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笑顔になれるハチミツたっぷりパンケーキ



板に小枝を使って文字を貼り付けていく。


その端にキリで穴を開け、飾りのスプーンとフォークをワイヤーを通して固定する。


「……うん、いい感じ!」


市場へと出かけた翌日、ラーラは朝から表に出す看板作りに励んでいた。


出来上がった看板を手に、表へと出て行く。


外は今日も気持ちのいい晴天で、ところどころに綿飴のような薄い雲が浮いていた。


建物を出たところから庭を左右に分けるように、緩やかな曲線を描いたレンガ畳のアプローチが続く。


軽い足取りでその先へ向かうと、立てておいた木の柱に持ってきた看板を取り付けた。


「これで良し、と。さーて……!」


中へ戻ったラーラは看板作りで使った道具を片付け、部屋の隅にまとめて置いた昨日の買い物の紙袋を次々と覗き込む。


その中のひとつから赤と青のチェック柄の布を取り出し、木造りのテーブルの上で広げていく。


「おー、サイズもバッチリ!」


市場で一目惚れした鮮やかなチェックの布は、テーブルクロスにと買ってきたもの。


このくらいかな?と思ったサイズがちょうどテーブルの一回り大きいものでテーブルクロスにぴったりだった。


一気に明るくなった部屋の雰囲気にラーラはにこりと笑みを浮かべる。


「じゃ、早速始めますか」


キッチンへと向かったラーラは、真新しいエプロンを腕に通した。


木のまな板を用意し、手に取ったのはオレンジやイチゴにキウイという果実。


それらを水洗いしていき、オレンジは皮ごとスライス、イチゴはへたを取り半分に、キウイは皮を剥いて輪切りにしていく。


それぞれを三つの小鍋に入れ、透明なビンに詰めておいた砂糖をそ各鍋に果物が見えなくなるほどたっぷりと投入する。


「ジャムは下ごしらえ完了、と」


このまま二時間ほど放置し、果実そのものの水分が出てきてから火にかける。


その間にスコーンを焼こうと、大きなボウルに粉類を用意した。


一緒に混ぜる干しぶどうとクルミを用意しながら、ラーラはテーブルの向こうに見える窓の外に目を向ける。


勢いで母国を出て異国の地で子ども食堂を始めようとしているけれど、具体的なビジョンははっきりしていない。


漠然とやってみよう!と意気込みだけで始めているけど、そもそも子どもたちが来てくれるかというところから謎だ。


(どうやってこの場所を広めていくか……まずはそこからだよね)


ザクッ、ザクッとクルミを刻む音がする中、コンコンコンと入り口のドアをノックする軽やかな音が聞こえてきた。


(ん……?)


ラーラは手を止め、ドアへと小走りで向かう。


「はーい」と返事をしながらドアを開け放つと、そこには……。


「遊びに来たよ!」


昨日、サツマイモ畑で話したペトラがニコニコしながら両手を挙げて立っていた。


彼女から視線を上げていくと、レンガのアプローチの先、さっき看板を取り付けた前にカールも立っている。


「早速来てくれたの? 嬉しい! さっ、入って入って!」


「うんっ!」


招き入れると、ペトラは躊躇なく入り口を入ってくる。


「おい、ペトラ!」


それを見たカールは引き止めるように声を上げたが、ラーラはカールにも手招きする。


「せっかく来てくれたんだから、何か美味しいものを作るわ! さ、入って」


ラーラは扉を開け放ち、カールを歓迎する。


すんなりと入ってくる様子がないカールにラーラはフッと笑みをこぼし、「開けておくね」と扉を開放したまま中へと戻っていった。


「わぁぁ、大きなテーブル!」


中へ入ったペトラは、広いテーブルの周りをくるくる回りながらはしゃいでいる。


ラーラはその姿に微笑み、そのままキッチンへと舞い戻った。


急遽予定を変更し、ボウルに入れておいた粉類に砂糖を投入、続けて卵を割り入れミルクを注ぐ。


粉っぽさがなくなりクリーム色になるまで混ぜると、五徳の上にフライパンを置いて火にかけた。


「なんかいい匂いがする」


バターを載せ、そこに生地を落とすと、ペトラがキッチンへと近づいてくる。


丸く落とした生地の表面にポツポツと気泡が浮かび上がり出した。


「パンケーキを焼くからね」


「パン、ケーキ……?」


「そう。お腹は空いてる?」


「うん! 何も食べてないからペコペコだよー」


ペトラはキッチン入り口のシンク縁に両手で掴まり、ピョンピョンと飛び跳ねてみせる。


「じゃあ、少し待っててね。すぐに焼けるから」


綺麗な円形になったパンケーキをフライ返しでひっくり返す。


鉄板の面はきれいな狐色に焼き上がっていて、ラーラは「よし!」と思わず声を出していた。


パンケーキよりもふた回りほど大きな白い平皿を用意し、その上に焼き上がったパンケーキを積み上げていく。


ペトラは一枚載るたびに「わぁ〜」と歓声を上げ、真剣な眼差しでラーラの作業を見つめていた。


「……さっ、もうすぐ完成よ」


そう言ったラーラがふと上げた視線の先、入り口の開け放たれたドアのところにカールが立っているのが見えた。


ラーラと目が合ったカールは、ぴくりと驚いたように肩を揺らす。


ラーラはにこりと笑って、「入って入って!」と明るい声で歓迎した。


重ねられたパンケーキの上に、四角いバターの塊を載せ、蜂蜜をとろりとかけていく。


「さぁ、テーブルについて」


パンケーキが積まれたプレートを手に、ラーラがテーブルに向かっていくと、ペトラが入り口で躊躇するカールに飛びつくように駆け寄る。


「お兄ちゃん、早く!」


「あっ、おい!」


ペトラにぐいぐいと引っ張られ、カールも中へと連れてこられる。


バツが悪そうに入ってきたカールに、ラーラは歓迎の笑顔を向けた。


「たくさん焼いたからね、お腹いっぱい食べていって」


ペトラは自分の椅子と、その隣にカールが座る椅子も引き出す。


「お兄ちゃん、座って!」とカールを席に押し込めた。


ふたりがテーブルにつくと、ラーラはふたりの前に白いプレート皿とナイフフォークを並べる。


その上に順番にパンケーキを一枚ずつ載せていった。


蜂蜜がたっぷりかけられたパンケーキは、蜜がキラリと光って甘くて美味しそうだ。



「さっ、召し上がれ」



ラーラにそう言われたペトラは、ペロリと可愛らしい舌で口角を舐める。


小さな手にフォークを取ると、豪快にパンケーキに突き刺した。


しかし、大きな一枚はなかなか上手くペトラの口に運ばれない。


「フォークとナイフを使って食べやすい大きさに切るといいわ」


ラーラはそう言うと、自分用にも持ってきた取り分けプレートに同じようにパンケーキを一枚載せる。


椅子を引き出しふたりの前に腰を落ちつかせると、フォークとナイフを手に取った。


「こうやって……口に入るサイズに切って」


ラーラがナイフの使い方をやって見せると、ペトラはそれを見て真似をしようとナイフを掴む。


慎重にパンケーキを切っていき、やっとフォークに一口サイズのパンケーキを刺せた。


「いっただきまーす!」


大きく開いた口の中に、蜂蜜たっぷりのひと口が頬張られる。


もぐもぐと数回咀嚼したペトラの表情がパァっと輝いた。


「……おいしいぃぃぃーっ!」


目をキラキラさせて、ペトラは弾ける笑みをラーラに目を向ける。


火が付いたようにカチャカチャとフォークでパンケーキを切り、次々と口へと運ぶ。


りすのようにほっぺを膨らませるペトラに、ラーラはクスッと笑った。


「そんなに慌てなくてもまだたくさんあるから大丈夫。喉に詰まっちゃうわよ?」


「だって美味しいんだもん!」


幸せそうなペトラの表情を見ていると、ラーラの心もあっという間にほくほくと満たされていく。


ペトラの様子を横で見ていたカールは、どこか戸惑ったように自分の前にも置かれているパンケーキに視線を落とした。


「カールもぜひ食べてみて。嫌いじゃなかったらだけど」


「……嫌いとかじゃなくて、食べたことない」


「じゃあきっと気に入るわ。ペトラはすっかり気に入ってくれたみたいだから」


ラーラがそう言ったタイミングで、ペトラは空になったプレートを持ち上げ「お代わりー!」と元気よく声を上げた。


「そんなに美味しそうに食べてくれると作りがいがあるな」


「だって、こんなに美味しいの初めて食べたんだもん! ほら、お兄ちゃんも食べてみて!」


二枚目のパンケーキを載せてもらったペトラは、早速ナイフとフォークを構えた。


その姿を横目に、カールも手元のナイフとフォークをそろりと手に取る。


パンケーキを切り始めたカールを、ラーラは微笑を浮かべてじっと見守った。


「……美味しい」


ひと口頬張れば、カールの表情がたちまちハッとする。


ペトラの様子を見ても、半信半疑といった心境だったのは確か。


しかし、口いっぱいに広がったふんわりと甘く優しい香りに一気に心を奪われる。


「お口に合ったみたいで良かった」


ラーラは夢中になってパンケーキを口に運び始めたカールを、ホッとしながら見つめていた。


七枚焼いて積まれていたパンケーキは、あっという間になくなってしまった。


ペトラとカールが三枚ずつ、ラーラはふたりが黙々と食べるのを満足そうに眺めながら味見に一枚だけを食べた。


「美味しかった! お腹いっぱい!」


「それは良かった。お粗末様でした」


ナイフとフォークを揃えて置いた自分のプレートに向かって、ラーラは両手を合わせ「ご馳走さまでした」と頭を下げる。


ふたりはそんなラーラの様子を不思議そうにじっと見つめていた。


「ご馳走さまは、美味しく食べられたことに感謝をするっていうこと。いただきますと同じ」


「感謝……?」


首を傾げたペトラに、ラーラは「そう」と頷く。


「大地の恵みに感謝、ということよ。今食べたパンケーキの小麦も、麦が大地に生るからだし、卵は鳥から、牛乳やバターは牛から恵んでもらっているのよ」


話を聞くふたりの表情は真剣で、じっとラーラの顔に視線が注がれている。


それはまるで、教師の話を聞く生徒たちのようだ。


「それに、こうやってお腹いっぱい食べられない人もいるから、食べられることにも感謝しないとね」


当たり前のことを丁寧に教える。


ラーラがこの世界に来る前、子どもたちと接する際に常に心掛けてきたことだ。


この世界でもそれは変わらずに続けたい。


「……隣の国から来たって言ってたけど、どうしてここに?」


それまで黙っていたカールが、初めてラーラに向かって疑問を投げかける。


ラーラはその質問にふわりと笑みを浮かべた。


「私の両親がね、この国で子どもたちの先生をやりたいっていう夢があったの。ふたりとも事故で、死んでしまったんだけど……だから私が代わりに、ここで何かできたらって。こども食堂を始めることにしたの。一緒にご飯食べたり、何か学んだりできたら、亡くなった両親もきっと喜んでくれるかなって思って……」


「先生……学校?」


「この国は、行ける人と行けない人がいるって聞いたわ」


カールは黙ってこくりと頷く。


「普通はみんな行けない。金持ちの家の子どもしか、学校なんて行けないんだ」


口振りから、本心はきっと学校に行きたいのだろうとラーラは感じ取る。


その様子を目に、ラーラの胸にじわじわと使命感のような感情が湧き起こっていた。


「それなら、ここに来ればいい」


すべてを解決するようなはっきりとした口調でラーラはそう言い切る。


「亡くなった両親みたいに、私には教師はできないけど、学校に行けない子たちが集まってみんなで過ごせる場所を、ここに作っていきたいと思ってる」


脳裏に蘇るのは、子ども食堂での思い出たち。


みんなでおやつやご飯を食べれば、そこはワイワイ楽しい語り場になる。


自然と人が集まるようになり、あそこに行けば誰かに会えるという、いつも温かい場所――。


笑いあり涙あり。


子ども食堂は、ただ食事をするだけのレストランとは違う。


「……なーんて、夢を語ればキリがないけど。ここがそんな場所になったらいいなって――」


「来るよ!」


言葉を遮ったカールの声は、ラーラに対して初めて見せる感情的なものだった。


勢い余ってしまった自分の声の調子に、カールは「来てもいいなら……だけど」と罰が悪そうにぼそっと付け足す。


そんな風に言ってくれたことが嬉しくて、ラーラは鼻の奥が急にツンと痛んだ。


「本当に⁈ 嬉しい! ありがとう!」


勢いよく椅子を立ち上がり、向かいに座るカールの元へ飛んでいくラーラ。


ギョッとするカールを気にもせず、ラーラはその両手を取り立ち上がらせる。


そして、無邪気な子どものように飛んで跳ねて喜びを全身で表現した。


そんな調子のラーラを前に、カールは困り顔になりながらも飛び跳ねる彼女に巻き込まれる。


そのはしゃいだ楽しい空気にペトラも立ち上がり、「ペトラもー!」とふたりに混ざっていった。


「よしっ! そうと決まれば、早速いろいろと準備を進めなくちゃ!」


「準備? 準備って何するの? ペトラも一緒にするー!」


意気込んで早速キッチンに向かうラーラに、ペトラが戯れつく仔犬のように付いていく。


「そうね、まずはどんな食事を出そうか考えなくちゃね! ペトラは何が食べたい?」


「ペトラはねー! ペトラはねー!」


ラーラが始めようとする子ども食堂からは、早速わいわいと賑やかな声が溢れていく。


思い描く場所を作り上げることができるのか、これから先のことはラーラ自身にも全くわからない。


しかし、不安や心配よりもはるかに大きく、明るい希望とやる気に満ち溢れていた。



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