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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

はしる

 このお話はフィクションです。

 ある日、目を覚ました時。ふと、足に違和感を覚えた。


 何気なく、体を起こして立ち上がろうとすると、


 ……はしる。激痛が。


 わずかな刺激で、細かな痛みが足首から先にはしる。


 何事かと、足首から足の甲へと指をはしらせると、片足の親指の付け根あたりがパンパンに腫れ上がって熱を持っていた。


 ともあれ、このまま布団の中には居られないと一旦ゆっくりとうつ伏せに、手と膝を立てて四つんばいに、痛くない方の足を立てて片膝立ちに、そこからゆっくりと立ち上がり片足立ちに。


 杖もないのに片足で立っていたら動けない。

 仕方なく、痛む方の足を床につけて、徐々に体重をかける。



 ……はしる。激痛が。



 自室は二階なので、ひいこら言いながらなんとか一階へ下りる。

 階段の手すりは、大きな荷物を運ぶのに邪魔で仕方がなかったけれど、その時だけは本当に助かった。



 ……足が痛いことに変わりはなかったけれど。



 リビングに行くと、私のただならぬ様子に母と父が声をかけてくる。


 


「どうしたの? そんな状態で、仕事、できるの?」


 母は心配げに。


「……今日は休めない」


「そんなんじゃ仕事にならないだろう。歩けるのかその足で」


 父はなぜかバカにしたように。


「……代わりの人がいないから、行かなきゃならない」


 壁に掛けてある車の鍵を回収して、玄関まで。



 ……そこで、絶望感が。



 ヒモを緩めにしてあるスニーカーに、痛む方の足が腫れていて入らない。



 ……しかし、今日の仕事は大事な局面。代わりの人はいない。行かなければならない。



 すう、はあ。

 すう、はあ。



 覚悟して、腫れて膨れた足を、スニーカーに無理矢理ねじ込む。




 ……はしる。激痛が。




 はあはあと、激痛に耐えて、玄関から10mもない車へと。

 片足着くたび激痛がはしり、肉が潰れるような妄想に精神をすり減らしながら車へ。


 ほんの少しでも痛みを和らげようと、ボンネットに手をついて、足に負担がかからないようにして、なんとか車へ。


 運転席に座って、さーっと、顔が青くなっていく感覚。



 ……アクセルとブレーキ踏むたびに、痛くなるやん……。



 ……しかし、今日の仕事は大事な日。代わりの人はいない。行かなければならない。


 運転中は痛みが控え目だったのは、せめてもの救いといえた。




 普段より遅れて職場に着く。


 車を駐車場に停めて、運転席のドアを開け、体を90度回転させて、まずは痛まない方の足を地面に着ける。


 そして、深呼吸をして覚悟を決めて、痛む方の足をつけて立ち上がる。




 ……はしる。激痛が。




 車に手をついた状態で、体の動きが止まる。



 そんな私のただならぬ様子に、会社の中から社長が飛び出してくる。


「おうおはよう。どうした?」


「おはようございます。なんか、分からないんですけど、足が痛くて」


「そんな様子じゃ仕事にならん。後の事はいいから病院行け」


「でも、今日は休めません」


「あの人に代わりを頼む。いいから病院行け」


 あの人とは、年で管理職は引退したものの、今も現場に立つ人。

 私とは親子ほど年の離れた大先輩でもある。

 経験豊富なその人に任せるのなら大丈夫だろうと、必要なものを社長に渡して病院へ行くことにした。




 ……馴染みの整形外科は、町では評判で、いつもたくさんの車が停まっている。

 駐車場も、それなりの敷地面積になっていて……。




 つまり、遠い。




 車からようやっと下りて、痛む足に鞭打って、ゆっくりと進む。




 ……わずか数十メートルの距離が、果てしなく遠い。




 一歩ごとにはしる激痛に耐えて、なんとか病院内に。


 診察券を容器に入れて、診察室にできるだけ近い場所を確保するべく待合室をなんとか移動する。


「……ふぅ……」


 空いていたイスを確保し、腰を下ろして息を吐く。

 あとは、診察に呼ばれるまで痛い思いをしないで済む。






 ……そう、思っていた。……なのに……。






「平民さーん、平民のひろろさーん」



 受付から、私を呼ぶ声が。


 診察室の入り口は、待合室の端の方。

 受付とは逆方向。



 ……歩くの? 受付まで? あしいたいのに?



 絶望した。

 受付の人来てくれない。

 歩いていくしかない。

 あしいたいのに。



 すう、はあ。

 覚悟を決めて、深呼吸。

 仕方がないので痛いのはがまん。


 まずは片足で立ち上がり、痛む方の足をゆっくりと床につける。




 ……はしる。激痛が。




 痛くても、呼ばれたのだから、行かなくては。


 ひいこら言いながらなんとか受付まで。


「……はい」


「平民さん? 今日はどうされました?」


 それ、今聞かなくてもいいやつやん。

 診察券出した時に聞いて欲しかった……。


 ひとまずその場は軽く説明して、痛い足をなんとかがまんしてイスまで移動。


 少しして、今度こそ診察室の方に呼ばれて移動。


 その先生は、今ではお年を召されているが、先代の先生は整形外科なのによく効くと評判の風邪薬も処方する、町で評判の名医だった。

 その息子である今の先生も、多くの人から頼られいつも人が途切れない。


「はいこんにちは。今日はどうしたの?」


「あの、朝起きたら、なんか足が痛くて」


「怪我とか転んだりとか、何か変わったことは?」


「……いえ、特には」


「じゃあ、レントゲン撮ってみよう」


 ……また歩くの? あしいたいのに。


 レントゲン室は、診察室の斜め向かい。距離にして2メートルくらい。

 その距離を歩くのも、つらい……。


 レントゲン室の方で呼ばれて、ひいこら言いながらレントゲン撮って、戻って、また診察室に呼ばれて。


「骨に異常はないね」


「はぁ」


「とりあえず、湿布と痛み止め出しておくから。あとは採血して、十日くらいしたらまた来て」


「……はぁ」


「では平民さん、採血しましょう。こっちに……大丈夫? 歩ける?」


「はぁ、なんとか」


 何の意味があるか分からない採血をして、お金払って、そして……。


「お薬出てますから、処方箋を薬局の方に出してお薬もらってくださいね。お大事に」




 ……院外処方やん……。


 薬局、近いけど、駐車場はさんだ向こうだよ?


 病院と車の倍の距離歩くの?


 あしいたいのに。




 仕事の方が気になって仕方がない私は、なんとかかんとか会社に戻って、ひいこら言いながら車を乗り換えて現場へ。


 任せた先輩に()びつつ、状況を確認する。


「で、お前、どうしたんだ? 足痛いって?」


「はい。なんか、朝起きたら。昨日までなんともなかったのに……」






「ああ、そりゃお前、痛風だな」






「……はぁ?」




「痛風。知らねぇの? 酒飲むだろ? 毎日親父と晩酌してるだろ? ビールとか」


「いえ。俺は飲みません。親父は飲みますけど」


「ならおめぇ、うまいもの食い過ぎだな。別名、贅沢病って言われてるからな。肉の食い過ぎだ。夜中お菓子食ってるだろ?」


「……いえ、毎晩は食ってません」


「何だ来てたのか。で、足痛いの、なんだって?」


「ああ、痛風だってよ」


「いえあの、病名は……」


「飲まねぇなら食い過ぎだな」


「あっはっは。俺らの仲間入りだな。薬もらってきたのか?」


「……湿布と痛み止めを」


「俺らみたいに毎日薬飲まなきゃならなくなるから。あきらめろ」


「ただでさえ食い過ぎなんだから、この腹は」


 やめろつまむなひとの腹。


 ええい触るな足痛いんだよぉっ!




 このお話は、フィクションです。


 ……ええ、フィクションですとも。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 企画から参りました。 全編、主人公様の痛そうな表情が浮かんでおりました。 [一言] 冬場になると、水分摂取が減りやすく、痛風持ちの方は要注意だそうですね。 フィクション、だと思いますが(^…
[良い点] 移動企画から拝読させていただきました。 続けざまに出てくる「あしがいたいのに」という主人公の言葉が「痛いほど伝わって」来ました。
[一言] フィクション、なのでしょうか? 朝起きたら足が腫れていて激痛が走るなんて恐怖ですね; あまりに痛そうで、「お大事に!」と切実に伝えたくなってしまいました。
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