ーツクモとケイヤクー
いよいよはじまる異世界生活
「おい、起きろ少年。そろそろ回想も済んだ頃だろう。今度は現実を受け止めるときだぞ。」
凛とした声が聞こえる。性別の判別の難しい不思議な声だ。こんな声の知り合いはいただろうか……起きる?確か俺は空から落ちている夢を見て、そこから起きて、学校に行って。帰りに楓と慰霊碑に行ったんだ。そして、
「君は山羊のような外見の化け物に襲われ、ソイツを仕留めたものの、意識を失った。」
そうだった。俺はどうなったんだ?それよりも、何故声の主は俺のことを知っている?先ほどから感じている浮遊感の正体は?俺はゆっくりと目を開けた。そこには朝にみていた夢と同じ風景が広がっていた。
「なんだ、また夢かよ。さっき見た時よりは高度が結構落ちてる気がするけど、気のせいか。」
そうして俺は目覚めるためにもう一 目をつぶろうとした矢先、さっきと同じ声が聞こえた。
「気のせいではないし、夢でもないぞ少年!最初に起きてから君が回想している間にここまで落ちてきたんだ。そろそろ不味い、少々手荒にいかせてもらう!」
声と共に両肩を掴まれ、俺は身体を180度回転させられる。
「ん?鎧?コスプレか何かか?」
太陽に照らされて、眩しいと思いつつ僅かに開いた俺の目に入ってきたのは、俺の両肩を掴む純白の鎧を身に纏った騎士の姿だった。
「私の名前はツクモ。コスプレなどではなく正真正銘本物の騎士だ。押上 桜、異世界からの来訪者よ、私と契約し、世界を救ってくれないか?」
青と白のコントラストが美しい空の中で向かい合って落ちながら、ツクモと名乗った騎士は肩から手を離し、そう言った。
「え、嫌だけど。夢にしては巧妙に出来すぎだろ、こんなにリアルな鎧まで出てくるなんて。」
こんなにリアルな夢を見たのは久しぶりだ。感動して俺は目の前にいる騎士の鎧をぺちぺちと触る。ちゃんとした感触もある。
「まだ、そんなことを言っているのか……。仕方ない、夢ではないという証明をしよう。見たまえ、君のトラウマを刺激するようで悪いが久しぶりの再会だ!」
ツクモは少し苛立った様子でそう呟くと、鎧に複雑な模様の魔方陣が浮かび、姿が変化していく。新都タワーで俺を襲った山羊の化け物へと。
「お前が、お前があの化け物だったのかっ。楓や皆に何をした、答えろ!」
「半分正解で半分外れかな。私はこの子に自分を封印していてね。彼が君の世界で何をしたのかはうっすらしか分からない。君が彼を殺したことで私が解放されたってわけだ。でも、悪かったね。彼の能力は人を眠らせることだけだし、私と契約できる者を探すという行動しかできないように教え込んでいたから君の世界の人々は、只単に眠らされているだけのはずだよ。まぁ、問題はそこからなんだがね。」
それだけ伝えるとツクモは元の鎧の姿に戻った。
「良かった。楓や皆は無事なんだな。良かった。良かったぁ。」
楓が無事なのが何よりも嬉しい。どうやら被害は俺だけで済んだらしい。ほっと胸をなで下ろす。最後にツクモが何か呟いていたが、楓や皆の無事に安心して気の抜けていた俺に聞き取れるはずもなかった。
「色々話しておくべきことはあるが、目下の問題を解決しよう。ここは君の世界とは違う世界、つまり異世界だ。そして、君の身体はほぼ死んでいる。彼との戦いで瀕死になったところでこの世界に転移し、意識を取り戻した私が延命している状況だ。そして、普通なら地面に転移するはずだがこうしてはるか上空への転移。このまま地面に落ちれば君は死ぬ。どちらにしても君は私と契約するしか無いと思うがどうだろうか?」
顔も兜でおおわれているため、表情は見えないが少しにやついているような気がする。足元を見られているようで少し悔しいが、命の恩人とあらばぞんざいな態度をとるわけにはいかない。
「はぁ。しょうがない。知ってるだろうが、俺の名前は押上 桜。借りた恩は返さないとな。ツクモ、契約していいぜ。」
契約の仕方は分からないが、とりあえず握手からだろう。俺はツクモにむけて手を差し出す。
「ふふっ。私の名前はツクモ。君は私に似ている、だからこそ契約者にふさわしい。これからよろしく頼む。」
ツクモは不思議なことを言って、俺の出した手を握った。握られた手の先から体中にさっきツクモが使ったものと同じ模様の魔方陣が酷い痛みと共に刻まれていく。ツクモ曰く、体に異物を組み込む行為であり、体が拒否反応を起こすため、ここまで痛みがあるのだという。しばらく経つとツクモは契約完了だと言って手を離した。そのころには俺は体力を奪われながらも、不思議な温かさに包まれていたのだった。