魔王セラフィオーネ
空は鉛色に染まり、風は陰鬱な空気が立ち込み、草木は痩せ見渡す限りおよそ生物の営みなどないように見える寂しげな草原を1人の美少女は歩いていた。
ここはカトラリア大陸の南の秘境にある、死の大地デオポスト。空気には毒ガスが混じり、草に隠れしかし至る所にある沼には底がなく、生物が飲むには適さない汚水に満ちていた。
その腐臭漂う死の大地を通る少女は、まるで街中の舗装された道を進むように悠然と歩みを進めていた。
死の大地に置いて場違いな美しい黒髪を腰まで伸ばし、宝石のような真紅の瞳で前だけを見て進む女神のようなこの少女こそ、このカトラリア大陸に数千年と君臨し続ける魔王セラフィオーネであった。
デオポストに住まう生物に普通の生物はいない、その多くはここにしか生息しない固有種でみな例外なく多種多様な毒をもっていた。
セラフィオーネはそんな毒生物達を一様に無視してただ目的の場所を目指す。
広大なデオポストのほぼ中心地に位置する巨大な沼である。
その沼の水は他の沼よりも更に毒性が強く、毒に耐性を持たない生物では触れただけで肌はただれ、数秒の後に死に至る、そんな水に満ちた沼が対岸が見えない程に広がっていた。
沼に着くと彼女は魔法で飛び上がり更に沼の中心地を目指す。
数分間の飛行ののち沼の中心付近まで来た彼女は空中で停止し右手を天に掲げ巨大な火の玉を作り出し沼へと降り注いだ。
数個の火の玉を沼へと降り注いだところ、巨大な蛇が沼より体を覗かせた。
「ご機嫌よう、突然の呼び出し失礼するわ。」
蛇は彼女を睨みつけると耳障りな声で静かに問うた。
「この我を前にしてその傲慢な態度と無礼な振る舞い、何の用だ魔術師、いきなりきて攻撃魔法で無理矢理呼び出したのだ、平和的な要件ではあるまい?」
クスリ、とまるで天使のように微笑みセラフィオーネは言う。
「あなたに私を殺して欲しくて、わざわざ来たのよ。死の大地に住まう蛇龍の王の力、私に見せてちょうだい。」
【蛇龍】それはこの世界に住まう蛇によく似た龍の総称だ、その多くは毒を持ち、空は飛べないが龍と呼ばれるだけの推力を持ち強靭な鱗に覆われ、永く生きた個体は人間種並かそれ以上の知能をもつ。
さらに、デオポストの大沼の主と言われれば一際大きく鉄などでも一瞬で溶かしてしまうほどの強力な毒をもつ。
セラフィオーネの答えを受けて蛇龍は大きく笑う。
「ふはははは、我に殺されに来ただと?面白い事を言う小娘だ、自殺がお望みのならこの沼に飛び込めばいいではないか!そうでなくても貴様ら如き脆弱や種はそこいらへんで野宿でもすれば良い!さすれば翌朝にはモノ言わぬ骸になっているであろうよ。」
セラフィオーネは疲れたように首を横に振る。
「そんなに簡単に死ねたら苦労しないわ、そんな事じゃとても死ねないから貴方に会いに来たのに、蛇龍って思っていたより賢くないのかしら?」
その言葉に蛇龍は怒りを露わにする。
「我を侮辱するか!脆弱な人間種風情が!望み通り骨も残さずあの世に送ってくれる!!」
そう言うと蛇龍は体をくねらせ沼の泥水をセラフィオーネに向けてぶっかけた。
それをセラフィオーネは身動ぎすらせずに、ただ浴びせられた。常人ならば身体は溶け直ぐに命を落とすだろう劇毒の波を受けしかし、セラフィオーネは顔を微かに歪めながらも微動だにしなかった。
「だから、毒沼の水位じゃ死ぬ無いと言っているでしょう?本当に蛇龍って頭が弱いのね。無駄に臭い泥水を被っちゃったじゃない、けど、これで分かったでしょう?願わくば次は貴方の持てる最大の攻撃をしてくれると嬉しいわ。」
蛇龍は感心したように目を細めた。
「ほう、言うだけの事はあるようだな、ならば冥土の土産に我の最大のブレスを喰らわせてやろう。」
そう言うと蛇龍は息を大きく吸い込み顎を外した大口から紫色の巨大なブレスを吐き出した。
蛇龍のそのブレスは劇毒による溶解効果と純粋ね物理攻撃力により1つ山さえ穿つほどの威力を持っていた。
しかし、
たっぷり10秒以上もそのブレスをまともに受けたセラフィオーネは以前空中に停止していた。
「痛い、痛いぃ!……けど死ねる程じゃなかったわね、残念だけどさようならよ。」
全身がボロボロになりながら苦悶の表情を浮かべ、しかし、残念そうに微笑みセラフィオーネは言った。
そして、次の瞬間、セラフィオーネの体を中心に紫色の光が放たれ巨大だった沼は消滅した。
放たれ光は目の前の蛇龍を呑み込み、それだけに留まらず沼全体を覆い隠しその外にまで達し破壊の限りを尽くした。
目の前に居た蛇龍は肉片1つ残さず消し飛び見渡す限りが抉られ光と共に拡散した劇毒により溶解している。
セラフィオーネを殺し切れなかったブレスが不可神領域によって拡散反射された結果だ。
「はぁ、また死ねなかった……。」
深いため息を吐き、無傷のセラフィオーネはゆっくりとその場を後にした。