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異世界子ども食堂開店です!



トントントントンと、リズミカルに木のまな板が叩かれる音が響き渡る。


そこには、人参や大根、玉ねぎに椎茸、それにサツマイモが小さくカットされている。


「よし……あとは豚肉を切って」


肉の塊をスライスして、子どもでも食べやすいサイズに包丁で切っていく。


「ラーラ! 火の勢いが出てきた!」


バタンと扉が開き、表で火の番をしていたカールが顔を出す。


その横から「出てきたー!」とペトラも声を上げた。


「はーい、今行くー! あっ、ちょっとこの切った野菜を運んでくれる?」


ラーラのヘルプにカールが小走りでキッチンに入ってくる。


カールが大量に切られた野菜の入るボウルを手に取ると、一緒にやって来たペトラが「ペトラがー!」とお手伝いをやりたがった。


「重いから俺が持っていく!」


「やだやだ、ペトラがー!」


「落としたらどうするんだよ⁉︎」


ふたりのやり取りを横目に見たラーラは、「じゃあ、ペトラはこれを持っていって」と包丁を休めて手招きをする。


スープをすくうおたまを差し出した。


「はーい!」


ラーラからおたまを受け取ったペトラはスキップでカールの後を追いかける。


その小さな背中を笑顔で眺めると、切った肉を載せたまな板を持ってラーラも外へと向かった。



ラーラがヴィオール王国にやってきて十日──。


調達した食材を下ごしらえしたり、メニューのレパートリーを考えたり、毎日コツコツと準備を進め、今日からいよいよ子どもたちへ食事を振る舞う。


サツマイモが縁で知り合ったカールとペトラ兄妹はすっかりラーラと打ち解け、あのパンケーキを食べた日から毎日『ラーラの子ども食堂』に通ってきてくれている。


はじめ、ラーラに対して警戒心を抱いていたカールも、今は何か手伝うことはないかと率先して訊いてくれるまでに。


ラーラはこんな風にカールが心を開いてくれたことを嬉しく思っていた。


「ありがとねー」


庭へと出ていくと、火にかけた鍋にグツグツとお湯が沸いている。


その中には泳ぐように煮干しが行ったり来たり、浮かんだり沈んだりをしていて、ラーラは手早くそれを箸で取り除く。


そこに切ってきた肉を入れ、カールが運んでくれたカット済み野菜も入れていく。


手早く鍋に食材を入れていくラーラの手元を、ペトラは興味深そうにじっと見つめていた。


「何ができるのー?」


「スープよ。味噌スープ」


「みそ……?」


ラーラが作っているのは、野菜たっぷりの豚汁。


具材を煮立たせ始めると、灰汁が浮かび始める。


「ペトラ、そのおたまを貸してくれる?」


「これ? はーい!」


ペトラからおたまを受け取り、ラーラは慣れた手付きで灰汁を取り除いていく。


「ここに……」


用意していた陶器の壺からおたまで味噌をすくい出すと、出てきた味噌を見てペトラは驚いたように目を見開いた。


「土⁉︎ 泥⁉︎」


味噌を初めて見たペトラには、その姿は土や泥に見えたよう。


ラーラはクスッと笑い、「これが味噌よ」と教える。


「味噌はね、大豆っていう豆を蒸して作った調味料なの」


「ちょうみ、りょう?」


「ご飯を美味しくする、魔法みたいなものね。こうして料理に入れたり、塗ったり、味噌はね、そうすることで料理を美味しくするの。栄養もたっぷりなのよ」


おたまに載せた味噌を煮立った鍋に入れ、箸で溶いていく。


「わぁ……!」


味噌が溶けていった豚汁を覗いたペトラは、「いい匂い〜」と声を上げた。


「さっ、あとは……」


おたまを置き、ラーラは足早にキッチンへと舞い戻る。


大きな竹ざるに用意しておいたのは、色とりどりのおにぎり。


鮭をあえたもの、とうもろこしの実や枝豆を混ぜたもの、定番の塩むすびに海苔を巻いたものなど、見た目にも楽しめるおにぎりがぎっしりと並ぶ。


その竹ざるを手に取り、ラーラは再び表へと出て行った。


「さぁ、ご飯にしよう!」


外でも食事ができるようにと、庭のテーブルセットはレオポルトが手配してくれた。


木製の十人掛けで、椅子を増やせばもっと多くの人数が座れる広々としたテーブルだ。


いずれ、たくさんの子どもたちが集まってもみんなで食事ができる。


「何これ、可愛いー!」


きっちりと並んだサイズと形が揃ったカラフルなおにぎりを見て、ペトラは目をキラキラさせている。


カールも声は上げないものの、その視線はおにぎりにしっかり釘付けにされていた。


(おにぎりも、食べたことがないのかしら……?)


「これは、おにぎり。お米を握って作るんだけど、食べたことない?」


ラーラの問いかけに、ふたりは横に首を振る。


カールは「米は、水で煮たのしか食べたことない」と答えた。


「水で煮たもの?」


(ということは……お粥みたいなものを食べているのかな?)


「こんな、塊の米は食べたことない」


「そっか。じゃあ、おにぎりは初めてなんだね」


食文化が未発展と聞いて、食材自体が乏しいのかと思っていた。


しかし、マーケットを覗いた感じそんな様子は見受けられなかった。


食材は豊富なものの、それをどう組み合わせ、掛け合わせ、調理をするのかが発展していないのだ。


食材はなんでも調達できそうなのに、それでは勿体ない。


「はーい、座って座って! ご飯にしよう!」


ころんとした木の器に豚汁をよそい、ふたりが椅子を引いた席へと置いていく。


「では、姿勢を正してください」


ラーラの掛け声に、ふたりは背筋をピンと伸ばす。


ラーラが「いただきますのご挨拶」と言うと、続けて「いただきます!」と声を揃えて食事の挨拶をした。


「熱いから、気をつけて食べてね」


湯気が立つ器を両手に包み込んだペトラに、ラーラは火傷に気を付けるように注意を促す。


ペトラはふうふうと器の中に一生懸命息を吹きかけた。


カールは早速おにぎりに手を伸ばし、迷うことなくまだらなオレンジ色がきれいな鮭のおにぎりを掴む。


「……美味い」


ひと口食べ、パクパクと一気にひとつ目を完食する。


そして両手にまた違う味のおにぎりをひとつずつ持ち、食べ比べるようにして口に頬張った。


「ラーラ、味噌スープ美味しい!」


器から顔を上げたペトラは大きな目を更にぱっちりと開き、感動したように声を上げる。


握り締めたフォークで器の中の肉や野菜を一生懸命すくい、夢中で口に運んだ。


美味しそうに食べてくれるふたりの姿に、ラーラは心満たされる。


食べることは人を元気にし、活力を与え、そして幸せにする。


だからこそ、食事を疎かにしてはいけないとラーラは思うのだ。


「おーい、カール!」


向こうから駆けてくる足音が聞こえ、賑やかな話し声が近付いてくる。


やって来たのは、数人の子どもたち。


男の子が四人、女の子が三人。上はカールと同じ歳くらいの子から、下はやはりペトラと同じくらいに見える。


「カールの友達?」


「うん。ラーラとここの子ども食堂のこと話したら、みんな来たいって」


「えっ、本当に⁉︎」


カールの友達だという子どもたちが、わぁーとテーブルを囲む三人の元へと駆けてくる。


その中のカールと同じ歳くらいの赤毛を三つ編みおさげにした女の子が、ラーラを見上げてカールに「ねぇ!」と声をかけた。


「この人がカールの言ってた料理の魔法使い?」


「えっ……りょ、料理の魔法使い⁉︎」


思わぬ〝魔法使い〟なんて言葉に、ラーラは目を丸くする。


そう言ったらしい張本人のカールは、何食わぬ顔で「って言っても通用しそう」と言い、豚汁の器に口をつけた。


「魔法使いって言われるくらい、なんでも作れるようになれたらいいんだけどね〜」


ラーラは口を尖らせ、ふざけた口調でそう言ったけれど、カールがそんな風に友達に話してくれていたことがなんだか嬉しかった。


この子たちに、このヴィオール王国の子どもたちに、食を通して幸せを広げていきたい。


未来ある子どもたちを目の前に、ラーラは改めて強くそう思う。


「はじめまして、ラーラ・フィアロよ。みんなも食べてって! ラーラのご飯!」


片手にしていたおたまを掲げ、ラーラは集まった子どもたちにとびきりの笑顔を見せた。



* * *



燦々と降り注ぐ太陽の下、手で丁寧に土を整えていく。


「芽が出るのはまだまだ先だけど……立派に育ってちょうだいね」


子ども食堂の庭の一角を整備して、野菜の種子を数種類植える。


種子はこの間の買い出しの際、マーケットで見つけて購入したものだ。


ラーラはブリキのバケツを手に取ると、子ども食堂の裏手に流れる小川へと向かう。


澄んだせせらぎにバケツを突っ込み、冷たく美味しそうな水をたっぷりと汲んだ。


その水を持って向かった先は、玄関横に植えた小さな木の元。


まだラーラの腰ほどの高さしかない木は、レモンの木。


このまだ幼い木も、ラーラが一目惚れし、種子と一緒にマーケットで買ってきたのだ。


まだ細い枝と濃い緑の葉が少ししかない木だけれど、成長すればレモンをいくつも実らせるはず。


この子ども食堂のシンボルツリーになればいいなと思い、玄関横に植えたのだ。


「あ……」


水をあげ終えたところで、向こうから駆けてくる子どもたちの姿が見えた。


三日前にやってきた、カールの友達という子どもたちだ。


「みんな、おはよう!」


ラーラは自ら声を上げ子どもたちに朝の挨拶をする。


『挨拶は、明るく、元気に、自分から』


彼女の中に根付いている子どもたちへの接し方、教えの一つだ。


しかし、ラーラに声をかけられた子どもたちはふざけ合いながら駆けてくる。


そんな様子に、ラーラはすうっと大きく息を吸い込んだ。


「おはようございます!!」


辺り一帯に響き渡る明るくはっきりとした声。


子どもたちの足が不意に立ち止まる。


そして口々に「おはよう」や「おはよう、ございます……」と、どこか戸惑った様子で挨拶を返した。


「今日は私の勝ちね」


ラーラがそう言うと、子どもたちは不思議そうに顔を見合わせる。


子どもたちは「勝ちって?」「どういうこと?」と口々にしながら、再びラーラに向かって駆けてきた。


「挨拶を先にしたからよ。挨拶は、明るく、元気に、自分から。これが大事なの」


それを聞いた子どもたちは、またそれぞれ「明るく元気に?」「自分からー?」と訊き返す。


知らないことをなんでも聞いて知り得ようとする子どもたちの姿を見て、懐かしい想いが蘇った。


「挨拶ってそんなに大事? 別にしなくてもよくない?」


その中のひとりからそんな意見が上がると、ラーラはすぐに否定することはせず、ふわりと微笑んでみせた。


「どうしてそう思うの?」


「うーん……毎日毎日する必要がわからないかな。それに、挨拶して返ってこなかったら、なんか恥ずかしいし」


(なるほどね……)


「そっか、確かにそうね。でもね、毎日挨拶をすると、わかることがあるの」


「わかること?」


「そう!」と言ったラーラは、子どもたちひとりひとりの顔を見ながら「なんだかわかる人?」と質問する。


首を傾げる子、即「わからない!」と言う子、目を上向いて考える子、みんなの様子を窺い「それはね……」と再び子どもたちの注目を集めた。


「その日、元気なのかがわかるの!」


予想外の回答に、子どもたちの頭の上にはクエッションマークが浮かぶ。


そんな子どもたちにラーラはにこりと笑顔を見せた。


「元気な挨拶が聞ければ、体も心も元気なんだなってわかるけど、挨拶がなかったり、挨拶に元気がないと、どこか具合が悪いのかなとか、何か悩み事があるのかなって思っちゃう」


挨拶は相手の調子を窺うことのできる、一番わかりやすく簡単な手段。


夢花として生きた頃、朝の「おはよう」でその日の体調を窺い、帰りの「さようなら」でその日一日が笑って帰れる日だったかを知り得ていた。


「それにね、挨拶ってされると気持ちがいいものじゃない?」


そんなラーラの問いかけに「確かに……」や「嬉しくなる!」といった声が上がる。


「だから、挨拶が返ってこないかもなんて気にしなくていいのよ。言ったもん勝ち! 挨拶ができる人は、必ずみんなから愛される人だから」


いつの間にかラーラの話に子どもたちは真剣に聞き入り、目をキラキラと輝かせている。


まるで、何かの魔法にかかったように引き付けられているようだ。


「よーし! じゃあ、これからは私と挨拶勝負ね! 会った時、どっちから先に挨拶ができるか、勝負よ」


そんなラーラの提案に、子どもたちはわっと盛り上がる。


「負けないぞー!」なんて声が賑やかに響いた。


「そうだ! ねぇ、お昼まだ食べてないでしょ? いいもの作ったんだ」


声を弾ませラーラは「座って、ちょっと待ってて」と中へと入っていく。


小走りで向かったキッチンは、甘い香りが広がっていた。


今朝起きてすぐ、思い立ったように作り始めたのはドーナツ。


簡単に作った揚げドーナツだが、降り積もった雪のように砂糖がたっぷりかかったものだ。


ラーラはそのドーナツをバスケットに山盛り載せ表へと出ていった。


「はいはーい、お待たせー!」


戻ってきたラーラの手にあるバスケットに子どもたちの視線が集まる。


我先にと集まってくると、ラーラを取り囲んだ。


「何これ、美味そう!」


「なんか甘くていい匂いがするー!」


子どもたちのキラキラした目を前に、ラーラはワクワクした気持ちが込み上げた。


「ドーナツっていうの。練った生地を油で揚げて、お砂糖をかけてるの」


子どもたちからは「へー……」や「おー!」といったリアクションが次々と上がる。


「って言っても、食べてみるのが一番だよね。みんな、手を洗っておいで」


「はーい!」


賑やかにわいわいとやっていた、そんな時……。


「ラーラー!」


向こうから飛び跳ねるようにして走ってくるペトラが見えてくる。


その後ろには大きな笊を両手に持ったカールも一緒だ。


「ペトラ、カール、おはよう!」


「おはよう! 聞いて聞いて! サツマイモ持ってきたよー!」


「えっ、サツマイモ?」


「うん!」と大きく頷いたペトラは、後ろから歩いてくるカールへと振り返り、ぴょんぴょんと駆けていく。


カールの持つ笊を一緒に持とうと横から両手を上げた。


「わぁ、すごい立派なサツマイモ!」


ラーラのそばまでやってきたカールは「おはよう」と自ら挨拶を口にし、手にある笊をそばのテーブルに置いた。


「今朝採れたばかりのやつ、持ってきた。サツマイモ、美味くしてくれるんだよな?」


まだ出会ったばかりの頃、サツマイモなんて美味しくないとカールは断言するように言っていた。


だけど、サツマイモには美味しく化けるたくさんの方法がある。


それをカールに知ってほしいとラーラは思っている。


「もちろん! サツマイモが大好きになるもの、作るからね。よし、そうと決まれば、洗って干すから手伝ってくれる?」


このサツマイモで、まずは何を作ってあげよう。


そんなことを考えワクワクしながら、ラーラは笊を手に早速サツマイモを洗いに向かった。



その晩はベッドに入っても、ラーラはサツマイモメニューを考えていた。


サツマイモメニューはご飯ものからスイーツまで幅広い。


あれだけ自信を持ってサツマイモは美味しくなると言ったのだから、自分の作れる最上級を振る舞いたい。


(スイートポテトに、大学芋でしょ……でもやっぱり、私はサツマイモのブラウニーが好きなんだよな)


この世界にくる前、子ども食堂の柿田夫妻が作っていたサツマイモのブラウニー。


毎年、夢花が幼稚園で芋掘りの季節がくると、余ったサツマイモを子ども食堂へと提供していた。


そのサツマイモを使い、大学芋やスイートポテト、芋ご飯などを作っていたが、中でもブラウニーが好きで、子どもたちにも人気だった。


しっとりとしたチョコ生地に、こっくりと甘いサツマイモがごろごろ入った食べ応えのある一品は、作り方を教えてもらい自分ひとりでも何度か作ったことがあるお気に入りだ。


(だけど、ここでは作れない……。チョコレートが手に入らないんだもん)


そう、この世界には存在しない食材がどうやらありそうだと、ラーラは薄々感じていた。


その一つとして気付いていたのがチョコレートだ。


マーケットで買い物をした時、チョコレートも買い求めようとしたが見つけられなかった。


商人たちに訊いてみてもチョコレート自体を知らない様子で、手に入れることができなかったのだ。


(もしかしたら、チョコレートの他にも存在しない食材があるかもしれないわよね……)


それならそれで、この世界であるもので料理をしていくしかない。


手に入るもので、美味しくて栄養のある、食べれば幸せになれる料理を作ればいいのだ。


「おやすみなさい」


ベッドサイドのランプを消すと、目を閉じたラーラを月明かりがほのかに淡く照らし出す。


ラーラが夢の世界に旅立っていくと、窓の外に何かがふわふわと舞い降りてきた。


ガラスの向こうからこっそり覗き込むように姿を見せたのは、小玉スイカほどの大きさのふわふわとした毛玉だった。


ウサギのような長い耳が垂れ下がり、体毛はパステルカラーがグラデーションしている。


大きな目が窓の外からラーラを見つめる。


暗闇でパッと体を発光させると、次の瞬間には部屋の中へと入ってきていた。


すっかり寝入ったラーラの枕元に飛んで近づき、顔を覗き込むようにふわりふわりと飛び回る。


そして宙を舞いながら二階から階段を下っていくと、キッチンの台の上で踊るようにくるくると回転し始めた。


ふわふわの体からキラキラと星が弾けるように輝き、その前に突如としてオーロラに光を放ちながら何かが現れる。


眩しさが鎮まったそこにあったのは、三枚重なるようにして置かれた板チョコだった。



翌朝──。


「なっ、なんで⁈」


キッチンからはラーラのひっくり返ったような声が響き渡った。


「これ……チョコ、だよね?」


キッチン台に置かれた板チョコを見つけたラーラは、警戒するように四方八方から触れずにチョコを観察する。


フォルム、艶、見た目はどこからどう見てもチョコレートにしか見えない。


それでも恐る恐る近づき、くんくんと匂いをかいだ。


「……やっぱり、チョコだ……」


怪しんで香りを確認したところ、懐かしい甘い匂いがする。


そっと手に取り割ってみると、パキッと軽やかな音が聞こえた。


こんな風にいい音のするチョコレートは、上質な証拠だ。


割れたひとかけらを、ラーラは半信半疑のままちょびっと舐めてみる。


「……美味しい」


味見をしてみて、やはり正真正銘チョコレートだと確信した。


「でも、なんでこんなところにチョコレートが……?」


そもそも昨日の晩、チョコレートについて諦めようと思ったばかりだった。


それなのに、まるでラーラの要望に応えるようにチョコレートが置いてあったのだ。


その時だった──。


テーブルの向こうの出窓から、カチャっとガラスが弾くような音が聞こえる。


ハッとラーラが振り向くと、ガラスの向こうで何かが中を覗いているのが見えた。


(何……? 動物……?)


そう思ったのは、ふわふわの毛が見えたからだ。


しかし、逃げるようにガラスの向こうへ消えていってしまう。


「あっ、待って……!」


ラーラは慌てて入り口の扉を開け放ち、外へと飛び出す。


見回すと、庭の先──向こうに続く森の入り口の大木の幹から微かな発光がある。


目を凝らし一歩一歩近づいていくと、ほんの一瞬だけ木の影から姿を現した。


しかし、それは刹那。


正体を知る前に森の奥へと消えていってしまった。


「なんだったの……?」


はじめは何か動物だと思ったけれど、どうやらそうでもないものだった気がする。


毛玉の消えていった先をしばらくじっと見つめていだけれど、再び何かが現れることはなかった。



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