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ラーラの子ども食堂再び!



厨房の窓を開け放ち顔を出すと、どこからともなく花火の上がるドンと空気を震わせる音が聞こえてくる。


それが数度連続して鳴り響き、ラーラは大きく深呼吸をした。


(いよいよか……)


まだ先だと思っていた日はあっという間にやってきて、今日はスイーツフェスティバル当日。


ラーラは早朝から城内の厨房の一角を借り、スイーツ作りに専念している。数日前から準備は進めてきたが、いよいよ作業も佳境を迎える。


「失礼いたします。ラーラさん?」


「レオポルト様!」


厨房の入り口からひょっこり顔を出したのはレオポルトで、ラーラの姿を見つけると穏やかに笑みを浮かべる。


「やはりこちらにいらっしゃりましたね。失礼いたします」


そそくさと厨房内に入ってきたレオポルトは、ラーラに持ってきた六十センチサイズほどの箱を差し出した。


「お約束のものが完成しましたので、どうぞご確認ください」


「ありがとうございます!」


ラーラは箱を受け取ると、早速そばの台で中身を取り出す。


レオポルトはそばでその様子をじっと見守った。


中から取り出したのは、三枚の白い皿とアンティーク調のアイアンスタンド。


折りたたまれているそれを広げ、そこに一緒に入っていた皿を一枚ずつ置いていく。


「……うん、注文通り。レオポルト様、ありがとうございます!」


横で見ていたレオポルトは、初めて見るケーキスタンドを「ほう……」と興味深そうに眺めていた。


「さようでございますか。それは良かったです。ラーラさんの注文書の絵がわかりやすかったのでしょう」


ラーラがテーマにする〝楽しく食べる〟を考えたとき、アフターヌーンティー仕様にしてスイーツを並べたら楽しいと思い付いた。


しかし、聞くところによるとこの世界にはケーキスタンドというものが存在していなかった。


そのため、急遽設計図を描いてこういったものを作ってほしいとレオポルトを通じて職人に注文をしていたのだ。


ラーラの描いた三段仕様のケーキスタンドは、デザインしたその通り仕上がっている。


ここに今から作ったスイーツを載せていったら、さぞ見た目も楽しい作品になるだろうとワクワクしてくる。


「いやしかし、このようなものを思いつかれるとは、さすがラーラさんです」


感心したようにレオポルトは言う。


「ティータイムが華やかになるでしょうし、うちの屋敷でもぜひ使わせていただきたいです」


「ぜひぜひ! あの設計図で良かったら量産してください」


「本当ですか? ありがとうございます」


ラーラは早速皿を洗い、作業途中のスイーツ作りを再開する。


「準備のほうはどうですか? 順調ですか?」


「はい、おかげさまで! もう仕上げの工程です」


「そうですか。のちほど、拝見するのを楽しみにしております」


レオポルトはそう言うと、「では、また後程」と厨房から立ち去っていく。


「レオポルト様! ありがとうございました」


去りかけた背中に声をかけると、レオポルトは振り返り柔和な笑みを浮かべ「頑張ってくださいね」と厨房をあとにした。


「よし……あと少し」


同時進行で進めてきた何種類ものスイーツを、それぞれ仕上げていく。


作ってもらったスイーツスタンドに出来上がったスイーツを飾っていくと、それはまるで遊園地のメリーゴーランドのように楽しい作品となった。



* * *



スイーツフェスティバルのメイン会場となるのは、王宮の正門から城まで真っすぐに続くメインストリート。


そこにエントリーされた五十のスイーツが並ぶ。


参加者のスイーツもひと通り見て回ったラーラだったが、やはり焼き菓子が八割以上を占めていた。


スイーツにはエントリーナンバーのみが表示され、調理した人間は誰だかわからないようになっている。


いよいよ審査が始まる時間が近づき、ラーラは自分の作ったスイーツを改めて近くで見つめる。


一番下の段には、以前ウォルトがその発想はなかったと言ったフルーツを挟んだサンドイッチと、サツマイモの一口スイートポテト。


二段目には、口どけのいいカラフルなマカロンと、なめらかなかぼちゃのババロアを。


そして一番上の段には、色付けしたクラッシュゼリーをグラデーションにしたキラキラなカップゼリーと、みずみずしいフルーツが所狭しと載ったフルーツタルトというラインナップだ。


アナベラが少しでも元気になれる、食べることが楽しいと思えるスイーツを作る。


それを第一に考えて作ったメニュー。


食欲があまりなく、食べる気力がないと言った彼女が食べやすいもの。


とろみをつけたスープが飲みやすかったと言っていたのをヒントに、のど越しのいいスイーツを考えた。


そんなときメルバが現れ、出したのがゼラチンだったのだ。


今日作ったメニューには、多くゼラチンを使っている。


ババロア、ゼリーを始め、タルトの上部でフルーツをキラキラと輝かせて見せているのもゼラチンだ。


のど越しを考えた食べやすさはもちろんのこと、野菜や果実をふんだんに使い栄養も考えた。


そしてもちろん、お祭りに相応しい賑やかさも忘れない。


どこからともなくファンファーレが鳴り響き、スイーツコンテストの審査がいよいよ始まる。


五十のスイーツが並ぶ後方には、参加者や関係者がアナベラの登場を今か今かと待っていた。


周囲には騎士団の警備も備え、厳重警戒の中アナベラが城から姿を現す。


いつも仕えている侍女と共に、アナベラはスイーツの並ぶ審査会場を歩き始めた。


ちらりと目を落とすだけで、足を止めてもらえないお菓子もある。


そんな中、ラーラの作ったエントリースイーツへとアナベラが近づく。


固唾を飲んで見守っていると、ラーラの肩の上にメルバが弾けるようにして現れた。


「メルバ、見て……」


アナベラの目に、いよいよラーラの作品が留まる。


アナベラはその前で足を止めると、じっくり左右から覗き込むようにして観察を始めた。


やはりケーキスタンドが珍しかったようで、そこに様々なスイーツが載っているのを興味深そうに眺めている。


控え目に指をさし侍女になんか話している姿が離れたラーラの目に映る。


アナベラはラーラの作ったスイーツの中から、一番上段に載っているクラッシュゼリーのカップを手に取る。


ゼリーは太陽の光を浴びて、より一層キラキラと光り輝いて見えた。


スプーンにゼリーを一口すくい、アナベラは口へと運ぶ。


その表情が柔和な笑みを浮かべたのを目撃したラーラは、それだけで気持ちが満たされていくのを感じていた。


「あの笑顔が見られただけで、もう十分かな」


ラーラの言葉に、メルバはふわりと肩口から浮き上がり、ラーラの目の前へと飛んでくる。


じゃれるようにラーラの顔回りにくっつくと、頬にすりすりと身を寄せた。


ラーラとメルバが戯れている間にも、審査は着々と進んでいく。


全てのスイーツを見て回ったアナベラが、一番良かったと決めたスイーツに優勝の盾を置いて結果発表となる。


会場が緊張の瞬間を迎える中、アナベラは迷いなく選んだスイーツに向かって歩みを進めていく。


そして盾を飾ると、会場はわっと賑やかな歓声に包まれた。




艶っとしたゼラチンのコーティングに、色とりどりのフルーツ。


そこにナイフが入っていくのを見つめるラーラの胸には、ヴィオール王国の国章が入った盾が大事そうに抱かれている。


「あ、あの。本当に私が優勝してしまっても……」


二度目の訪問となるアナベラの部屋で、ラーラは動揺を隠しきれず再度確認を取る。


アナベラはふふっと笑ってフォークに刺したフルーツタルトを口にした。


爽やかな果実の甘味と酸味が口いっぱいに広がり、目尻に皺が寄る。


「うん、美味しい。優勝に間違いはないわ」


もちろん受賞を目指して参加はしたものの、実際に並んだ四十九の力作を見ると、優勝できなくても参加できたことに意義があると考えを改めていた。


だから、実は発表の瞬間はメルバと戯れていて見逃してしまったのだ。


気づいたら自分のスイーツに盾が飾られていて、優勝のひと言をもらいたいと前でスピーチすることを頼まれた。


「誰が作ったのか名前を伏せての審査だから、ラーラのだとわかって賞を与えたわけじゃないわ。公平に、わたくしが食べたいと思ったものを選んだ。それが、あなたの、このスイーツだったのよ」


アナベラは淡いグリーンのマカロンを手に取る。


「でも一目見て、もう優勝だと心の中で決まっていた。なんか、輝いていたのよね、そこだけ」


「え……?」


「なんというのかしら……キラキラしていたのよね」


そんなことを言うアナベラも目が生き生きと輝いていて、ラーラが初めて会った日とはまるで違う。


自分が作ったスイーツが彼女を少しでも元気にしたのだとわかると、ラーラは抱いている盾をぎゅっと抱き直した。


「それに、これ。オシャレだし、見ていてワクワクしてくるわ」


「スイーツスタンド、ですか?」


「あなたが考えたと耳に挟んだわ。これ、城でも今後使っていきたいと思うの」


「それは、はい、ぜひ!」


アナベラは次にかぼちゃのババロアのカップを手に取る。


この間、食べる気力がないと言っていたのが嘘のようにスイーツを口にしていて、ラーラはどこかホッとしたような気持ちも感じていた。


「でも選んだ一番の理由はね……私のことを考えて作ってくれているのが、ひとつひとつから伝わってきたのよ」


「アナベラ様……」


「どれも、美味しかったわ」


アナベラを想って、元気になれるスイーツ、楽しい気持ちになれるスイーツを作ろうとラーラは邁進した。


その想いがちゃんと彼女に伝わっていたことに、ラーラは今日一番の感銘を受ける。


視界が涙で歪むのをぎゅっと目を瞑り誤魔化した。


「もうすぐ、ここを出ていってしまうのよね?」


「はい。ウォルト様のご厚意で再建していただいている子ども食堂が、完成間近なので、近いうちに戻る予定です」


ラーラの言葉に、アナベラはどこか寂しそうに「そう」と微笑む。


「もっとそばにいてほしいけれど、それはわたくしの我が儘だから。でも、遠慮せずに城にも顔を見せに来てちょうだい。あなたの手料理がもっと食べてみたいわ」


「また訪れてもよろしいのですか?」


驚いたラーラがそう訊き返すと、アナベラは「何を言ってるの」と笑う。


「当たり前でしょ。いつでも来なさい」


ゆっくりと椅子を立ち上がったアナベラは、盾を抱きしめるラーラごと優しく両手に包み込んだ。



* * *



見上げる空は雲一つない快晴で、ラーラの新たなスタートを祝っているような爽やかな空が広がる。


今日、ラーラは長らく世話になっていた王宮を出て、完成した子ども食堂へと戻ることになっている。


ラーラはウォルトと共に馬車に揺られ、完成した子ども食堂を目指していた。


「話していなかったが、各地方に子どもたちの学び舎を建設する計画が始動した」


ウォルトから切り出された話に、ラーラは「えっ」と目を大きくする。


「本当ですか? 学び舎を?」


教育の格差については、もともと国内で問題視されている部分もあったとレオポルトに以前聞いていた。


その計画が順調に進めば、子どもたちが必要な教養を平等に身につけていける。


「宝は、国を挙げて大事に育てていかないといけないからな」


「え、それって……」


〝どんな世界でも子どもは最高の宝物〟


いつかそう言ったことを、ウォルトは覚えていてくれたのだろう。


馬車は静かに車輪を止め停車する。


ウォルトが先に降りていき、ラーラは高鳴り始めた鼓動を抑えて馬車から降り立った。


「あっ……」


火事に見舞われ、変わり果てた姿に絶望したあの日──。


もう、ここで子どもたちに手料理を振る舞うことはできなくなってしまったと涙した。


しかし今、時を戻したように元の子ども食堂が目の前にある。


全く同じ外観。きっと中も同じように作ってもらったのだろう。


「ウォルト様。本当に、本当にありがとうございました」


となりに立つウォルトに真っすぐ体を向け、ラーラは深々と頭を下げる。


目にはあっという間に涙が溢れ、顔を上げたラーラの頬は美しい涙で濡れていた。


「礼など必要ない。俺のほうこそ、お前に礼をしたいことがたくさんあった。国の子どもたちのことも、母のことも」


「そんな、私は何も!」


そんな話をしているうち、子ども食堂の扉が大きく開け放たれる。


そこからペトラにカール、フリオにラモンが飛び出してきて、帰ってきたラーラに大きく手を振った。


「ラーラー! お帰りー!」


そんな子どもたちの姿を目の当たりにして、ラーラは本当に帰ってきたのだと実感する。


そんなラーラの幸せそうな横顔を見て、ウォルトもまた微笑を浮かべていた。


「ウォルト様、大変お世話になりました。ウォルト様に助けていただかなければ、今私はここに立てていません」


「だから、礼はいらないと言ってるだろう。その代わりに、前にも言った。ここには今後また立ち寄らせてもらうことにする。お前の手料理をまた食べさせてくれ」


「あっ!」


「なんだ、子どもじゃないと食事は出てこないとでも言うのか?」


「まさか! 喜んでおもてなしさせていただきます!」


力強く返答したラーラに、ウォルトはフッと笑みをこぼす。


そして、「それからラーラ」と、真っすぐラーラの目を見下ろした。


「以前子どもたちに言ったことは、決して冗談ではない」


「え……子どもたちに、言ったこと?」


「しかし、今はまだ、あの子どもたちにはお前が必要だ」


なんのことだろうとラーラが考えているうち、向こうから「ラーラー、早くー!」と声がかかる。


「ほら、呼んでいるぞ」


「はい! では……また。さよならは、言わないでおきますね」


「ああ」


ラーラはもう一度深く頭を下げ、そのまま子どもたちの待つ子ども食堂に向かって駆けていく。


「今はまだ、身を引いておくとしよう」


そう言ったウォルトの呟きは、ラーラに届くことはなかった。



振り返れば、まだスタートラインを出発したばかり。


ここからどんな風に走っていくかは自分次第だと、ラーラは気持ちを引き締める。


ときには歩いて、一歩ずつでもいい。


誰かと出会い、共に進むこともきっとあるだろう。


でも、何があっても変わらないのはひとつ。


この場所が、自分自身の存在が、子どもたちの心の拠りどころであるということ──。


「おかえり、ラーラ!」


主が不在だった子ども食堂で、子どもたちがラーラを迎える準備をしてくれていた。


かわいい飾り付けと、〝ラーラおかえりなさい〟の文字に溢れ出した涙は止まらない。


「ただいま!」


ラーラの子ども食堂は、子どもたちの笑顔と共に新たなスタートをきった──。




Happy End.....☆



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