えていても仕方がないので、とりあえず探してみることにする。
「……まずは、芽愛と合流するのがいいかな」
いや待て、そもそも芽愛の居場所が分からない。猫を探す前に、芽愛を探す必要がありそうだ。
※ ※ ※
「……いないな」
辺りをしばらく探してみたが、猫も芽愛も見つからない。
「……探すしかないか」
スマホは持っているが、あいにく芽愛の連絡先は知らないので、地道に探してみるしかない。
「うーん、どうしたものか」
状況を整理してみよう。芽愛は朱苑先輩に促され、勢いよく部室から出て行った。
「……首輪」
そう、部室から出て行った。猫に鈴の首輪を付けるために。
「鈴、鈴……」
なるほど……鈴か。鈴を持ってるわけだから、芽愛が動けば鈴の音が聞こえるはずだ。これをヒントに探せばいいのか。
※ ※ ※
ダメだ。校舎を歩き回ってみたが、鈴の音などは聞こえない。校舎内には他に生徒がいたので聞くことも可能だったが、わざわざそこまではしたくないので聞いたりはしない。
「うーむ……」
「あのー」
廊下で突っ立って思案をしていると、聴覚になんとなく聞き覚えのある声が届く。
「……え? なんですか?」
僕は咄嗟に返答をする。
「これって……」
僕に話しかけてきた女生徒は、鈴の首輪を差し出してくる。
「鈴の……首輪?」
「はい、さっき廊下で拾ったんです。金色の髪の女の子が落としていったのですが、すぐにどこかに行ってしまいまして」
女生徒、いや、初台立英は経緯を明かす。
「……なぜ、それを僕に?」
「さきほど、廊下でお話をしていましたので、お知り合いの方かなあと思い、声を掛けさせて頂きました」
透き通った声も相まって、丁寧な話し方だと思った。いや、今はそうじゃない。
「……はい、確かに知り合いです」
「そうでしたか、よかったです」
そう言って、初台立英は鈴の首輪を僕の手に渡してくる。
チャリンッ……チャリンッ……
その一瞬、彼女の手が僕の手に触れる。少しひんやりとした感覚が、僕の手を通して伝わってくる。
「これ、あの娘に渡してあげてください」
「……あ、はい、分かりました。どうもありがとうございます」
「いえ、よろしくお願いしますね」
彼女、初台立英は微笑みを残して場を立ち去って行った。その時、左腕に腕章を付けた彼女の姿が目に焼き付いた。
「……ふう」
なんだか緊張したな。まさか、あの初台立英と話すことになるとは思わなかった。変なこと言わなかったかな?
「……可愛かったな」
……いや、今は猫探しだ。
「えっと……」
僕は中断されていた思考を呼び覚ます。
「……そうだ、鈴だ。まずは芽愛を探さなきゃな」
しかしどうしよう。芽愛がこの鈴を落としたとなると、ヒントがなくなってしまったことになる。
「あ、高明!」
またも考えの最中に中断が入る。
「……芽愛か、探す暇が省けた」
「探してくれてたの?」
「……ああ、朱苑先輩に頼まれて、手助けに」
「そうなんだ」
「……首輪、落としただろ」
僕は首輪を芽愛に向けて差し出す。
「うん、まさか高明が拾ってくれていたとはね、見つかってよかったよ」
チャリンッ……チャリンッ……
「……猫、見つからないか?」
「うん、校舎の外を探し回ったけど、白い猫なんて見つからない」
「……そうか」
「あれ、なんかヒントとかないの?」
「……特別聞いてないな」
「あれ、高明も試練受けたんじゃないの?」
「あ、いや、それはその……」
しまったな、どうしよう。
「ん?」
「……よく考えてみろよ。猫がそんなに何匹もいるわけないだろ、僕は別の試練を受けたんだ」
「ああ、なるほどね」
朱苑先輩に許可なく、バラすわけにもいかないしな。
「……というわけで、僕にも何も分からない」
「そっかあ、どうしようか。朱苑先輩にヒント聞きに戻ろうかなあ」
さて、どうしたものか。聞きに戻らせても問題はないはずだが、僕は一応助けとしてきた以上は、このまま聞きに戻ってはいけない気もする。僕が何とかする方が責任的かもしれない。
「……いや、僕が何とかするよ。そのために助けに入ったわけだし」
「おっ、なんか男らしいね高明」
「……え?」
「よし、一緒に頑張ろう」
「……あ、ああ」
「で、何か案はあるの?」
案と言われても困る。そんなものはない。
「……ちょっと考える時間が欲しい」
「わかった」
とは言っても、そんな簡単に案なんて思い浮かぶことは無い。仮に思い付くならば、考えるまでもなく思い付くだろう。
「うーむ……」
しかし、面目もあるので白紙というわけにもいかない。どうしたものか。
「……」
芽愛は、校舎の外を探し回ったと言っていたな。校舎の中にいても仕方がないか、よし。
「……分かった、とりあえず校舎の外に絞ろう。野良猫探しなら、校舎の中にいても仕方ないと思うからな」
「なるほど、基本が大事だね。そうしよう」
「……じゃあ行こう」
「うん!」
僕たちは、ひとまず校舎の外に向かうことにした。
※ ※ ※
「高明、いた?」
「……いや、見つからない」
校舎外に出てしばらく探し回ってみたが、白い野良猫は見つからない。
「どこにいるのかなあ」
野良猫なんだから、校舎の外にいる可能性が極めて高い。というか、校舎内に猫がいたら目立つだろう。前提は恐らく間違ってはいない。
「試しに鳴いてみるのもありかもね、仲間だと思わせるために」
「……それで見つかるのか?」
「分からない、でもやらないよりはマシでしょ」
極めて原始的な考えだと思ったが、対案もない。
「……そうだな、やってみたらいいんじゃないか」
「高明もやるんだよ?」
「……え?」
「その方が見つかりそうじゃない?」
「……そうなのか?」
少し、抵抗あるなあ。
「分からない、でも試す価値くらいはあるでしょ」
「……」
「高明?」
やはり対案はない。やむなしか。
「……分かった、一緒に鳴こう」
「よし、じゃあ揃えてやるよ!」
「……あ、ああ」
「いっせーの!」
「「にゃー、にゃー、にゃー」」
……凄く恥ずかしい。
にゃー……
「聞こえたよ! 高明!」
「あ、ああ……」
まさか、こんな原始的な手法で見つかるとは。
「あっちのほうから聞こえたね!」
芽愛は、鳴き声が聞こえた茂みの方に向かう。僕も後から付いていく。
「いた! 白い猫いたよ!」
「……確かに、白い猫だな」
茂みの方にいる猫は、こちら側を見つめている。
「うん! 首輪付けなきゃね」
「……そう簡単に付けられるかな?」
「分からない、けどやってみよう」
「……そう、だな」
よく考えたら、野良猫ということもあるし、下手に近付けば逃げられる可能性が高い。ましてや首輪を付けるとなると、ちょっと難易度は高そうだが。
「ほらー、かわいいでしゅねー」
芽愛は恐る恐る、猫に近付いていく。
にゃー
……へえ、逃げないんだな。
「あら、人懐っこい猫ちゃんでしゅねー」
芽愛が猫の前で屈むと、猫は芽愛の方へ寄ってくる。
「いい子いい子」
猫の頭を優しく撫でる芽愛。
「高明、この子、人懐っこそうだし、大丈夫そうだね」
「……そうみたいだな」
猫を抱きかかえた芽愛の方に、僕が向かおうとしたその瞬間。
ニャーッ!
「うわっ!」
芽愛の胸にいる猫は警戒心を露わにして、こちらの方を睨みつける。
「あらー、どうしたのー」
芽愛があやすと、猫は甘えた様子を見せる。
「高明とは相性が悪いみたいだね」
苦笑いを見せる芽愛。
「……そうみたいだな」
まあ、特別珍しいこともないだろう。しかしなぜ、芽愛には懐くのだろうか?
「じゃあ、首輪付けようかな」
芽愛はいったん、猫を地面に降ろす。猫は惜しむように芽愛に甘える。
「大丈夫だよー、ちょっと待っててね」
芽愛は、肘に掛けていた首輪をそっと猫の首に填めようとする。猫には抵抗する様子はない。
チャリンッ……チャリンッ……
それどころか、首輪を付けやすくするためなのか、芽愛に向けて首をかしげている。随分と賢い猫だと思う。
「ほら、できたー、かわいいじゃない」
にゃーん!
猫は芽愛にスリスリと甘えている。やはり、かなり懐いているなあ。
「……写真でも撮っておこうか? 首輪を付けた証明として」
「そうだね、お願いできる? 猫ちゃん離れてくれなさそうだから」
「ああ、わかった」
僕はポケットからスマホを取り出す。ちなみに、学校にスマホを持ってきてはいけないとか、そういう類の決まりはない。当然、授業中の使用は禁止されているが。
「……撮るぞ」
「はーい、お写真撮ろうねー」
にゃーにゃー
不思議なことに、猫も写真撮影に乗り気な様子だ。本当に、頭が良さそうな猫だな。
「……はい、チーズ」
カシャ!
スマホのシャッター音が鳴り響く。スマホの画面には猫を抱きかかえた芽愛が写っている。
「……よし、オッケーだ」
「ありがとー」
とりあえずはこれで、試練終了かな?
「……じゃあ、行くか」
「あ、ちょっと待って、この子離れてくれなくてさ」
芽愛が地面に降ろそうとすると、猫はごねてしまう。
「どうしよう、高明」
甘えてくる猫のかわし方なんて、流石に分からないが、やれることと言えば……
「そうだ、言葉で言ってみたらいいんじゃないか? 見ていると賢そうだし、案外言うこと聞くかもしれないぞ」
「なるほど、やる価値ありそうだね」
効果は未知数だが、今までの様子を見ている限りは、あながち無鉄砲でもないと思う。
「猫ちゃん、私もずっと猫ちゃんと一緒にいたいんだけどね、どうしても戻らなきゃいけないの」
にゃーん……
猫は悲しそうに鳴く。
「また今度遊んであげるから、いいかな?」
にゃん……
やはり、この猫は賢いな。
芽愛が事情を話すと、不満な様子でありつつも芽愛の身体から離れようとする。
「ありがとう、また遊ぼうね!」
にゃん!
芽愛は屈みながら、地面に降ろした猫の頭を優しく撫でる。
うにゃーん……
猫は嬉しそうに体をうねらせている。
「よし、じゃあ行こうか、高明」
「ああ」
「ばいばい、猫ちゃん。また今度ね」
にゃー!
芽愛は猫に手を振りながら、先に歩き出した僕の後ろに付いてくる。
※ ※ ※
「……ふう、これで試練は合格だな」
「うん! 高明、ありがとうね」
「……先輩に頼まれたからな、無下にするわけにはいかない」
「高明ってそういうところあるよね」
「……え?」
「なんでもなーい」
まあ、いいとしよう。反応する方が疲弊する。
「あ、高明」
「……なんだ?」
「写真、送ってくれない? 私の試練だし、私が見せた方が良いかなあって思って」
「……ああ、そうだな」
確かに、その方がいいかもしれない。
「高明、私の連絡先持ってないよね?」
芽愛が立ち止まったので、僕も立ち止まる。
「……うん」
「じゃあ、ここに送ってくれる?」
芽愛はポケットからスマホを取り出し、ちょっと操作をしたのちに、画面をこちらに差し出す。
「……ん」
視力が良くないので、細かな文字は読めないが、そこには芽愛のメールアドレスが表示されている。
「……ああ、わかった」
僕も自分のスマホをポケットから取り出し、メールのアイコンをクリック。そこから更に『作成』のアイコンをクリックし、宛先が表示される。
「……よし、見せてくれ」
「うん、いいけど。高明って視力悪くなった?」
「……そうだな、ゲームのやりすぎで」
「そうなんだ」
芽愛はスマホをこちらに渡してくる。
「……ああ、ありがとう」
芽愛のスマホの画面を見る。
「これって……」
「ん?」
「……」
「どうかした? 高明」
なんということでしょう。芽愛のメールアドレスには、ローマ字表記の僕の名前が含まれていた。
「……これ、僕の名前か?」
「うん、そうだよ?」
「……なぜ?」
「はじめてスマホを買った時、設定したの。それからずっとそうだよ」
「……いや、そうじゃなくて」
「どういうこと?」
どうやって言語化すればいいのだろうか、この感情。芽愛に写真を送ることになった。そして見せてもらったメールアドレスには、ローマ字表記で僕の名前が含まれていた。聞けば確かに、僕の名前だという。状況がいまいち飲み込めない。
「いや、その……」
僕が言葉に詰まっていると、芽愛の方から言葉を発する。
「勝手に名前使ったのはごめん」
「いや、それは良いんだが……いや、良くないが……」
「深い意味はないの、日本で一番の思い出は高明だったから、それだけの理由」
普通、それだけの理由で、幼なじみの男子の名前を自分のメールアドレスに入れるだろうか?
「……ごめん、ちょっと頭の整理がつかない、ちょっと時間をくれ」
「うん、わかった」
どういうことだ、どういうことだ、こんなことあり得るのか。
「……」
確かに、戸惑いの感情が先に来たのは間違いないが、それよりも、幼なじみの女子が自分の名前をメールアドレスに使ってくれているという事実に対して、謎の感動をしている自分がいる。普通に考えたらドン引きしそうなものだが、不思議なことに、そういった感情は一切無かった。
「……まあ、とにかく写真送るよ」
「あ、うん。メアドに高明の名前使ってたのは、大丈夫?」
「……あ、うん……まあ、良いよ」
「高明ありがとう、高明はやっぱり優しいね!」
芽愛は飛び切りの笑顔を見せてくる。
「……」
「高明どうした? 指が止まってるよ?」
「……あ、いや、なんでもない」
僕は、芽愛のメアドの入力を再開する。
「それにしても、可愛い猫ちゃんだったなあ」
しかし、普通に考えたら幼なじみの男子の名前を使うなんて気持ち悪いんだろうが、それを気味悪がるどころか喜んでしまっている自分が意味不明だ。
「……」
芽愛は当たり前のように、恥ずかしげもなく僕の名前をメアドに使っている。そういったある種の純粋さというか、幼さというか、そういう部分が、今の僕の感情を形成しているのかもしれない。
「よし、送信したぞ……」
「ありがとー、高明。これで朱苑先輩に見せられるよ」
「……そりゃ良かったな」
なんだろう、芽愛の声が頭に入ってこない。
「うん、これで晴れて新聞部員だよ」
「……ああ」
「じゃあ、戻ろっか」
「……うん」
芽愛は、はしゃぎながら部室への道を歩き出す。その後ろから僕は付いて歩く。
※ ※ ※
「おめでとう、合格よ!」
新聞部室。芽愛のスマホ画面を見た朱苑先輩は、口頭で合格通知を出す。
「良かったです! ありがとうございます!」
「私も、芽愛ちゃんと一緒に部活動できて嬉しいわ」
「ほんとですか! 光栄です!」
……本当、新聞部に入りたかったんだなあ。
「では芽愛ちゃん、この入部届に記入をお願いできるかしら?」
「分かりました! 記入します!」
芽愛は、朱苑先輩から入部届と筆記具を受け取る。
「ここで書いていいわよ」
空いている席があるので、先輩はそこに芽愛を誘導する。
「ありがとうございます!」
芽愛は席に着き、記入を始める。
「……ねえ高明君」
朱苑先輩が、小声で話しかけてくる。
「……なんでしょうか?」
「首輪って、芽愛ちゃんが付けてきたの?」
「はい、そうですよ」
「そう」
「はい、どうかしましたか?」
「いや、あの猫ちゃん、かなり人見知りをするから、凄いなあって」
「やっぱりそうなんですね、僕には懐いてくれませんでした」
「私もそうなのよ」
「あれ、そうだったんですね……」
「うん、いつも可愛いなあって思ってたんだけどね。すぐ逃げちゃうから」
「なるほど……」
あれ、となると試練の合格は難しかったんじゃ……
「そこは大丈夫よ。頑張ったとか理由を付けて、合格にする気だったから」
……心読まれた。
「心は読んでないわよ? 簡単な推測」
「流石、朱苑先輩です……」
……この人には勝てる気がしない。
「朱苑先輩、これで記入大丈夫ですか?」
「確認するわ」
芽愛が入部届を書き終えたようだ。入部届と筆記具を先輩に渡す。
「うん、バッチリよ」
「ありがとうございます!」
これで、正式入部か。
「芽愛ちゃん、字が綺麗なのね」
「そうですかね?」
「ええ、とっても綺麗」
「ありがとうございます」
「私は字が汚いから、羨ましいわ」
「そうなんですか?」
「うん、どうしても字だけはね」
「そうなんですねー」
「あ、高明君。芽愛ちゃんに新聞部の説明お願いできる? 私は入部届を中神先生に渡してくるわ」
「承知しました」
「お願いね」
「はい、お任せください」
朱苑先輩は、部室を出て行った。
「……さて」
「ねえ高明」
「……なんだ?」
「高明って、朱苑先輩には従順なんだね」
「……どういう意味だ?」
「深い意味はないよ」
「……まあ、先輩だし……」
「いや、それもあるんだろうけどさ」
「……うん」
「人間として信頼してるんだなあと」
「……それは、そうかもしれないな」
「そうなんだ」
「……ああ」
芽愛のやつ、どういう意図だ?
「まあいいや、説明お願いできる?」
「……ああ、分かった」
そうは言っても、どこから説明したらよいだろう。まあ、ざっくりとした部分から行くか。
「新聞部は、新聞を作る部活だ」
「まあ……そうだろうね」
……ざっくりすぎたか。
「ゴホン……基本的には、学校で起きたことや、地域に関することを記事にするんだ」
「なるほど」
「活動する曜日は、火水木の週三日」
「うんうん」
「やることは簡単だ。まずは取材をして、そのうえで記事にして、それを発行する」
「なるほど、まあ基本的にはそんなところだろうね」
「ああ、これが過去の記事だ。こんな感じで新聞を作る」
僕は、過去の新聞を机に広げる。
「デジタルで書いているんだね。てっきり手書きなのかなあと」
「うん、基本的にはこのパソコンで記事を作るんだ」
僕は、机の上にあるパソコンを指差す。
「割と進んでるね」
「朱苑先輩の交渉力の賜物なんだ」
「と、言うと?」
「僕が入部した頃は手書きだったんだが、朱苑先輩が顧問の先生と交渉して、新聞部としてパソコンを一つ買ってもらったんだ」
「ふーん、そうなんだ。流石は朱苑先輩」
「ただ、パソコンはこれ一つしかないので、役割分担している」
「ほお」
「取材担当と、パソコン使って新聞を書く担当。あとは雑務的な役割、実際に掲示したり、サポートしたり」
「なんだか本格的だね」
「朱苑先輩の意向だ。役割分担したほうがなにかと効率的だし、一人一人の負担が減るということで、こういうことになった」
「うんうん、見る目に狂いはなかったよ」
確かに朱苑先輩は凄いんだが、にしても相当高く買っているみたいだな。
「ちなみに今の役割分担は、取材が朱苑先輩で、記事がもう一人の後輩の女子の……」
「もう一人いるんだ」
「ああ、今日は来ていないみたいだが……」
「なるほど、それで高明が雑務ってわけだね」
「ああ、そういうことになる」
「私は何をするのかな」
「それは分からない、朱苑先輩が戻ってきてからだな……」
「まあ、そうなるか」
「ざっくりした説明はこんなところだ……」
「ありがとう、よくわかったよ」
「質問とかはあるか?」
「いや、大丈夫」
「それはよかった」
「戻るまで、過去の記事とか見てていい?」
「うん……」
「わかった」
芽愛は着席して、真剣な様子で過去の記事を次々と眺めていく。
※ ※ ※
「ただいま!」
朱苑先輩が部室に戻ってきた。
「あ、おかえりなさい! 朱苑先輩!」
「ただいま、芽愛ちゃん」
「はい!」
「あ、部活の説明終わった?」
「はい。高明の説明、分かりやすかったです」
「それはよかったわ。ありがとうね、高明君」
「いえ、恐縮です」
「じゃあ、今日はどうしようかなあ」
「ちょうど、記事出しが先週終わったんでしたね」
「そうね、新しいニュースを探さなきゃね」
「あ、朱苑先輩」
「なに? 高明君」
「芽愛の役割、どうするんでしょうか?」
「ああ、それがあったわね」
「はい、お願いします」
「役割分担、代えようかなあって思ってるのよ」
「そうなんですか」
「ええ、私もう三年だし、そろそろ任せたいと思ってね」
まあ、受験とかもあるだろうしな。
「ちょうど芽愛ちゃんが入ってくれたから、良い機会かなと」
「そうかもしれませんね」
しかし、どういう割り振りになるのだろうか。
「今、私が取材してるでしょ」
「そうですね」
「高明君と芽愛ちゃんの二人にやってもらうのが、良いかなあって思って」
「……え」
「取材ですか! いいんですか!」
「ええ、お願いできるかしら?」
「はい! もちろん!」
「高明君はどう?」
「ええ、異存はありません」
朱苑先輩が仰るならば、期待にお応えしなければならない。
「よし、じゃあ決定ね」
「はい! 取材頑張ります!」
「頼もしいわ、頼んだわよ!」
「はい!」
「ええと、雑務はどうする感じですか?」
「私がやるわ。サポートくらいなら、色々と調整しやすいし」
「なるほど、そうですね。お願いします」
「ええ、任せて!」
「記事は……」
「うん、恵蘭ちゃんのままよ」
「恵蘭ちゃん?」
「ああ、芽愛ちゃんには紹介してなかったわね」
「あ、はい!」
「もう一人部員がいてね、その娘が恵蘭ちゃんっていうの」
「なるほど!」
「フルネームで言うと、吉祥寺恵蘭。一年生よ」
「なるほどー、吉祥寺さんですね! 会えるのが楽しみです!」
「あー、でも今週は来ないかも、なんか体調が悪いみたいで、学校自体休んでるから」
「体が弱いんですか? 吉祥寺さん」
「ええ、昔から病弱みたいでね」
「それじゃあ、記事はどうするんですか?」
「それはまあ、私や高明君でね。役割分担はあくまでも基本的な枠組みだから」
「へえ、じゃあ、私も」
「ええ、恵蘭ちゃんが来ない時はお願いするかも。でも基本的には取材ね」
「はい、承知しました!」
「今週は取材で終わるかなあ、明日と明後日で情報を集める感じ」
「あれ、今日はもう終わりですか? 朱苑先輩」
「ええ、高明君。猫探しで疲れただろうし、今日はもうおしまい」
「じゃあ、本格的な活動は明日からですね!」
「うん。これからよろしくね、芽愛ちゃん」
朱苑先輩は右手を差し出す。
「はい!」
ぎゅっ!
「よし! じゃあ今日はこれで終了ね。私はちょっと雑務があるから、二人は帰っていいわよ」
「え、雑務あるんなら、僕も手伝いますよ」
「高明君、ちょっと」
朱苑先輩が小声で呼ぶので、近くに寄る。芽愛はそれを不思議そうに見ている。
「気を使ってあげたんだから、ありがたく受け取りなさい」
ヒソヒソと、朱苑先輩はよく分からないことを言ってくる。
「え、どういうことですか?」
「もう、鈍いわね。せっかくお膳立てしてあげたんだから、黙って帰ればいいのよ、二人で」
……ああ、そういうこと、か。
「お気遣いは大丈夫ですよ、そういう関係じゃないですから」
「はあ……」
朱苑先輩は大きくため息をつく。
「ねえ芽愛ちゃん、高明君と一緒に帰りたいわよね?」
おいおい……
「はい! 今日も一緒に帰ろうと思ってました!」
「今日も、ってことは、昨日も一緒に帰ったのね」
「はい!」
「芽愛、明日は帰らないと昨日言ったはずだぞ……」
「もう、高明君! そんなこと言ったら芽愛ちゃんが可哀そうよ、幼なじみは大事にしてあげなさい」
朱苑先輩にそう言われると、僕は断れない。本意ではないが、朱苑先輩の意思を無下にはできない。まあ、あの人の件もあるしな……
「……はい、わかりました」
「それでよし! よかったわね、芽愛ちゃん!」
「ありがとうございます、朱苑先輩! でも、私が高明と帰りたいってよく分かりましたね」
「私には、神の目が宿っているの」
「流石です! 朱苑先輩!」
多少大げさに聞こえるが、朱苑先輩の話はあながち嘘じゃない。この人の、本質を見抜く力は確かなものだ。これまでも何度も本質を見抜いてきた。そして今回、芽愛の考えを見抜いたというだけの話だ。
「まあ、冗談はさておき、高明くん、芽愛ちゃんをよろしく頼んだわよ」
「はい、お任せください」
「高明、やっぱ朱苑先輩には特に従順だね」
「それはまあ、私の人徳ってやつよ」
これもまた嘘じゃない。僕は朱苑先輩には人徳のようなものがあると思っている。だから今回も、すんなり芽愛との下校を受け入れることができた。
「やっぱり朱苑先輩は凄いです! 今後、色々と学ばせていただきます」
「どうぞ、色々身になる部活動にしましょう」
「はい! じゃあ帰ろっか、高明」
「ああ、うん」
「お疲れ様です! 朱苑先輩!」
「はーい、お疲れ様。高明君もお疲れ様」
「はい、お疲れ様です」
僕らは朱苑先輩を残して、新聞部の部室を出た。
※ ※ ※
「高明、ありがとね」
芽愛と共に歩む学校の帰り道、昨日と同じく水辺のテラス。芽愛が沈黙を破る。
「……え?」
「新聞部のこと。試練の手伝いをしてくれたこと、本当にありがとう」
このように、改めてお礼を言われると、少々照れる。
「……あ、うん、どうも」
「どうもって、変なの」
「……そうか?」
「うん、なんか他人行儀な感じ」
「……それは考えすぎだ」
「そうかな?」
「……うん」
「そっか、ならいいけど」
またしばらく、沈黙が生まれる。
「今日、あそこ通らない?」
昨日の下校時に見かけた、線路の鉄橋の下にある通路『住吉・リバーロード』のことを言っているのだろう。
「……昨日も言ったけど、回り道になる」
一回住吉川を渡り、もう一度戻らねばならないから、早く帰ることを考えたら渡る必要はない。
「そうだけどさ、やっぱどうしてもダメ?」
こういう聞かれ方をすると弱る。上手い断り方が思い浮かばない。そもそも、そこまで否定する理由はないのだから。
「どうしてもってことはないけど……」
「じゃあ通ろうよ、まだ日は明るいしさ」
「……仕方ないな」
「やった! ありがとう、高明!」
「……うん、どうも」
「また、どうもだ」
「……うるさい」
「ごめんごめん」
というわけで、今日は『住吉・リバーロード』を渡って帰ることになった。
※ ※ ※
「よし来た、ここを通れば渡れるんだね!」
『住吉・リバーロード』の入口までやってきた。
「そんな大したものじゃないだろ、川を渡るだけなんだから」
「高明は分かってないなあ、線路の真下の道を歩くなんて、そんな場所他にないでしょ」
……そんなものだろうか。
「というか、高明は渡ったことあるの?」
「……ない」
「えー、なんで?」
「……渡る理由がなかったし」
「高明、もっと色々挑戦したほうがいいと思うよ。プラネットタワーもそうだけど」
「……余計なお世話だ」
「えー、高明のためを想ったのに」
「……そういうセリフって、だいたい自分本位なんだぞ」
「えー、そうかなー」
「……そうだ」
「ふーん。まあいいや、渡ろっか」
「……あ、うん」
相変わらず、すぐ食い下がる割にはすぐに引き下がる。本当に調子が狂う。
「すごーい、揺れてるよ! 高明!」
「……そりゃ橋だしな」
「もう!」
だってそうだろう?
「川がちかーい、手が届きそうだよ」
芽愛は橋の手すりに両手を置きつつ、体を乗り出して川を覗く。
「……危ないぞ、そんなに乗り出したら」
「ん、そうかな?」
「……いや、落ちてもいいなら別だけど」
「言い方はあれだけど、心配ありがとう」
芽愛は手すりから手を放す。
「……別に心配はしてないよ」
「まあ、そういうことならそれでもいいけど」
芽愛は苦笑いする。
「電車が来たよ!」
線路の先から、こちら側に向けて電車がやってくる。橋の揺れは次第に大きくなっていく。
「凄い! 近い! 電車が近くに走ってるよ!」
「……そうだな、近いな」
「高明、リアクション薄い!」
「そんなこと……」
ガタンゴトン……ガタンゴトン……
「……そんなことないよ」
電車が過ぎ去ったタイミングを見て、改めて否定をする。
「えー、絶対リアクション薄いよー、本当に渡るの初めて?」
「……ああ、初めてだよ。でも、ただの橋じゃないか?」
「えー、全然違うよ」
「……どこが?」
「川がかなり近いし、電車近いし、他の橋とは違くない?」
「……まあ、違うといえば違うか」
「うんうん」
「……でも、そんなに騒ぐほどかな?」
「もう! だったらこれはどう?」
芽愛に指し示された方向を見てみる。
「……」
「『恋人の聖地』だよ! ただの橋じゃないよ!」
目にしたプレートには、『恋人の聖地』……と書いてあった。
「……」
「なんで黙るの?」
「いや……なんでもない」
「えー、絶対嘘だよー」
「……何でもないって言ったら、何でもない」
「えー」
まず、僕たちは恋人ではないし、特に意識する必要もないんだが、なんなのだろう、このムズムズ。
「まあ、良いけどさー」
いつものように、芽愛はあっさりと引き下がる。
トコ……トコ……トコ……
そんなこんなで、いつのまにやら、川を渡り終えていた。
「ふう、楽しかった!」
これ以上、わざわざ水を差す気もないが、ただ川を渡っただけで、まるでアトラクションにでも乗ってきたような様子だな。
「ん? 高明どうかした?」
「……いや、なんでもない」
考え事で、うっかり立ち止まってしまった。
「そう?」
「ああ……」
「ねえ高明、おやつ食べたくなってきた」
「……え、おやつ?」
「うん、猫探しで動き回ったのもあるし、小腹減っちゃったなあって」
「……じゃあコンビニでも寄るか?」
「えー、どうせならちゃんとしたものがいいなあ」
「……と言うと?」
「ちょっと考えさせて」
「……ああ」
しばらく考え込む芽愛。
「あれだ!」
「……どれだ?」
「ケバブ!」
「……ケバブ?」
「うん、ケバブだよ!」
「……なんとなく聞いたことはあるけど、ピンとこない」
「えー、本気で言ってる?」
「……うん、正直どういうものかはよく知らない」
「そうだなー、これだよ、これ」
芽愛は、自身のスマホの画面を見せてくる。
「……肉?」
「うん、肉」
「……これがケバブか」
「うん。中東発祥の食べ物で、うーん……とにかく美味しいの!」
漠然とした紹介だ……
「だからさ、食べに行こうよ!」
「……日本で売ってるのか?」
「あるよ、浅沼にあるらしい」
浅沼、この辺では大きな街だ。プラネットタワーが近いということもあり、最近では外国からの観光客が増えている。ここから五分くらい歩けば行ける距離。というか広義には、ここは既に浅沼であるとも言える。
「近いしさー、浅沼寄って帰ろうよ」
「……帰りはどうするんだよ」
「そこはまあ、電車で帰ろうよ」
「……電車か」
「うん、電車」
「……分かった」
電車で帰るならば、時間もかからない。あえて否定する意味はない。
「やったあ! じゃあ、行こうか」
なぜだか、芽愛は僕の腕をつかむ。
「……自分で歩けるよ」
「え? ああ、そうだね」
「……うん」
僕の腕は、芽愛の熱から解放される。
「じゃあ、行こっか」
「……ああ」
※ ※ ※
「ケバブー!」
浅沼にある、とあるケバブ屋の前。
「高明はどれにする?」
「……僕も食べるのか? 夜ごはんが入らなくなりそうなんだが……」
「ぜひ、一度食べてほしい」
「……まあ、そこまで言うなら。でも一個丸ごとは食べられないかな」
「そっかあ、じゃあ私が買うから、少しだけ分けてあげるよ」
「……それで頼む、どれがいいのかもわからないし」
「うん! 分かった!」
芽愛は注文するために、ケバブ屋のカウンターに向かう。
……いや待て、流れで芽愛から分けてもらうことになったが、それだと間接キス……
「くっ……」
はぁ、やはり僕は詰めが甘い。
「うーむ……」
しかし、注文に向かった芽愛を、今更止めるのもあれだし……
「……」
遠目から見る芽愛は、ケバブ屋の店員と談笑している。こちらの方を向いて何かを話しているようだが、何を言っているかまでは聞こえない。
「……」
芽愛がこちらの視線に気づいたみたいだから、なんとなく視線を外す。しかしそれにしても、打つ手がない。
「ありがとー、また来るね」
あれこれ考えている間に、ケバブが出来上がったようだ。しかし、やたらとコミュ力高いな。
「高明、買ってきたよ」
「……ここで食べるのか?」
「うーん、じゃあ、テラスでも行こうか」
「……うん」
※ ※ ※
「じゃあ高明、お先どうぞ」
テラスのベンチ、隣に座る芽愛から、ケバブを差し出される。
「……僕が先に食べる感じか……それならまあマシか……いや、考え次第ではこっちの方が……」
「何をブツブツ言ってるの?」
「……いや、なんでもない」
いけない、声に漏れてしまったようだ。
「そう? はい、どうぞ」
「……ありがとう」
ケバブを受け取る。
「きっと美味しいよ」
「……そうか」
僕は口を開いて、ケバブを頬張る。
もぐ……もぐ……
「どう? 人生初ケバブ」
「……うん……美味しいな」
これは牛肉だろうか、肉々しさが口の中に広がる。それに加えて、シャキッとした感覚。これはキャベツだな、脂っこい肉との相性はいい感じだ。
「本当はラム肉が良かったんだけどね」
「……ラム肉?」
「うん、羊の肉。英国ではラム肉のケバブもあるんだよ」
「……そうなのか」
「うん、日本ではビーフとチキンが主流みたいだね」
「……ほら」
芽愛にケバブを返す。
「もういいの?」
「……うん、今日はこれだけでいい」
「今日は、ってことは、また食べる気になったってこと?」
「……うん、まあ」
「それは良かった」
正直、僕にとってはドストライクだった。肉とキャベツと、なんかよく分からないソースの組み合わせは、舌に合うものだった。
「じゃあ、私も……」
もぐもぐ……
芽愛は何の気なしに、僕が食べた後のケバブを口にする。
「どうかした?」
「……いや、なんでもない」
しまった、また無意識に凝視してしまっていたようだ。
「いやー、日本でもケバブは美味しいね」
「……それは良かったな」
「うん」
「……そんなに食べて、夕食は大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫、猫探しでよく動いたからね」
「……そうか」
食べるのを邪魔するのもあれなので、僕はなんとなく、川の方を眺める。
もぐもぐ……
しかし、本当に美味しそうな食べ方をする。昔もそうだった気がする。
「どうかした? まだ食べたい?」
「……いや、違う。大丈夫だ」
「そう? 分かった」
川を眺めていたつもりが、またもやらかした。
もぐもぐ……もぐもぐ……
「はあ、美味しかった」
どうやら食べ終えたようだ。
「また来ようっと」
本当に、満足した様子だな。
「いや違うね。また来よう、高明」
「……ああ」
「断らないんだね」
しまった……ケバブの魔力のせいでつい……
「……断るのが面倒なだけだ」
もはや、嘘なのか本当なのかも自分で分からなくなってきたのは、気のせいだろうか。
「まあ、理由は何でもいいや、高明と一緒に帰れるなら」
「……」
「どかした?」
「……いや、何でもない」
「そう? でもさ、ケバブ屋の店員さん、面白かったな」
「……何を話していたんだ?」
「高明、あの時に目をそらしたでしょ」
「いやそれはだな……」
「まあ、良いんだけどさ」
それなら話題に出さないでほしいと思うが、気にしない。
「でさ、店員さん、高明のこと、私の彼氏だとか言うんだよ」
こっちを見ていたのはそのためか……
「勿論、違うって言ったんだけどさ」
「……そうか」
なぜだか、安心してしまった。
「中東の人だから、割とフランクなんだろうね」
「……なるほど」
しばらく、二人揃って川を眺める。
「そろそろ、行こうか」
「……そうだな」
芽愛は、ケバブの包装紙を自分の鞄に入れて、ベンチから立ち上がった。
「よし、電車だー」
電車というだけで、よくこんなにテンションを上げられるよな。
※ ※ ※
「じゃあ高明、また明日」
「……ああ」
浅沼駅の隣の駅、つまりは自宅の最寄駅から少し歩き、分かれ道。
「……」
芽愛は一瞬だけ微笑み、高橋神社の方へ走ってゆく。ケバブ食べた後に走ったら横腹が痛くなりそうだが、まあ、僕が気にすることではないだろう。
「さて、帰るかな」
夕焼けの下、自宅への帰路に就く。
「しかし、ケバブは旨かったな……」
※ ※ ※
帰宅。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
我が妹の杏がリビングから出てくる。
「……ただいま」
「ねえ、お兄ちゃん」
「……なに?」
「ケバブ食べたんでしょ?」
何故知っている……
「何故知っている、って顔だね」
「……芽愛だな」
「うん、そうだよ」
やはりな。
「やはりな、って顔してるね」
我が妹はエスパーなのか。
「お兄ちゃんも連絡先交換したんでしょ?」
すべては筒抜けというわけだ。
「ああ……」
「あ、止めちゃってごめんね」
「……いや、別に」
杏はそそくさと、リビングに戻る。
「……さて」
僕は洗面所で手洗いをしてから、自室へと向かった。
※ ※ ※
「……ふわぁ、眠いな」
なんだかんだで就寝時間。食事や明日の準備を済ませて色々していたら、あっという間にこんな時間。なんでオフの時間ほど、経つのが速く感じるんだろうな。
「まあいいや、寝よう」
消灯して、床に就く。
…………
「眠いのに、眠れないな」
目を閉じると、またも芽愛のことを考えてしまう。
「……うーん」
別に、なんてことない一日だったと思うのだが。授業とか、家にいる時間以外の大半を、芽愛と過ごしていたせいだろうか。
「明日の部活、やたら騒がしいことになりそうだな」
根拠などはないが、なんとなくそんな気がした。
「……深呼吸、するか」
眠れない時は、姿勢をよくして、深呼吸するに限るな……
…………
期待通り、すぐに睡魔が襲ってきた。