第1話 修学旅行
白い虚無の空間。
何処かも分からないその場に、彼女は膝をつく。
彼女の白いワンピースが、紅く、朱く染まり、直下には血溜まりが広がる。
俺の腕も、血に、染まっていく。
彼女の血で、彼女の白いワンピースが朱殷のワンピースとなった時。
彼女は、「ありがとう」と言って静かに目を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なぁなぁ、明後日の自由時間どこ回る?」
昼休みの屋上に、何時もの面子ーー俺、暁人、朔、由那、幼馴染の千夏ーーで明後日の修学旅行に向けて計画を立てている。教師が居ない此処ではスマホを使っても怒られないのだ。普段、俺ら男三人はスマホゲームで遊んでいるが、今日は全員で修学旅行先、京都のオススメ観光スポットについて調べている。
「やっぱり、京都と言えば寺巡りとかかな。」
「僕は新撰組に興味ある。」
「俺は母さんに土産で和菓子を買いてぇな。」
「あ、そろそろだもんね。美希さんの七回忌。」
俺の母さんは俺が9歳の時に過労死しているのだ。
母さんが死んでからは、親戚の家を転々としていたが、今は叔母の尚美さん宅でお世話になっている。
尚美さんは母さんの7歳下で、既婚者だ。旦那さんの颯汰さんとの間には双子の兄妹、空と花がいて、その中に俺が混ざり、5人で暮らしている。
「ーー土産なら八つ橋とか有名だよな。」
「そうだな。取り敢えず土産屋は寄るとして、他はどうする?」
「じゃあ、こういうのはーーー」
昼休みが終わるまで残り5分を切ったところで、無事自由時間の予定を決める事が出来た。寺も含んだ新撰組所縁の地を周り、最後に八つ橋を買う事に決まった。詳しいことは帰宅後にEINのグループチャットで話し合う事になった。
翌朝5:30
俺は目を覚ました。
……暑い、頭が痛い。額に手を当てると結構熱く感じる。どうやら熱を出している様だ。
「はぁ……」
思わず息を吐く。溜息を吐くと幸せが逃げると言うが、逃げた後なら問題無いだろう。結構楽しみだったのだが、これでは明日修学旅行に行けるか分からない。俺は起床し、階段を降りて一階のリビングへ向かう。熱で大分クラクラするが、歩けはする。もう既に起きていた尚美さんと颯汰さんに熱を出してしまった事を伝えると二人とも心配してくれた様で、尚美さんが俺の額に手を当てると「本当だ。結構熱いわね。お粥を作るから、それまで寝ていなさい。」と部屋に戻された。暫くすると尚美さんがたまご粥や氷枕、冷却シート等を持って部屋に入り、「学校には連絡しといたからね。」と言いながら部屋のテーブルにそれらを置く。床に腰を下ろした俺は冷却シートを額に貼り、体温計で熱を測る。その間に、尚美さんが俺の枕をタオルで巻いた氷枕に替えてくれた。
ピピピッピピピッ
「何度だった?」
「40度2分でした」
「すごい高いじゃない!早く病院に行って薬を飲まないと。リビングには来れたんだから、多少は歩けるわね。じゃあこれ、食べれるだけ食べてね」
「迷惑かけてすいません」
俺が返事をするより早く、尚美さんは階段でバタバタと足音を立てながら「颯くーん。海斗を病院まで連れて言ってくれなーい?40度もあるのよーっ!」と大きな声を上げる。「えっ、そんなに⁉︎」と言う颯汰さんの声も聞こえる。そんなに驚かなくても良いのにと思ったが、確かに40度って結構高熱だもんな。そうだ、EINのグループで今日は休むと言っておくか。ーーEINを送るとすぐに既読がつき、暁人から[明日、修学旅行だけど大丈夫か?]と返信が来た。[病院に行かないと分からん…]と送信しておく。お粥を食べた後、服を着替えてマスクも付けた俺は、食器をキッチンまで戻しに行き、そのまま病院へ連れて行って貰った。
「すみません。折角の休みに車を出して貰って…」
「病人を気遣うのは当たり前だろ?」
「でも空と花もいるのに……本当にすいません」
「すいません、ばかりじゃなくて僕はありがとう、って言って欲しいなぁ。今日はタイミングよく僕が休みで、空と花を幼稚園に送れるし、風邪もずっと同じ部屋に居なきゃ移り難いだろう?」
「そう、ですね……ありがとうございます」
颯汰さんの言葉に俺は思わず苦笑してしまう。今までの所ではこんな扱いはされなかった。本当にこの人は、この人達は優しいと、しみじみ思ってしまったのだ。
そんな話をしている内に病院に到着した。病院の待合室は平日で人が少なく、直ぐに俺の名前が呼ばれ、その結果インフルエンザと診断された。6日間の出席停止…修学旅行に行けないじゃないか‼︎インフルエンザなんて流行ってなかった筈なんだが、なんで俺だけ……はぁ。俺は肩を落とした。
帰りの車内で俺はEINのグループで[インフルだったわ…明日行けないから、お土産頼んだ…]と送っておく。その後、薬を貰い家に戻った俺はそのままベットの中に入った。
「ーー海斗、海斗。ご飯よ。」
体を揺らされた俺は目を覚ます。俺が目を覚ました事を確認した尚美さんが「ここに置いておくから食べて、薬も飲みなね。」と言い、俺の部屋を出て行った。
扉の外からは「かいにーちゃん、ぐあいわるいの?」「はやくなおる?」「ちゃんとご飯食べて寝たら元気になる筈よ。だから静かにしてないとね」と言う空、花、尚美さんの声が聞こえた。もう帰ってきたのか?窓の外はまだ明るいが…壁に掛かっているデジタル時計を見ると、14:25を示していた。もうこんな時間だったのか。これなら帰ってきているのにも納得だ。幼稚園は14:00には終わるからな。
食は進まないが、食べてさっさと治さないと…用意されたお粥を少しずつだが口に運ぶ。食べるのが遅いせいか、半分を食べた時には熱々のお粥が冷たくなっていた。食べ終わった後、病院で処方された薬を飲む。その数5種類6錠。これらを3錠ずつ口に入れ飲み込んで行く。その後も頭がぼーっとする為、再び布団に潜り込んだ。晩飯時も同じ様に過ごし、眠りに就いた。
ーー翌朝
目を覚ますと時計は10:15を示していた。暁人達が修学旅行に出発して、バスに乗っている頃だな。昨日薬を飲み長い時間寝ていたせいか、頭の痛みは引いていた。枕元にあるスマホを手に取り、EINを確認する。グループではみんなが[行ってきまーす]と言っている。朔が[お土産楽しみにしててね]と言うメッセージを残していた為、[おう、ありがとな]と返信しておく。それから特に眠たいという訳ではない為、ベッドから出てマスクを付け、顔を洗いに行く。階段を降りると、キッチンで料理を作っている尚美さんの姿が見えた。颯汰さんの姿は見えない。仕事に行ったのだろう。空と花は…もう幼稚園に行ってる時間だな。尚美さんと目が合う。こっちに気付いた様だ。
「おはようございます。」
「おはよう。具合はどう?」
「だいぶ良くなりました。」
「そう、よかった!今ご飯作っているから、少し待っててね。」
「はい、ありがとうございます。」
その後、洗面所に行き顔を洗った。昨日は具合が悪く風呂に入れなかった為、サッパリする。口も濯いだ後、自分の部屋に戻る。それから10分程で尚美さんがお粥と体温計、薬を持ってきてくれた。体温を測ると、37度8分だった。随分下がったものだ。それを尚美さんに伝えると「明日には熱が下がりそうね。ちゃんと薬飲むのよ。」そう言って部屋を出て行った。それから俺はお粥をたべ初め、食べ終わると薬を飲み、空いた皿を持ってキッチンへ向かう。「ごちそうさまでした」と言い皿を流しに置く。そして部屋に戻った俺だが体調も戻った為、眠くはない。…勉強でもするか。それから数学の勉強を始める。
「ーーもう昼か。」
時計を見ると12:42を示している。1時間程度しか経っていない様に感じたが、随分と時間が立っていた様だ。…少し休憩でもするか。ベッドに横たわりながらスマホでKyuTubeでお気に入りのKyuTuberの動画を見る。1つ10分にも満たない動画だが、ついつい見過ぎて尚美さんに怒られてしまうんだよな…そう考えていると尚美さんが「海斗ーご飯よーー」と言って俺の部屋に入り、昼飯と薬を持って来た。噂をすれば、だな。俺は部屋を出て行く尚美さんに「ありがとうございます。」とお礼を言う。「いいのいいの。」と言いながら彼女は部屋から出て行った。昼飯は春雨のスープの様だ。鶏肉(恐らく腿肉だろう)と卵、ネギが入っている。それにこの香り、生姜か?それは兎も角、美味そうである事に代わりはない。これを平らげ薬を飲み、皿を下げる。部屋に戻った俺は動画の続きを見る。再生リストにある動画を見ている為、一々動画を選択する必要はない。
ーーー15:28。
そろそろ見るのを止め、スマホをベッドの上に置き勉強を再開する。
そして俺は、スマホの通知音を小さくしている為気付かなかった。勉強再開後すぐに画面上部にバナーが表示し、EINの通知がされたのを。
18:14。
部屋の外から階段を勢いよく駆け上がる音が聞こえてきた。尚美さんか?どうしたのだろうか。すると彼女は
バンッ
と扉を開け真剣な表情で「すぐに一階に来てテレビを見て!」と言う。
「え、どうしたんですか?」
「いいから速く‼︎」
腕を引っ張られ、そのままマスクもせずに一階、テレビの前へと連れて行かれる。テレビにはメガネのCMが流れている。俺が来た時、丁度それが終わり画面が切り替わった。これはーーよく尚美さんが見ているニュース番組だ。直後、その内容を目にし思わず目を見開いた。画面上部に「修学旅行バス、衝突事故」表示されているのだ。そして現場にいるニュースキャスターが画面の中で話し出す。
「午後3時過ぎです。事故があった修学旅行バスですが、5台共に損傷が酷く、前方から全体の約2分の3が潰れてしまっています。ーー警視庁等によりますと、午後1時40分頃最前のバスがガーレドレールに衝突し、後方のバスも続けて衝突しました。この事故で運転手の男性2名が病院へ搬送中に死亡、3名が意識不明の重体。光青高校教員の男性4名、女性2名、男子生徒5名、女子生徒8名と思われる遺体が発見されましたーーーー」
「ーーーっ⁉︎」
ーー光青高校。俺が通っている学校だ。
俺の学年は1クラス40人で5クラスある。バスには1台に1クラスが乗っているはずだ。それら全てが事故を起こした。つまりアイツらも巻き込まれたという事だ。
「尚美さん、これってーーー千夏達は大丈夫でしょうか。」
「確か4組は4号車だったよね。事故で亡くなった子達が千夏ちゃん達じゃなきゃいいけど…学校に電話してみるわ。」
俺もスマホで安否を確認する為に部屋へ戻り、EINを開く。
グループに2つのメッセージが届いている。
[あすせて]
[のろされふ]
それは14:34に送られた、朔からのメッセージだった。……何だこれ。誤字か?
取り敢えず電話をしてみるが、誰も出ない。仕方ない、メッセージを送っとくか。
[これ↗︎どういう意味?]
[ってか大丈夫か?事故があったみたいだけど]
[大丈夫だったらすぐ連絡よこしてくれ]
と送信しておく。すぐに既読が付いたりは……しないよな。
まぁ、朔がメッセージを送って来た時間が、ニュースで言ってた時間より随分遅いから、死んではいないと思うーー思いたい。
俺には待つことしか出来ないから、今はスマホを持って、テレビを見るしか無いよな。
マスクをつけリビングへと向かうと、テレビの前のソファーには尚美さんが座っていた。
「学校は何て言ってたんですか?」
「あっちも少し前に知ったみたいで、安否は分からないそうよ。分かったらすぐに連絡を回すって。でも3年生はこれから数日間は休みになるかもって言ってたわ」
「俺もEINで連絡してみたんですけど、電話には出ないし既読は付かなくて…あ、あとこれ、何を言いたかったと思います?」
朔のメッセージを見せる。
「ん〜よく分からないわ。何て打ちたかったのかしら……あら?」
こんな話をしていると、俺のメッセージに既読が1つ付いた。
「誰か見たみたいですね。みんな無事だと良いんですけど…」
「そうね」
それから数分。既読が付いてから何も返信が来ない。
「あれ、なんで返信来ないんだろう…」
「既読スルーかしら?」
「少し聞いてみますね。」
[?]
[既読スルー?]
[忙しくて返信できないのか?]
[おーい]
「…来ないわね」
「そうですね。今までみんなスルーなんてしなかったんですけど…」
既読は付く。
が、返信は一向うに来る気配がない。
付いてる既読は1のまま。つまりアイツらの内1人がこんな事をしてるって事になるが…誰が見てるんだ?
[おい、マジで安否ぐらい教えてくれ]
そこから既読が付く事は無く、俺は諦めてニュースを見て電話を待つ事にした。
この日1日目、学校から電話は来ず、ニュースでも新しい情報を得ることは出来なかった。
翌朝6:40
起床しEINを確認するが既読は付いていなかった。そのままリビングに行き、尚美さんから体温計を受け取る。36度4分だった。熱は引いたようだ。もう頭痛はしない。
顔を洗ったりした後は自分で朝食を持って行き、一人で食べる。薬を飲もうとした時、「海斗ー!事故のニュースやってるわよー」と言う尚美さんの声が聞こえた為飲むのをやめ、一階に降りていった。
ニュースの内容をまとめるとこうだ。
・バスの運転手の2人は未だ意識不明
・教師で死んだのは 森(1組副担任、男),五十嵐(3組担任、男),三上(5組副担任、男),小松(教頭、男),東野(2組副担任、女),原(養護教諭、女)
・生徒で死んだのは 1組...佐藤(男),高橋(男),2組...平野(男),増田(女),佐野(女),3組...中村(男),山本(女),鈴井(女),青木(女),4組...堤(男),松尾(女),5組...松田(女),中川(女)
・他は全員行方不明、現在捜索中で原因は不明
・暁人、朔、由那、千夏は後者で現在行方不明となっている
以上。
これを知った俺はホッと息を吐いた。同級生が死んでいるが、アイツらじゃなくて良かった、とどうしても思ってしまう。だが事故では死んでいないと分かっただけ。行方不明であることに変わりはない。もしかしたら今後、衰弱死とかで行方不明者の遺体が発見されるかも知れない。早くみんなを発見してほしいものだ。
それから2日が経った。
未だ誰も見つかっていない。正確に言えば生者は、だが。
ニュースによると、この二日間で1組の田中(女)、2組の佐々木(男)、5組の多賀(女)が餓死した状態で見つかったそうだ。