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メルバの力



ラーラが王宮に滞在して一カ月の月日が流れた。


朝食を終えたラーラは、決まって厨房に顔を出すようになっていた。


お世話になっているからには、何か自分にできることを手伝いたい。


そう申し出たことで、厨房に入れてもらえるようになったのだ。


といっても、手伝っているのは食器の洗浄や、運ばれてきた食材の収納などの雑用が主だ。


厨房内の料理人は老若男女皆ラーラに優しく接してくれ、顔を出すと「いつも悪いね」と歓迎してくれた。


「ラーラちゃん、ここのスペースで作業していいからね」


「ありがとうございます! 助かります!」


今日はラーラにとって、久しぶりにワクワクする予定が入っている。


おかげで昨日は楽しみでなかなか寝付けなかった。


子ども食堂が火事となり、心に傷を負ったラーラを少しでも元気づけようと考えたウォルトが、王宮庭園を解放し、城下の子どもたちを招待しようと提案したのだ。


必要があれば厨房を使って料理をしてもいいと言われ、喜んで利用を希望した。


あの火事の日から、まだ子どもたちにも会えていない。


元気にしているだろうか。ちゃんと食事は取れているだろうか。


ラーラは親のように気に掛けていた。


(料理するの、なんだか久しぶりだな)


庭園のテラスで久しぶりに子どもたちに振る舞うメニューは、ラーラ特製のパンケーキタワーに決めている。


子どもたちに好評なパンケーキを、様々な具材を挟んだ豪華なタワーにするのだ。


見た目も迫力があるし、ワイワイみんなで取り分けて食べるのが楽しい。


「アナベラ様、今日はよりお食事の量が……」


ラーラがボウルに入れた卵を溶いていると、そばからそんな声が聞こえてくる。


ちらりと振り返ると、下げてきた食事を手に侍女が肩を落としていた。


彼女のそばで料理人たちも渋い顔をしながら、残された食事を処分し始めた。


「なるべく、お好きであろうものを用意しているが、それでもだめか……」


「固形物は喉をなかなか通らないそうで、召し上がるにもお時間が。いつもスープはすすんでお口にされますが、ここのところはひどくむせられて……」


刻まれた野菜の入るスープは、ほとんど減っていないように見える。


流しに捨てられるスープを目にし、勿体ないと思ったラーラの心は微かに痛んだ。


(スープでむせる……? 王太后様、もしかして気管が弱っているのかしら……?)


溶いた卵に粉を入れながら混ぜていると、ボウルの横で突如ポンと白い毛玉が現れた。


「わっ」


弾けるようにして姿を現したのはメルバ。


突然のことに驚いたラーラを見上げたメルバは、目をこの字にして「キュッキュッ」と笑い声を上げる。


「もう、ビックリしたな……」


そう声に出してハッとしたラーラは、慌てて背後を振り返る。


ひとりで驚き声を出したラーラを、侍女や料理人たちが振り返りちらりと見ていた。


メルバは自分とウォルトにしか見えていない。


ひとりで喋っていたら、一体何事だろうと不審に思われてしまう。


気を取り直して攪拌の続きに専念していると、作業台の上でメルバの体が濃く虹色に輝きだす。


「っ……!?」


ふるふると体を震わせたメルバの発光が止み、体が宙に浮かんでくると、作業台の上には何かの白い粉が綺麗に小山を作っていた。


(え……なんの、粉?)


ラーラは恐る恐る手を伸ばし、親指と人差し指でその粉を摘まんでみる。


触るとキュッという独特の感触がして、すぐに〝あっ〟とぴんとくる。


(これ、片栗粉……!)


色、手触りで間違いないと確信したラーラは、繋がるようにぴんとくる。


ご機嫌そうにラーラの肩口にくっついているメルバの長い耳に唇を近づけた。


「メルバ、これ、もっと出してくれない?」


そうお願いすると、メルバはクルクルと回転しながらまた作業台の上に戻る。


ラーラのお願いを聞いたらしく、再び虹色を濃く発光させた。



「あの……」


口を挟むのはいかがなものだろうかと思いつつも、このタイミングで片栗粉を出されたなら提案しないわけにはいかない。


声をかけてきたラーラに、そこに集まっていた人々の視線が注目した。


「スープに、とろみをつけてみてはいかがでしょうか?」


ラーラの発言に、一同は小首を傾げ「とろみ?」と不思議そうな顔を見せる。


メルバが片栗粉を出したということは、チョコレートのようにこの世界にないものに違いない。


「すみません、盗み聞きしたつもりはないのですが、王太后様がスープでむせられると聞こえて。スープを少しとろっとさせて、飲みやすくすれば食事も進むかと思ったのです」


片栗粉でとろみをつけることは、食べやすくする技として夢花の世界では馴染みのあることだった。


嚥下機能が未熟な幼児や老人に出す料理では特に大切だ。


「しかし、とろっと? とは、どうやって」


料理人からの質問に、ラーラは小皿に載せた片栗粉を差し出す。


「片栗粉という、この粉をスープに入れるのです」


出された白い粉を前に、料理人たちは「片栗粉?」と眉根を寄せる。


やはり、この世界には馴染みのない食材のようだ。


それならばこの反応も無理ない。得体の知れない白い粉をスープに混ぜると言われても、全く想像がつかないのだろう。


「片栗粉は、ジャガイモなんかから取れるデンプンというものを粉にしたものなんです。スープやたれなんかのとろみをつけたり、お餅や麺を作ったりもできるんですよ」


ラーラは丁寧に説明をしていく。


そばにあった小鍋に水を入れコンロにかけると、今度は小皿に片栗粉と水を入れ溶いていく。


「こうして、片栗粉に水を入れて混ぜます……そして、溶いた片栗粉を、このスープに見立てたお湯に入れてみますね」


白く濁った溶き片栗粉を小鍋に入れ混ぜていくと、液体は次第にとろみがついてくる。


いつの間にか鍋を興味深そうに覗いていた一同から「おぉ……!」と驚きの声が上がった。


「本当だ。とろっとしている」


ラーラは出来上がった実験の片栗粉スープをスプーンで小皿に取ってみせる。


そして、ふうふうと息をかけて冷まし、みんなの目の前で飲んでみせた。


「……うん、とろみがついて飲みやすいです。一応、毒見じゃないですけど、飲んでも大丈夫という証明です」


王宮の厨房という場所だから、初めての食材を扱うことにはきっと慎重に違いない。


実演したラーラが体を張って片栗粉の毒見までしたことで、料理人たちは片栗粉により一層興味を示す。


「なんでもやってみないとわからないよな。早速スープにその片栗粉とやらでとろみをつけてみようじゃないか!」


「そうだな。今日の昼食に早速お出ししてみよう!」


盛り上がる厨房で、ラーラは〝良かった……〟とホッとする。


自分もパンケーキタワーの続きに取り掛かろうと作業中の台を振り返って、思わず「うわっ!」と声を上げてしまった。


「ちょっ、メルバ! 出してとは頼んだけど、こんな大量に出すなんて……!」


そこには体を輝かせ、片栗粉を出し続けているメルバの姿が。


作業台のうえには三十センチほどの高さの山のような片栗粉が出てきていて、ラーラは焦ってメルバに「ストップ!」と声をかけた。


幸い料理人たちは新たな食材で盛り上がり、ラーラのひとり慌てる姿は目に入っていない。


「もう、この量どうするのよ……」


とラーラは項垂れながらも、〝あっ!〟ととびきりいいいことを思いついてしまった。



* * *



水色の綺麗な色の空には、綿菓子のような雲がぽんぽんと浮かんでいる。


日差しも強くなく、気温も心地がいいと感じられる程度。


花たちが賑やかに咲く庭園のテラスで、ラーラは用意してもらった大きなテーブルに厨房で作ってきたパンケーキタワーを運んでくる。


結構な高さに作ったパンケーキを運んでくると、用意を手伝っていた侍女たちが「まぁ!」と目を丸くして釘付けになっていた。


一段ずつクリームを挟み、その間には違う種類のフルーツを挟んでいる。


側面から見ると、フルーツの色が色とりどりで見た目にも綺麗だ。


大きめなプレートに盛り付け、タワーの足もとには挟んだフルーツを鏤めている。


頂上からははちみつをとろっと流し、外で見ると陽の光を浴びてパンケーキタワーはキラキラと輝いていた。


続いてテーブルに並べたのは、パンケーキタワーと一緒にカートで運んできたぷるぷるのわらび餅。


さっき大量の片栗粉を前に閃いたメニューがわらび餅だったのだ。


きな粉は食材のストックあるというのでわけてもらい、黒蜜は黒砂糖で簡単に手作りした。


即席で作ってみたけれど味見をしてみるとどこか懐かしい味がして美味しかった。


ぷるぷるの食感は楽しいから、きっと子どもたちにも受けがいいはずだ。


「ラーラー!」


ちょうど用意も済みテーブルの上を眺めていたところで、向こうから久しぶりに会うペトラが駆けてくる。


その後ろからはカール、そしてフリオとラモンが続く。


久しぶりに会う四人は、今日は城に呼ばれたからか少し整った装いに身を包んでいた。


「ペトラ、カール! フリオとラモンも、久しぶりね!」


走ってきたペトラはラーラの腰に正面から飛びつく。


ぎゅっとしがみ付き、「ラーラー!」と再会を喜ぶ声を上げた。


「会いたかったよー! 寂しかったよー!」


「ペトラ、ごめんね。元気にしてた? 変わりはない?」


「うん! 元気だよ。お兄ちゃんも、フリオとラモンも、みんな元気だよ! ラーラは?」


「うん! 私も元気よ!」


ペトラは「良かったー」と、またぎゅっとラーラにしがみつく。


あとからきたカールは、久しぶりのせいか少し照れくさそうにラーラから目をそらしたまま「久しぶり」と言った。


「カール。元気そうでよかった」


「ああ、ラーラも。もう大丈夫なのか?」


火事で意識を失って王宮に運ばれたあと、直接会うのはこれが初めてのこと。


運ばれていくラーラの姿を最後に見たきりの子どもたちは、ラーラがいつも通りの姿で迎えてくれたことが何より嬉しい。


「この通り、もうすっかり元気よ。心配かけてごめんね」


いつもの調子の明るいラーラに安堵しつつも、フリオとラモンは強張った冴えない表情を見せている。


ラーラはそんなふたりの様子に気づき、ふふっと笑った。


「ラーラ、ごめん……」


「やっぱり、俺たちのせいでこんなことに」


ふたりが口々に謝り、ラーラは黙って横に首を振る。


「ふたりのせいなんかじゃないわ。あれは全部、悪い大人のせい。だから、もうそんな顔しないの」


そう言われても、ふたりはまだ曇り顔のまま。


するとラーラは、重たい空気を吹き飛ばすように「まぁいいわ!」と笑った。


「そんな顔じゃいられなくなるようなスペシャルなパンケーキを作ったのよ。さ、座って座って」


いつも子ども食堂内を駆け回っていたように、ペトラは大きなテーブルの周りを「わーい!」とスキップで飛び回る。


手伝いの侍女たちに案内されて子どもたちが席につくと、ラーラはパンケーキタワーを「じゃーん!」と中央に置いた。


「すごーい! パンケーキ、高いたかーい!」


「すごいでしょー? いろんなフルーツが挟まってるのよ。今取り分けるわね」


ラーラが取り皿に順にパンケーキを盛り付けていると、カールが透明の皿にどっさり載ったわらび餅を指さし「これ……」とラーラに目を向ける。


「何? 初めて見た」


「ああ、それはね、わらび餅っていうの。材料が大量にあって急遽作ったんだけど、ぷるぷるして美味しいわよ。そっちも盛り付けるわね」


「じゃあ、こっちの盛り付け手伝う」


「本当? じゃあ、お願いするわ。盛り付けたら、一緒に置いてあるきな粉と、黒蜜を垂らしてね」


ワイワイ言い合いながら囲む楽しい食卓。


久しぶりの子どもたちの笑顔に、ラーラの心も自然と弾む。


ラーラは最後に自分の分を皿に盛ると、今か今かといただきますの挨拶を待つ子どもたちに「では……」と声をかける。


「姿勢を正してください」


ピンと背筋を伸ばしたペトラが「正してます!」と合いの手のように返すと、ラーラは子どもたちひとりひとりに目を向ける。そして両手を合わせてみせた。


「いただきますのご挨拶、いただきます」


子どもたちは「いただきます!」と早速ナイフとフォークを手にパンケーキを食べ始める。


「うまいっ……!」


聞こえてきた声に、ラーラの顔には久しぶりに幸せそうな笑みが浮かぶ。


「この、わらび餅っていうのもうまい」


カールがそう言うと、ペトラもすかさずスプーンを手にわらび餅を口に運ぶ。


「ほんとだぁ! ぷるぷるしててあまーい!」


即席で作ったわらび餅も好評で、ラーラも早速スプーンでわらび餅をすくう。


きな粉と黒蜜が絡んだもちっと軽い食感は、パクパク何個でもいけてしまう美味しさだった。


「たくさん作ったからお腹いっぱいになるまで食べていってね。次に会うときまで持つように」


ラーラがそんな冗談を言うと、ペトラは「ねー、ラーラ?」と食べる手を止める。


「お城からいつ帰ってくるの? 子ども食堂が直ったら?」


「うん、そうね。完成したら戻る予定よ。みんな、見に行ったの?」


ラーラがそう訊くと、カールが頷く。


「ペトラが、毎日見に行きたいって言うから行ってる」


「え、毎日?」


「早く完成しないかなって、毎日言ってて」


知らなかったそんな話を聞いて、ラーラは胸を震わせる。


子どもたちがあの場所が再開することを待ち望み、物凄く楽しみに待っていてくれていることに感激する。


「そうだったの……どう? 工事は進んでる? 私も、まだ見に行けてないから」


着工してからはまだ現場を訪れていない。


執務で忙しそうにしているウォルトに極力迷惑をかけたくないため、見に行きたいと申し出てはいないのだ。


「外観はほとんどできてきてる感じがする。工事の人に訊いたら、これから中を作っていくって言ってた」


あの焼けて朽ちてしまった悲しい姿は、もうそこには存在していない。


その報告を受けて、ラーラの心にずっと小さく立っていた波が静かに治まっていく。


「そっか。楽しみだな」


「完成したら……戻ってくるんだよな?」


訊くまでもないことをカールが訊いてきて、ラーラは首を傾げそうになる。


「うん、もちろん。どうしてそんなこと訊くの?」


訊き返すと、カールは皿の上に視線を落としたまま一瞬言うか言うまいか迷いを見せる。


そして、言おうと決めたのかパンケーキを切るナイフを止めた。


「このまま、戻ってこなかったりって思ったりしたから」


「ええ? なんでそんなこと」


すると、横からフリオが「カール、お前まだあの冗談気にしてるのか?」と口を挟む。


双子兄弟で意味深にクスクス笑い始め、カールが「やめろっ」と渋い顔を見せた。


「ラーラ、国王陛下に気に入られてこのまま結婚するかもなって言ったら、真に受けたんだよな?」


ラモンから出てきた衝撃的な内容に、ラーラは食べていたパンケーキを吹きそうになる。


慌てて両手で口を覆い、まだ飲み込めていないまま抗議の言葉を用意する。


「な、何をとんでもない冗談を言ってるの? そんなことがあるわけないでしょ! だいたい、国王陛下に失礼──」


「あながち間違ってもないかもな」


突然、後方から割って入るように声がして、ラーラはびくっと肩を震わせる。


振り返るとそこにはいつの間にかウォルトが現れていて、微笑を浮かべて立っていた。


「ウ、ウォルト様!」


いつからいて、どこから聞いていたのだろうかと、ラーラは冷や汗をかく。


(え、でも、あながち間違ってないってどういう意味!?)


「それって、ラーラを花嫁にしたいってことですか?」


真に受けたカールがウォルトに真面目に質問をして、ラーラは更に動揺する。


「ちょっ、カール、やめなさい!」


オロオロと困っているラーラをチラッと見たウォルトは、「ああ」とカールに微笑んだ。


「そういうことだ」


(ちょっ……! ウォルト様、なんてことを!?)


気持ちいいくらいにはっきりと回答したウォルトに、カールは瞬きを忘れて固まる。


「えー! ラーラ、プリンセスになるのー!?」


極めつけにペトラまでそんなことを言い出して、ラーラは収拾のつかなくなった状況に心臓がドキドキと打ち鳴っていた。


「ウォルト様、なんてご冗談を! 子どもたちが驚いていますよ!」


おかしな空気を一掃するように、ラーラは「あははは」と話を笑い飛ばす。


「ほら、ラモン、まだ食べるでしょ?」


子どもたちにパンケーキのおかわりをすすめて誤魔化した。


(もう、心臓に悪い……! クールなウォルト様でも、たまには冗談を言ったりもするんだな)


「ラーラ、母の食事に助言をしてくれたそうだな」


ラモンから皿を受け取りパンケーキを取り分けていると、一転して真面目な声でウォルトが訊く。


「じょ、助言なんてそんな!」


忙しくしているウォルトが、なぜ予告もなく突然姿を見せたのかとラーラは思っていた。


今朝厨房で片栗粉を勧めたことを、どこかで耳にしたのだろう。


(ウォルト様の耳に入っているということは、とろみをつけたスープは好評だったのかな……?)


「すごく飲みやすいスープだったと、喜んでいたそうだ」


「本当ですか? それは良かったです!」


「ああ。それで、母がラーラに会ってみたいと言っているそうだ」


「え、わっ、私にですか?」


思いもよらぬ知らせにラーラは目を丸くする。


体の調子が優れないという王太后とは、ラーラは会うことができていない。


聞くところによれば、自室からほとんど出ない生活を送っているという。


「私でよければ、いつでも顔を見せにお伺いいたします」


「そうか。悪いな」


「いえ」


やはりそれを伝えに来たらしく、ウォルトはすぐにテラスを出ていってしまう。


「ラーラー、パンケーキおかわりー!」


「俺もー」


頭を下げてウォルトを見送るラーラの背後から、すぐに子どもたちの賑やかな声が飛び交った。



* * *



翌日──。


朝食の時間を終えると、ラーラは住まわせてもらっているゲトルームにこもり、用意してもらったノートと鉛筆を前に「うーん……」とひとり唸り声を上げていた。


ちょうどあと一週間後、例のスイーツフェスティバルが開催される。


一体何を作ればいいのか、毎日考えてはいるものの〝これだ!〟というメニューにたどり着かない。


せっかく参加させてもらえるなら、いい成績を残したい。


(子どもたちにも、そんな宣言しちゃったしね……)


昨日久しぶりの再会を果たした子どもたちは、変わらず元気な姿を見せてくれ、ラーラは心底ホッとしていた。


会えなかった間の話を聞くと、ラーラのことを心配しながらも、しっかりと自分たちのやるべきことをして日々を過ごしていたという。


ペトラとカールは、自宅であるクラナッハ農園で両親を手伝ってサツマイモの世話を。


フリオとラモンも、祖母の見舞いと鶏の世話に勤しんでいるという。


その報告を受け、ラーラは一日でも早く城下に戻り、また子どもたちのそばで日々を見守りたいと心から思った。


帰宅する馬車に乗り込む前、子どもたちはラーラを取り囲みなかなか離れなかった。


「早く帰ってきてほしい」「必ず戻ってきてほしい」


そう念押すようにして城下へと帰っていった。


急ピッチで進められている建設の状況から、スイーツフェスティバル後少しすれば、子ども食堂は完成すると思われる。


ここに滞在させてもらったお礼も込めて、優勝を狙えるスイーツを是非とも作りたい。


「んー……やっぱり、食べやすくて、体にもいいものがよくて……うーん……」


ノートに思い付いたことを書き込んでいく。


考えながら手もとでくるくると鉛筆を回していると、部屋の入り口の扉がコンコンと大きくノックされた。


「ラーラ、入るぞ」


「ウォルト様、おはようございます」


今日初めて顔を合わせるウォルトは、「おはよう」と言って部屋へと入ってくる。


ラーラのすぐそばまでやってくると、手元のノートにちらりと視線を寄越した。


そこに見えた何個ものスイーツの絵に、ウォルトはフッと微笑を浮かべる。


「祭りの計画か」


「あ、はい。まだ何を作るかまとまっていなくて……」


「そうか。それなら、その審査をする本人と話すのがいいヒントになるかもしれない」


そう言ったウォルトは「母のところに案内する」と言った。



ウォルトと話すことも緊張を強いられるラーラだが、その母親である王太后と話すことはより一層更なる緊張をすることだろう。


「話せばいいとは言ったが、それは少し難しいかもしれない」


「え?」


王宮内をウォルトの半歩後ろを歩きながら、ラーラはその上背のある姿を見上げる。


(難しい……?)


「いや、なんでもない」


それ以上話は発展しないまま、広い螺旋階段を三階まで上がり、いよいよ王太后の部屋へと到着する。


その前には厳重に警備の騎士が控えていて、ウォルトの姿が現れると礼儀正しく頭を下げた。


重厚な扉が開けられていくと、その先にはラーラが想像していたよりもはるかに広い豪奢な部屋が現れた。


高い天井に、その天井まで届く大きなガラス戸が何枚も張られているため、部屋の中は眩しいと思うほど明るい。


その先には庭園が望め、更にその先には遠く城下の街も見えている。


まるで外にいるような気分にさせてくれる部屋だ。


「失礼いたします。母上、お体の調子はいかがでしょうか?」


王太后──アナベラ・ヴィオールは、立派な彫刻の入る木造の寝台に上体を起こし横になっていた。


白い肌に、焦げ茶色の毛の色を持つウォルトとは違うブロンドの髪。


長い髪は下ろされ、寝台に広がっている。


体の調子が優れないとは聞いていたが、ラーラは彼女の線の細さに驚いていた。


「ウォルト、ありがとう。具合はいいわ」


聞こえてきた声は、穏やかで温かい。それだけでラーラはほんの少し緊張から解放された。


「母上、お会いになりたいと仰っていた、ラーラを連れてまいりました」


紹介されて、ラーラは一歩前へ出頭を深々と下げる。


「初めまして。ラーラ・フィアロと申します。今、ウォルト様のご厚意に甘えてこちらでお世話になっております」


「ラーラ、顔を上げて」


「はい!」


折れ曲がったままつらつらと挨拶をするラーラに、アナベラはふふっと微笑を浮かべる。


「初めまして、アナベラよ。来てくれて嬉しいわ」


体調が優れず覇気はないが、アナベラには優しい空気が漂っているとラーラは感じ取る。


「昨日のスープ、あなたが飲みやすいように助言をくれたと聞いたわ」


「そんな、助言だなんて恐れ多いです。少しでも、お食事が進めばいいなと思いまして」


「ラーラ、あなたは城下で料理人をしているの?」


料理人、なのだろうか?と、ラーラは一瞬考える。


「はい。そんなようなものなのかもしれません。子どもたちに、食事を作っています」


「そう。子どもたちに……」


目尻に皺を寄せ、アナベラはラーラに微笑む。その柔和な表情を目に、ラーラは自らアナベラに声をかけた。


「あの、アナベラ様は、食べたいものはありませんか?」


ラーラからの質問が意外だったのか、アナベラは一瞬わずかにきょとんとした表情を見せる。


しかしすぐに、表情をさっと無に変えた。


「食べたいもの、ね……そうね、あまり思いつかないわね……」


(思いつかない、か……)


「食べる気力が、ないのよ……本当は、ちゃんと食べなくちゃ体がどんどん弱るのもわかっているの。だけど、ね……」


アナベラ本人さえも食べられないことに悩み、困っている。


彼女の言葉や表情から、ラーラはその苦しい気持ちを確かに感じ取った。


何か自分にできることはないか。


前向きなラーラの思考はすぐにそう切り替わる。


「アナベラ様。今度のスイーツフェスティバルに、私も参加させていただくことになりました。ファリアンから来た私は知らなかったお祭りですが、アナベラ様のお心を掴めるスイーツを競うと伺っております」


「ラーラ、あなたも参加をするの?」


「はい。させていただきます。でも私は、お心を掴むスイーツというよりは、アナベラ様が少しでも元気になる、食べることが楽しくなるものを作りたいと今思いました」


宣言するようにそう言ったラーラに、アナベラの瞳が揺れる。


「なので、今は食べられるものを、少しずつでも食べてください。きっとお祭りの日は、多くの国民がアナベラ様を想って腕を振るいます。ですので、たくさん味見ができますように」


ラーラはにこりと笑って「よろしくお願いします」と頭を下げる。


そんなラーラの姿に、アナベラは穏やかな笑顔を顔いっぱいに浮かべた。




挨拶を終えると、ラーラはウォルトと共にアナベラの部屋を後にする。


「母が、人と話す姿を久しぶりに見た」


階段を下りちょうど中庭の回廊に差しかかったところで、前触れなくウォルトが口を開いた。


そのまま中庭へと入っていくウォルトの背中を、ラーラは追いかける。


「え……そうなんですか?」


「ああ。そもそも、誰かと会いたいと要望したのもしばらくぶりだった。普段、信頼している侍女しかそばに近づけない」


「あの……伺っていいのかわからないのですが、アナベラ様は、あの……その、なんというか……」


「俺が王位継承する前、バルクス帝国の侵略があったことは知っているか」


「あ、はい。城下の子どもたちから、少し聞いています」


「その侵略の際の戦いで、父は負傷し、のちに命を落とした」


ウォルトの口から直接聞くその話は、いつかのレオポルトから聞いた話と繋がっていく。


十七歳という若くしてウォルトが王位を継承したという話に、ラーラは自分なら絶対に無理だとあのとき想像した。


前国王陛下が侵略によって亡くなったことで、ウォルトはこの国を強くしなくてはならないと立ち上がり、苦悩しながらも今のこの国をつくり上げてきたのだろう。


『若くして苦労なされたかと』


レオポルトがそう言ったのは、このことなのだろう。


「それからだ。母が塞ぎ込んでしまったのは。最愛の父を亡くし、生きる希望を失った」


話を聞き、ラーラは返す言葉が見つけられない。


そばで水しぶきを上げる噴水の水をじっと見つめる。


「そんな母が、お前には心を開いて話をしていた。だから、礼を言う」


「そ、そんなお礼だなんて。私は何もしていません」


「そんなことはない。いつもと明らかに顔つきが違っていた。笑った顔は、俺も久しぶりに見たくらいだ」


そう話すウォルトもどこか嬉しそうで、ラーラの胸にほんわかとした温かいものが流れ込む。


「そうでしたか……それなら、良かったです」


それなら、さっきアナベラと約束した通り、彼女が少しでも元気になる、食べることが楽しくなるスイーツを作りたいと改めて心に誓う。


「あの、ウォルト様。誘っていただいたお祭り、私なりに頑張りたいと思ってます。なので、今から当日に向けて作戦を立てたいと思います!」


力強く意気込んだラーラを、ウォルトは「そうか」と温かい眼差しで見守る。


「では、失礼します!」


ぺこりと頭を下げ、ラーラはもうすっかり慣れた廊下を自分の仮住まいへと向かって走っていった。



(元気になる、食べることが楽しくなるもの……考えろ、頭全部使って考えろ私!)


部屋に戻り、早速さっき開いていたノートの前に腰を下ろす。


(食べやすさは一番大事な条件。とすると……のど越しのいいものがきっといいよね。そうなると……)


再び鉛筆をくるくるさせながら考える。と、そんなとき、開いたノートの上にメルバがまた突然ポンと姿を現した。


「わっ、ビックリした。メルバの登場の仕方はいつも突飛ね」


出てきたメルバは、部屋の中を一周気持ちよさそうに飛行する。そして戻ってくると、ラーラの書くノートの中を覗き込んだ。


「何? また何か出してくれるの?」


ラーラがそう訊くと、メルバはノートの横で丸い体をもぞもぞと揺らす。


コトッと音がしてメルバが体を浮き上がらすと、そこには透明のガラス瓶が置かれていた。


「え……何……?」


メルバは再び温めるようにそのガラス瓶の上に体を載せると、いつも食材を出すときのように体を虹色に発光させる。


ラーラは鼓動が早鐘を打つのを感じながら、じっとメルバの姿を見守った。


「これは……?」


発光を終えて瓶の上からメルバが体を浮かせると、そこには薄い黄色の粉末が入っていた。


この世界ではお目にかかったことはないが、よく知っている薄い黄色の粉末。


その正体にピンときたラーラは、瓶を掴み椅子を立ち上がる。


「メルバ! これ、試しに行くからついてきて!」


確信に近いものを持って、ラーラは厨房に向かって再び部屋を飛び出していった。



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