001 出会い
西暦 二千百十五年。
人口増加と地球温暖化、そして度重なる汚染で人類は新たな惑星への移住計画を実行し五十年が過ぎた。幾つかの惑星がテラフォーミングの対象となり、火星が最初に移住可能な状態にまで到達した。その青みがかった海を見て人々はこの惑星を”蒼の惑星”と呼んだ。
此処は首都エドラルドから遠く離れたサヌーキーの郊外。
「やっべぇ!間に合わないかも」
新学期早々、趣味に明け暮れ寝坊をしてしまい後悔する高校生。(ナオの奴、怒るだろうなぁ。仕方がない、何時もの、やるか!)
通いなれた通学路の横にある斜面を登り、その先の廃墟の飛行場をショートカットする。フェンスが所々壊れた飛行場、錆びた立ち入り禁止の看板が少年の罪悪感を消し去る。敷地内を横切り、大きな倉庫の角を曲がった少年は青っぽい”壁の様なもの”にぶつかって転倒した。
「いてて……なんで壁があるんだ?」
何度も近道として使っている。この飛行場は使われなくなって久しい。昨日はこんな物無かったと少年は思う。
『失礼な!私は壁ではありません。貴方の目は節穴ですか』
そこに横たわっていた物は、青く塗られた戦闘機だった。少年は実物を初めて見たが、かなり大きく感じられた。コクピットの下辺りからタラップの様な物が降りているが、キャノピー自体は閉まっている。
「戦闘機……何故此処に?」
倒れたマウンテンバイクを起し、色々と機体を眺めてみる。
『何をしているのです。さっさと何処かへ行きなさい』
「どっか行けって言われてもさぁ、チャリンコ壊れたし、学校は遅刻確定だもん。話のネタに少し見るぐらい良いだろ?」
そう言って少年は機体を一通り眺めた後、満足顔でその場を離れようとした。
「大体解ったから、もう行くよ」
『お待ちなさい!少し……遅かった様です』
「えっ………?」
少年が首をかしげて立ち竦んでいると、遠く離れた空の彼方から何かが飛んでくるのが見える。空を割るような轟音を響かせ向かってきた物は、真っ黒い戦闘機だった。
『早く機体の下に隠れて!』
言われるがままに機体の下に潜り込む。目と鼻の先まで近寄って来た黒い戦闘機は有無を言わさず機銃掃射をしてきた。マウンテンバイクや倉庫の壁、周りにあった使われなくなった資材が砕け散る。
「うわあぁ!」
恐怖でその場にうずくまる少年。機体を挟んだ真上で何か発射した音が響いた。
(このまま殺されてしまうのか……)そう脳裏に浮かんだその時、青色の戦闘機が警告音を発してきた。
『警告!警告!未確認の戦闘機から、攻撃体制に移った事を確認しました。直ちに回避行動に移ってください。そこの貴方の事です!さっさと蜂の巣になりたいのですか?それともボロネーゼに転生するおつもりですか?』
「冗談じゃない!痛いのは御免だ。死にたくない」
『なら、避難することをお勧めします。敵機と識別された戦闘機は、今のところ私が放ったデコイに釣られて離れています。しかし、それも時間の問題ですから……』
「逃げろったって何処に?回りの建物は攻撃されて燃えているし、飛行場の回りなんて隠れる所は無いよ。上から狙われて終わりだよ」
『はぁ~あ、ダメダメですね……この下等生物は』
「なんだと!誰が下等生物だ。テメェ!表に出ろ!」
『表に出ていますが?バカなんですか?貴方は』
「違う、そこに乗っているお前だ!マジックミラーの影で隠れてるつもりか!」
戦闘機のコクピット部分は、マジックミラー加工がしてあるかのような、まるで鏡その物だった少年と戦闘機が睨み合いを続けていると、遠くの方で何かが爆発したような音が響く。
『どうやら時間切れのようです。仕方がないですね、逃げ場を失ったミジンコ風情に助け船を出してあげましょう』
「おう、助けられるもんなら助けてみろ。期待させといて、どうせお前だけ逃げ出すんだろ」
強がる少年だが、その手は恐怖で震えていた。戦闘機に喧嘩を吹っ掛けているような態度も、滑稽に見えるが迫り来る死の恐怖から逃れたい一心でのことだった。辺りに破裂音を響かせコクピットが開く。中には誰も乗っていない様だ。
『急いで乗って下さい。貴方を此処から救い出してあげます』
耳を劈く爆音がどんどん迫って来るのが解る。いつ攻撃されてもおかしくはない。首筋から背中一体を襲う強烈な寒気を感じながら少年は無我夢中で戦闘機に乗り込んだ。空気が抜ける様な音を響かせながらキャノピーが降りてくる。閉じられたコクピットの中は気密された無音の暗闇になっていた。
「うわぁ、暗いし誰も居ない。どうなって……」
軽くパニックを起こす少年。その目に小さなランプの灯りが点っていくのが見える。赤色にオレンジ色、黄色に白色などの大小様々なスイッチ類やランプの光がまるで宝石箱の様だ。呆気に取られているうちに宝石箱は目映い光を放ち始める。とうとうエメラルドの様なグリーンのランプが点ったその刹那、轟音と共に戦闘機が目覚めた。
(welcome to artificial intelligence jet fighter
-1 )
(AXIA……”アクシア”)
「え、AI戦闘機?! アクシア?!」
モニターに映し出された情報を理解する間も無く、凄まじいジェットタービン音を響かせ”AIJF-1”AXIAが動き出す。少年は体験したことの無い強烈な加速Gで、シートに押し付けられ身動きが全く取れない。ただ唸ることしかできなかった。
「なっ、ななな!うぐぐぐっ……」
凄い加速が数秒続いたかと思うと、全体がフワッとした。そして今度は機体が縦に起き上がり身動きが全く取れない。まるでロケットの打ち上げかと思わせる急激な上昇、息もつかせぬ急旋回、ロールをしながらのハイレートクライムで敵のミサイルを間一髪で回避した。九死に一生を手にした少年ではあるが、カクテルシェイカーよろしく上下左右に転げ回った。
「ううう……助けて」
『何をやってるんですか。シートベルトを締めるぐらい出来ないんですか。その姿、虫みたいですね』
悪態を尽きつつ、モニターにはシートベルトの着用マニュアルが映し出されている。少年はもたつきながらもシートベルトを着用して一息ついた。
「なんとか助かった……のか?」
『安心するのは早すぎますよ。敵機がこちらを狙って追ってきています』
「何とか出来ないの?てゆうか、何処に居るんだよ?お前」
『”お前”じゃありません!私には”AXIA”という立派な名前が有ります。それに……この機体には貴方しか乗っていません』
「え、どういうこと?」
『まだ解らないんですか?馬鹿じゃないんですか!無人の戦闘機だって言ってるんですよ』
「ええ!!無人…… ど、どうやって動いているんだよ?お、お前が飛ばしているのか?」
『だから”AXIA”だって言ってるでしょ!この虫野郎!そうだ、貴方のこと虫って呼びます。私が飛ばしているのですよ、文句ありますか!』
「無いよ!!じゃあ、上手く逃げてくれよ」
『簡単に言わないで下さい、虫!』
「虫、虫、五月蝿いなあ!俺には隼勢って名前が有るんだよ。お願いします、助けて下さい」
『何度も言わせないで下さい。”逃げるのは”無理だって言ってるんです』
「”逃げるのは”無理?」
『やっつけちゃえばいいんです!』
「やっつける!? ……あの黒い奴を!?」
『あちらも無人戦闘機です。問題有りません……多分』
「多分って何だよ?たぶんって!」
次から次へと驚かされる隼勢。焦りと戸惑いで、どうにかなりそうになりながら必死に考える。けたたましく警告音が鳴り響いた!
『警告!警告!敵機よりミサイルと思われる飛翔体三発の発射を確認。約十秒ほどで本機に到達、緊急回避行動に移行します』
そして警告音が鳴り止むと、急激な縦Gと共に機体が急上昇を始めた。
「ぐわっ!……ぐぎぎぎぎ……」
『チャフ散布』
ロール回転をし、左右に急旋回をしてミサイルが追尾してくる方角にチャフをばらまく。それでも一発は反れていったが、二発は変わらず追尾してくる。
『IRフレア発射』
大きな炎の塊が左右に開く。その遥か上空、急上昇したAXIAの機内。朦朧とした意識の中で、フレアに引き寄せられる二発のミサイルを眺めながら隼勢は安堵の息を漏らした。
『安心してられませんよ、すぐに次の攻撃が来ます。攻撃の許可を求めます』
「……な、なんで僕に許可を?ただの高校生だぞ……」
『私には攻撃を判断することは出来ても、”決断”する権限は与えられていないのです。最終判断はパイロットに一任されています。攻撃命令を……』
「僕はパイロットじゃないし、そんな責任負えないよ」
『どうせこのままだと撃墜されて死ぬんです、責任なんてどうでもいい!撃つの?撃たないの?』
「そんなこと言われたって……」
敵機が接近してきた事を伝える電子音の警報が、すでに猶予が無くなった事を知らせる。
『はっきりしろぉ!虫ぃ!!』
「うぉおおお!!撃てぇ!!!!!」
その刹那、目映い光が隼勢を包んだ。モニターには物凄いスピードで隼勢の角膜の画像や、身体的特徴、血液型から、脈拍数やバイタルまでありとあらゆる情報が流れている。そして……
『生体認証、確認。登録完了!健康状態、良好。攻撃命令を確認!実行します』
ジェットタービンの音がよりいっそう高音を奏で、アクシアが右に大きく急旋回を始めた。モニターの映像が全方位レーダーに変わり、左後方の離れたところから敵機が追ってきているのが解る。その敵機の黄色の表示に大きな四角が、焦点を合わすかのように小さくなって重なる。そして赤色に色が変わり[Attack!]表示された。二発の発射音と共に大きく白い弧を画いて飛んでいくミサイル。隼勢は祈るような気持ちでモニターを見つめた。二発のミサイルの影は、敵機のカーソルに吸い込まれ……一緒に消滅したのだった。
『敵機、撃墜』
「や……やった」
戦闘機の強烈なGと生死を賭けた緊張が解け、安心した隼勢は意識を失った。
『よく頑張りました、隼勢……』
しばらく時が流れ…… 隼勢が意識を取り戻して見たものは晴れ渡った空と、キラキラと煌めく海だった。
「綺麗だ……え、海?」
『気がつきましたか、隼勢』
「どれくらい気を失ってた?ここ何処?」
意識がぼーっとしていたのだが、景色を見て一気に冴える。隼勢が住む街は内陸部にあり、海なんて見るのは久しぶりだ。そして、隼勢の真下には何処までも青い海が広がっていた。
『これからエゾリアへ向かいます。そこに私の基地があります』
「エゾリア?!海の向こうじゃん!僕も行くの?ちょっと待って、学校あるんだけど……親も心配するし」
『二、三日の辛抱です。緊急事態だったとはいえ貴方は私と契約しましたから、このまま解放することは出来ません』
「そ、そうなの?確かに助けてもらった訳だし……でも帰れるんだよね?何もされないよね?」
『……基地に戻れば解ります。命の危険は有りません』
「そう……と、とりあえず、助かったって事で良いんだよね。うへぇ…… なんか安心したら急に気持ち悪くなってきた。汗だくでベトベトたまぁ」
安心したのか、隼勢は制服の上着を脱ぎ、汗をたっぷり含んだ黒いインナーを後ろに脱ぎ捨てて、上半身を露にした。
『きゃああ!!』
「……きゃああ?」
『何してるんですか!スケベ!変態!破廉恥!!』
「気持ち悪いから、インナーを替えるだけだろ」
『五月蠅い!五月蠅い!馬鹿、阿呆、虫ぃ!!』
「ええぃ、黙れ!機械の癖に。そうだ、さっきもどさくさに紛れて”虫”とか言ってたな!謝れ、謝罪しろォ」
『機械言うな!”虫”を虫と呼んで何が悪いですか?それより、この汚い布切れを片付けてください』
「なんだと…………ん!!…… そうか!”そこ”に何か有るんだな」
ニヤリとした隼勢は、シートの上から中腰になって反転し……インナーが無造作に載っている”妙に張出した部分”に汗だくのインナーを擦り付けた。
「うりゃ、うりゃ、うりゃ♪」
『ぎゃああ!!やめて、やめて、ばっちぃ!くさい!カメムシ!!…………もう、……駄目……………』
「あれ?もしも~し、アクシアさ~ん?
『Danger!Danger!』
急に警告音が鳴り出して機体がガタガタと揺れ始める。モニター画面は真っ赤に染まり[Danger!]の白抜き文字がくっきりと……
『危険です。当機は姿勢制御機能の八十五パーセントをロスト。海面への到達まであと五秒……』
「うわぁあああ!ごめん、許して、助けてぇ~」
切り揉み状態で回転し、アクシアと隼勢は海に向かって落ちていくのであった。
初めてミリタリー物を書きました。予備知識無しで書いていますので、温かく見守って下さい。メンタル弱いので、お手柔らかに(祈)