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サツマイモ農家の仲良し兄妹



「……よし。これでいいかな」


ペンを置き、書き上げた文面を読み直す。


丁寧に紙を折りたたむと、封筒に入れのり付けをした。


表側に返した宛名には、ファリアン王国のハンスの名が書かれている。


ラーラがヴィオール王国へと到着し一晩が明けた。


気温二十度少しの過ごしやすい気候が長いヴィオール王国は、ラーラの生まれ育ったファリアン王国とよく似ている。


一年の間の三分のニが穏やかな季節で、残りの四ヶ月ほどがグッと寒くなる。


そんな気候の変動は、年間を通して様々な食物を育ててくれるのだ。


「ラーラさん、おはようございます」


入り口のドアが外側からノックされ、レオポルトの声が聞こえてくる。


「あっ、はーい!」


ラーラは慌てて返事をし、急いで手紙を手に椅子を立ち上がった。


「おはようございます。朝早くからありがとうございます」


ドアを開けると、昨日と同じようにきちんとブラウスにジャケットを羽織った身なりの整ったレオポルトが立っていた。


「とんでもございません。昨晩は眠れましたか?」


「はい、おかげさまで。ぐっすり眠れました」


「そうですか、それは良かったです。では、ご準備が整っているようでしたら参りましょうか」


「はい! よろしくお願いします」


ヴィオール王国で新たな生活を送ろうと決意した翌日、ラーラは朝からレオポルトにお願いをしてこの国を案内してもらうことになっていた。


レオポルトが乗ってきた馬車へと乗り込み、目指す先はヴィオール王国一の規模だという『レアンコルトマーケット』へ。


これから生活の拠点となるこの国一の市場に訪れられることが、ラーラは作晩から楽しみでならなかった。


「ラーラさん、本日お買い求めになりたいものは?」


「そうですね……まずは、調理道具を揃えたいです。それから、食材も。あの、ヴィオール王国の特産品はなんですか?」


ラーラは向かいに腰掛けるレオポルトに質問をする。


レオポルトは「そうですね……」と握った拳を顎の下にくっ付けた。


「この気候ですから、農作物は豊作です。野菜も果実もよく育ちます」


「わたしの生まれ育ったファリアン王国と気候が似ているから、特産物も似ているのかもしれませんね」


「ええ、そうですね。ひとつ、ファリアン王国とこの国の違いといえば、海に面しているということかもしれません」


「なるほど……では、やはり海産物も多くマーケットには並びますか?」


「はい。魚介類は豊富かと思われます」


(魚介類も豊富なら、作れる料理の幅も広がりそうだな……)


そんな会話を交わしながら、学び舎から馬車で約十分。


次第に建物が増えていき、階数のある建物も多くなっていく。


賑やかになってくる景色に、ラーラは馬車の外の様子をじっと見つめていた。


石畳みの道の左右には向かい合うように煉瓦造りの二、三階建ての建物が並ぶ。


一階は様々な店が客を招いているが、上の階は住居のように窺えた。


窓の前にはアイアンのフラワーボックスに色とりどりの花が育てられていて、通る人の目を楽しませてくれる。


「そろそろ到着いたします」


やがて馬車は開けた通りに入り、見えてきたのは多くのテントだった。


遠目からでも、たくさんの品物が売り買いされているのが見える。


馬車が停車すると、ラーラは早速街へと繰り出した。


「レアンコルトマーケットでは、その日に採れた食物が多く並びます。先に食材を調達してから、商店の方で調理器具を見ることにしましょうか?」


「そうですね、そうしましょう!」


歩き始めたマーケットには、通路を挟んで左右様々な品物がところせましと並ぶ。


新鮮な農作物から、生きた状態で売られている海産物。様々な獣の肉類も氷に載せられたくさん見受けられた。


食物の他にも手作りの品物が数多く店先を賑わせていて、見て歩くだけでも十分楽しませてくれる。


(とりあえず、日持ちする食材がメインになるよね……)


ラーラはまず、紙の袋に入れられ売られている米や小麦粉、豆などの穀物を買い、それから芋類や根菜類などの野菜類も手に取っていく。


両手はあっという間に買い物をした袋を抱える羽目になった。


「ラーラさん、お持ちいたします」


「すみません、ありがとうございます。ついつい買いすぎてしまいました」


レオポルトがラーラの手の荷物を引き受けてくれる。


仕入れについ夢中になってしまっていたことに、ラーラは「あはは」っと苦笑を浮かべてみせた。


「想像以上の規模のマーケットで驚いています。こんなに栄えているとは……」


「そうですね。ここにくれば大抵のものは手に入るはずです」


「これだけ立派なマーケットがある地で食文化が発展していないなんて、なんだか信じられません」


食材が豊富に手に入るなら、食文化も発展していくのが普通だと思う。


しかし、貧富の差が激しいのなら、豊かな食生活を送れるのは一部の裕福な人々に限られてくる。


そうでない国民が多いとなれば、国全体のその水準は自ずと上がらない。


分母が大きければ大きいほど、食文化は発展しないということだ。


「ありがとうございました。目当ての食材は大体仕入れられたかと」


「そうですか。では、最後に商店の方へ寄って参りましょう」


「はい、お願いします」


マーケットから馬車へと向かい、仕入れた食材を積み込む。


すると、大通りに馬に跨った騎士団らしき装いの集団が現れる。


その中心に囲まれるように豪華な馬車が見え、ラーラは手を止め視線を奪われた。


「ヴィオール王国の王立騎士団です」


ラーラの視線の先に気付いたレオポルトが、横から声をかける。


「王立騎士団……」


「はい。そして、恐らくあの馬車にはこの国の国王陛下、ウォルト・ヴィオール様が乗っておられているかと思われます」


この国の国王陛下――そのフレーズだけで、ラーラの姿勢は意味なくしゃんと伸びてしまう。


城下の視察なのだろうか、騎士団の厳戒態勢

が取られる中、馬車が停車する。


中から颯爽と姿を現したのは、ラーラが想像を膨らませていた国王陛下とはずいぶんとかけ離れている出で立ちだった。


「あの方が、ヴィオール王国の国王陛下ですか?」


「はい、さようでございます」


「ずいぶんと、お若い国王陛下なのですね」


国王陛下といったら、貫禄のある自分の両親より上の世代を想像していた。


しかし、現れた国王陛下はラーラのそんな固定観念を根底からぶっ壊す。


遠目からだが見た感じ自分より少し上くらいの歳に見える。


盛服を身に付ける姿勢の良い佇まいは上背があり、それだけで目を引く。


太陽の光を受ける焦げ茶色の髪は艶やかで、目鼻立ちの整った顔立ちを引き立てていた。


美しい男性――ラーラの第一印象はまさにその一言がぴったりだった。


「ウォルト様の父上、前国王陛下は……ウォルト様が十七歳の時に病で亡くなられて、その後すぐに若くして王位を継承されました」


「じゅ、十七歳でですか?」


「はい。もう、五年も前のことになります」


隣国だか、ヴェールに包まれ謎めいていたヴィオール王国。


王室の事情も、もちろん他国の人間は知らぬところだ。


十七歳となると、今のラーラと同じ歳ということになる。


自分が今、一国を背負うことになったらやり切れるのだろうかと、ラーラは自問自答する。


(無理だ……少なくとも、わたしにはできない……)


「そのため、一時他国の侵略を恐れたときもありました。しかし、ウォルト様はそれまでになかった軍事力を高められ、その脅威から国を守られたのです」


「そうだったのですか……この国には、そんな歴史が」


「ええ……若くして苦労なされたかと」


レオポルトの含みのある言い方にラーラは小首を傾げそうになる。


しかしそれより先に「さぁ!」と話を切り替えられてしまった。


「ラーラ様、商店の方へ向かいましょう」


「あ、はい! お願いします」


ウォルトの城下視察に気付いた人々が、ひと目彼を見ようと集まってくる。


馬車に乗り込んだラーラは、あっという間に集まったその野次馬の量に改めて驚かされていた。



その後、必要な調理器具を買い揃え、馬車は再び郊外へと向かって走り出した。


材料に調理器具、満足に買い揃えることができ、ラーラはほくほくした気持ちで積んだ荷物を眺める。


「レオポルト様、今日は買い物にお付き合いいただきありがとうございました」


異国の地に来たばかりで、右も左もわからないところをこんなに希望通り買い付けられるとは思いもしなかった。


レオポルトがいなければ、こうはいかなかっただろうとラーラは思う。


「いえ、お役に立てたのでしたら良かったです。今後も、お困りの際には何なりとお申し付けください」


「はい、ありがとうございます!」


やがて、馬車からの景色は緑が多くのどかになってくる。


しばらく森林に囲まれた道を進むと木陰は開け、広大な畑が土道に沿って広がる。


「すごい広い畑……これは、サツマイモですね」


ハート型に似た大きな葉を青々と茂らせるサツマイモ。


これだけ成長すれば、さぞ立派な実をつけていることだろう。


「よくご存知で。こちらクラナッハ農園は国内最大のサツマイモ畑になります。他にも、ジャガイモなども栽培されています」


「国内最大! それはすごいですね」


そんな話をしながら畑を眺めていると、思わず「あっ!」と声を上げてしまう光景を目にした。


「どうかなさいましたか?」


「あ、いえ……あの畑の中にいる子たち、昨日の朝、馬車を停めた子たちじゃないかと」


黄金色のくるくるとカールする綺麗な髪が、太陽の光を受けて輝いて見える。


「……? ああ、あの子たちはこのサツマイモ畑の兄妹です」


「えっ、そうなんですか?」


そんな話を聞いて、昨日の朝のことを思い出す。


(そっか……だから、サツマイモをくれたんだ)


「クラナッハ家のこの農園なら近いですし、交渉すれば食材の仕入れをさせてもらえるかもしれません」


「本当ですか⁉︎ サツマイモやジャガイモは子どもたちのおやつを作るバリエーションが高い食材なので、お願いができたらすごく嬉しいです!」


サツマイモ畑の中で走り回るふたりを目にしながら、ラーラは「少し停めていただけたりしますか?」と畑に立ち寄りたいと申し出る。


レオポルトが御者に声をかけ、すぐに馬車は停車した。


「すみません、ちょっと行ってきます!」


ラーラが馬車を降りていくと、畑の向こうで走り回っていたふたりが動きを止め、停まった馬車の方を揃って見つめていた。


「おーいっ!」


こっちを見るふたりに向かって、ラーラは挙げた両手をぶんぶんと振る。


畑を踏み荒らさないように通路を通って、ふたりの元へと向かっていった。


(やっぱり、昨日の子たちだ!)


距離が近づくにつれ、ふたりもラーラの顔に見覚えがあることに気づく。


「あのお姉ちゃん!」と、妹の方が兄の服を引っ張った。


「こんにちは! 立派なサツマイモ畑ね」


ラーラはふたりのすぐそばまで駆け寄ると、改めて畑を見渡す。


そして、にこりと柔らかい笑顔を浮かべた。


「昨日は自己紹介もできなかったから。わたし、ラーラ・フィアロ。この隣の、ファリアン王国から来たばかりなの。よろしくね」


ラーラはふたりに向かって握手を求める手を差し出す。


兄の方はじっとラーラの顔を見つめたまま動かなかったが、妹の方が飛びつくようにしてラーラの手を両手で包み込んだ。


小さな手は、畑で遊んでいたためか土がついている。


「昨日の、すごく美味しかったよ! ありがとう!」


ラーラを見上げてくしゃりと笑顔を見せると、握った手を嬉しそうに上下に振った。


「それは良かった! お名前、教えてほしいな」


「ペトラ!」


「ペトラね。よろしく、ペトラ」


元気よく「うん!」と頷くペトラから、ラーラは視線を上げる。


ラーラに微笑まれた兄は、「カール・クラナッハ……」とどこか照れ臭そうに名前を口にした。


「カール、よろしくね。こちらこそ、昨日は立派なサツマイモをありがとう。この素晴らしい畑で採れたものなのね。太陽をたくさん浴びて、きっと甘くて美味しいサツマイモね」


「……サツマイモなんて、別に美味しくない」


ラーラの言葉を否定するように、カールは張りのない声でそんなことを口にする。


「甘くなんてないし、モサモサパサパサするし、喉が詰まるだけ」


確かに、工夫なく蒸しただけのサツマイモは味気ないし、子どもやお年寄りには喉越しがいい食べ物とはいえない。


でも、調理法でいくらだって美味しく化ける食材だ。


「あら、そんなことないわよ。掘ったお芋を太陽に干しておけば甘くもなるし、サツマイモはいろんなおやつに変身するわ」


「おやつ……?」


冴えない表情を見せるカールに、ラーラは〝そうだ!〟と閃く。


「わたしね、この先で子ども食堂を始めることにしたの。良かったら、ふたりで遊びにきて」


「子ども食堂……? ペトラ、遊びに行きたい!」


「おいっ、勝手なこと言うなよ!」


「だって、行きたい行きたいー!」


「わがまま言うな!」


ラーラの誘いに早速乗ったペトラに、カールは待ったをかける。


駄々をこねるペトラにカールが怒り始めてしまい、ラーラは「まあまあ!」と割って入った。


「無理にとは言わないから、もし来てみようって思ってくれたら、ふたりで遊びにきて。わたしはいつでも大歓迎だから」


ペトラはラーラを見上げにこりと笑みを浮かべ深く頷く。


カールの方は、そんな様子のペトラとラーラを交互に見て、どこか困ったような表情を見せた。


「目印に『ラーラの子ども食堂』って看板を出しておくわ」


それ以上〝待っている〟とは言わず、ラーラは「またね」とふたりの元を去っていく。


(帰ったら、早速看板を作ろう! 食堂ってわかる、みんなが入りやすい可愛い看板が作れたらいいな)


「ばいばーい!」


馬車まであと少しというところで背中にペトラの声を受け、ラーラは振り返りふたりに向かって大きく手を振った。



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